グイン・サーガの世界観

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グイン・サーガの世界観では、栗本薫によるヒロイック・ファンタジー小説『グイン・サーガ』における架空世界の世界観、地理と文化について述べる。

地理[編集]

物語の舞台となるのは、地球に酷似した惑星上にあるキレノア大陸を中心とした地域である。人種、生物相、気候など、ほとんどが地球と共通しているが、ノスフェラスと呼ばれる地域に代表されるように、地球上には見られない人種や生物も相当数存在している。

以下、代表的な地域と国について述べる。

中原[編集]

キレノア大陸の西端近くにある、比較的温暖な気候で知られる地域。地域の北をケイロニア、東をゴーラ、南をパロという大国がそれぞれ支配しており、これらは世界の文明・文化の一大中心地として発展を遂げている。それぞれの国の境には、国同士の絶え間ない衝突を避けるための緩衝地帯として、自由国境地帯と呼ばれる、どこの国にも属さない地域が存在している。諸国の気風を現す俗語として「モンゴールの弁舌、ユラニアの冒険心、クムの忠誠、パロの謙遜」というものがある。これらを見出すことは非常に難しい、という皮肉である。

パロ[編集]

3000年前に建国された、中原で最も古い王国であり、華美にして優雅な文化を特徴とする国。首都はクリスタル。建国当初は草原諸国に近い「剣の国・パロ」であったが、作品中の時代においては「魔道の国・パロ」と称される。

最先端の科学、教育、芸術といった、あらゆる文化の発信地であり、この世界の中にあっては極めて進んだ文明を誇っている。一方で、「得体の知れない」あるいは「時代遅れのもの」として多くの国々から忌避されがちな魔道を、中原で最も重んじている国でもある。特に王家は神から授かった魔道の力を受け継ぐものとして崇められ、その力を守るために、その後継者の婚姻に際しては「青い血の掟」と呼ばれる純血の掟に従うことが求められている。事実、王家には優れた魔道師や予言者が度々出現しており、王家を中心とする魔道の力が武力的に脆弱なこの国を長らえさせてきた原動力ともなっている。際立った特徴として初期にパロ人は全員が直接接触しての念話が使えると宣言されたことがあるが実行に移したパロ人はいまだ存在しない。

また、首都クリスタルの王宮の地下には、「古代機械」と呼ばれる、失われた超文明の遺産とも云うべき謎の物質転送機械があり、それがこの国に野心を抱く様々な勢力の関心を惹きつけ、この国を何度か滅亡の危機に陥らせることにもなっている。

ゴーラ
中原ではパロに次ぐ歴史を持つ帝国。カナン帝国と同時期、あるいはそれ以前に建国されたともいわれ、一時は大帝国としてカナンと覇を競い合ったが、敗れてカナンに併合された。カナン滅亡後に復活し、一時はのちのユラニア、クム、モンゴールからレント海岸のロス、タリアまでにいたる版図を誇った。
帝国時代の首都はアルセイスであり、三大公国時代となって皇帝の居城はアルセイス近郊のバルヴィナへ移転されたが、政治的な権力はユラニアの支配下となったアルセイスにそのままとどまった。皇帝家断絶後、初代ゴーラ王イシュトヴァーンによって旧ユラニアを版図としてゴーラ王国が建国されると、バルヴィナを中心に新首都が建設され、王の名にちなんでイシュタールと改名された。
物語の開幕当時は、象徴化した皇帝を戴いた3つの大公国が、帝国を3分割して支配していた。長い歴史を誇りながら衰退した文化が支配するユラニア、東方からの移民によって建国され中原にあっては人種的にも文化的にも特殊な国であるクム、建国まだ数十年の新興国にして極めて野心的なモンゴールと、それぞれ個性的な、時として相容れぬ要素を持つ三国が並立していただけに、政情は不安定であった。それがひとつの要因となって、後に三大公国制は崩壊、皇帝家は断絶した。その後、滅亡したユラニアを版図として、新たなゴーラ王国が建国された。
ユラニア
ゴーラ三大公国のなかで最も歴史が古い、年老いた国家。土地は肥沃で気候も穏やかだが住民は新奇な事に関心がなく無気力で保守的であった。
2000年ほど前に、ゴーラ帝国の実力者として、当時の皇帝を傀儡と化したユラニア大公により、アルセイスを首都として建国された。その後、帝国支配の野望を強めるユラニアに対抗すべく建国された、親皇帝派の大公国クムと対立しつつ、二大公国体制を維持していくこととなった。しかし、長い歴史を重ねる内に、国からは次第に活気が失われ、退廃的な文化が支配的となると同時に、国力が衰退していった。
国内には名目上「サウル皇帝領」とされる領地もあるが、サウル皇帝はバルヴィナで幽閉同然の状況に置かれており、実態はユラニア領である。
クム
ゴーラ三大公国のなかでは南に位置し、キタイからの移民によって持ち込まれた東方独特の風俗をいまも伝える、中原にあっては人種的にも文化的にも特殊な国。首都はルーアン。
ゴーラが大帝国だった時代に移住してきたキタイの移民が中心となり、ユラニア大公国の成立から数百年後、帝国支配の野望を強めるユラニアに対抗する形で建国された。土地は肥沃で文化も発展しており、住民は快楽主義で知られ、また商人の国キタイの流れを汲むものとして、抜け目のない商売上手でも知られる。オロイ湖などの湖沼や河川が国土の多くの部分を占めており、運河も整備され水上交通が発達している。国内第2の都市であるタイスは遊郭や賭博、闘技などが盛んであり、「快楽の都」として名高い。
モンゴール
中原で最も歴史が浅いゴーラ三大公国の新興国。首都はトーラスであり、ここに人口のかなりの部分が集中している。
ゴーラ皇帝サウルの騎士長であったヴラド・モンゴールが、その後功績を認められて伯爵から大公となり、数十年前に建国した。カナン時代から不毛で知られた、ケス河南西の森林地帯を開拓して国土としているため、土地はお世辞にも肥沃であるとはいえず、文化的にも遅れているとされる。気候も変化が激しく、住むにはなかなか適さない土地ではあるが、その気候が逆に幸いして、中原各地で嗜好品として愛好されるヴァシャ果の名産地となった。
自ら開拓して作り上げた国であることから、国民の愛国心は非常に強く、尚武の気性でも知られ、軍隊も強い。
ゴーラ王国
イシュトヴァーンによって建国された、ユラニアおよびモンゴールを版図とする新興国家。首都はイシュタール。
国王イシュトヴァーンは事あるごとに遠征を繰り返し、宰相のカメロン1人によって国政が運営されていたが、パロ内乱に乗じて(ナリスに加勢する名目で)イシュトヴァーンはパロへ進軍。
ケイロニア
中原三国の中では最も新しい帝国だが、それでも数百年の歴史を誇っている。統一以前は13の部族が覇を競う未開の地として蔑まれていたが、統一が果たされてからというもの、質実剛健を国是とし、極めて強大な武力と、安定した経済力に支えられた、世界でも最強と目される国の1つとなった。首都サイロンは300万の人口をもつ中原最大の都。
首都サイロンを中心とする広大な皇帝領を、国の重鎮である十二選帝侯が治める領地が囲んで守っているため、国の守りは極めて堅固で、世界で唯一、首都に他国の軍勢の進入を許したことのない国であるとも云われる。幾度となく滅亡の危機を迎えている他の中原二国と比較して、その平和と安定度が際立っているが、そのほとんど唯一の弱点となっているのが、皇帝家の世継の問題である。
基本的に魔道に好感を抱いていないにもかかわらず、首都サイロンには多くの魔道師が集う「まじない小路」があるという、懐の深さを持ち合わせた国である。
軍制面では十二選帝侯の軍事力に加え、首都には12の部隊に分けられた皇帝直轄の強大な常備軍が存在しているという、封建制と絶対王制を合わせたような制度を持っている。なお皇帝直轄の部隊は傭兵が中心であるが、極めて尚武の気質が強いケイロニアでは明白な家業が有るか、病弱でなければ基本的に男子全員が志願によって軍人となる、とさえ言われ事実上完全志願の国民軍である。

草原[編集]

中原の南に広がる、ステップを思わせる広大な地域。文化的には中原とまったく異なっており、多くの部族からなる遊牧民族が暮らしている。地域の北をカウロス公国、南をアルゴス王国の2つの大国が支配し、東にやや小さな国であるトルース王国がある。アルゴスとカウロスが比較的対立関係にある一方、アルゴスとトルースは良好な関係にある。

アルゴス
かつての草原統一の英雄にして、建国王であったスラデクが、国名の由来ともなったパロの王女アルゴを妻としたという歴史的な経緯から、アルゴスはパロと極めて強い関係を築いている。両国の王家は繰り返し婚姻を重ね、アルゴス王家はパロ王家から妻を迎えることが通例となっているため、両家は血筋上も密接な関係があり、パロ王家の婚姻に関する「青い血の掟」も、アルゴス王家との婚姻に関しては問題視されることはない。だが、その婚姻によるアルゴス王家のパロ化が、国内の一部遊牧民族の文化的な反発を招いており、国家の潜在的な不安材料ともなっている。
カウロス
草原の大国。領主は大公ジラール。
トルース
草原の小国で、かつてはかなりの規模を誇った。首都はトルフィヤ。領主は国王カル・ハン。アルゴスとは友好関係にある。

沿海州[編集]

中原の南南東、草原の東にあり、南をレント海に面する、中原のいずれか1国の面積の半分にも満たないほどの大きさの地域。通常、アグラーヤ、ヴァラキア、イフリキア、トラキア、ライゴール、レンティアの6か国が支配する上記地域を指すが、これらの国の西に連なる自治都市や、北に離れた場所に位置するタリア自治領までを含める場合もある。

小国が境を接して密集している地域であるため、上記6か国は自衛のために緩やかな同盟を組んでいる。他地域での戦争に参戦するかどうか、といったような意思決定の際には、各国の元首級が集う「沿海州会議」が開催され、その議論と投票の結果によって、沿海州全体としての意志を統一するというシステムがある。

ヴァラキア
沿海州の公国。イシュトヴァーン、カメロンたちの出身国。現領主ヴァラキア公ロータス・トレヴァーンは名君として名高いが、その弟オリー・トレヴァーンは男色家の愚物として知られており、人々の物笑いの種となっていた。
アグラーヤ
沿海州最大の王国。現国王ボルゴ・ヴァレンの長女アルミナはパロ前王妃。

タリア伯爵領[編集]

モンゴールの東方にある海に面した小国家。領主はギイ・ドルフュス。タリアは内陸諸国とレント海の交易路を繋ぐ貿易港であり、その影響力は沿海州と較べても決して小さくない。モンゴールと親交があり、黒竜戦役ではモンゴールの味方の立場だった。モンゴール復興戦争では、ギイの妹アレン・ドルフュスが援軍を率いてトーラスへと向かった。

ヤガ[編集]

沿海州と草原の中間にある沿岸都市で、ミロク教の聖地。ミロク教徒は皆、一度はヤガに巡礼することを望んでいる。しかし近年、《新しきミロク》という新興勢力が台頭してきているなど、不穏な状況になっている。

ノスフェラス[編集]

中原の東に広がる極めて広大な砂漠地域。中原とはケス河で接し、東は東方の大国であるキタイに接する。地域全体を放射能を思わせる瘴気が覆っており、それが原因となってか、極めて特異な植物相、動物相を持つ地域である。この地域に代表的な特異な動物の例としては、巨大なアメーバ状生物であるイドや、全身が巨大な口となっている大食らい(水棲のものは大口)などがある。その瘴気の影響はケス河にまで及び、ケス河畔の中原側に位置するルードの森の生態系にも影響を及ぼしているとするものもある。特に中心部に位置するグル・ヌーと呼ばれる地点は極めて瘴気の濃度が高く、ごく一部の魔道師や、その力を借りた者を除いては、グル・ヌーに達した後に生還を果たした者はいない。

苛酷な環境ゆえに人は居住していないが、セム族とラゴン族という亜人類が生活している。尻尾を持ち、人間の半分程度の身長しか持たないセム族は、いくつかの部族に分かれ、比較的ケス河に近い地域を居住地としており、時としてケス河を渡り、中原の辺境を訪れることもある。逆に尻尾を持たず、身長は人間の1.5 - 2倍程度もあるラゴン族は、比較的奥地を居住地としているが、長く一か所に定住することはない。そのため、まず中原の人間の目に触れることはなく、「幻の民」と呼ばれる所以ともなっている。

カナン帝国
現在のノスフェラス、中原、キタイ全土を版図としていた古代の大帝国。大災厄時代後に、太陽王ラーによって建国され、長きにわたって世界に君臨し、その繁栄は現在の中原のどの国をもしのいでいたといわれる。この時代に植民都市であったアルセイスなどが建設され、また現在もキレノア大陸の重要な交通網となっている赤い街道の建設が開始された。カナンが繁栄の絶頂にあった約3000年前、星船が帝都カナンに墜落、大爆発をおこし、カナンは1日にして滅亡した。
アグリッパによれば、カナン中枢部に墜落し「グル・ヌー」を形作った生体宇宙船のほか、多くの小さな宇宙船が墜落し、その結果として出来たノスフェラスの版図は非常に広大である。
カナン帝国が存在した時代から生きている唯一の人類が、その大魔道師アグリッパである。しかしそのアグリッパですら、カナン滅亡時にはまだ幼い少年であったとされる。

東方[編集]

中原からノスフェラスを挟み、遥か東方に広がる地域。ほぼ全域を大国キタイによって支配されており、フェラーラなどいくつかの周辺国も、キタイの属国であると考えて差し支えない。中原やその近隣では、パロを除いて重視されなくなった魔道が、未だ生活にも政治にも密着した地域である。人種的には黄色人種が支配的であり、その一部は中原へ移民して、クム建国の礎となった。

キタイ
東方のほぼ全域を支配する、世界一とも云われる大国。商業大国として知られるが、地理的な条件から、中原との交渉はさほど活発ではない。そのため、その実態も中原ではあまり知られておらず、謎の大国と呼ばれることもあった。中原で暗殺教団として知られている組織として、望星教団がある。
近年になり、極めて強力な魔道師ヤンダル・ゾッグが帝位に就いたことをきっかけとして、その野望の手が様々な形で中原を脅かすこととなった。そのターゲットとなったのは主にパロであり、魔道によってパロ国王レムスを傀儡化することにより、パロを通じた中原の征服を目論んでいた。だが、ナリスやグインの活躍、さらには望星教団を中心とするキタイ国内の対抗勢力の強大化などによって、現在は中原からの撤退を余儀なくされている。
近年に遷都が行われるまでの首都はホータンであり、長らくキタイの経済と文化の中心となってきたが、ヤンダル・ゾッグ即位後は急速に治安が悪化し、無法地帯と化した。現在の首都シーアンは、故郷の星への帰還を目指すヤンダル・ゾッグ一族が、その足掛かりとして今なお建設を進めている魔都であり、その実態はキタイの国民に対しては知らされていない。その建設に際しては、多くの国民が犠牲となっており、シーアンへ動員されることが、国民の恐怖の的となっている。
フェラーラ
人間と妖魔が共存するキタイの属国。ホータンに遷都されるまではキタイの首都であり、その後も歴代の王たちから魔都として特別扱いされていた。

北方[編集]

中原の北に広がる地域。1年の大半を氷雪に覆われる寒冷地。最大の国は、上ナタール川でケイロニアに接するタルーアンで、そのさらに北にはクインズランド、ヴァンハイム、ヨツンヘイムといった国があると云われる。タルーアン人は紅毛碧眼の白色人種で、男女を問わず大柄な人種として、また時として海賊も働く海洋民族として有名である。

ヨツンヘイム
最北の地にある地底王国。齢千年を数える氷の女王クリームヒルドに治められ、その入口を地獄の犬ガルム、霧怪フルゴル、地獄の大蛇によって守られている神秘の国。

南方[編集]

沿海州の南に広がるレント海、コーセア海に浮かぶ南洋諸島と、そのさらに南に位置する南方大陸を含む地域。ゴア、テラニアなどの島国、ランダーギアなどの大国が含まれる。人種としては黒色人種である。地理的な条件から、中原との交易はほぼ沿海州を通じてのものに限られるため、中原との直接の交流はほとんど見られない。

ハイナム[編集]

中原の西に位置する、パロと同時期に建国されたとされる謎の太古王国。独特の蛇神教を信仰しているといわれる。かつては諸外国とも交流があったが、現在では各国の王の即位式などに派遣される使者を除けば、ほぼ鎖国状態にあり、その実態は謎に包まれている。白魔道師「ドールに追われる男」イェライシャの出身地としても知られている。

文化[編集]

物語世界の文化・文明の程度としては、おおむね現実世界における中世程度のものであると考えられる。ただし、火薬は存在しないようである。他に現実世界に存在しない要素として、いくつかの地点に存在する、古代から伝わるとされる謎の超文明の遺物や、精神・次元・時間を操る魔道と呼ばれる技がある。

歴史[編集]

この世界の現状をもたらすに至った直接の原因は、3000年前の災厄にまで遡ると云われる。当時、世界はカナンと呼ばれる大帝国によって統一されていた。その頃、すでに文化・文明の程度は現在と同程度にまで達していたと云われており、現在でもカナンで用いられた様式を基本とする文化・文明が、何よりも洗練されたものとして尊重されている。

そのカナンを一夜にして滅亡させたのが、首都カナンに墜落した巨大な隕石であったと伝説は伝えている。が、実際には墜落したのは隕石ではなく、星間戦争を行っていた惑星外文明に属する巨大な宇宙船(「星船」と呼ばれる)であった。墜落した星船は大爆発を起こし、爆心地に近い多くの人々の命が奪われた。また、大爆発を生き延びた人々のほとんども、爆発した星船の動力部から漏れたらしい強い瘴気(放射能と思われる)によって、間もなく命を落とした(外伝第16巻『蜃気楼の少女』参照)。その爆心地は、誰も近づくことはできぬ地グル・ヌーとなり、それを中心とする広大な地域が、特異な生物相を持つ砂漠ノスフェラスへと変貌した。ノスフェラスに暮らすセム族、ラゴン族は、この時に辛うじて生き残った人々が、瘴気の影響によって変化したものであるとも云われる。

この災厄により、キレノア大陸は事実上、ノスフェラスによって東西に完全に分断された。またカナン帝国の滅亡によって、中原に新たな国が起こることとなった。そのもっとも古い国がパロ王国であり、それから間もなく興ったゴーラ帝国と長らく中原の覇を競うこととなる。さらに数百年前には、多数の部族に分かれ、北の蛮族と蔑まれていたケイロニアが帝国として統一され、現在の中原三大国体制が形成されることとなった。

魔道[編集]

魔道とは、精神力を鍛えることによって、対象となる精神次元時間に作用を及ぼし、それを操ることを可能にした精神科学である。パロ王家など一部の人々は、さほど厳しい訓練を行わなくとも、ごく初歩的な魔道を使うことはできるが、基本的には、極めて特殊な食生活と厳しい訓練を行うことにより、肉体と精神とを同化させることによってのみ、使用することが可能となるものである。それにより、信じがたいほどの長命を得たり、まったく精神的なものとして存在することすら可能となる場合がある。魔道が使えるようになった者のことを一般に魔道師と呼ぶ[注 1]。なお、魔道をもっていずれかの国に仕官したものが魔道士である。

魔道の技
精神に作用する魔道の代表的なものとしては、結界(けっかい)がある。これは、精神的な場を張ることによって、人々の精神に作用し、ある場所へ行くことを禁じたり、あるものを知覚することを妨げたりする技である。一般人に対しては精神的に作用するが、魔道師に対しては物理的な障壁として作用するものとなる。また、黒蓮の粉などの薬物を用いた催眠術も、広く使用される精神に対する魔道である。
次元に作用する魔道の代表的なものとしては、閉じた空間がある。これは多数重なり合って存在する次元を、精神の作用によって行き来することによって、遠方まで短時間で移動したり、他人に気配を気取られることなく監視を行ったりする技である。後者の場合には、結界をあわせて使用することも多い。この技は、パロに古くから伝わる古代機械と呼ばれる物質転送装置の原理を研究する内に、魔道師が見いだした技であると云われる。
時間に作用する魔道の代表的なものとしては、予知がある。これは文字通り、未来を予見する力である。だがその力を行使するには、神々が世界を司る黄金律を乱すことを戒める厳しい制約がある。そのためか、魔道師がその予知の内容を他者に告げる時には、極めて曖昧な物言いに終始することが多い。またパロ王家の女性には、生まれながらにして優れた予知能力を持つ者もいるが、こちらは魔道師とは違い、神がその女性を道具として語るものであるとされている。従って、本人の意志とは関係なく予知が行われることも多い。
これらのほかにも直接的に破壊光線、火球を出し人を殺傷するような魔道も存在する。ただし、魔道を用いて一般人を殺傷する事は最大の禁忌とされている。また、魔道師同士であれば、互いに一見しただけで魔力の多寡による強弱が極めて厳密に決まり、魔道師同士の戦闘は、どちらかが敗北を覚悟した上でなければ滅多に起こらないとされる。
文脈や意志の如何にかかわらず「お前の言葉に従おう」「お前に力を貸そう」「あなたが私の主人だ」といった言葉を言わせれば、相手の精神的なパワーを自在に引き出し自分の魔力として使うことができるとされる。
魔道師
魔道師は大きく、白魔道師と黒魔道師に分類される。
白魔道師とは、古の超科学者アレクサンドロスとの戦いに敗れた魔道師たちが、魔道の悪用を禁ずるために定められた魔道十二条を守ることを誓約することによって誕生した一派である。彼らは魔道師ギルドと呼ばれる団体によって律され、魔道十二条に背いた者はギルドによって厳しい罰を受けることとなる。その総本山はパロにあり、ゆえにパロに仕える魔道士(魔道を以って士卒として国家に仕える魔道師)のすべては白魔道師である[注 2]
一方、黒魔道師は魔道十二条に縛られない魔道師を指す。制約が少ない分大きな力を発揮できるが、その多くは独立しているために、ことに白魔道師の力の大きい中原においては、黒魔道師は個人の力が大きくなければ生き延びられないという一面もある。キタイの魔道師の場合、ある種の魔道師ギルドは存在する[注 3]ようだが、そもそも地理的、歴史的にアレクサンドロスの誓約とは無関係に発展したため、すべては黒魔道師に分類される。かつては黒魔道師を束ねる組織として、グラチウスが創設し、白魔道に転向する以前のイェライシャも最高幹部を務めたドール教団があるとされたが、近年ではグラチウス自身も教団を離れたといわれ、教団の存続自体が疑問視されている。

古代文明[編集]

この世界にはいくつか、失われた古代の超文明の遺物であると思われるものが存在する。代表的なものが、パロの首都クリスタルの王宮の地下にある古代機械、そしてノスフェラスのグル・ヌーの地下にある星船である。これらの秘密を手にすれば、世界を支配する力を手に入れられるとも云われ、様々な魔道師や科学者、あるいは世界征服の野心を抱く者の興味の対象となっている。実際にはこれらはすべて、カナンの大災厄の原因となった惑星外文明によってもたらされたものであり、物語が進行するにつれて、世界に様々な波紋を広げていくこととなる。

古代機械
パロの王宮クリスタル・パレス内のヤヌスの塔地下に、3000年前の建国当時より収められていると云われる物質転送装置。カイザー(もしくはカイサール)転送装置と呼ばれるものの一種。これを使用することにより、宇宙間・次元間の瞬間移動が可能となる。
装置に搭載されている人工知能が<マスター>として認めた者、及び<マスター>が特別に認めた者のみが装置を操縦することができる。この機械の場合、代々のパロ聖王家の人物の内のひとりだけが<マスター>として認められてきており、近年ではアルド・ナリスがその任を負っていた。また、装置自体が張るバリヤーによって強力に守られており、然るべき手続きを踏んだ者以外は、装置に近づくことすらできない。
ナリスの死後、この装置を操縦することができるのは、<最終マスター>として登録されているグインだけとなった。
星船
この惑星に惑星外から飛来した宇宙船全般を指すが、特に有名なのはカナンに墜落して、そのままノスフェラスのグル・ヌーの地下で眠り続けていたものである。その瘴気(残留放射能)ゆえにグル・ヌーへは常人には近づくことが不可能であったため、その存在を直接に確認したものは、ごく一部の魔道師(カル・モル)、黒太子スカールなどに限られていた。その内の一隻は惑星ランドックに属する宇宙船<ランドシア>であり、かつてランドックから追放される以前にグインが船長を務めていたものであった。

宗教[編集]

中原の宗教
中原で最も広く信仰を集めている宗教はヤヌス教である。これは双面神ヤヌスを中心として、運命神ヤーン、太陽神ルアー、月神イリス、戦いの女神イラナ、愛の神サリア、海神ドライドンなどを含むヤヌス十二神を始めとする神々を信仰する多神教である。中原の主な都市には、各神々の神殿が築かれており、それぞれに多数の信者を集めている。総本山はパロの首都クリスタルの郊外にあるジェニュアである。悪魔神はドールであり、これを崇める者はほとんどいないが、中原の首都ではケイロニアのサイロンにのみドール神殿が存在する。これはケイロニアでドール信仰が盛んであることを示すのではなく、すべてのものを受け入れるケイロニアの懐の深さを示したものであるとされる。また中原でも、文化的、民族的に特殊なクムでは、ヤヌス教とは別に、快楽と愛の女神サリュトヴァーナを主神とする多神教も信仰を集めている。
その他の地域の宗教
中原以外にも、様々な宗教が存在する。草原では、天空と大地の神モスが信仰されている。一神教であり、日没時には太陽に向かって詠唱(モスの詠唱)が捧げられる。沿海州は、基本的にヤヌス教の影響が強いが、主神とされているのはヤヌスではなく、海神ドライドンである。北方では、氷神イミールを主神とする多神教が信仰されている。キタイにも様々な宗教があるが、首都ホータンで主に信仰されているのは、ホータンを開いたとされる土地神ゼドを中心とする多神教ゼド教である。南方には、ヴーズーと呼ばれる呪術的な宗教が見られる他、ランダーギア出身の魔女タミヤが信仰する、クトゥルフ神話の神ラーン=テゴスと同名であるラン=テゴス神が登場する。
新興宗教
新興宗教としてはミロク教がある[注 4]。厳しい戒律による非暴力、節制を説く一神教で、中原でもゴーラを中心に信者を増やしつつあるらしい。シンボルは楕円形の輪の下に十字のついているミロク十字架。聖地は沿海州の西、草原の南に位置する自治都市ヤガであり、この地への巡礼を行うことが、ミロク教徒の生涯の目標のひとつともなっている。
ノスフェラスの宗教
ノスフェラスのセム族、ラゴン族も原始的な宗教を持っている。セム族の主神はアルフェットゥと呼ばれる蛙の姿をした神である。ラゴン族の主神はアクラと呼ばれるが、これはグル・ヌーと思しき場所を指すものであるらしい。

言語[編集]

中原で一般に話されている言語はパロス語である。これは古代カナン語の流れを汲む言葉であり、中原各地にさまざまな方言はあるものの、基本的にはどの国でも同じように通じるものである。中原以外でも、草原、沿海州などは軒並みパロス語を使用している。東方のキタイや南方などでは別の言語が使用されているようである。

また、特殊な言葉としてルーン語がある。これも古代カナン語から派生した言語であるが、主に魔道師によって、一般人には通じない言葉として独自に発展を遂げたものであるらしい。ルーン語には初級ルーン語と上級ルーン語、さらにその上位にあるルーン・ジェネリットといった種類がある。初級ルーン語が使用されるのは、魔道学、神学などの学問や、支配者階級の公式文書などである。上級ルーン語及びルーン・ジェネリットが使用されるのは、魔道師同士の会話や呪文など、魔道に関連するものに限られるらしい。

ノスフェラスのセム族、ラゴン族も、それぞれセム語、ラゴン語と呼ばれる独自の言語を持っている。ただし、両言語にほとんど差は見られず、両種族間でのコミュニケーションに支障はないようである。

単位[編集]

「正確に単位を決めたのは、4巻の後書きを書いたとき」[1]

  • 1スコーン……1.75キログラム
  • 1タール……1.2メートル
  • 1タッド……1.465キロメートル
  • 1モータッド……馬で1日に進める距離
  • 1ザン……47分

軍事[編集]

中原における軍事行動においては、以下のような特徴が見られる。

軍制
パロ、ケイロニア、ゴーラの3国には、数万人から10万人以上の常備軍が存在している。そのため中原には傭兵を生業とする者も多い。しかしこの数の軍隊を、傭兵のみによる常備軍で維持することは困難である。
金の塔傭兵騎士団やランバール自由騎士団に代表される傭兵集団も存在するものの、中原では一兵卒として雇用されるものが多い。傭兵を積極的に雇用する軍隊としては、ケイロニア黒竜騎士団などがある。
武器
個人用の武器としては剣を用いている例が多くみられる。中でも大剣およびレイピアの使用例が多い。騎兵においても大剣が多く用いられる。一方、ハルバード()やパイク(長)に代表されるポールウェポン(長柄武器)やチャリオット(戦車)が用いられた例はほとんど見られない。騎兵が槍を携行している描写は存在するが、槍で戦う場面は描写されていない。
個人戦闘の場合、防具を装備しない剣術がみられる。主に使用されるのは大剣およびレイピアである。大剣は片手で用いられることが多いが、その場合、反対側の手には何も持たない例も多い。またレイピアによる戦闘の場合もマンゴーシュバックラーなどが用いられた例は見られない。
防具
作中の挿絵から判断する限り、騎士・歩兵の主装備はともにプレートメイルであるが、国によって性質が異なる。パロの甲冑は見た目には瀟洒で洗練されている反面、白兵戦においては防御力に欠けると評される(なおパロの甲冑は「市街戦には向いている」との表記もある)。ゴーラ三国のうちユラニアについても、パロほど華奢ではないが、パロと同様の傾向がみられる。反面、モンゴールは無粋だが重厚な甲冑で身を固めていることが、作中でも度々指摘されており、その尚武の気質を反映しているとされる。そしてクムはモンゴールより更に重厚な、人馬一体の甲冑を身に着けている。
投射武器
火砲や携行用火器は実用化されていない。爆薬や大砲が存在しないため、攻城戦では火矢や破壊槌などが用いられる。
集団戦闘でロングボウ(長弓)、クロスボウ()などを用いた例はほとんど見られない。しかしパロの都クリスタルで起こった反乱鎮圧のため出動したモンゴール兵が暴徒に矢を射かける描写、またクムとモンゴールの会戦においてはクム兵が矢をものともせず突撃する描写が作中にある。武器としてのそのものは用意されており、また「弓兵」の存在も時たま言及されるため、存在してはいるらしい。
また、モンゴールのノスフェラス遠征時などに「弩(いしゆみ)」と呼ばれる投射武器がしばしば用いられている。これは矢ではなく石弾を放つものであり、スリングショットにクロスボウのような巻き上げ機構を利用したものであると思われる。
第一次ケイロニア-ユラニア戦役の際には、敵の前進を止めるために、グインが自らの率いるケイロニア黒竜騎士団の騎兵を数隊に分割し、分割された小編成の騎兵が順番に騎射する「車がかり」と呼ばれる作戦を採用した例がある。
編成
大剣で武装した歩兵と重装騎兵が乱戦を展開するケースが多くみられる。パロ侵攻時のモンゴール軍のように、盾を装備した重装歩兵による密集陣を用いるケースもある。騎兵は歩兵を随伴させず、騎乗した兵のみで一部隊を成す。
兵科複合の概念も確立されておらず、軽騎兵の大部隊が単独で敵国深く進入して長期の作戦行動を取るケースなどもみられる。また、サルデスにおけるユラニア軍とケイロニア軍の戦いなどでは、騎兵が単独で陣地防衛戦に投入されたケースもある。
戦術
戦場到着から会戦に至る過程では、大部隊が戦場に到着してそのまま間髪入れずに戦闘を開始する例も少なくない。また、最高指揮官が最前線に出て白兵戦を展開することが多いことも中原における集団戦闘の大きな特徴となっている。ただし、作中においても最高司令官が最前線に出る、はては敵と切り結ぶと言った戦術は、あくまで特殊事例で常道ではない、と度々指摘される。
作中において、グインやイシュトヴァーンといった名将は「斥候や伝令を潤沢に用い、情報の迅速な伝達を重視する」ということが、彼らの特徴的戦術として述べられている。一方で、活躍した時期がグインの登場より前の、クム大公タリオのような「古いタイプの名将」は、そうした情報伝達を比較的軽視する、と対比されている。
魔術の使用
この世界の特徴的な戦術として、魔道士を敵陣に潜入させて高級士官を暗殺するというものがある。第二次黒竜戦役時には、パロ軍がこの戦術を効果的に使い、モンゴール軍を崩壊させた。これは一見、上記の魔道十二条に触れるようだが、魔道で人を殺してはならないというのは、あくまで直接魔道で殺傷することであって「閉じた空間で背後に出現してナイフで刺す」類はギルド及び政府の許可があれば許されるとされる。
また、ユラニアの紅玉宮を舞台としたクーデターの際には、モンゴールの軍師アリストートスが魔道師オーノを使い、ユラニア大公オル・カンらを暗殺した例がある。ただし、魔道士が高度に制度化・組織化されているのは中原諸国においてはパロのみであり、他の国が同様の暗殺を行う場合は、ケイロニア皇帝アキレウス暗殺未遂事件や、アムネリスによるモンゴール奪還戦時のメンティウス将軍暗殺にみられるように、キタイ人など、魔道師以外のプロフェッショナルな暗殺者を雇うことが多い。
海戦
沿海州を中心に編成される海軍においては、軍船として主に使用されているのは甲板を持つ帆船であるが、どの種の帆船が一般的であるのかについては不明である。有名な軍船としてはヴァラキア海軍の旗艦「オルニウス号」などがある。 ガレーのような漕手を大量に用いる船の使用を示すような記述はほとんど見られない。戦闘面では、接舷戦闘が行われる例が多いが、タルーアンの「ヴァイキング」の軍船「フレイヤ号」が衝角による攻撃を試みた例もある(外伝3巻『幽霊船』参照)。

脚注[編集]

注釈[編集]

  1. ^ ヴァレリウスの言葉(正伝第22巻『運命の一日』)によれば、魔道師とは「魔道師ギルドにより、営業免許を与えられて、魔道をなりわいとし、人に魔道を教える師の資格をもつもの」とされる。しかし一般には、魔道を使える者のうち魔道師ギルドに属していないもの(黒魔道師など)に対しても「魔道師」という呼称を使用している。
  2. ^ グイン・サーガの時代の中原諸国において魔道士が制度として発達しているのはパロのみであり、他にはクムにおいて魔道伯と呼ばれる、クムの魔道師を束ね、魔道をもって宮廷に仕える地位が存在する例がみられる程度である(正伝第60巻『ガルムの報酬』他)。他の国では、例外的に雇われた魔道師が軍師・参謀的な役割を果たす程度であり、各国の要請に応じて魔道師を派遣する、派遣魔道士ギルドが存在する(正伝第69巻『修羅』)。
  3. ^ 正伝第59巻『覇王の道』において、キタイ出身の魔道師オーノが、ホータン魔道師ギルドおよびキタイ魔道師ギルドについて言及している。
  4. ^ 『S-Fマガジン 1982年12月増刊号』所収の作者によるエッセイ「豹(グイン)より若き友への手紙」によれば、ミロク教徒のあいだでは、ミロク神とは「五十六億七千年後(原文ママ)にあらわれて世界を救う仏」であるとされているという。

出典[編集]

  1. ^ 5巻「辺境の王者」あとがき