アレクサンドラ・パフムートワ
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アレクサンドラ・ニコライエヴナ・パフムートワ | |
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![]() アレクサンドラ・パフムートワ(2004年) | |
基本情報 | |
生誕 |
1929年11月9日![]() ![]() |
出身地 |
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学歴 | モスクワ音楽院 |
ジャンル | クラシック音楽 |
職業 | 作曲家 |
担当楽器 | ヴァイオリン |
公式サイト | パフムートワ公式サイト |
アレクサンドラ・ニコライエヴナ・パフムートワ(ロシア語: Алекса́ндра Никола́евна Па́хмутова, 英語: Aleksandra Nikolayevna Pakhmutova, 1929年11月9日 - )はロシアの作曲家。
姓の力点はロシア語では本来「パーフムトワ」であるが、日本ではうたごえ運動の時代に、「心さわぐ青春の歌」が最初「パフムートワ作曲」と紹介されたことから、今日でも「パフムートワ」で通用することが多い。
![](http://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/3/34/Vladimir_Putin_7_March_2000-2.jpg/220px-Vladimir_Putin_7_March_2000-2.jpg)
![](http://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/f/fb/%D0%90%D0%BB%D0%B5%D0%BA%D1%81%D0%B0%D0%BD%D0%B4%D1%80%D0%B0_%D0%9F%D0%B0%D1%85%D0%BC%D1%83%D1%82%D0%BE%D0%B2%D0%B0.jpg/220px-%D0%90%D0%BB%D0%B5%D0%BA%D1%81%D0%B0%D0%BD%D0%B4%D1%80%D0%B0_%D0%9F%D0%B0%D1%85%D0%BC%D1%83%D1%82%D0%BE%D0%B2%D0%B0.jpg)
経歴[編集]
1929年、スターリングラード(現在のヴォルゴグラード)近郊に生まれる。1936年、6歳で町の音楽学校に入学し、戦争まで在学した。1942~1943年にはカラガンダへ疎開し、そこでも音楽教育を受け続けた。1943年の秋にモスクワ音楽院の付属学校へ移り、ピアノと作曲をヴィッサリオン・シェバリーン、ニコライ・ペイコの下で学んだ。1948年にモスクワ音楽院の作曲科に入学する。シェバリーンについて学び、1953年に優秀な成績で卒業する。その後研究科に在学し、1956年に卒業した。
1963~1991年、ソビエト連邦作曲家同盟幹部の秘書。
作品[編集]
作品には「ロシア組曲」「トランペット協奏曲」「青春序曲」「管弦楽のための協奏曲」などの管弦楽曲、カンタータや合唱などの子どものための曲、映画音楽などがある。また「心さわぐ青春の歌」をはじめとする400曲以上の歌曲を作曲したことでも知られている。
文献[編集]
- Добрынина Е., Александра Пахмутова, М., 1973.(E. ドブリニナ1973『アレクサンドラ・パフムートワ』モスクワ)
外部リンク[編集]
- パフムートワ公式サイト
- アレクサンドラ・パフムートワ - IMDb(英語)
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脚注[編集]