コンテンツにスキップ

強制通用力

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

強制通用力(きょうせいつうようりょく)とは、貨幣において、額面で表示された価値で決済の最終手段として認められる効力[1]。ただし、本来は"cours forcé"(兌換義務が停止された銀行券も法律により通用力をもつとする効力)を強制通用力、"cours légal"(金銭債務の弁済として受領が強制される効力)を法定通用力と区別され[2][3]、日本では一般的に強制通用力が法定通用力の意味で用いられているという指摘がある[2]

概説[編集]

強制通用力を与えられた通貨を法貨といい、主要国では中央銀行の発行する銀行券や政府の発行する貨幣硬貨)がこれにあたる[2]

強制通用力を認められた貨幣による決済は、額面で表示された価値の限度で最終的な決済と認められ、受け取る相手側はこれを拒否できない[注 1]ことが国家により保証されている[1]

一般的に取引で強制通用力を有する貨幣が支払手段として機能するのは、貨幣には富として蓄えられる価値の保蔵という機能があるからであり、また、強制通用力を有する貨幣には誰にでも受け取ってもらえるであろうという一般受容性が認められるためとされる[4]。 中央銀行の銀行券が市中流通において求められる要件として、使用者側からは堅牢性(流通適性、耐久性)、安全性(衛生的、環境特性)、利便性(機械処理適性、インフラ維持)、社会的受容などの要件があり、強制通用力はユニバーサルデザインなどとともに社会的受容に含まれる[5]

法貨の受領強制については国や時代によって異なり、日本の現行制度などでは債権者が受け取らない場合には民法上の受領遅滞になるという私法上の効果にとどまるが、フランス刑法典のように法貨の受領拒否に対して刑事罰を科すことができる規定をもつ国(刑法典(Code pénal)R642-3条)もある[2]。過去の例では、13世紀の中国で皇帝の発行した紙幣の受領拒否が死刑とされた例があるほか、フランスではアッシニア紙幣の受領拒否に対して20年間の拘禁または死刑が定められた例、米国で独立戦争時に大陸紙幣の受領拒否を敵対行為として処罰対象とした例がある[2]

なお、日本やイギリスなどの国々では、支払方法について当事者間で別段の合意をすることは有効である[2]

欧米地域の法貨[編集]

英国[編集]

強制通用力は、英国において1844年ピール銀行条例イングランド銀行券に世界で初めて認められたとされる[6]

英国ではイングランド銀行券がイングランドおよびウェールズで法貨とされている(Currency and Bank Notes Act 1954, c.12, s. 1(2))[2]。また、金貨は無制限に、また国王が布告するその他の貨幣(硬貨)は一定限度額まで法貨とされている(Coinage Act 1971, c. 24, ss. 2, 3)[2]

米国[編集]

米国では連邦準備券と貨幣(硬貨)は、すべての債務、公課、租税、関税について法貨とされている(31 U.S.C.§5103)[2]。連邦準備券(Federal Reserve notes)は連邦準備銀行の銀行券に相当する[2]

なお、同条(31 U.S.C.§5103)では、連邦準備銀行および国法銀行の流通券(circulating notes)も法貨とされているが、連邦準備銀行券(federal reserve bank notes)は1945年に、国法銀行券(national bank notes)は1935年に発行が停止されている[2]

日本での法制度[編集]

紙幣である日本銀行券には無制限の強制通用力がある[2][7]。法令上の「貨幣」、すなわち通貨の単位及び貨幣の発行等に関する法律における「貨幣」は、額面価格の二十倍までを限度として強制通用力が認められている[2][8]

強制通用力を有する貨幣、すなわち通貨による支払いは最終的なものであり、受取人は受け取りを拒否することができず、これにより決済は完了する(支払完了性)[9]

日本銀行券(日本銀行法)[編集]

日本銀行法46条2項により日本銀行券は「法貨として無制限に通用する」と規定されており[2]、日本銀行券を用いた支払いに対して、相手方はその受取りを拒絶することができない[10]

日本銀行法
第5章 日本銀行券
(日本銀行券の発行)
第46条
  1. 日本銀行は、銀行券を発行する。
  2. 前項の規定により日本銀行が発行する銀行券(以下「日本銀行券」という。)は、法貨として無制限に通用する。

なお、1997年改正前の旧日本銀行法でも日本銀行券は「公私一切ノ取引ニ無制限ニ通用ス」と規定されていた(29条2項)[2]

貨幣(通貨の単位及び貨幣の発行等に関する法律)[編集]

法令上の「貨幣」、すなわち現在にあっては「通貨の単位及び貨幣の発行等に関する法律」の「貨幣」(一般には「硬貨」)については、同法第7条により、額面の20倍まで強制通用力を持つ[11]。使用枚数が多いと受け取る側は計算や保管に手間がかかるため「額面価格の二十倍までを限り、法貨として通用する」とされている[2][10]

通貨の単位及び貨幣の発行等に関する法律
(法貨としての通用限度)
第7条 貨幣は、額面価格の二十倍までを限り、法貨として通用する。

なお、臨時通貨法(昭和13年法律第86号)では、(補助)貨幣について、「五百円ノ臨時補助貨幣ハ一万円迄、百円ノ臨時補助貨幣ハ二千円迄、五十円ノ臨時補助貨幣ハ千円迄、十円ノ臨時補助貨幣ハ二百円迄、五円ノ臨時補助貨幣ハ百円迄、一円ノ臨時補助貨幣ハ二十円迄、……ヲ限リ法貨トシテ通用ス」(3条)と規定されていた(1987年に通貨の単位及び貨幣の発行等に関する法律により廃止)[2]

民法との関係[編集]

民法第402条は第1項で「債権の目的物が金銭であるときは、債務者は、その選択に従い、各種の通貨で弁済をすることができる。ただし、特定の種類の通貨の給付を債権の目的としたときは、この限りでない。」、第2項で「債権の目的物である特定の種類の通貨が弁済期に強制通用の効力を失っているときは、債務者は、他の通貨で弁済をしなければならない。」と定めるが、これらの規定の「通貨」とは日本国内において強制通用力を有する銀行券および貨幣(硬貨)のことと解釈するのが学説上の一致した見解となっている[2]

日本での強制通用力の実定法上の根拠について、日本銀行法46条2項および通貨の単位及び貨幣の発行等に関する法律7条の規定と民法402条の関係には2つの考え方があるとされ、その一つは日本銀行法等の法貨を定める規定から直接強制通用力を生じる(民法402条1項はそれを前提に強制通用力に関わる詳細な事項を定める)と捉えるものと、もう一つは日本銀行法等で定められた法貨について強制通用力の具体的効果を民法402条1項で定めていると捉えるものがある[2]

その他の法令[編集]

なお、債務弁済方法の指定については、法令により一定の制限(強行法規性)を持つ場合がある。例として、給与の支払いや税金の納付などがあげられる。[12]

また、租税その他の公納、すなわち銀行などを介さない直接納付については、無制限の通用が認められている[13][14]

外国為替及び外国貿易法上の外国通貨及び金貨[編集]

外国為替及び外国貿易法では「外国通貨」を「本邦通貨以外の通貨」と定義しているが(第6条1項4号)、強制通用力のある通貨であれば、その輸入の目的が収集用又は記念用等で支払手段として使用しない場合であっても「外国通貨」として取り扱われる(「外国為替法令の解釈及び運用について」6-1-8)[15]。また、同法では「貴金属」を「金の地金、金の合金の地金、流通していない金貨その他金を主たる材料とする物」と定義し(第6条1項10号)、このうち「流通していない金貨」については、強制通用力のある金貨のうち、その額面金額を超える価額で取引されるものを含まれるとされている(「外国為替法令の解釈及び運用について」6-1-10)[15]

通貨の流通性と強制通用力[編集]

1950年代から1960年代にかけて、兌換が停止された不換銀行券も依然として信用貨幣であるとする信用貨幣説(岡橋保など)と、それ以後は国家の強制通用力によって流通するという国家紙幣説(飯田繁麓健一三宅義夫など)が対立した(不換銀行券論争)[16]

1971年アメリカ合衆国ドルの金交換が停止されたが、以後も引き続き国際通貨として機能しており、その説明に国家の強制通用力や国際的金融協力などによる説明が試みられたものの理論的閉塞の状況がみられた[17]。その後は木下悦二によって世界貨幣と国際通貨は成立過程とその本質を異にするとの主張が出されている[17]

脚注[編集]

注釈[編集]

  1. ^ 拒否すると受領遅滞など、受け取り側(債権者)にとって不利な効果を生ずべきこと

出典[編集]

  1. ^ a b 酒井良清著 『金融システム 第3版』 有斐閣アルマ、2006年、87-88頁
  2. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s 中央銀行と通貨発行を巡る法制度についての研究会「「中央銀行と通貨発行を巡る法制度についての研究会」報告書」『金融研究 2004.8』、日本銀行金融研究所、2004年。 
  3. ^ 酒巻修也「一部無効の本質と射程(三)─一部無効論における当事者の意思の意義を通じて─」『北大法学論集』第66巻第6号、北海道大学、2016年3月25日。 
  4. ^ 一般受容性については、日本銀行金融研究所編 『新しい日本銀行 増補版』 有斐閣、2004年、36-39頁を参照
  5. ^ 中央銀行デジタル通貨(CBDC)に関するレポート”. 国立印刷局. 2024年6月9日閲覧。
  6. ^ 日本銀行金融研究所編 『新しい日本銀行 増補版』 有斐閣、2004年、5頁
  7. ^ 日本銀行法(平成 9 年 6 月 18 日法律第 89 号)第 46 条(日本銀行券の発行)第 2 項「前項の規定により日本銀行が発行する銀行券(以下「日本銀行券」という。)は、法貨として無制限に通用する。」
  8. ^ 通貨の単位及び貨幣の発行等に関する法律(昭和 62 年 6 月 1 日法律第 42 号)第 7 条(法貨としての通用限度)「貨幣は、額面価格の二十倍までを限り、法貨として通用する。」
  9. ^ 日本銀行金融研究所編 『新しい日本銀行 増補版』 有斐閣、2004年、36頁
  10. ^ a b 第3章 日本銀行券の発行・流通・管理”. 日本銀行金融研究所. 2024年6月9日閲覧。
  11. ^ お金には使用できる枚数の制限があるのですか 財務省
  12. ^ 賃金#賃金支払五原則国税通則法第34条などを参照。
  13. ^ 補助貨ヲ無制限ニ公納受領ノ件”. 財務省 (1937年9月30日). 2022年1月21日閲覧。
  14. ^ 硬貨での納税拒否し暴言 東福岡民商会員ら税務署に抗議 統括官らが謝罪”. 全国商工団体連合会. 2022年1月21日閲覧。
  15. ^ a b 外国為替法令の解釈及び運用について(昭和55年11月29日付蔵国第4672号)”. 国立印刷局. 2024年6月9日閲覧。
  16. ^ 小栗誠治「銀行券、シーニョレッジの本質とその会計的把握」『彦根論叢』第405号、滋賀大学経済学会、2015年。 
  17. ^ a b 楊枝嗣朗「現代貨幣論と国際通貨─木下悦二氏の国際通貨論の衝撃とその後─」『佐賀大学経済論集』第40巻第2号、佐賀大学、2007年。 

関連項目[編集]