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藤永孝三

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
オウム真理教徒
藤永 孝三
ホーリーネーム パーラーパリヤ
ステージ 師長
教団での役職 科学技術省次官
関係した事件 松本サリン事件
判決 懲役10年
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藤永 孝三(ふじなが こうぞう)は、元オウム真理教幹部。

人物

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山口県出身。1984年フェザー級のボクサーとしてデビューするが翌年に引退。その後オウムに入信し、溶接の経験があることから松本サリン事件で使用されたサリン噴霧車の製造に関わる[1]

1995年4月24日に微罪で逮捕、5月8日には火薬類取締法違反で再逮捕[2][3]。松本サリン事件の噴霧車製造関与で懲役10年判決を受ける。

松本サリンの被害者河野義行の手記『妻よ!』を読んだこともあり、2006年の出所後に河野義行と会う。河野は怒るどころか「あなたも運が悪かったねえ」と語り、一緒に釣りをするまでの仲となった。贖罪のため、河野宅の庭の剪定を行っている[4]

関連項目

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脚注

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  1. ^ 東京キララ社編集部『オウム真理教大辞典』 p.115
  2. ^ 「オウム真理教「地下鉄サリン」容疑者41人の素顔」 読売新聞 1995年5月17日
  3. ^ 「火薬類保管のオウム科技省幹部を再逮捕」 読売新聞 1995年5月6日
  4. ^ 「松本サリン傷心15年」 読売新聞 2009年6月24日