コンテンツにスキップ

石井輝比古

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
石井 輝比古
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 福岡県福岡市大濠
生年月日 (1949-06-09) 1949年6月9日(75歳)
身長
体重
182 cm
75 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 投手
プロ入り 1967年 ドラフト5位
初出場 1968年8月10日
最終出場 1970年10月19日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

石井 輝比古(いしい てるひこ、1949年6月9日 - )は、福岡県福岡市大濠出身の元プロ野球選手。ポジションは投手

来歴・人物

[編集]

福岡第一高校では甲子園に出場できなかったが右の本格派として知られた。高校の1年上に伊東勇、同期に井上正晴がいる。

1967年ドラフト会議東映フライヤーズから5位指名を受け入団[1]1968年10月6日南海ホークスとの対戦で初先発を果たすが、早々に打ち込まれ敗戦投手となる。1970年にも2試合に先発するが結果を残せなかった。

1971年オフの第2回選抜会議(トレード会議)の対象となり、指名を受けた大洋ホエールズへ移籍[1]。ここでは一軍での登板機会はなく、1972年限りで引退[1]

詳細情報

[編集]

年度別投手成績

[編集]




















































W
H
I
P
1968 東映 2 1 0 0 0 0 1 -- -- .000 19 2.2 9 0 3 0 0 1 1 0 5 5 15.00 4.50
1969 3 0 0 0 0 0 1 -- -- .000 35 9.0 9 0 2 0 0 3 0 0 4 4 4.00 1.22
1970 5 2 0 0 0 0 0 -- -- ---- 47 8.1 18 2 3 0 0 8 0 0 11 11 12.38 2.52
通算:3年 10 3 0 0 0 0 2 -- -- .000 101 20.0 36 2 8 0 0 12 1 0 20 20 9.00 2.20

記録

[編集]
  • 初登板:1968年8月10日、対南海ホークス19回戦(大阪球場)、7回裏から4番手で救援登板・完了、1回0/3を1失点(8回裏無死降雨コールド)
  • 初先発登板:1968年10月6日、対南海ホークス26回戦(大阪球場)、1回2/3を4失点で敗戦投手

背番号

[編集]
  • 48 (1968年 - 1970年)
  • 36 (1971年)
  • 57 (1972年)

関連項目

[編集]

脚注

[編集]
  1. ^ a b c プロ野球人名事典 2003(2003年、日外アソシエーツ)、39ページ

外部リンク

[編集]