大西英一
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大西 英一(おおにし えいいち、1889年〈明治22年〉12月7日 - 1955年〈昭和30年〉12月16日)は、日本の土木技術者、実業家。工学博士。第4代日本発送電総裁や初代電力中央研究所理事長、第39代土木学会会長を務めた。
人物・経歴
[編集]福井県で鉄道官吏の子として生まれる。愛知県第一中学校(現愛知県立旭丘高等学校)を経て[1]、1912年(明治45年/大正元年)名古屋高等工業学校(現名古屋工業大学)土木科卒業[2]。鉄道院を経て、1914年神通川電力入社[2]。中学・高工の先輩石川栄次郎の誘いを受け矢作水力に移り[1]、1940年(昭和15年)取締役に昇格[2]。
1942年日本発送電入社。1945年日本発送電理事。1947年日本発送電総裁[2]。1948年「「超高圧隧道」と「我が国に於ける湖沼と発電水力」について」で東京大学工学博士[3]。1951年電力技術研究所初代理事長、日本大学教授[2]。1952年発電水力協会会長[1]。1955年藍綬褒章受章[2][1]。墓所は多磨霊園。
脚注
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