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ボビー・シャンツ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ボビー・シャンツ
Bobby Shantz
1951年の訪日時
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 ペンシルベニア州ポッツタウン
生年月日 (1925-09-26) 1925年9月26日(99歳)
身長
体重
5' 6" =約167.6 cm
142 lb =約64.4 kg
選手情報
投球・打席 左投右打
ポジション 投手
プロ入り 1948年
初出場 1949年5月1日
最終出場 1964年9月29日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

ロバート・クレイトン・シャンツRobert Clayton "Bobby" Shantz1925年9月26日 - )は、アメリカ合衆国ペンシルベニア州ポッツタウン出身の元プロ野球選手投手)。左投げ右打ち)。

1952年のアメリカンリーグ最優秀選手。小柄だったがフィールディングに優れ、メジャーリーグベースボール(MLB)で1957年から始まったゴールドグラブ賞の最初の受賞投手となった[1]

経歴

[編集]

1948年にアマチュアから当時のフィラデルフィア・アスレチックスに入団し、1949年にメジャーリーグに昇格した。3年目の1951年に18勝と2桁勝利に乗せた。この年の秋にはメジャーリーグ選抜の一員として日米野球に参加。パリーグ選抜に1-3で敗れメジャーリーガーとしては初めて日米野球の敗戦投手となっている。翌1952年には24勝7敗でアメリカンリーグの最多勝利投手となった。この年は開幕から白星を重ね、当時シーズン30勝の可能性も報じられたそうだが、死球を受けそれ以上の勝ち星を伸ばせなかったという。同年のオールスターゲームでは1イニングを投げ、ホワイティー・ロックマンジャッキー・ロビンソンスタン・ミュージアルを三者連続三振に抑える好投も見せた。

緊縮財政下だったアスレチックスが当時活躍した選手たちをすぐ放出したこともあり、その後シャンツもなかなか勝ち星をあげられず徐々に先発から抑え投手へと転向していった。シャンツ自身も1957年にヤンキースにトレードで移籍したが、移籍後11勝5敗と防御率2.45の成績を残し、リーグ最優秀防御率投手になるとともに、自身3度目のオールスター出場も果たした。ヤンキースには1960年まで在籍し2度のワールドシリーズ出場を経験したが、同年ワシントン・セネタースエクスパンション・ドラフトの際ヤンキースを離れると、以後ナショナルリーグの球団を転々とした。シャンツは引退する1964年まで8年連続でゴールドグラブ賞を受賞しているが、特に最終年は1シーズンで3球団を渡り歩きながらの受賞であった。
この年最初に所属していたセントルイス・カージナルスからシカゴ・カブスに移籍したトレードではシャンツ含めて両チーム併せて6選手が移籍(3選手同士のトレード)した。この6選手の内の1人が当時は一介の若手選手に過ぎなかったが後にセントルイスの1番打者として活躍し、アメリカ野球殿堂にも選出されるルー・ブロックだった。
同年現役を引退。引退後のコーチ歴などはない。

詳細情報

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年度別投手成績

[編集]




















































W
H
I
P
1949 PHA
KCA
33 7 4 1 -- 6 8 2 -- .429 537 127.0 100 9 74 -- 3 58 3 0 50 48 3.40 1.37
1950 36 23 6 1 -- 8 14 0 -- .364 957 214.2 251 18 85 -- 7 93 0 3 122 110 4.61 1.57
1951 32 25 13 3 -- 18 10 0 -- .643 869 205.1 213 15 70 -- 5 77 1 1 96 90 3.94 1.38
1952 33 33 27 5 -- 24 7 0 -- .774 1103 279.2 230 21 63 -- 4 152 0 0 87 77 2.48 1.05
1953 16 16 6 0 -- 5 9 0 -- .357 437 105.2 107 10 26 -- 0 58 3 0 52 48 4.09 1.26
1954 2 1 0 0 -- 1 0 0 -- 1.000 38 8.0 12 2 3 -- 1 3 0 0 7 7 7.88 1.88
1955 23 17 4 1 -- 5 10 0 -- .333 550 125.0 124 8 66 11 1 58 2 0 70 63 4.54 1.52
1956 45 2 1 0 -- 2 7 9 -- .222 425 101.1 95 12 37 4 3 67 1 0 51 49 4.35 1.30
1957 NYY 30 21 9 1 -- 11 5 5 -- .688 688 173.0 157 15 40 1 6 72 3 1 58 47 2.45 1.14
1958 33 13 3 0 -- 7 6 0 -- .538 531 126.0 127 8 35 7 2 80 3 1 52 47 3.36 1.29
1959 33 4 2 2 -- 7 3 3 -- .700 376 94.2 64 4 33 5 0 66 3 0 33 25 2.38 1.03
1960 42 0 0 0 -- 5 4 11 -- .556 280 67.2 57 5 24 4 2 54 3 0 24 21 2.79 1.20
1961 PIT 43 6 2 1 -- 6 3 2 -- .667 377 89.1 91 5 26 6 4 61 0 0 38 33 3.32 1.31
1962 HOU 3 3 1 0 -- 1 1 0 -- .500 78 2.2 15 1 5 0 0 14 0 0 4 3 1.31 0.97
STL 28 0 0 0 -- 5 3 4 -- .625 236 57.2 45 7 20 2 1 47 0 0 22 14 2.18 1.13
'62計 31 3 1 0 -- 6 4 4 -- .600 314 78.1 60 8 25 2 1 61 0 0 26 17 1.95 1.09
1963 55 0 0 0 -- 6 4 11 -- .600 312 79.1 55 6 17 5 2 70 5 0 28 23 2.61 0.91
1964 16 0 0 0 -- 1 3 0 -- .250 72 17.1 14 2 7 3 0 12 1 0 6 6 3.12 1.21
CHC 20 0 0 0 -- 0 1 1 -- .000 55 11.1 15 2 6 2 0 12 0 0 7 7 5.56 1.85
PHI 14 0 0 0 -- 1 1 0 -- .500 124 32.0 23 1 6 3 0 18 1 0 10 8 2.25 0.91
'64計 50 0 0 0 -- 2 5 1 -- .286 251 60.2 52 5 19 8 0 42 2 0 23 21 3.12 1.17
通算:16年 537 171 78 15 -- 119 99 48 -- .546 8045 1935.2 1795 151 643 53 41 1072 29 6 817 726 3.38 1.26
  • 各年度の太字はリーグ最高

獲得タイトル・記録

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  • アメリカンリーグ最優秀選手:1952年[2]
  • 最多勝利:1952年
  • 最優秀防御率:1957年
  • オールスターゲーム選出:3回(1951,1952,1957年)
  • ワールドシリーズ出場:2回(1957,1960年)
  • ゴールドグラブ賞(投手):8回(1957-1964年)

脚注

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  1. ^ ゴールドグラブ賞初年度はリーグ別表彰でなく、MLB全体での表彰制度だった。詳細はゴールドグラブ賞の項を参照。
  2. ^ “168cmアルテューベ、史上最小に並ぶMVP”. 日刊スポーツ. (2017年11月17日). https://www.nikkansports.com/baseball/mlb/news/201711170000305.html 2020年2月27日閲覧。 

関連項目

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出典・外部リンク

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