ペギー・アシュクロフト
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デイム・ペギー・アシュクロフト Dame Peggy Ashcroft | |||||||||||||||||||||||||||||||||
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本名 | Edith Margaret Emily Ashcroft | ||||||||||||||||||||||||||||||||
生年月日 | 1907年12月22日 | ||||||||||||||||||||||||||||||||
没年月日 | 1991年6月14日(83歳没) | ||||||||||||||||||||||||||||||||
国籍 | イギリス | ||||||||||||||||||||||||||||||||
配偶者 |
Rupert Hart-Davis (1929-1933) Theodore Komisarjevsky (1934-?) Jeremy Hutchinson (1940-1965) | ||||||||||||||||||||||||||||||||
主な作品 | |||||||||||||||||||||||||||||||||
『インドへの道』 | |||||||||||||||||||||||||||||||||
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デイム・ペギー・アシュクロフト, DBE(DAME Peggy Ashcroft, 出生名: Edith Margaret Emily Ashcroft, 1907年12月22日 - 1991年6月14日)は、イギリスの女優。サリー州クロイドン出身。
来歴
[編集]演劇学校卒業後、ローレンス・オリヴィエ、ジョン・ギールグッドと共演した『ロミオとジュリエット』など、主にシェークスピア作品の舞台に多く出演。1933年の『声なき凱歌』で映画デビューを果たす。1951年にイギリス王室からCBEを、1956年にはDBEの称号を受け取る。
1984年公開の『インドへの道』でアカデミー助演女優賞を受賞する。この時77歳で、この部門の最年長受賞者となった。1989年公開の『おかえりなさい、リリアン』でヴェネツィア国際映画祭の女優賞とイタリア批評家賞を受賞。
1991年、脳卒中で亡くなる(83歳)。
主な出演作品
[編集]公開年 | 邦題 原題 |
役名 | 備考 |
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1933 | 声なき凱歌 The Wandering Jew |
Olalla Quintana | |
1935 | 三十九夜 The 39 Steps |
クロフターの妻 | |
1939 | 十二夜 Twelfth Night |
ヴァイオラ | テレビ映画 |
テンペスト The Tempest |
ミランダ | テレビ映画 | |
1959 | 尼僧物語 The Nun's Story |
マザー・マチルダ | |
1968 | 秘密の儀式 Secret Ceremony |
ハンナ | |
1969 | 濡れてる牝猫 Three Into Two Won't Go |
ベル | |
1971 | 日曜日は別れの時 Sunday, Bloody Sunday |
アレックスの母 | |
1977 | ジョゼフ・アンドリュースの華麗な冒険 Joseph Andrews |
レディ・タトル | |
1978 | マハラジャ・優雅なる苦悩 Hullabaloo Over Georgie and Bonnie's Pictures |
Lady Gee | テレビ映画 |
1980 | コーヒーにクリームを Cream in My Coffee |
ジェーン・ウィルシャー | テレビ映画 |
1984 | インドへの道 A Passage to India |
ムーア夫人 | アカデミー助演女優賞 受賞 ゴールデングローブ賞 助演女優賞 受賞 英国アカデミー賞 主演女優賞 受賞 |
1986 | 風が吹くとき When the Wind Blows |
ヒルダ | 声の出演 |
1988 | マダム・スザーツカ Madame Sousatzka |
レディ・エミリー | |
デス・ヒート/スパイを愛した女 A Perfect Spy |
Miss Dubber | テレビ・ミニシリーズ | |
1989 | おかえりなさい、リリアン Screen One: She's Been Away |
リリアン | テレビシリーズ ヴェネチア国際映画祭女優賞 受賞 |