鳥獣人物戯画

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鳥獣人物戯画

鳥獣人物戯画(ちょうじゅうじんぶつぎが)は、京都市右京区高山寺に伝わる紙本墨画の絵巻物国宝鳥獣戯画とも呼ばれる。現在の構成は、甲・乙・丙・丁と呼ばれる全4巻からなる。内容は当時の世相を反映して動物や人物を戯画的に描いたもので、嗚呼絵(おこえ)に始まる戯画の集大成といえる。元来、表面裏面に書かれていたものが裏打ちで剥ぎ取られ現在に伝わる状態になっていることが近年の修復で判明している。

一部の場面には現在の漫画に用いられている効果に類似した手法が見られることもあって、「日本最古の漫画」とも称される[1]

成立については、各巻の間に明確なつながりがなく、筆致・画風も違うため、12世紀 - 13世紀平安時代末期 - 鎌倉時代初期)の幅のある年代に複数の作者によって、別個の作品として制作背景も異にして描かれたが、高山寺に伝来した結果、鳥獣人物戯画として集成したものとされる。

作者には戯画の名手として伝えられる鳥羽僧正覚猷(とばそうじょう かくゆう)が擬されてきたが、それを示す資料はなく、前述の通り各巻の成立は年代・作者が異なるとみられることからも、実際に一部でも鳥羽僧正の筆が加わっているかどうかは疑わしい。

現在は部分的に欠落した絵巻の一画面を掛け軸にした「断簡」や、原本で失われた画面を写し留めている「模本」が東京国立博物館京都国立博物館ホノルル美術館等に寄託保管されている。[2]

各巻の内容および断簡・模本[編集]

鳥獣人物戯画は製作されてから800年程度と長い年月を経過し、また多数の作品を集めた性格から、描かれた当時の形態を留めていない。脱落や繋ぎの変更があり、本来は鳥獣人物戯画の一部であったと思われる断簡が多数ある。それらは現在の形になる以前に模写された模本により、描かれた当時の姿、あるいは時代経過に従って進む錯簡を推定することができる。

甲巻[編集]

様々な動物による水遊び賭射/賭弓(のりゆみ)相撲といった遊戯法要喧嘩などの場面が描かれる。描かれたなどの植生から、の光景とみられる。断簡や模本から、甲巻は成立当初は2巻立て以上のそれら自体で独立した絵巻物だったと考えられ、内、少なくとも1巻は、草むらからのの出現によって動物たちは遁走し、遊戯が終わりを迎えるという構成だった。現在の甲巻は、後世に遭遇した火災による焼損被害や、失われた(恐らくは何らかの形で持ち去られた)断簡による不自然さを補うための加筆が一部に見られる。

2009年平成21年)から4年かけて行われた大規模な修理において甲巻の中盤と後半の絵が入れ替わっていることが判明した。室町時代の戦乱時に高山寺の伽藍が焼けた記録が残っているが、この時に一度持ち去られた可能性があり、後に回収してつなぎ直した際に順序が入れ替わった可能性あり。

[3][要ページ番号]

乙巻[編集]

山羊といった身の回りの動物だけでなく、獅子麒麟といった海外の動物や架空の動物も含め、さまざまな動物の生態が描かれており、動物図鑑としての性質が強い巻。絵師たちが絵を描く際に手本とする粉本であった可能性も指摘されている。

丙巻[編集]

前半10枚は人々による遊戯を後半10枚は甲巻の様に動物による遊戯を描いている。後半部分については、甲巻の動物の遊戯を手本に描かれたものとも言われる。

前半と後半の筆致に違いがあることから、別々に描かれた絵巻を合成して1巻とした巻とみられていたが、京都国立博物館による修復過程で元は表に人物画、裏に動物画を描いた1枚だった和紙を薄く2枚にはがし繋ぎ合わせて絵巻物に仕立て直したものだと分かった[3][要ページ番号]。19枚目の歩く蛙の絵に墨跡があり、2枚目のすごろく遊びをする人の絵と背中合わせにすると、19枚目の墨跡(烏帽子の滲み)と2枚目の人物画の烏帽子の位置と合致すると判明した後、この他にも1枚目と20枚目、3枚目と18枚目というように墨跡などが合致することが分かった。これにより元々は10枚の人物画の裏に動物画が描かれ、江戸時代鑑賞しやすいように2枚に分けられたと推定されている。

丁巻[編集]

人々による遊戯の他、法要や宮中行事も描かれている。描線は奔放で、他の巻との筆致の違いが際立つ巻。

断簡[編集]

甲巻から分割された断簡の後半部分。烏帽子を被る猿に、蓮葉の傘を差し掛ける蛙。東京国立博物館所蔵。
画像外部リンク
鳥獣人物戯画断簡 - 東京国立博物館 画像検索

東京国立博物館蔵[編集]

縦30.7センチメートル、横83・20センチメートル、中央の横長の紙に左右に横の短い紙が継がれており、現在は掛軸に表装されている[4][5]。右から、ツバの長い帽子や下駄を身につけ扇を操る蛙、木の葉の帽子や太刀に見立てた枝を身につける狐、頭、肩口、腰回りに木の葉を身につける猿、烏帽子を被る猿、その猿の上を被う傘がわりの大きな葉を持つ蛙が描かれている[5]。上述の国宝4巻のうち、甲巻第16紙の前に繋がる部分が描かれており、継ぎ目に押される「高山寺」の朱印が押された形跡がないことから、比較的早い時期に分断されたものと考えられている[4]。上述の国宝の調査によって国宝との一連性が明らかとなったため、2017年(平成29年)に重要文化財に指定された[4]。現在は独立行政法人国立文化財機構が所有し、東京国立博物館が保管している[4]

その他[編集]

模本[編集]

  • 住吉家伝来模本(江戸幕府の御用絵師だった家系に伝わっていた「兎猿遊戯中巻」)
  • 長尾家旧蔵模本(ホノルル美術館蔵):この模本にのみ見られる特徴として、サルの顔だけ朱塗りが施されている。
  • 京都国立博物館所蔵模本(狩野探幽によって模写。長尾家旧蔵模本から更に模したものとされる)

その他[編集]

甲巻の画像(全巻)[編集]

本節の画面説明は以下による。

  • 辻惟雄『鳥獣人物戯画と嗚呼絵』至文堂〈日本の美術 300〉、1991年、pp.22 - 33, 87 - 91頁。 

第1紙 - 第4紙前半[編集]

谷川で水浴する兎と猿、鼻をつまんで水に飛び込もうとする兎、柄杓をもつ兎、猿の背中をさするもう1匹の猿、鹿に馬乗りする兎と、後から水を引っかける猿。

第4紙後半 - 第7紙[編集]


草木描写続いて兎組蛙組賭射/賭弓競技。蓮の葉製の的、狐火点す狐、篠竹の弓を引き絞る兎、出番 を待ち弓矢の具合を調べる兎と蛙の選手たち。

第8紙 - 第10紙[編集]

賭射/賭弓競技後の宴会用の酒肴を運ぶ。長唐櫃をかつぐ2匹の兎、重い酒を大儀そうにかつぐ蛙と兎。賭弓競技に遅刻し、あわてて試合場に駆け付ける兎。

第11紙 - 第16紙前半[編集]

僧正引出物の鹿を渡す兎/手綱を引く蛙と世話をする兎(この場面は前の場面とつながりがなく、本来は甲巻最後の猿僧正への贈り物の後に続く場面)。
走って逃げる猿の犯人と、それを追跡する兎・蛙の検非違使/仰向けにひっくり返った蛙(喧嘩の被害者か)と心配して声をかける兎・蛙、「何ごとか」と振り向く狐の一家。
びんざさらを手に舞う蛙の田楽法師、それを見物する烏帽子姿の老蛙と。兎の背後から猫の様子をうかがう2匹のもいる。左端の(裾から尾羽が出ているのでそれと分かる)の君とその従者たちの絵は本来この場面にあったものではない。

第16紙後半 - 第18紙[編集]

兎と蛙の相撲。声援する兎、兎の耳にかぶりつき足技をかける蛙、兎を投げ飛ばして気を吐く蛙、投げ飛ばされ、仰向けにひっくり返る兎、それを見て笑い転げる蛙たち。鳥獣人物戯画で最もよく知られる場面のひとつである。

第19紙 - 第23紙[編集]

双六盤と袋(中身は碁石か)を運ぶ2匹の猿(模本によれば、この後に囲碁の場面があった)。
法要の場面、袈裟を着て読経する猿僧正と本尊に扮した蛙、猿僧正の背後には狐と兎の僧、かたわらにはで顔を隠す狐夫人(故人の縁者か)と涙をぬぐう猿。
法要を終えて一息つく猿僧正、猿僧正への僧供(御礼の品)を運ぶ兎・蛙。

鳥獣戯画の画像[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 第1章日本のアニメ・マンガを取り巻く状況・国土交通省
  2. ^ 東京国立博物館特別展「国宝 鳥獣戯画のすべて」
  3. ^ a b 高山寺 監修/京都国立博物館 編 鳥獣戯画 修理から見えてきた世界 2016
  4. ^ a b c d 文化庁. “平成29年 新たに国宝・重要文化財に指定される文化財の解説”. 2018年8月19日閲覧。
  5. ^ a b 独立行政法人国立文化財機構. “E0042402 鳥獣人物戯画断簡 - 東京国立博物館 画像検索”. 2018年8月19日閲覧。
  6. ^ 鳥獣人物戯画断簡(甲巻) - MIHO MUSEUM
  7. ^ 鳥獣人物戯画断簡(丁巻) - MIHO MUSEUM
  8. ^ “「鳥獣戯画」に似たカエルの墨絵 12世紀後半、平泉で出土”. 四国新聞. https://www.shikoku-np.co.jp/national/culture_entertainment/20130125000397 
  9. ^ 高城歩 (2015年12月21日). “机の上に日本国宝 「鳥獣戯画」がスマホスタンドやメモ立てになった実用的なガシャポン「鳥獣机画」登場”. ねとらぼ. 2016年3月15日閲覧。
  10. ^ これで「鳥獣戯画」を自宅でもリアル再現可能、蛙と兎のフィギュアが登場”. GIGAZINE (2016年2月7日). 2016年3月15日閲覧。
  11. ^ “ジブリの鈴木敏夫P、「鳥獣戯画」で“新電力”を表現”. スポーツ報知. (2016年3月15日). https://web.archive.org/web/20160316005843/http://www.hochi.co.jp/entertainment/20160315-OHT1T50140.html 2016年3月15日閲覧。 
  12. ^ 鳥獣戯画 ペンケース/ぬいぐるみ、セキグチ、2017年12月13日。

参考文献[編集]

  • 辻惟雄 編『鳥獣人物戯画と嗚呼絵 日本の美術300号』 至文堂、1991
  • 高山寺監修/京都国立博物館編 『鳥獣戯画 修理から見えてきた世界 国宝 鳥獣人物戯画修理報告書』 勉誠出版、2016。ISBN 978-4585270256
  • 小松茂美 編『日本の絵巻 6 鳥獣人物戯画』 中央公論社、1987。ISBN 978-4124026566
    • 小型判『鳥獣人物戯画 日本の絵巻 コンパクト版 6』 中央公論社、1994。ISBN 978-4124031867

関連項目[編集]

外部リンク[編集]