顔真卿自書建中告身帖事件

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最高裁判所判例
事件名 書籍所有権侵害による販売差止事件
事件番号 昭和58年(オ)171号
1984年(昭和59年)1月20日
判例集 民集38巻1号1頁
裁判要旨
美術の著作物の原作品の所有者でない者が、有体物としての原作品に対する所有者の排他的支配権能をおかすことなく原作品の無体物としての著作物の面を利用しても、原作品の所有権を侵害するものとはいえない。
第二小法廷
裁判長 宮崎梧一
陪席裁判官 木下忠良鹽野宜慶大橋進牧圭次
意見
多数意見 全員一致
意見 なし
反対意見 なし
参照法条
民法206条
著作権法2条1項1号、著作権法45条1項
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顔真卿自書建中告身帖事件(がんしんけいじしょけんちゅうこくしんちょうじけん)とは、代の書家である顔真卿真蹟である「顔真卿自書建中告身帖」(以下「自書告身帖」と略する。)の所有者である財団法人書道博物館[注釈 1]が、この「自書告身帖」の写真を掲載した書籍を出版販売した書芸文化新社に対して、所有権(使用収益権)の侵害を理由に、出版物の販売差止とその廃棄を求めた民事訴訟事件である。1984年昭和59年)の最高裁判決は、当該著作物パブリックドメインであるとし、原告が敗訴した。

事件の概要[編集]

  • A:「自書告身帖」の前所有者(撮影許諾をBに与えた)
  • B:写真撮影者(撮影許諾をAから与えられた)
  • C:「自書告身帖」の現所有者(財団法人書道博物館)[注釈 1]
  • D:書芸文化新社(写真乾板をBの承継者から取得した。)

「自書告身帖」とは、唐代の書家である顔真卿建中元年に自書した辞令(告身帖)を指し、現存する唯一の真蹟といわれる、極めて貴重とされるである。

「自書告身帖」の前所有者であるAは、昭和初期にBに複製物の制作・頒布を許可していた。その後、CAから「自書告身帖」を承継取得した。

D1968年(昭和43年)にBの承継人から写真乾板を譲り受け、それを用いて1980年(昭和55年)8月30日、本件出版物『和漢墨宝選集 第24巻 顔真卿楷書と王澍臨書』を出版した。

しかし、C側は「自書告身帖」に対する所有権を主張。出版はC側の許可なく行われたものであり、所有権(使用収益権)を侵害するとして、出版社側に販売差止と当該出版物の破棄を求めて提訴した。

判決[編集]

最高裁判決では、美術の著作物の原作品はそれ自体は有体物であるが、所有権は有体物をその客体とする権利であるので、美術の著作物である原作品に対する所有権は、その有体物に対する排他的なものにとどまり、無体物である美術の著作物自体には排他的支配は及ばないので、所有権に基づいて出版物の販売差止はできないと判示し、博物館側の上告棄却した。

つまり、有体物に対する支配権である所有は民法上の権利であり、有体物としての側面を排他的に支配しうるが、無体物としての側面を支配する権利は知的財産権であるということを述べたのである。

また著作権の消滅後は、所有権者に複製権などが復帰するわけではなく、著作物はパブリックドメインに属する。そのため著作者人格権を侵害しない限り自由にこれを利用できる、とも判示している。

参考文献[編集]

  • 阿部浩二「有体物と無体物 - 顔真卿自書建中告身帖事件」斉藤博・半田正夫『別冊ジュリスト 著作権判例百選〔第3版〕』4頁所収。有斐閣、2001年。ISBN 978-4-641-11457-9
  • 角田政芳・辰巳直彦『知的財産法(第4版)』有斐閣、2008年。ISBN 978-4-641-12342-7
訴訟の対象となった当該出版物
  • 『和漢墨宝選集 第24巻 顔真卿楷書と王澍臨書』書芸文化新社 1980年

脚注[編集]

注釈[編集]

  1. ^ a b 書道博物館は洋画家・書家の中村不折が収集した資料を中心とする私立の博物館法指定博物館である。(中村不折#書道博物館の創設参照)裁判後の1995年に閉鎖し、同財団法人は資産を台東区に寄付した。2021年現在、「自書告身帖」は書道博物館の後継施設である台東区立書道博物館の所蔵作品になっている。

出典[編集]

外部リンク[編集]