穴井太

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穴井 太(あない ふとし、1926年12月28日 - 1997年12月29日)は、日本の俳人

生涯[編集]

大分県玖珠郡(現・九重町)に生まれる。幼時に福岡県戸畑に転居。中央大学専門部経済科卒業後、肺浸潤のため帰省、療養ののち中学校教師の職に就く。1954年横山白虹の「自鳴鐘」入会。1956年北九州市益田清らと「未来派」を創刊。1963年金子兜太の「海程」同人。1965年「天籟通信」をハガキ版で発行(のち俳誌形態となる)。1968年第4回海程賞受賞。1974年第20回現代俳句協会賞受賞。石牟礼道子を俳句に導き『天』(1986)を刊行したことでも知られる。

句集[編集]

研究書[編集]

参考文献[編集]

  • 金子兜太 編 編『現代の俳人101』新書館、2004年、158-159頁頁。 
  • 穴井太略年譜『穴井太全句集』 天籟通信 2015年 挟み込み栞

外部リンク[編集]