田畑光永

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田畑 光永(たばた みつなが、1935年8月29日 - )は、日本ジャーナリストTBSスパークル(旧:キャスト・プラス)所属。

経歴[編集]

東京都出身。東京都立日比谷高等学校東京外国語大学外国語学部中国語学科卒業後、1960年TBSに記者として入社。中国政治を主たる専門領域とし、1972年田中角栄首相日中国交正常化の際にも同行取材を行った。

JNN報道特集』を経て、1984年10月から1988年9月まで『JNNニュースコープ』のメインキャスターを務めた。 後に同年10月からの1年間、『JNNニュースデスク'88→JNNニュースデスク'89』でコメンテーターを務めた。

この他TBS北京支局長、香港支局長などを歴任。TBSを定年退職後は、法政大学客員教授を経て、2006年まで神奈川大学経営学部教授を務めた。テレビ朝日系『朝まで生テレビ!』で討論者として出演した他、かつてはTBS系『サンデーモーニング』、テレビ朝日系(一部の地域を除く)『やじうまワイド』にコメンテーターとしても出演していた。神奈川大学を退職後、2007年よりインターネット上に、護憲・軍縮・共生を掲げるブログ「リベラル21」を開設し、自身も「暴論珍説メモ」を連載している。

妻の田畑佐和子は、元岩波書店の編集者であり中国文学の研究者。

2009年12月15日天皇の1ヶ月ルールを無視して急遽設定された面談(天皇特例会見)についても、「中国では昔から君子に逢うことを重視しており、副主席が面談することは天皇陛下の政治利用にはならない」とのコメントをしている。

著書[編集]

  • 『中国を知る』岩波ジュニア新書、1990 
  • 『鄧小平の遺産 離心・流動の中国』岩波新書、1995 
  • 『「中国のしくみ」が手短にわかる講座 経済成長を続ける巨大国家の実体を探り、その行方を見極めるために』ナツメ社・らくらく入門塾、2003 
  • 『勝った中国・負けた日本 記事が映す断絶八年の転変 一九四五年~一九五二年』御茶の水書房、2015

訳書[編集]

  • 『天雲山伝奇 中国告発小説集』田畑佐和子共編訳 亜紀書房 1981
  • 梁恒、ジュディス・シャピロ『中国の冬―私が生きた文革の日々』サイマル出版会、1984
  • スターリング・シーグレーブ『宋王朝 中国の富と権力を支配した一族の物語』サイマル出版会 1986
    • 『宋家王朝 中国の富と権力を支配した一族の物語』岩波現代文庫 2006。各・上下 
  • 聶衛平『私の囲碁の道』岩波書店、1988 
  • ジム・マン『北京ジープ 夢の合弁から失望へ アメリカンビジネスの挫折』ジャパンタイムス、1990
  • ジェームズ・ラル『テレビが中国を変えた』岩波書店、1994 

テレビ出演[編集]

TBS時代[編集]

レギュラー番組

期間 番組名 役職
1980年10月 1986年9月 JNN報道特集 キャスター
1984年10月 1988年9月 JNNニュースコープ 平日メインキャスター
1988年10月 1989年9月 JNNニュースデスク'88・'89 コメンテーター

レギュラー番組以外

  • 北京支局特派員
  • 北京支局長
  • 香港支局長

退職後[編集]

関連項目[編集]

  • 常石敬一 - 神奈川大学時代の同僚で共著あり
  • 岩城浩幸 - TBS時代の部下。田畑と同様に中国を専門分野にしている。

脚注[編集]


外部リンク[編集]