田中亜土夢

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田中 亜土夢
名前
愛称 アトム、タナ
カタカナ タナカ アトム
ラテン文字 TANAKA Atom
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1987-10-04) 1987年10月4日(36歳)
出身地 新潟県新潟市東区[1]
身長 167cm
体重 68kg
選手情報
在籍チーム フィンランドの旗 HJKヘルシンキ
ポジション MF
背番号 37
利き足 右足
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2005-2014 日本の旗 アルビレックス新潟 200 (17)
2015-2017 フィンランドの旗 HJKヘルシンキ 81 (20)
2018-2019 日本の旗 セレッソ大阪 27 (2)
2020- フィンランドの旗 HJKヘルシンキ 54 (7)
代表歴
2007  日本U-20 3 (1)
1. 国内リーグ戦に限る。2022年12月4日現在。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

田中 亜土夢(たなか あとむ、1987年10月4日 - )は、新潟県新潟市東区出身のプロサッカー選手ポジションは攻撃的ミッドフィールダーHJKヘルシンキ所属。

兄はサッカー審判員田中玲匡[2]。既婚。

来歴[編集]

プロ入り前[編集]

10歳の頃からサッカーを始める。中学卒業前にサンフレッチェ広島ユースのセレクションを受けたが、最終選考で落選した[3]。中学卒業後は新潟を離れて前橋育英高校に進学したが、全国高等学校サッカー選手権大会には出場できなかった。2005年にアルビレックス新潟特別指定選手となり、リーグ戦2試合に出場した[4]

アルビレックス新潟[編集]

高校卒業後の2006年に新潟に入団。リーグ戦22試合に出場し、J1第33節名古屋戦でプロ初得点を記録した[5]。2007年は前年に引き続きU-20日本代表に選出されたが、9月に右第5中足骨基部骨折で全治3ヶ月の重傷を負った[6]

2008年、怪我から復帰すると徐々に出場時間を延ばし、25試合に出場して1得点を記録した。その後、約1年半出場機会に恵まれなかったが、2011年は右サイドハーフのレギュラーに定着し、リーグ戦25試合に出場してプロ入り後最多となる3得点を挙げた[7]。また、2011年12月3日のJ1第34節名古屋戦が、リーグ戦100試合目の出場となった[8]

2012年は左サイドハーフにポジションを移し、サイドバックの金珍洙と共に攻撃の起点となった[9]。新潟はかろうじて残留を決める苦しいシーズンを送ったが、田中は自身初にしてチーム唯一のリーグ戦全試合に出場し、自己最多の4得点を記録した[4]

前年に続き主力として活躍した2013年には、新潟のJ1昇格10年を記念して新潟日報が企画した10年間のベストイレブンに選ばれた[10]。シーズン終了後にはポーランド1部リーグレヒア・グダニスクや、ドイツ2部リーグエネルギー・コットブスといった海外クラブへの移籍話が持ち上がるが、いずれも実現せず新潟との契約を更新した[11][12]。2014年は自ら志願して背番号を10に変更[13]してプレーするが、シーズン終了後に海外移籍を目指して新潟を退団した[4]

HJKヘルシンキ[編集]

2015年2月10日、フィンランドヴェイッカウスリーガ所属のHJKヘルシンキへの加入が発表された[14]。背番号は新潟時代に引き続き10番。同月13日のリーグカップ、ロヴァニエメン・パロセウラ戦で初出場し、90分に初得点を記録した[15]。加入一年目の田中はリーグ戦33戦中の31試合に出場。主にトップ下を務め、8得点を挙げた[16]

2017年4月6日、開幕戦のヴァーサン・パロセウラ戦で2得点1アシストの活躍を見せた。国内2冠を達成し、2017年シーズン限りで3年間在籍したヘルシンキを退団した[17]

セレッソ大阪[編集]

2018年よりJ1のセレッソ大阪に加入[18]

2019年シーズンは、リーグ戦スタメン出場は無いものの21試合に出場し2得点を記録した[19]ルヴァンカップ第4節で、チームメイトも驚く、胸トラップから左足ドライブシュートで決勝点を決めた[20]ベガルタ仙台戦では、雪が降る状況でチームの2点目を決めて勝利に貢献、試合後には「かなり雪が強くなって、グラウンドがフィンランドみたいだったので、当時を思い返しながら、僕にとっては、ホームグラウンドでしたね」と話した。リーグ戦第26節アウェイ開催の浦和レッズ戦での決勝ゴールが9月度の月間ベストゴールに選ばれた。ゴールした際には『鉄腕アトムポーズ』を決めた[21]。シーズン終了後に契約満了により退団。

HJKヘルシンキ復帰[編集]

2020年3月、3年ぶりにHJKヘルシンキへの加入が発表された[22]。このシーズンは、リーグ戦とカップ戦の2冠達成に貢献した[23]

2022年、ボランチとしてプレー。

プレースタイル[編集]

豊富な運動量を武器とする攻撃的ミッドフィールダー[24]。新潟在籍時は主に左右のサイドハーフとしてプレーした[24]。素早い攻守の切り替えでチームに貢献し、柳下正明監督に「攻守のスイッチを入れる選手」と評される一方で、要所でのボールロストが目立つ試合もあった[25][26]

ボールの位置によって全体でスライドする事を志向するロティーナ監督は「我々の求めていることへ適応する能力が高い選手です。よりゴールが必要な状況であれば、トシ(高木俊幸)を選んでいたかも知れません。ただ、あの場面では、よりボールをキープできる選手、ディフェンス面でプレッシャーにいける選手、内側へのパスコースを締めることができる選手が必要だったので、亜土夢を入れました」と話した[27]

人物[編集]

新潟所属時の田中は地元出身の生え抜き選手としてサポーター人気が高く、地元企業のCMや広告、自治体や警察等の広報にも多数起用された[1][28][29][30]。ローカル番組を中心にテレビ出演の機会も多く、2010年3月14日に放送された『やべっちFC〜日本サッカー応援宣言〜』にて、「テク-1グランプリ」というJリーグ各クラブの選手がテクニックを競う企画に出演し、チャンピオンに輝いている[1][31]

2007年のサッカーダイジェスト選手名鑑では、趣味特技にけん玉スノーボードを挙げていた[32]。近年は、水墨画に親しんでいる。

フィンランドのサッカークラブでプレーし、フィンランド文化を発信している縁から、フィンランド発祥のスポーツであるモルックの日本協会である、日本モルック協会オフィシャル・モルックアンバサダーに2022年8月より就任している[33]

セレッソ大阪公式ユーチューブチャンネルで行われたフリースタイルフットボーラーとのリフティング対決に出演し、フリースタイルフットボールの世界大会で優勝経験のあるセアンガルニエー英語版を驚かせるパフォーマンスを披露した[34]

所属クラブ[編集]

ユース経歴
プロ経歴

個人成績[編集]

国内大会個人成績
年度クラブ背番号リーグ リーグ戦 リーグ杯オープン杯 期間通算
出場得点 出場得点出場得点 出場得点
日本 リーグ戦 リーグ杯天皇杯 期間通算
2005 新潟 35 J1 2 0 0 0 0 0 2 0
2006 32 22 1 4 1 1 0 27 2
2007 23 11 1 2 0 0 0 13 1
2008 25 1 5 0 2 0 32 1
2009 5 0 3 0 2 0 10 0
2010 10 1 3 0 3 3 16 4
2011 25 3 2 1 1 0 28 4
2012 34 4 4 0 1 0 39 4
2013 33 4 6 0 2 1 41 5
2014 10 33 2 4 1 2 1 39 4
フィンランド リーグ戦 リーグ杯オープン杯 期間通算
2015 HJK 10 ヴェイッカウス 31 8 5 1 3 2 39 11
2016 17 5 5 2 2 1 24 8
2017 33 7 - 5 2 38 9
日本 リーグ戦 リーグ杯天皇杯 期間通算
2018 C大阪 32 J1 6 0 1 0 1 0 8 0
2019 21 2 8 1 3 0 32 3
フィンランド リーグ戦 リーグ杯オープン杯 期間通算
2020 HJK 37 ヴェイッカウス 19 5 4 0 0 0 23 5
2021 16 1 5 1 0 0 21 2
2022 19 1 1 0 2 0 22 1
2023
通算 日本 J1 227 19 42 4 18 5 287 28
フィンランド 1部 135 27 20 4 12 5 167 36
総通算 362 46 62 8 30 10 454 64
  • 2005年はJFA・Jリーグ特別指定選手として出場
国内大会個人成績
年度クラブ背番号リーグ リーグ戦 期間通算
出場得点 出場得点
日本 リーグ戦 期間通算
2018 C大23 32 J3 1 0 1 0
2019 2 0 2 0
通算 日本 J3 3 0 3 0
総通算 3 0 3 0
国際大会個人成績
年度 クラブ 背番号 出場 得点
AFCACL
2018 C大阪 32 3 0
通算 AFC 3 0

その他の国際公式戦

記録[編集]

代表歴[編集]

脚注[編集]

出典
  1. ^ a b c “J1新潟の田中亜、防犯広報大使に”. 新潟日報. (2013年3月21日) 
  2. ^ 17シーズン審判員発表、主審は田中亜土夢・兄ら8名新任”. ゲキサカ (2017年1月25日). 2018年4月7日閲覧。
  3. ^ 新潟からヘルシンキへ。挑戦を続けるサッカー選手田中亜土夢インタビュー”. COSMOPOLITAN (2016年2月3日). 2016年2月3日閲覧。
  4. ^ a b c 田中 亜土夢選手 退団のお知らせ”. アルビレックス新潟 (2015年1月12日). 2015年1月12日閲覧。
  5. ^ 登録選手一覧表 2013 Jリーグ ディビジョン1 アルビレックス新潟 [10]Jリーグ初得点”. Jリーグ (2013年12月8日). 2014年1月17日閲覧。
  6. ^ 田中 亜土夢 選手の負傷について”. アルビレックス新潟 (2007年9月22日). 2014年1月17日閲覧。
  7. ^ 選手出場記録 アルビレックス新潟 2011Jリーグ ディビジョン1 Jリーグ公式サイト 2013.4.20 19:05 (UTC) 閲覧
  8. ^ J1リーグ100試合出場達成記念! 田中亜土夢選手100試合出場達成『記念Tシャツ』・『記念フォトフレーム』を販売!”. アルビレックス新潟 (2011年12月5日). 2014年1月17日閲覧。
  9. ^ 2013年3月1日 新潟日報 『あす開幕J1特集』5面
  10. ^ 新潟日報 2014年1月4日1版 17-18面 特集面
  11. ^ 亜土夢がポーランド移籍か?地元紙報道”. 日刊スポーツ (2013年12月10日). 2014年1月17日閲覧。
  12. ^ コトブスの練習に参加、新潟の田中”. ブンデスリーガ (2014年1月3日). 2014年1月17日閲覧。
  13. ^ 【2014シーズン始動!】新潟:新体制発表会見での出席者コメント”. J's Goal (2014年1月16日). 2014年1月17日閲覧。
  14. ^ 田中亜土夢選手 HJKヘルシンキ(フィンランド)に加入のお知らせ”. アルビレックス新潟 (2015年2月10日). 2015年2月10日閲覧。
  15. ^ “HJK otti avausvoittonsa liigacupissa – japanilaishankinta osui viime hetkillä [HJKがリーグカップで初勝利 - 新加入の日本人が終了間際に得点]”. ヘルシンギン・サノマット. (2015年2月13日). http://www.hs.fi/urheilu/a1423812870879 2015年2月14日閲覧。 
  16. ^ 「田中亜土夢が帰国、今季振り返る」新潟日報、2015年11月21日。
  17. ^ 田中亜土夢所属のHJKヘルシンキ、国内2冠でシーズン終える「HJK最高!3年間ありがとう」GOAL.com 2017年10月29日
  18. ^ 田中亜土夢選手 完全移籍のお知らせセレッソ大阪 2018年1月6日
  19. ^ C大阪、MF田中亜土夢との契約満了を発表…昨季はJ1で21試合2得点サッカーキング 2020年1月11日
  20. ^ 2019JリーグYBCルヴァンカップ 第4節”. セレッソ大阪. 2021年8月25日閲覧。
  21. ^ 田中亜土夢選手 「2019明治安田生命Jリーグ9月度の月間ベストゴール」受賞のお知らせ”. セレッソ大阪. 2021年8月25日閲覧。
  22. ^ Atom palaa Klubiin! HJKヘルシンキ 2020年3月3日
  23. ^ 田中亜土夢が最終節で同点弾、今季5得点マーク…加賀山泰毅は今季公式戦6ゴール記録サッカーキング 2020年11月6日
  24. ^ a b “J1新潟、田中亜土夢選手が退団 海外移籍目指す”. 新潟日報. (2015年1月12日) 
  25. ^ “【新潟】「アルビでやってきたプレーを海外でも」田中亜土夢が決意の渡欧へ”. サッカーダイジェスト. (2015年1月26日). http://www.soccerdigestweb.com/news/detail/id=7285 2015年2月14日閲覧。 
  26. ^ 【2014 J1寸評・採点|18節】新潟対C大阪”. サッカーダイジェスト (2015年8月5日). 2015年2月14日閲覧。
  27. ^ 2019明治安田生命J1リーグ 第5節”. 2022年8月26日閲覧。
  28. ^ “新潟のイケメンFW 初CMはサンマーメン”. スポーツニッポン. (2011年3月9日). https://www.sponichi.co.jp/soccer/news/2011/03/09/kiji/K20110309000395120.html 2015年2月14日閲覧。 
  29. ^ “田中亜土夢、新潟を電撃退団「どうしても海外で挑戦してみたい」”. スポーツニッポン. (2015年1月12日). https://www.sponichi.co.jp/soccer/news/2015/01/12/kiji/K20150112009617720.html 2015年2月14日閲覧。 
  30. ^ プロサッカー選手 田中亜土夢さんを起用』(プレスリリース)ダイニチ工業、2014年12月15日http://www.dainichi-net.co.jp/company/news/news-2014-12-12-cityscape.pdf2015年2月14日閲覧 
  31. ^ 2010年 春テク1ーGP”. テレビ朝日. 2014年1月17日閲覧。
  32. ^ 週間サッカーダイジェスト4月5日増刊2007J1&J2選手名鑑 126頁
  33. ^ フィンランドサッカーリーグで活躍する田中亜土夢さん、協会公式アンバサダー就任”. 一般社団法人 日本モルック協会 (2022年8月6日). 2023年5月23日閲覧。
  34. ^ 国内外のトッププレーヤーが、セレッソの選手とリフティング対決!”. 日本フリースタイルフットボール連盟. 2021年8月25日閲覧。
  35. ^ AFCユース選手権インド2006”. JFA (2014年1月3日). 2014年1月17日閲覧。
  36. ^ FIFA Player Statistics: Atomu TANAKA”. FIFA.com. 2014年1月17日閲覧。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]