共同交戦能力

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
共同交戦能力のコンセプトを表したシェーマ。

共同交戦能力(きょうどうこうせんのうりょく、Cooperative Engagement Capability; CEC)とは、NCWコンセプトのもと、アメリカ海軍が策定した戦闘コンセプト。

概要[編集]

共同交戦能力とは、射撃指揮に使用できる精度の情報をリアルタイムで共有することにより、脅威に対して艦隊全体で共同して対処・交戦する能力を付与することである。このため、従来用いられてきた戦術データ・リンクよりもはるかに高速のデータ・リンク、および、これを運用できるだけの性能を備えた戦術情報処理装置が必要となる。

従来のC4Iシステムは、ニア・リアルタイムの戦略級・作戦級システム(COPを生成)、リアルタイムの戦術級システム(CTPを生成)の3つのレベルにおいて進化してきた。これに対して、CECを備えたC4Iシステムにおいては、従来リアルタイムと称されてきた戦術級システムよりもさらに応答時間を短縮することが要求されており、アメリカ海軍では、武器管制(Weapons Control)の精度という新しい言葉でこの精度を表現しており、これによって作成される共通状況図単一統合航空状況図(Single Integrated Air Picture: SIAP)と称される。

来歴[編集]

CVN-73 ジョージ・ワシントン空母打撃群。空母、護衛艦ともにCECに対応している。

共同交戦能力の原型といえるのが、1960年代よりアメリカ海軍全体で運用されていた海軍戦術情報システム (NTDS) である。これは、各艦の戦闘情報センター戦術データ・リンクで結び、艦隊全体で情報を共有し、脅威に対して対処するというものであった。しかし、NTDSでは、戦術データ・リンクの通信速度および通信容量、そして戦術情報処理装置の性能的な限界から、ここでやりとりされる情報はあくまでTrackingの精度と表現されるものであり、敵に対する射撃に直接的に使用できるものではなく、さらに自艦の射撃指揮レーダーなどで目標を捕捉・追尾して射撃諸元を得る必要があった。

共同交戦能力の直接的な原点といえるのが、ウェイン・E・マイヤーによって提唱されたコマンド・センターコンセプトである[1]。これは、イージスシステム搭載ミサイル巡洋艦の開発において見出されたもので、艦隊の他艦より送信されたデータを元にしてイージス艦が交戦し、また、他艦の交戦を管制するというものである。しかし、1970年代後半の当時には、リアルタイム性に欠ける戦術データ・リンクしか使用されておらず、しかも、新世代の戦術データ・リンクであるリンク 16すら登場していなかったため、直ちに実用化することは困難であった。

その後、技術の熟成とともに、リアルタイムの高速データ・リンクを実現できる目処が立ったことから、1985年よりコンセプト開発が開始され、1988年にはEシステムズ社がデータ・リンクの開発を受注した。1990年8月には、レイテ・ガルフ (CG-55)およびサン・ジャシント (CG-56)に機材を積み込んだバンを搭載しての実験が行なわれた。また、1994年からは、実弾も使用して、遠隔データによる交戦などの試験が行なわれたほか、陸軍のパトリオット地対空ミサイル部隊や空軍の防空管制センターとの協同にも成功した。さらに、1995年の試験では、ワロップ島の実験施設より発射されたロケットをアイゼンハワーCVBGが追尾して、探知後5秒以内に発射地点の算出に成功した。これは、ミサイルを発射した移動発射台に対して、射撃位置転換以前に攻撃を加えることができることを意味する。[2]

そして、1998年にアーサー・セブロウスキー提督がNCWコンセプトを提唱し、これがアメリカ全軍で採択されたことにより、CECの重要性は一層高まることとなった。すなわち、従来の軍事システムをPCW (Platform-Centric Warfare) に拘泥させていた要因の第一が、プラットフォーム間で共有される情報の精度にあったことから、CECにより射撃管制精度の情報共有を実現することによって、NCWコンセプトの導入をより徹底できる、すなわち、個々の兵器の性能を向上させずとも、実質的な戦力を大幅に増大させうることが認識されたのである。[1]

構成[編集]

CEPによる複数センサー情報の融合。
護衛艦「まや」のPAAA(Planer Array Antenna Assembly) 。赤く囲まれた部分がPAAA

CECを実現するシステムは CETPS (Cooperative Engagement Transmission Processing Set) と総称されており、艦艇搭載のものをAN/USG-2/2A/2B、航空機搭載のものをAN/USG-3/3B海兵隊が装備する複合追跡ネットワーク(CEC Composite Tracking Network )をAN/USG-4Bと称する。また、オーストラリア海軍艦艇搭載のものはAN/USG-7B海上自衛隊艦艇搭載のものはAN/USG-10Bと称されている[3]

CETPSは、情報処理・通信端末としてのCEP (Cooperative Engagement Processor ) と、これらの間で構築される高速・リアルタイムのデータ・リンク・ネットワークであるDDS (Data Distribution System) を主要なサブシステムとして構成される。また、CEPとDDSのほかに、情報の配布、指揮・情勢表示支援、センサー協同、交戦意思決定、そして交戦の遂行を助けるために5つのサブシステムが含まれている。

DDS[編集]

DDS (Data Distribution System) は、CECを実現するのに必須となる高速・大容量のリアルタイム・データ・リンクである。

CEC導入以前、アメリカ軍は、部隊の運用統制に使用するノン・リアルタイム (分単位での情報更新) の通信システムであるGCCS-Mと、艦隊の火力統制に使用する“リアルタイム” (秒単位での情報更新) の通信システムである戦術データ・リンク (リンク 11, リンク 16)を運用していた。しかし、リアルタイムと称する戦術データ・リンクのうち、より高速のリンク 16ですら、その情報更新は秒単位であり、直接に射撃諸元を伝達できるほどのものではなかった。このことから、サブ秒の単位で情報更新でき、射撃指揮に直接使用できる精度の情報をやり取りできる超高速・大容量のデータ・リンクとして開発されたのがDDSである。[4]

DDSは、耐妨害性と通信容量から、Cバンドの電波を使用する。この周波数の特性上、DDSは、見通し線(LOS)内でしか使用できない。その一方、DDSで扱われる情報はいわゆる「Targettingの精度」であるため、DDSを通じて受信した目標に対しては、自艦装備のセンサーで再探知せずに攻撃を加えることができる。すなわち、火力の投射を担当する艦が無線封鎖の状態にあったり、地形上の問題で目標を探知できなくても攻撃が可能となる。

当初DDSのアンテナにはリンク16/TADIL Jに似た形の円筒形のアンテナが装備されていたが、後に4枚の長方形アンテナを配したPAAA(Planer Array Antenna Assembly) に換装されている。

CEP[編集]

CEP(Cooperative Engagement Processor)は、他のユニット(CU: Cooperating Unit)からDDSによって受信したデータを分析し、自艦装備のセンサーからの情報とともに融合する情報処理システムである。

個々の航空機や艦船がレーダーソナーなどによって得た観測データは、DDSによって空と海を通じて互いに連絡され、CEPによって融合されることで、それぞれ1機・1艦では得られない広範囲のレーダー覆域と高い位置精度[注 1]が獲得できるようになる[5]。CEPは、イージスシステムのC&DシステムやACDSなどの戦術情報処理装置と連接され、他艦探知の目標に対する攻撃を可能とする。

他システムとの連携[編集]

他の情報システムとCECとの関連を示すシェーマ。

CECは、リアルタイム性がきわめて高いことから、海軍のC4Iシステムとしてはもっとも狭い地理範囲で運用されることとなっている。

一方、従来「リアルタイム」の情報システムとして使用されてきた戦術データ・リンクも、CECよりやや広い範囲での艦隊運用に使用するものとして整備が継続されることとなっている。これまで使用されてきたリンク 11は、現代の水準から見ると通信容量が小さいが、新しく大容量の戦術データ・リンクとして開発されたリンク 16は、UHF帯のみであることから、見通し線上での通信しかできないことから、現在でも運用が継続されている。ただし、リンク 16の技術をもとに、HF帯での通信を可能にしたリンク 22が開発されている。これらのデータ・リンクは、広範囲な艦船や航空機、さらに陸上とも情報共有の出来るIT-21統合データ・ネットワーク(Joint Data Network; JDN)として統合される。[1][5]

さらに、戦術データ・リンクよりもさらにリアルタイム性が劣る一方で、さらに広域での兵力運用に使用されるC4Iシステムとしては、GCCS-Mが整備されている。これはJOTSを発展させたもので、戦略・政治レベルで使用されるGCCSとの連接に対応している。

これらの情報システムは相互に連携し、航空・宇宙・陸上や国家最高指揮レベルまでも内包する遠征軍センサー・グリッド(Expeditionary Sensor Grid; ESG)に拡大することを計画している。

脚注[編集]

注釈[編集]

  1. ^ 複数のレーダー情報を重ね合わせる(グリッド・ロック)と、情報の精度が向上する特性がある。

出典[編集]

  1. ^ a b c 大熊康之『軍事システム エンジニアリング』かや書房、2006年。ISBN 4-906124-63-1 
  2. ^ 岡部いさく「共同交戦能力CECとは何か (特集 システム艦隊)」『世界の艦船』第594号、海人社、2002年4月、76-81頁、NAID 40002156291 
  3. ^ COOPERATIVE ENGAGEMENT CAPABILITY (CEC)”. Washington Headquarters Services. 2023年2月8日閲覧。
  4. ^ globalsecurity.org (2005年4月27日). “Cooperative Engagement Capability (CEC)/AN/USG-2(V) Cooperative Engagement Transmission Processing Set” (HTML) (英語). 2009年7月30日閲覧。
  5. ^ a b 江畑謙介『情報と戦争』NTT出版、2006年4月。ISBN 4757101791 

関連項目[編集]

映像外部リンク
CECを活用した防空戦のイメージ映像。