「ブラ-ケット記法」の版間の差分
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「誤解されているブラケット」の話と、波動関数との関係について加筆 |
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'''ブラ-ケット記法'''(ブラ-ケットきほう、{{lang-en-short|bra-ket notation}})は、[[量子力学]]における[[量子状態]]を記述するための標準的な記法である。 |
'''ブラ-ケット記法'''(ブラ-ケットきほう、{{lang-en-short|bra-ket notation}})は、[[量子力学]]における[[量子状態]]を記述するための標準的な記法である。 |
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この名称は、2つの状態の[[内積]]が[[括弧#山括弧〈〉|'''ブラケット''']]を用いて {{math|{{bra-ket|''φ''|''ψ''}}}} のように表され、この左半分 {{math|{{bra|''φ''}}}} を'''ブラ'''[[ベクトル空間|ベクトル]]、右半分 {{math|{{ket|''ψ''}}}} を'''ケット'''ベクトルと呼ぶことによる。この記法は[[ポール・ディラック]]が発明したため、'''ディラックの記法'''とも呼ぶ。 |
この名称は、2つの状態の[[内積]]が[[括弧#山括弧〈〉|'''ブラケット''']]を用いて {{math|{{bra-ket|''φ''|''ψ''}}}} のように表され、この左半分 {{math|{{bra|''φ''}}}} を'''ブラ'''[[ベクトル空間|ベクトル]]、右半分 {{math|{{ket|''ψ''}}}} を'''ケット'''ベクトルと呼ぶことによる。この記法は[[ポール・ディラック]]が発明した<ref name=dirac>{{cite|和書|author=P. Dirac |translator=朝永振一郎 他 |title=量子力学 原著第4版 |publisher=岩波書店 |year=1968 }}</ref>ため、'''ディラックの記法'''とも呼ぶ。 |
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ブラの[[随伴作用素|随伴]]はケット、ケットの[[随伴作用素|随伴]]はブラである。 |
ブラの[[随伴作用素|随伴]]はケット、ケットの[[随伴作用素|随伴]]はブラである。 |
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:<math>\langle \psi |^{\dagger} = | \psi \rangle , \quad | \psi \rangle^{\dagger} = \langle \psi |</math> |
:<math>\langle \psi |^{\dagger} = | \psi \rangle , \quad | \psi \rangle^{\dagger} = \langle \psi |</math> |
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また、ある[[状態ベクトル|状態]] <math>| \psi \rangle</math> において、[[可観測量]] <math>\hat{O}</math> の期待値 <math>\langle O \rangle</math>は演算子をブラとケットで挟んだものである。 |
また、ある[[状態ベクトル|状態]] <math>| \psi \rangle</math> において、[[可観測量]] <math>\hat{O}</math> の期待値 <math>\langle O \rangle</math>は演算子をブラとケットで挟んだものである。 |
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:<math>\langle O \rangle = \langle \psi | \hat{O} | \psi \rangle</math> |
:<math>\langle O \rangle = \langle \psi | \hat{O} | \psi \rangle</math> |
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初学者向けの説明として、ケットは[[列ベクトル]]、ブラは行ベクトルに対応させる場合がある([[行列表示]]を参照)。 |
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この記法の利点として |
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* [[基底 (線型代数学)|基底]]に依存しない記述が可能 |
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* 固有値が離散、連続どちらの場合も統一的に扱える |
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* 中身の書き方を自由に工夫して記述できる(パラメータだけを並べて [[量子数|{{math|{{ket|''n, l, m''}}}}]] としたり、[[シュレーディンガーの猫|{{math|{{ket|生きている猫}}}}]] と書くこともできる) |
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などがある<ref name=kitano2012/><ref name=kitano2013/>。 |
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この記法は内積記号の変形、特に関数の内積を短く書ける簡略記法であると理解されることが多いが、これは誤解であるという指摘がある<ref name=kitano2012>北野正雄、誤解されているブラケット―共役演算子をめぐって https://repository.kulib.kyoto-u.ac.jp/dspace/bitstream/2433/173934/1/Butsuri_68(4)_239.pdf</ref><ref name=kitano2013>北野正雄 ブラケット記法の機微―双対構造と内積構造 http://www.sceng.kochi-tech.ac.jp/koban/quatuo/lib/exe/fetch.php?media=2012:kitano2.pdf</ref>。ディラックの本来の説明によればケット {{math|{{ket|''ψ''}}}} の空間においてブラ {{math|{{bra|''φ''}}}} は[[線形汎関数]]を表す、すなわちブラは[[双対空間]]に属している。この立場からは内積の有無にかかわらずブラケットは定義できるため、これらに直接的な関係はないものとされる。 |
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== 正規直交基底とブラケット記法 == |
== 正規直交基底とブラケット記法 == |
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[[正規直交系|正規直交基底]]のうち2つのラベルを {{Mvar|α, β}} として、内積をブラ-ケット記法で表すと、離散基底では[[クロネッカーのデルタ]]を用いて |
[[正規直交系|正規直交基底]]のうち2つのラベルを {{Mvar|α, β}} として、内積をブラ-ケット記法で表すと、離散基底では[[クロネッカーのデルタ]]を用いて |
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連続基底では[[デルタ関数]]を用いて |
連続基底では[[デルタ関数]]を用いて |
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:<math>\langle\alpha|\beta\rangle = \delta (\alpha - \beta)</math> |
:<math>\langle\alpha|\beta\rangle = \delta (\alpha - \beta)</math> |
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となる。 |
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:<math>|\alpha\beta\rangle=a^\dagger_\alpha a^\dagger_\beta |0\rangle=a^\dagger_\beta a^\dagger_\alpha |0\rangle=|\beta\alpha\rangle</math> |
:<math>|\alpha\beta\rangle=a^\dagger_\alpha a^\dagger_\beta |0\rangle=a^\dagger_\beta a^\dagger_\alpha |0\rangle=|\beta\alpha\rangle</math> |
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となり、対称化されている。 |
となり、対称化されている。 |
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== 波動関数との関係 == |
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ケット {{math|{{ket|''ψ''}}}} と、(位置表示の)[[波動関数]] {{math|''ψ''(''x'')}} の関係は以下のように表される<ref>{{cite|和書 |editor= |author=北野正雄 |title=量子力学の基礎 |edition= |publisher=共立出版 |year=2010 |isbn=978-4-320-03462-4 |pages=95-96}}</ref>。 |
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:<math>\psi(x) = \langle x|\psi\rangle,\quad |
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|\psi\rangle = \int_{-\infty}^\infty \mathrm{d}x\ \psi(x)\ |x\rangle</math> |
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ただし、位置を表す演算子 <math>\hat{x}</math> の固有値を {{math|''x''}} 、対応する固有ケットを {{math|{{ket|''x''}}}} とする;<math>\hat{x}|x\rangle=x|x\rangle</math>。 |
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== 脚注 == |
== 脚注 == |
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== 関連項目 == |
== 関連項目 == |
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* [[量子力学の数学的定式化#ブラベクトルとケットベクトル]] |
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* [[行列表示]] |
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2021年7月22日 (木) 03:09時点における版
ブラ-ケット記法(ブラ-ケットきほう、英: bra-ket notation)は、量子力学における量子状態を記述するための標準的な記法である。
この名称は、2つの状態の内積がブラケットを用いて ⟨φ|ψ⟩ のように表され、この左半分 ⟨φ| をブラベクトル、右半分 |ψ⟩ をケットベクトルと呼ぶことによる。この記法はポール・ディラックが発明した[1]ため、ディラックの記法とも呼ぶ。
また、ある状態 において、可観測量 の期待値 は演算子をブラとケットで挟んだものである。
初学者向けの説明として、ケットは列ベクトル、ブラは行ベクトルに対応させる場合がある(行列表示を参照)。
この記法の利点として
- 基底に依存しない記述が可能
- 固有値が離散、連続どちらの場合も統一的に扱える
- 中身の書き方を自由に工夫して記述できる(パラメータだけを並べて |n, l, m⟩ としたり、|生きている猫⟩ と書くこともできる)
この記法は内積記号の変形、特に関数の内積を短く書ける簡略記法であると理解されることが多いが、これは誤解であるという指摘がある[2][3]。ディラックの本来の説明によればケット |ψ⟩ の空間においてブラ ⟨φ| は線形汎関数を表す、すなわちブラは双対空間に属している。この立場からは内積の有無にかかわらずブラケットは定義できるため、これらに直接的な関係はないものとされる。
正規直交基底とブラケット記法
正規直交基底のうち2つのラベルを α, β として、内積をブラ-ケット記法で表すと、離散基底ではクロネッカーのデルタを用いて
連続基底ではデルタ関数を用いて
となる。
また正規直交基底の完全性は離散基底、連続基底でそれぞれ
と表現される。
第二量子化とブラケット記法
と定義する。この時 a† がフェルミ粒子を表す演算子なら、これらは反交換関係 {a †
α , a †
β } = 0 を満たすので、
となり、反対称化されている。
また a† がボース粒子を表す演算子であれば、これらは交換関係 [a †
α , a †
β ] = 0 を満たすので、
となり、対称化されている。
波動関数との関係
ケット |ψ⟩ と、(位置表示の)波動関数 ψ(x) の関係は以下のように表される[4]。
ただし、位置を表す演算子 の固有値を x 、対応する固有ケットを |x⟩ とする;。
脚注
- ^ P. Dirac 著、朝永振一郎 他 訳『量子力学 原著第4版』岩波書店、1968年。
- ^ a b 北野正雄、誤解されているブラケット―共役演算子をめぐって https://repository.kulib.kyoto-u.ac.jp/dspace/bitstream/2433/173934/1/Butsuri_68(4)_239.pdf
- ^ a b 北野正雄 ブラケット記法の機微―双対構造と内積構造 http://www.sceng.kochi-tech.ac.jp/koban/quatuo/lib/exe/fetch.php?media=2012:kitano2.pdf
- ^ 北野正雄『量子力学の基礎』共立出版、2010年、95-96頁。ISBN 978-4-320-03462-4。
関連項目