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気球を使った高高度での人体の影響を最初に発見したのは気象学者の[[ジェームズ・グレーシャー]]である。彼は、高高度で呼吸困難などの影響があることを1862年に書き記している。また医者であり政治家でもあり[[航空医学]]の父とも呼ばれる{{ill2|ポール・ベール|en|Paul Bert}}は低圧チャンバーの実験や高高度での酸素不足で人間が死ぬこと、酸素を補給することで解決できることを記録に残している。


呼吸器の研究に大きな成果を上げた生理学者{{仮リンク|ジョン・スコット・ホールデン|en|John Scott Haldane}}は、1920年代に与圧服の概念を発表した<ref>Robinson, D.H.:Aviation Medicine Comes of Age:World War II, 1939-45. In:The Dangerous Sky:A history of aviation medicine. University of Washington Press, Seattle, pp. 190-191, 1973.</ref>。
宇宙服の原型である世界初の[[与圧]]服は、[[1931年]]にソ連の[[エヴゲニー・チェルトフスキー]]<!-- Евгений Чертовский, Yevgeny Chertovsky -->が完成させた「[[SK-1宇宙服|スカファンドル]]」({{lang|ru|скафандр}}, skafandr) だとされる。

宇宙服の原型である世界初の[[与圧]]服は、[[1931年]]にソ連の[[エヴゲニー・チェルトフスキー]]<!-- Евгений Чертовский, Yevgeny Chertovsky -->が完成させた「[[SK-1宇宙服|スカファンドル]]」({{lang|ru|скафандр}}, skafandr) だとされる。実用的な与圧服は、1934年に飛行士[[ウィリー・ポスト]]がタイヤメーカーや機械技師などの協力を経てアメリカで開発された


1965年3月18日にソ連のアレクセイ・レオーノフが、[[ボスホート2号]]から世界初の船外活動を行った。この時に使われた[[ベールクト宇宙服]]が初の実用宇宙服である。この宇宙服は、船内与圧服を改良したものであった。ロシアは、1977年12月にサリュート6号での船外活動を始めたが、この時は[[オーラン宇宙服]]D型(Orlan-D) が使われた。オーラン宇宙服は、1960年代に月面用宇宙服として開発していたクレチェット (Krechet) 宇宙服をベースに開発された。1985年にはその改良型のオーランDMの使用を開始。1988年からは、宇宙船との[[アンビリカルケーブル|アンビリカル]]無しで自立しての作業が可能なオーランDMAの使用を開始した。1998年からは、さらに操作性を改善したオーランMの使用を開始。2009年からは、オーランMを改良したオーランMKが使用されるようになった。なお、ロシアの宇宙服は、使用寿命を迎えると[[プログレス補給船]]に搭載して廃棄している。
1965年3月18日にソ連のアレクセイ・レオーノフが、[[ボスホート2号]]から世界初の船外活動を行った。この時に使われた[[ベールクト宇宙服]]が初の実用宇宙服である。この宇宙服は、船内与圧服を改良したものであった。ロシアは、1977年12月にサリュート6号での船外活動を始めたが、この時は[[オーラン宇宙服]]D型(Orlan-D) が使われた。オーラン宇宙服は、1960年代に月面用宇宙服として開発していたクレチェット (Krechet) 宇宙服をベースに開発された。1985年にはその改良型のオーランDMの使用を開始。1988年からは、宇宙船との[[アンビリカルケーブル|アンビリカル]]無しで自立しての作業が可能なオーランDMAの使用を開始した。1998年からは、さらに操作性を改善したオーランMの使用を開始。2009年からは、オーランMを改良したオーランMKが使用されるようになった。なお、ロシアの宇宙服は、使用寿命を迎えると[[プログレス補給船]]に搭載して廃棄している。

2021年6月19日 (土) 00:23時点における版

ロシア製(宇宙服製造でもっとも歴史の長いズヴェズダ社製)のクレチェット-94宇宙服。一体型。背中側を開けてそこから入りこむ方式になっており、ひとりで着ることができ、しかも数分で着ることができる。ただしサイズは基本的にはひとつ(調整は可能)。
米国製の宇宙服。頭部、胴体、足の3つの部分に分解できる。ひとりで着ることはできず、他の人に助けてもらわないと着ることができない。着るのに比較的時間がかかる。そのかわり、サイズは幾パターンか用意されている。
2005年1月に開催された神戸テクノフェアでの展示

宇宙服(うちゅうふく)とは、宇宙飛行士宇宙空間で安全に生存・活動するために着用する、生命維持装置を備えた気密服のこと。宇宙船内で着用する船内服(与圧服英語版)と、船外活動時に着用する船外服に大別される。ここでは、主に船外宇宙服について記述する。

機能

宇宙服には主に次の機能が要求される。

  • 気密性気圧の調整。
  • 動きやすさ(気圧差によって膨張して動きにくくなるため)。
  • 呼吸に必要な酸素の供給と二酸化炭素他の除去(呼気を循環して再使用するため)。
  • 体温の調整、特に冷却(宇宙空間は低温ではあるのだが、宇宙服には宇宙飛行士の体温を逃がす場がなく、また太陽光線も強烈であるから活動時は温度が上昇することになる)。
  • 宇宙塵デブリ紫外線など宇宙線からの防護。
  • 外部との通信。

船外活動時、宇宙服内は与圧されているが周囲は真空のため、服がパンパンに膨らみ身動きを取るのはかなり大変な事である。実際、ソビエト連邦の宇宙飛行士アレクセイ・レオーノフが1965年に史上初の宇宙遊泳を行った際、宇宙服が風船のように膨張したため命綱をたぐり寄せて船内に戻るのが予想以上に困難となり、危うく宇宙船に帰還できないところであった[1]

アメリカ航空宇宙局(NASA)船外活動に用いられている宇宙服 船外活動ユニット (EMU) は、宇宙服本体と背中に背負う生命維持システム、TVカメラ照明装置からなる。1980年代初めに使われた有人機動ユニット (MMU) は背中に背負うように装着し、窒素ガスの噴出によって宇宙空間での姿勢の制御、移動を可能にするものであったが、大型で実用的ではなかったためすぐに使われなくなった。代わって1990年代からは小型のSAFER (Simplified Aid For EVA Rescue) と呼ばれる緊急時以外は使用しないセルフレスキュー用の装置が開発され、国際宇宙ステーション(ISS)での船外活動 (EVA) ではSAFERの装着が義務づけられている。

NASAのEMUは、運用圧力が0.3 - 0.4気圧 (4.3psi)、重量約120kg、活動時間はおよそ7時間程度(最長8時間)である。ロシアのオーラン宇宙服の方は、約0.4気圧 (5.7psi) とEMUよりも若干圧力が高いため、作業性は劣るが、作業準備(プリブリーズ)時間が短縮できる利点がある。EMUは1人では装着できないのに対して、オーラン宇宙服は背中の扉を開いて中に入るタイプであり1人でも装着できる点も優れている。

開発の歴史

気球を使った高高度での人体の影響を最初に発見したのは気象学者のジェームズ・グレーシャーである。彼は、高高度で呼吸困難などの影響があることを1862年に書き記している。また医者であり政治家でもあり航空医学の父とも呼ばれるポール・ベール英語版は低圧チャンバーの実験や高高度での酸素不足で人間が死ぬこと、酸素を補給することで解決できることを記録に残している。

呼吸器の研究に大きな成果を上げた生理学者ジョン・スコット・ホールデン英語版は、1920年代に与圧服の概念を発表した[2]

宇宙服の原型である世界初の与圧服は、1931年にソ連のエヴゲニー・チェルトフスキーが完成させた「スカファンドル」(скафандр, skafandr) だとされる。実用的な与圧服は、1934年に飛行士ウィリー・ポストがタイヤメーカーや機械技師などの協力を経てアメリカで開発された。

1965年3月18日にソ連のアレクセイ・レオーノフが、ボスホート2号から世界初の船外活動を行った。この時に使われたベールクト宇宙服が初の実用宇宙服である。この宇宙服は、船内与圧服を改良したものであった。ロシアは、1977年12月にサリュート6号での船外活動を始めたが、この時はオーラン宇宙服D型(Orlan-D) が使われた。オーラン宇宙服は、1960年代に月面用宇宙服として開発していたクレチェット (Krechet) 宇宙服をベースに開発された。1985年にはその改良型のオーランDMの使用を開始。1988年からは、宇宙船とのアンビリカル無しで自立しての作業が可能なオーランDMAの使用を開始した。1998年からは、さらに操作性を改善したオーランMの使用を開始。2009年からは、オーランMを改良したオーランMKが使用されるようになった。なお、ロシアの宇宙服は、使用寿命を迎えるとプログレス補給船に搭載して廃棄している。

アメリカは、1965年6月3日にジェミニ4号で初の船外活動を行った。その後、NASAではアポロ計画用の宇宙服を開発し、スペースシャトル用の宇宙服 (EMU) へと進化した。ジェミニ、アポロ計画での宇宙服は、船内用与圧服と宇宙服を共用していたが、スペースシャトルでは、船内与圧服(オレンジ色のスーツ)と宇宙服 (EMU) を使い分けるようになった。EMUは、国際宇宙ステーションでの船外活動に備えて、低温環境での保温性の強化や、腕の動かしやすさの改善、グローブの改善、SAFERやヘルメットカメラの装着などの細かな改善を積み重ねた。EMUは、M・L・XLサイズの3種類があり、各パーツを自由に組み合わせたり、延長リングを接続する事でかなりの範囲でサイズの調整が可能である。一方、ロシアのオーラン宇宙服にはサイズは無く、腕と脚の長さを絞って調節することで対応している。

当時NASAが製作した宇宙服18着のうち、11着が約40年過ぎた2017年時点でもISS船外活動で使われ続けている。本来の設計寿命15年を大幅に超えて老朽化しており、トラブルも発生している。しかし断熱材の縫い付けに高度な裁縫技術が必要で継承が難しい[3]。NASAは火星探査など3つの宇宙計画で別々に合計2億ドルを投じて新型宇宙服を開発してきたが、難航している[4]アルテミス計画に合わせ探査船外活動移動ユニット(xEMU)の開発を行っている[5][6]

アメリカのスペースX社は2017年8月23日、自社開発した宇宙船内用の宇宙服の試作品を初公開[7]。2020年5月30日の打ち上げの際には初使用された。従来の宇宙服から大幅に軽量化された切れ目がないワンピースタイプであり、ヘルメットは3Dプリンターで製作、手袋はクルードラゴンの操縦システムに合わせてタッチパネルに対応している。気圧低下の緊急時に作動する加圧機構が備わるなどの新機軸が盛り込まれたものとなった[8]。外観のデザインは『ワンダー・ウーマン』などハリウッド映画でコスチュームデザイナーを務めるホセ・フェルナンデスが担当し、『スターマン』と通称される[9]

SFで見られるような、身体にフィットする圧迫式 (Mechanical counter pressure: MCP) の宇宙服も2007年ごろから研究や試作が進められている[10]

硬式大気圧型潜水服(参考)

大気圧潜水服のように内部が大気圧(1気圧)で活動できる硬式の宇宙服も検討された。 利点として、船外に出る際に与圧の必要がないことと何かの事故で外部の気圧が急激に下がっても内部の影響は極めて小さいことがある。しかし大気圧潜水服は重量が300kgから500kgもあり重すぎるためこのようなタイプの宇宙服は開発されていない。

宇宙服についている温度調節などの切り替えスイッチの文字は鏡に映したように、左右逆になっている。宇宙服の中に入った状態では、頭を動かしてスイッチを見ることが出来ないため、腕に取り付けられた手鏡状の金属でスイッチなどを映して操作する際に見やすくなるようにしているのである。

アメリカのEMU宇宙服は、1着あたり1,000万ドル(約10億5千万円)の費用とのことである[11]。また、宇宙服のサイズの関係から、船外活動に携わる宇宙飛行士は165cm以上の身長を求められる[12]

宇宙服の靴底にアメリカ国旗を彫ることで、アポロ計画の月面歩行時に国旗を刻印しようという計画が上がったが、他国の反対及び宇宙条約に反することから、禁止となった。

アメリカでは、無重力下の船外活動用宇宙服と月面(惑星面)活動用の宇宙服を使い分けている。前者は両脚がほとんど役に立たないことを考慮し、腰から下は硬く曲がらないように作られているが、後者は歩行することを考慮し、可動部分が多い仕様となっている[13]

一覧

ロシア、ソビエト連邦
アメリカ
中国
  • 中国では「太空衣」、「航天服」と呼ぶ。いくどか計画され、キャンセルされている。ロシアのオーラン宇宙服-M を輸入した海鷹と呼ばれる物も使用された。
  • 神舟宇宙船内宇宙服
  • 飛天 (宇宙服) - 中国初の宇宙遊泳に使用された。

スペースXが開発したスターマンスーツ

開発中の国

2009年現在、宇宙服を開発・保有している国はアメリカロシア及び中国のみである。また、カナダ欧州で、研究が進められている。

日本は2011年に完成した国際宇宙ステーション(ISS)計画に参加し、NASA等と共同で将来の月面探査計画にも参加を行うことを考慮して技術蓄積を行うために、宇宙航空研究開発機構 (JAXA) は国産宇宙服の検討を行っている。開発を検討するのは次世代型の船内服及び船外服で、船外服の最終目標は運用圧力1気圧、重量20kg、活動時間一週間を目指す。現在は手動で行われている温度管理を自律的に行い、燃料電池を搭載(現在のEMUは銀亜鉛電池を使用)、グローブやブーツにパワーアシスト機能を盛り込むなど、最先端の技術を結集するコンセプトで検討が行われているが、具体的に開発が行われているわけではない。

フィクションにおける宇宙服

宇宙服はSF小説SF映画特撮SFアニメに頻繁に登場する。現在の人類より進んだ技術が登場する未来が舞台だったり、異星人が登場したりする作品では、上記のように薄型でも装着者を保護できるデザインになっていることが多い(機動戦士ガンダムシリーズのノーマルスーツなど)。

脚注

  1. ^ この事実が公表されたのは後のことである{Walking to Olympus An EVA Chronology 2ページ}。
  2. ^ Robinson, D.H.:Aviation Medicine Comes of Age:World War II, 1939-45. In:The Dangerous Sky:A history of aviation medicine. University of Washington Press, Seattle, pp. 190-191, 1973.
  3. ^ 見た目に美しい宇宙服の実現をめざして - JAXA
  4. ^ “NASAが宇宙服着古し40年、限界!残り11着でも新型まだ”. 『中日新聞』夕刊(共同通信配信記事). (2017年6月6日). http://www.chunichi.co.jp/article/front/list/CK2017060602000267.html 
  5. ^ NASAが月面用新型宇宙服を開発、人体3Dスキャンでジャストフィット、HDカメラ搭載で高速通信も可能に - TechCrunch Japan
  6. ^ NASAアルテミス計画用の宇宙服は体格に関係なく月面歩行が楽になる - TechCrunch Japan
  7. ^ スペースX、宇宙服を初公開 宇宙旅行に現実味日本経済新聞』夕刊2017年8月24日
  8. ^ 【図解】スペースXの宇宙船「クルードラゴン」 初の有人飛行”. AFP (2020年5月27日). 2020年5月26日閲覧。
  9. ^ 宇宙服と船内が劇的進化のわけ…野口聡一さんが解説 - 朝日テレビ
  10. ^ [1]
  11. ^ http://iss.jaxa.jp/iss_faq/faq_env_16.html
  12. ^ “未来の“宇宙兄弟”はキミだ!? 宇宙飛行士になるためのギモン”. リクナビ進学ジャーナル. (2013年3月5日). http://journal.shingakunet.com/career/2822/ 2014年1月6日閲覧。 
  13. ^ 動画:新たな有人月面着陸、2024年の実施は「楽観的過ぎ」 宇宙服の専門家”. AFP (2019年7月20日). 2019年7月20日閲覧。

関連項目

外部リンク