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'''カンバーノールド''' (Cumbernauld)は、[[イギリス]]北部[[スコットランド]]の大都市[[グラスゴー]]に近くに位置する[[ニュータウン]]。
'''カンバーノールド''' (Cumbernauld)は、[[イギリス]]北部[[スコットランド]]の大都市[[グラスゴー]]に近くに位置する[[イギリスのニュータウン|ニュータウン]]。


== 歴史 ==
== 歴史 ==
大都市グラスゴーの過密緩和のため、その東北東約18キロの位置に建設されたニュータウン。1955年にニュータウン法指定され<ref>いわゆる「第二世代のニュータウン」である。</ref>、翌1956年から建設が開始された。計画人口は7万人であるが、車の使用を考え、主要交差点は立体交差で<ref>South Carbrain RoadとLye Braeの交差点のように、ロータリーに変更された箇所もある。</ref>、歩道のネットワークを車道とは独立して計画している。また、商店は[[近隣住区]]方式で計画するのでなく、中央部の大規模なタウンセンターにまとめるワンセンター方式が採用されている。
大都市グラスゴーの過密緩和のため、その東北東約18キロの位置に建設されたニュータウン。1955年にニュータウン法に基づいて指定され<ref>いわゆる「第二世代のニュータウン」である。</ref>、翌1956年から建設が開始された。計画人口は7万人であるが、車の使用を考え、主要交差点は立体交差で<ref>South Carbrain RoadとLye Braeの交差点のように、ロータリーに変更された箇所もある。</ref>、歩道のネットワークを車道とは独立して計画している。また、商店は[[近隣住区]]方式で計画するのでなく、中央部の大規模なタウンセンターにまとめるワンセンター方式が採用されている。


このように、他のイギリスのニュータウンには見られない都市形態を有しており、ユニークなニュータウンとして有名である。
このように、他のイギリスのニュータウンには見られない都市形態を有しており、ユニークなニュータウンとして有名である。


大規模な複合建築として建設されたセンターは、イギリス初のショッピングモールで、世界初の屋内タウンセンターとされており、プランナーらから称賛された。しかし、大部分が1960年代に建築されたため、時代の経過と共に不満が出されるようになった。21世紀に入り、センター南側に大規模な増築が完成したが、現在では「取り壊したい建築」の上位に顔を出すこともある<ref>この節の記述は、英語版(21:29, 3 October 2012)のwikipediaによる。</ref>。
大規模な複合建築として建設されたセンターは、イギリス初のショッピングモールで、世界初の屋内タウンセンターとされており、プランナーらから称賛された。しかし、大部分が1960年代に建築されたため、時代の経過と共に不満が出されるようになった。21世紀に入り、センター南側に大規模な増築が完成したが、現在では「取り壊したい建築」の上位に顔を出すこともある<ref>この節の記述は、英語版(21:29, 3 October 2012)のwikipediaによる。</ref>。

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2021年1月28日 (木) 14:04時点における版

カンバーノールド
カンバーノールドのタウンセンター
カンバーノールドのタウンセンター
行政
イギリス
 国 スコットランド
 地域 Dunbartonshire
 カウンシル ノース・ラナークシャイア
カンバーノールド
人口
人口 (2001年現在)
  域 49,664人

カンバーノールド (Cumbernauld)は、イギリス北部スコットランドの大都市グラスゴーに近くに位置するニュータウン

歴史

大都市グラスゴーの過密緩和のため、その東北東約18キロの位置に建設されたニュータウン。1955年にニュータウン法に基づいて指定され[1]、翌1956年から建設が開始された。計画人口は7万人であるが、車の使用を考え、主要交差点は立体交差で[2]、歩道のネットワークを車道とは独立して計画している。また、商店は近隣住区方式で計画するのでなく、中央部の大規模なタウンセンターにまとめるワンセンター方式が採用されている。

このように、他のイギリスのニュータウンには見られない都市形態を有しており、ユニークなニュータウンとして有名である。

大規模な複合建築として建設されたセンターは、イギリス初のショッピングモールで、世界初の屋内タウンセンターとされており、プランナーらから称賛された。しかし、大部分が1960年代に建築されたため、時代の経過と共に不満が出されるようになった。21世紀に入り、センター南側に大規模な増築が完成したが、現在では「取り壊したい建築」の上位に顔を出すこともある[3]

脚注

  1. ^ いわゆる「第二世代のニュータウン」である。
  2. ^ South Carbrain RoadとLye Braeの交差点のように、ロータリーに変更された箇所もある。
  3. ^ この節の記述は、英語版(21:29, 3 October 2012)のwikipediaによる。

参考文献

  • Homes, Towns and Traffic、Faber and Faber社(邦訳『都市計画概説―住まいと町と交通』、1975年、鹿島出版会)

関連項目