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*[[TEAM dream]]([[Dream (歌手グループ)|dream]]を中心メンバーとしたエイベックス所属の女性アイドルによって構成される[[芸能人女子フットサル]]チーム)の初代監督を務めた。
*[[TEAM dream]]([[Dream (歌手グループ)|dream]]を中心メンバーとしたエイベックス所属の女性アイドルによって構成される[[芸能人女子フットサル]]チーム)の初代監督を務めた。
* エイベックス以外では、1995年当時[[EMIミュージック・ジャパン|東芝EMI]]所属だった、[[安室奈美恵]] with [[SUPER MONKEY'S]]の『[[TRY ME 〜私を信じて〜]]』のプロデュースを皮切りに、[[日本コロムビア|COLUMBIA]]から観月ありさの『[[抱きしめて!]]』や[[ソニー・ミュージックエンタテインメント (日本)|ソニー・ミュージックエンタテインメント]]から[[松田聖子]]&[[郷ひろみ]]『[[True Love Story/さよならのKISSを忘れない]]』、[[華原朋美]]の『[[as A person]]』等をプロデュースしたことがある。
* エイベックス以外では、1995年当時[[EMIミュージック・ジャパン|東芝EMI]]所属だった、[[安室奈美恵]] with [[SUPER MONKEY'S]]の『[[TRY ME 〜私を信じて〜]]』のプロデュースを皮切りに、[[日本コロムビア|COLUMBIA]]から観月ありさの『[[抱きしめて!]]』や[[ソニー・ミュージックエンタテインメント (日本)|ソニー・ミュージックエンタテインメント]]から[[松田聖子]]&[[郷ひろみ]]『[[True Love Story/さよならのKISSを忘れない]]』、[[華原朋美]]の『[[as A person]]』等をプロデュースしたことがある。
* [[小室哲哉]]とは、エイベックスが本格的に音楽制作に参画した当初から公私にわたるパートナーであったものの、意見の食い違いにより1990年代半ば頃から険悪化し、1997年から長期間絶縁状態にあった。2008年に小室が逮捕された際、被害弁済から約6億5000万円を個人的に融資した。[[TRF]]や[[安室奈美恵]]や[[Globe]]などエイベックスの礎は小室哲哉によって生み出されたものであり、小室哲哉無くして[[Every Little Thing]]や[[浜崎あゆみ]]や[[倖田來未]]などは誕生しえなかったと述べており、恩師としての小室を思い出し、今後の音楽活動に賭けてみようと決心したという。また、弁済融資の他、社内に小室専用の部屋・制作スタジオも用意した<ref>[http://sankei.jp.msn.com/affairs/trial/090312/trl0903121152005-n3.htm 【小室被告第2回公判(2)】「浜崎あゆみも倖田來未も小室さんなしには生まれなかった」] {{webarchive|url=https://web.archive.org/web/20090315014341/http://sankei.jp.msn.com/affairs/trial/090312/trl0903121152005-n3.htm |date=2009年3月15日 }}より</ref>。小室は「レコード会社から驚異的な資産を生み出した[[リチャード・ブランソン]]、[[デヴィッド・ゲフィン]]の2人に似ている」と称している<ref>[https://www.musicman-net.com/relay/63235 「第84回 小室 哲哉 氏 音楽プロデューサー / ミュージシャン | Musicman-NET」]より。</ref>。
* [[小室哲哉]]とは、エイベックスが本格的に音楽制作に参画した当初から公私にわたるパートナーであったものの、意見の食い違いにより1990年代半ば頃から険悪化し、1997年から長期間絶縁状態にあった。2008年に小室が逮捕された際、被害弁済から約6億5000万円を個人的に融資した。[[TRF]]や[[安室奈美恵]]や[[globe]]などエイベックスの礎は小室哲哉によって生み出されたものであり、小室哲哉無くして[[Every Little Thing]]や[[浜崎あゆみ]]や[[倖田來未]]などは誕生しえなかったと述べており、恩師としての小室を思い出し、今後の音楽活動に賭けてみようと決心したという。また、弁済融資の他、社内に小室専用の部屋・制作スタジオも用意した<ref>[http://sankei.jp.msn.com/affairs/trial/090312/trl0903121152005-n3.htm 【小室被告第2回公判(2)】「浜崎あゆみも倖田來未も小室さんなしには生まれなかった」] {{webarchive|url=https://web.archive.org/web/20090315014341/http://sankei.jp.msn.com/affairs/trial/090312/trl0903121152005-n3.htm |date=2009年3月15日 }}より</ref>。小室は「レコード会社から驚異的な資産を生み出した[[リチャード・ブランソン]]、[[デヴィッド・ゲフィン]]の2人に似ている」と称している<ref>[https://www.musicman-net.com/relay/63235 「第84回 小室 哲哉 氏 音楽プロデューサー / ミュージシャン | Musicman-NET」]より。</ref>。
*2013年8月2日、[[Facebook]]で、日本の税制が富裕層の所得税や相続税が高すぎて、「富裕層は日本にいなくなっても仕方ない」という記事を投稿した。
*2013年8月2日、[[Facebook]]で、日本の税制が富裕層の所得税や相続税が高すぎて、「富裕層は日本にいなくなっても仕方ない」という記事を投稿した。
*[[上皇明仁|天皇]]・[[上皇后美智子|皇后]]主催の[[園遊会]]に2014年春、2015年秋の二度にわたり招待を受け出席した。
*[[上皇明仁|天皇]]・[[上皇后美智子|皇后]]主催の[[園遊会]]に2014年春、2015年秋の二度にわたり招待を受け出席した。

2020年6月15日 (月) 00:01時点における版

松浦 勝人
別名 Max Matsuura
生誕 (1964-10-01) 1964年10月1日(59歳)
出身地 日本の旗 日本神奈川県横浜市港南区
学歴 日本大学経済学部卒業
ジャンル J-POPユーロビート
職業 音楽プロデューサー
実業家
活動期間 1988年 - 現今
公式サイト avex.com

松浦 勝人(まつうら まさと、1964年10月1日 - )は、日本の音楽プロデューサー実業家エイベックス株式会社代表取締役会長CEO。通称:Max Matsuura(マックス・マツウラ)。

神奈川県横浜市港南区出身。現在は東京都大田区田園調布在住。血液型O型

略歴

  • 1988年4月 エイベックス・ディー・ディー株式会社 (現:エイベックス株式会社) 設立、取締役に就任
  • 1991年3月 専務取締役に就任
  • 2004年8月 専務取締役および取締役を辞任。直後に復帰し、執行役員に就任
  • 2004年9月 代表取締役社長に就任
  • 2005年4月 エイベックス・エンタテインメント(株)代表取締役社長、エイベックス・プランニング&デベロップメント(株)取締役
  • 2005年10月 エイベックスネットワーク(株)(現:エイベックス・エンタテインメント(株))代表取締役会長
  • 2007年6月 コンプライアンス委員長
  • 2009年1月 エイベックス・マネジメント(株)代表取締役社長
  • 2009年4月 エイベックス通信放送(株)代表取締役会長
  • 2010年4月 代表取締役社長CEO(現任)、社長室管掌(現任)
  • 2012年10月 (株)UULA 代表取締役会長
  • 2013年7月 Avex International Holdings Singapore Pte.Ltd.(現:Avex Asia Pte. Ltd.) 取締役(現任)
  • 2013年10月 エイベックス・マネジメント(株) 代表取締役会長
  • 2014年12月 AWA(株) 代表取締役会長(現任)
  • 2016年6月 エイベックス通信放送(株) 取締役(現任)、当社グローバル・アーティスト戦略室管掌
  • 2016年12月 エイベックス・ベンチャーズ(株) 代表取締役社長(現任)

来歴

  • 横浜市立野庭中学校横浜市立金沢高等学校を経て、日本大学経済学部産業経営学科卒業。
  • 実家は中古車販売業を営んでいた。
  • 1985年、日本大学在学中(3年)に貸レコード店「友&愛」港南台店でアルバイトを始めた。この時、一緒にアルバイトをしていたのが、現・エイベックス株式会社取締役COOの林真司、元・取締役の小林敏雄であった。林、小林は共に松浦と同じ横浜市立金沢高等学校の同級生である。また、当時高校生だった後のEXILEHIROと出会っている。奇遇にも彼も高校の後輩であり、以後、高校の学園祭にDJ役で顔を出したりして、親交を続けた。
  • 1986年、アルバイト先の「友&愛」港南台店のオーナーに商才を認められ、そのオーナーと松浦の父の共同出資により株式会社ミニマックスを設立。代表取締役に就任。横浜市港南区上大岡駅前にフランチャイズの貸レコード店「友&愛」上大岡店を開業した。後にEvery Little Thingでデビューする五十嵐充もアルバイトとして勤務しており、後に店長となる。
  • 1988年4月11日、エイベックス・ディーディー株式会社(現・エイベックス株式会社)を設立。同社、取締役就任。レコードCDの輸入卸売業を始めた。
  • 1990年、レコードレーベル・avex traxを設立。1991年に専務取締役となった。
  • 1995年、モデルの原口香と結婚。また、松浦の結婚記念楽曲「THE STORY OF MAX AND KAORI / HRG UNITED」がEUROBEAT FLASH VOL.5(1996年1月発売)に収録された。その後、離婚している。
  • 1996年、後に歌手としてデビューをする浜崎あゆみとクラブで出会う。その後ニューヨークへ飛び、2年間にも及ぶレッスンやトレーニングを経て、1998年のデビューまでの準備に入る。
  • 1998年4月3日から、オールナイトニッポンRプロデューサーズナイトで、3年半の間、月1回パーソナリティを務めた。
  • 1998年12月、エイベックスのアーティストオーディションを行うため、テレビ東京のオーディション番組ASAYANに出演した。
  • 2001年2月、元会長の依田巽の助言により松浦真在人に改名(後に2002年10月4日より、本名に戻す)。
  • 2001年9月、アメリカのニューヨークで起きた同時多発テロ事件小室哲哉と共に特別ユニットを作る。
  • 2003年11月、モデルの畑田亜希と再婚(2004年3月31日に第1子となる女児が誕生。2006年5月30日に第2子となる男児が誕生。2007年10月24日に第3子となる女児が誕生)。
  • 2004年9月28日、エイベックス・グループ持株会社エイベックス・グループ・ホールディングス(現:エイベックス株式会社)の代表取締役社長に就任。
  • 2009年 第四回渡辺晋賞受賞[1]
  • 2010年4月、エイベックス代表取締役社長CEOに就任。
  • 2018年6月、エイベックス代表取締役会長CEOに就任[2]
  • 2019年夏、浜崎あゆみの自伝「M 愛すべき人がいて」で、浜崎と1996年〜1999年まで恋仲だったことが公表される。
  • 2020年1月、畑田と2016年に離婚していたことが判明した。2013年頃より別居していた[3]
  • 2020年4月〜前年話題となった「M 愛すべき人がいて」がテレビドラマ化。
  • 2020年6月、エイベックスCEOを退任(代表取締役会長には留任)[4]

人物

  • 沢尻エリカの大麻騒動の際、当時の夫と強制的に離婚させようとしたという。「松浦社長は彼女に『スターダストから、大麻の件を聞いている。ドラッグ検査の際のやりとりの録音も持っている』と話したということです。 そして、『高城と離婚することがエイベックスとの契約の条件』とし、『俺が離婚させてやる。マスコミはどうにでもなる』と話したというのです。 弱みを握られたエリカは、 『エイベックスに行くしかない』と話していました。(中略)マスコミおよび、それに連なる『誰か』は、僕をつぶしたいのでしょう。その『誰か』の目的は明確で、エリカを『脱がせてカネにする』ことです。そのために、彼らは組織的にエリカの薬物問題を、隠蔽し続けてきたのだと思います」 (文春オンライン) 
  • TEAM dreamdreamを中心メンバーとしたエイベックス所属の女性アイドルによって構成される芸能人女子フットサルチーム)の初代監督を務めた。
  • エイベックス以外では、1995年当時東芝EMI所属だった、安室奈美恵 with SUPER MONKEY'Sの『TRY ME 〜私を信じて〜』のプロデュースを皮切りに、COLUMBIAから観月ありさの『抱きしめて!』やソニー・ミュージックエンタテインメントから松田聖子&郷ひろみTrue Love Story/さよならのKISSを忘れない』、華原朋美の『as A person』等をプロデュースしたことがある。
  • 小室哲哉とは、エイベックスが本格的に音楽制作に参画した当初から公私にわたるパートナーであったものの、意見の食い違いにより1990年代半ば頃から険悪化し、1997年から長期間絶縁状態にあった。2008年に小室が逮捕された際、被害弁済から約6億5000万円を個人的に融資した。TRF安室奈美恵globeなどエイベックスの礎は小室哲哉によって生み出されたものであり、小室哲哉無くしてEvery Little Thing浜崎あゆみ倖田來未などは誕生しえなかったと述べており、恩師としての小室を思い出し、今後の音楽活動に賭けてみようと決心したという。また、弁済融資の他、社内に小室専用の部屋・制作スタジオも用意した[5]。小室は「レコード会社から驚異的な資産を生み出したリチャード・ブランソンデヴィッド・ゲフィンの2人に似ている」と称している[6]
  • 2013年8月2日、Facebookで、日本の税制が富裕層の所得税や相続税が高すぎて、「富裕層は日本にいなくなっても仕方ない」という記事を投稿した。
  • 天皇皇后主催の園遊会に2014年春、2015年秋の二度にわたり招待を受け出席した。

手掛けたアーティスト

プロデュースやエグゼクティブプロデュース、スペシャリーコーディネイト等

脚注

  1. ^ 第四回渡辺晋賞渡辺音楽文化フォーラム 2020年2月11日閲覧
  2. ^ “エイベックス、松浦勝人氏が6月22日に会長就任 新規事業の創出に注力”. ORICON NEWS (oricon ME). (2018年5月11日). https://www.oricon.co.jp/news/2111208/full/ 2020年5月15日閲覧。 
  3. ^ 松浦勝人氏 離婚していた。7年前から別居生活、2016年に成立”. スポニチ (2020年1月2日). 2020年1月2日閲覧。
  4. ^ “エイベックス・松浦勝人氏、CEO退任へ 制作に専念すると表明「後進の育成にも励んでいきたい」”. ORICON NEWS (oricon ME). (2020年5月15日). https://www.oricon.co.jp/news/2162209/full/ 2020年5月15日閲覧。 
  5. ^ 【小室被告第2回公判(2)】「浜崎あゆみも倖田來未も小室さんなしには生まれなかった」 Archived 2009年3月15日, at the Wayback Machine.より
  6. ^ 「第84回 小室 哲哉 氏 音楽プロデューサー / ミュージシャン | Musicman-NET」より。

関連項目

出典

外部リンク