「KO-D無差別級王座」の版間の差分

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2019年5月11日 (土) 04:40時点における版

KO-D無差別級王座
詳細
現王者 遠藤哲哉
獲得日 2019年4月4日
管理団体 DDTプロレスリング
創立 2000年4月19日
統計
初代王者 折原昌夫
最長保持者 竹下幸之介 : 372日
最短所持者 高木三四郎 : 0日[1]
最年長 高木三四郎 : 42歳
最年少 竹下幸之介 : 21歳

KO-D無差別級王座 (ケー・オー-ディー・むさべつきゅうおうざ) は、DDTプロレスリングが管理する王座。KO-Dは「King of DDT」の略。ベルトの色は黒。

概要

2000年に創設されたシングル王座で、DDTにおける最高峰に位置づけられている。

選手権試合は当初時間無制限1本勝負で行われていたが、現在は60分1本勝負。なお、対戦者間の合意があればルールが変わる場合もある。

独自のシステムとして「いつでもどこでも挑戦権」がある(後述)。

また、挑戦者決定としてKING OF DDTトーナメントを行う他、2010年より年に1回「DDTドラマティック総選挙 (旧DDT48総選挙) 」と呼ばれる「AKB48選抜総選挙」をモデルにしたイベントが開かれ、上位2人 (48時代は1位) に入った選手に挑戦権が与えられる。

いつでもどこでも挑戦権

「いつでもどこでも挑戦権」を獲得した選手は定められた期間内に行使すると、選手権試合をセッティングできる状況下であれば時間及び場所を問わずタイトルに挑戦することができる (ただし、既に決定した選手権試合が組まれている場合はそちらが優先される) 。この挑戦権は適宜ロイヤルランブル形式で争われる。過去にはタッグ王座でも導入されたことがあった。また、ロイヤルランブルの際に挑戦権以外にもアジャ・コングとのデート権であったり、那須川天心によるケツキックを受ける権利や、キング・オブ・ダーク王座の挑戦権がいつでもどこでも挑戦権に紛れて入っているケースもある。

2013年3月20日より「いつでもどこでも挑戦権」のリニューアルが図られ、DDT内外における試合で敗北[2]した際に挑戦権移動が起こる仕組みが導入されている。例えば、挑戦権を持つA選手が新日本プロレスに参戦してB選手とのタッグで同団体所属C・D選手と対戦、AがCからフォールを奪われた場合、AからCに挑戦権が移動し、その後、同団体内で移動が繰り返される可能性もある。また、ミックスファイトで女子選手が挑戦権を得るケースもありうる。

3月24日、エル・パーク仙台大会での高木三四郎大鷲透 vs KUDOヤス・ウラノ戦でヤスが高木をフォールして初めて移動[3]。5月11日、プロレスリング我闘雲舞市ヶ谷大会でさくらえみDJニラに勝利して団体外かつ女子として初めて獲得[4]。その後、帯広さやかを経て、6月2日のDDT新木場1stRING大会で平田一喜が奪取して一度は取り戻したが、6月15日の大日本プロレス横浜にぎわい座大会で岡林裕二に再び流出し、そのまま行使されてしまった[5]

1人の選手が複数の挑戦権を獲得する場合も考えられるが、この場合はフォールされても移動するのは一つのみである。なお、2014年にアントーニオ本多は一度のみであるがいつでもどこでも挑戦権を二つ獲得・2018年にはヒラティモ・ドラゴンも二つ獲得している。しかしいずれも行使する前に敗れて移動している。2018年現在、いつでもどこでも挑戦権を二つ以上戴冠していたのは佐々木大輔のみである。佐々木は2015年に合計で五つの挑戦権がすべて揃うとギャルのアレが手に入ると思い込んでいたが、5月の札幌大会で保持していた挑戦権がすべて移動してしまった。なお、佐々木は翌年2016年4月24日の後楽園ホール大会にて、メインのKO-D無差別級王座戦を終えたばかりのHARASHIMAに対して、いつでもどこでも挑戦権を行使。変形クロスフェイス・ロックで絞め落とし、同王座を初戴冠している。

その時点のチャンピオンが挑戦権を獲得することも可能。2015年にチャンピオンのKUDOが獲得し、GMより「有効期限内に王座から転落せず、挑戦権も守った場合はその挑戦権が無効になる」とアナウンスされた。また、挑戦権の譲渡も可能で、2018年にスーパー・ササダンゴ・マシン男色ディーノにお中元代わりに譲渡して、ディーノは挑戦権を即日使用し入江茂弘を破り無差別級王座を戴冠している。

2015年6月には王者KUDOに対してヤス・ウラノが挑戦権を行使して選手権試合を行っている最中に同じく挑戦権を保持している大家健が乱入し、3WAYマッチにすることを要求し、認められた。この際KUDOもチャンピオンながら挑戦権を有しており、全員が挑戦権保持者による3WAYマッチになった。試合は大家がウラノを倒して王者になったが、直接負けなかったため王座からは陥落したが挑戦権は引き続き保有していたKUDOがすぐさま挑戦権を行使、大家を倒して再奪還した。

歴代王者

歴代 レスラー 戴冠回数 防衛回数 獲得日付 獲得した場所(対戦相手・その他)
初代 折原昌夫 1 0 2000年4月19日 北沢タウンホール、高木三四郎
第2代 木村浩一郎 1 1 2000年7月26日 北沢タウンホール
第3代 ポイズン澤田JULIE 1 1 2000年10月11日 北沢タウンホール
第4代 高木三四郎 1 2 2000年12月14日 ジオポリス
第5代 エキサイティング吉田 1 2 2001年3月28日 北沢タウンホール
第6代 NOSAWA 1 0 2001年6月29日 ジオポリス
第7代 スーパー宇宙パワー 1 1 2001年11月30日 東京
第8代 MIKAMI 1 0 2002年1月26日 北沢タウンホール
第9代 スーパー宇宙パワー 2 0 2002年2月6日 東京
第10代 高木三四郎 2 0 2002年5月3日 後楽園ホール
第11代 金村キンタロー 1 1 2002年5月31日 ジオポリス
第12代 高木三四郎 3 0 2002年9月7日 ららぽーとTOKYO-BAY
第13代 GENTARO 1 0 2002年11月29日 ジオポリス
第14代 MIKAMI 2 2 2002年12月22日 後楽園ホール
第15代 佐々木貴 1 2 2003年7月17日 後楽園ホール
第16代 一宮章一 1 0 2003年10月26日 スタジオドリームメーカー
第17代 ポイズン澤田JULIE 2 4 2004年2月11日 赤レンガホール
第18代 MIKAMI 3 1 2004年11月2日 後楽園ホール
第19代 ディック東郷 1 2 2005年1月30日 後楽園ホール
第20代 高木三四郎 4 1 2005年5月4日 後楽園ホール
第21代 男色ディーノ 1 1 2005年10月23日 後楽園ホール
第22代 大鷲透 1 2 2006年4月2日 後楽園ホール
第23代 HARASHIMA 1 3 2006年12月29日 後楽園ホール
第24代 Koo 1 2 2007年6月3日 後楽園ホール
第25代 HARASHIMA 2 2 2007年10月21日 後楽園ホール
第26代 ディック東郷 2 2 2008年5月6日 後楽園ホール
第27代 高木三四郎 5 5 2008年9月28日 後楽園ホール、DDT EXTREME級ダブルタイトルマッチ
第28代 HARASHIMA 3 2 2009年5月4日 後楽園ホール
第29代 飯伏幸太 1 2 2009年8月23日 両国国技館
第30代 石川修司 2 4 2009年11月29日 後楽園ホール
第31代 関本大介 1 4 2010年2月28日 新木場1stRING
第32代 HARASHIMA 4 2 2010年7月25日 両国国技館
第33代 佐藤光留 1 0 2010年11月14日 大阪府立体育会館第2競技場
第34代 ディック東郷 3 0 2010年11月28日 後楽園ホール
第35代 ディック東郷[6] 4 2 2011年1月30日 後楽園ホール、アントーニオ本多
第36代 石川修司 3 2 2011年5月4日 後楽園ホール
第37代 KUDO 1 5 2011年7月24日 両国国技館
第38代 男色ディーノ 2 2 2012年1月29日 後楽園ホール
第39代 高木三四郎 6 0 2012年4月1日 後楽園ホール
第40代 マサ高梨 1 0 2012年4月1日 後楽園ホール
第41代 火野裕士 1 1 2012年5月4日 後楽園ホール
第42代 飯伏幸太 2 2 2012年6月24日 後楽園ホール
第43代 エル・ジェネリコ 1 2 2012年9月30日 後楽園ホール
第44代 ケニー・オメガ 1 3 2012年12月23日 後楽園ホール
第45代 入江茂弘 1 8 2013年3月20日 後楽園ホール
第46代 HARASHIMA 5 6 2013年8月18日 両国国技館
第47代 KUDO 2 2 2014年3月21日 後楽園ホール
第48代 HARASHIMA 6 7 2014年5月25日 名古屋国際会議場
第49代 飯伏幸太 3 1 2015年2月15日 さいたまスーパーアリーナ コミュニティアリーナ
第50代 HARASHIMA 7 1 2015年4月29日 後楽園ホール
第51代 KUDO 3 0 2015年5月31日 後楽園ホール
第52代 大家健 1 0 2015年6月28日 後楽園ホール
第53代 KUDO 4 0 2015年6月28日 後楽園ホール
第54代 坂口征夫 1 2 2015年8月23日 両国国技館
第55代 木高イサミ 1 3 2015年11月28日 大阪府立体育会館第1競技場
第56代 HARASHIMA 8 2 2016年3月21日 両国国技館
第57代 佐々木大輔 1 1 2016年4月24日 後楽園ホール
第58代 竹下幸之介 1 3 2016年5月29日 後楽園ホール
第59代 石川修司 4 2 2016年8月28日 両国国技館
第60代 HARASHIMA 9 3 2016年12月4日 大阪府立体育会館第1競技場
第61代 竹下幸之介 2 11 2017年3月20日 さいたまスーパーアリーナ メインアリーナ
第62代 入江茂弘 2 4 2018年4月29日 後楽園ホール
第63代 サミ・キャラハン 1 0 2018年8月1日 アメリカ・オハイオ州デイトン・ロックスタープロ・アリーナ
第64代 入江茂弘 3 0 2018年8月8日 アメリカ・オハイオ州デイトン・ロックスタープロ・アリーナ
第65代 男色ディーノ 3 0 2018年8月14日 新木場1stRING
第66代 里村明衣子 1 0 2018年8月28日 新木場1stRING
第67代 男色ディーノ 4 0 2018年9月23日 後楽園ホール
第68代 佐々木大輔 2 1 2018年10月21日 両国国技館
第69代 竹下幸之介 3 1 2019年2月17日 両国国技館
第70代 佐々木大輔 3 0 2019年4月4日 アメリカ・ニューヨーク州クイーンズ・ラ・ブーム
第71代 遠藤哲哉 1 2019年4月4日 アメリカ・ニューヨーク州クイーンズ・ラ・ブーム

主な記録

  • 最多戴冠回数 : 9回 - HARASHIMA(第23、25、28、32、46、48、50、56、60代)
  • 最多連続防衛回数 : 11回 - 竹下幸之介(第61代)
  • 最多通算防衛回数 : 24回 - HARASHIMA
  • 最年少戴冠記録 : 21歳0ヶ月 - 竹下幸之介(第58代)
  • 最年長戴冠記録 : 42歳2ヶ月 - 高木三四郎(第39代)

脚注

  1. ^ 大家健佐々木大輔(第70代時)も0日だが獲得から次試合開始までのインターバル及び試合時間(2分4秒)においても高木三四郎のほうが保持時間が短い。
  2. ^ フォール・KO・レフェリーストップ等。ただし反則やオーバーザトップロープルールでの負けは除外。また、アイアンマンヘビーメタル級王座とは違い試合以外でフォールしても移動しない。
  3. ^ 2013年03月24日(日) 【3・24リポート】いつでもどこでも挑戦権は高木からヤスに移動 - DDTプロレスリング 2013年5月12日閲覧。
  4. ^ 2013年05月11日(土)【甲田リポート】いつでもどこでも挑戦権が流出しました - DDTプロレスリング 2013年5月12日閲覧。
  5. ^ 【本日のいつどこ権】平田が敗北し岡林に“流出” - DDTプロレスリング 2013年06月17日閲覧
  6. ^ 負傷欠場による返上後、暫定王者決定戦を制したアントーニオ本多と王座戦を行い再戴冠した

外部リンク