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* [[17世紀]]にロシアで[[古儀式派]]の分離が起こると、古儀式派信徒は、[[ツァーリ]]と[[モスクワ総主教]]を反キリストとみなした。特に西欧化政策を掲げ古儀式派に熾烈な弾圧を加えた[[ピョートル1世]]はその典型とされ、憎悪の対象となった。<ref>I.S.ベーリュスチン著/白石治朗訳『十九世紀ロシア農村司祭の生活-付 近代ロシアの国家と教会-』中央大学出版部 1999 年 ISBN 4-8057-4132-5</ref>
* [[17世紀]]にロシアで[[古儀式派]]の分離が起こると、古儀式派信徒は、[[ツァーリ]]と[[モスクワ総主教]]を反キリストとみなした。特に西欧化政策を掲げ古儀式派に熾烈な弾圧を加えた[[ピョートル1世]]はその典型とされ、憎悪の対象となった。<ref>I.S.ベーリュスチン著/白石治朗訳『十九世紀ロシア農村司祭の生活-付 近代ロシアの国家と教会-』中央大学出版部 1999 年 ISBN 4-8057-4132-5</ref>
* [[19世紀]]の[[ドイツ]]の哲学者[[フリードリヒ・ニーチェ]]は、[[1889年]]に『反キリスト者』という題名の著作を書き、キリスト教の教義を批判している。ただし、ニーチェはキリスト教を批判したのであり、イエス・キリストその人は批判していない。
* [[19世紀]]の[[ドイツ]]の哲学者[[フリードリヒ・ニーチェ]]は、[[1889年]]に『反キリスト者』という題名の著作を書き、キリスト教の教義を批判している。ただし、ニーチェはキリスト教を批判したのであり、イエス・キリストその人は批判していない。
* [[ピースマーク]]、[[ピースサイン]]の本来の意味は反キリスト、悪魔崇拝である。

== 他宗教での相当概念 ==
== 他宗教での相当概念 ==
[[ダッジャール]]は、[[イスラム教]]での偽[[救世主]]、偽[[預言者]]である。
[[ダッジャール]]は、[[イスラム教]]での偽[[救世主]]、偽[[預言者]]である。

2019年2月16日 (土) 10:25時点における版

反キリスト ルーカス・クラナッハ1521年 ルーテル教会のクラナッハは、教皇冠をかぶる反キリスト、ローマ教皇の姿を描いた。

反キリスト(はんキリスト、Antichrist)は、イエス・キリストに偽装して、イエスの教えに背く者。聖書では新約聖書ヨハネの手紙一(2:18、2:22、4:3)、ヨハネの手紙二(1:7)にのみ記述されている。ヨハネの手紙2章22節においては、イエスキリストであることを否定する者を反キリストであるとしている。キリスト教終末論においては、真実に対極し、悪魔の具現化であると解釈され、最後の審判の際に苦しみが与えられるとされ、救いは決して得られないとされる。

歴史上の用例

他宗教での相当概念

ダッジャールは、イスラム教での偽救世主、偽預言者である。

ダッジャールについての言及はコーランには無く、ハディース(預言者ムハンマドの言行録)にあり、それらによるとダッジャールは、

  • 左目が潰れて、右目のみが明いている。
  • 肌は赤く、髪は黒く、額にクフルもしくはカーフィルと書かれている。
  • 地上に現れると「我こそはお前達の主」と言い、40日間地上を支配するが、その1日は1年にも1ヶ月にも感じられる。
  • 人々に偽の繁栄を齎し、信じさせる。

とされる。

脚注

  1. ^ 『岩波 キリスト教辞典』2002年
  2. ^ I.S.ベーリュスチン著/白石治朗訳『十九世紀ロシア農村司祭の生活-付 近代ロシアの国家と教会-』中央大学出版部 1999 年 ISBN 4-8057-4132-5

関連項目