「コーシー=シュワルツの不等式」の版間の差分

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== 定理の内容といくつかの事実 ==
== 定理の内容といくつかの事実 ==
''x'' や ''y'' が[[実数|実]]または[[複素数|複素]][[内積空間]] (''X'', ⟨•, •⟩) の元であるとき、
''x'' や ''y'' が[[実数|実]]または[[複素数|複素]][[内積空間]] {{math|(''X'', {{bra-ket|•|•}})}} の元であるとき、シュワルツの不等式は次のように述べられる:
シュワルツの不等式は次のように述べられる:
:<math>|\langle x,y\rangle|^2 \leq \langle x,x\rangle \cdot \langle y,y\rangle.</math>
:<math>|\langle x,y\rangle|^2 \leq \langle x,x\rangle \cdot \langle y,y\rangle.</math>
左辺は内積 &lang;''x'', ''y''&rang; の[[絶対値]]の平方である。ここに、等号は ''x'' と ''y'' が[[線型従属]]であるとき、つまり ''x'', ''y'' のいずれか一方が 0 であるか、さもなくば一方が他方の適当なスカラー倍であるときであり、かつそのときに限る。内積の導くノルム ||''x''||<sup>2</sup> := &lang;''x'', ''x''&rang; を用いればこれは
左辺は内積 {{bra-ket|''x''|''y''}} の[[絶対値]]の平方である。ここに、等号は ''x'' と ''y'' が[[線型従属]]であるとき、つまり ''x'', ''y'' のいずれか一方が 0 であるか、さもなくば一方が他方の適当なスカラー倍であるときであり、かつそのときに限る。内積の導くノルム {{norm|''x''}}<sup>2</sup> := {{bra-ket|''x''|''x''}} を用いればこれは
: <math>|\langle x, y \rangle| \leq \Vert x\Vert\cdot\Vert y\Vert</math>
: <math>|\langle x, y \rangle| \leq \Vert x\Vert\cdot\Vert y\Vert</math>
とも表せる。
とも表せる。


コーシー・シュワルツの不等式の重要な帰結には、内積が2変数の関数と見て[[連続関数|連続]]であるということ、従って特にひとつのベクトル ''x'' を決めるごとに内積が一つの連続汎関数 &lang;''x'', &bull;&rang; あるいは &lang;&bull;, ''x''&rang; を定めるということである。さらに、ベクトル ''x'' に対して汎関数 ''x''<sup>*</sup>: ''y'' &rarr; &lang;''y'', ''x''&rang; を与える対応が等長作用素になっていることも従う。
コーシー・シュワルツの不等式の重要な帰結には、内積が2変数の関数と見て[[連続関数|連続]]であるということ、従って特にひとつのベクトル ''x'' を決めるごとに内積が一つの連続汎関数 {{bra-ket|''x''|&bull;}} あるいは {{bra-ket|&bull;|''x''}} を定めるということである。さらに、ベクトル ''x'' に対して汎関数 ''x''<sup>*</sup>: ''y'' &rarr; {{bra-ket|''y''|''x''}} を与える対応が等長作用素になっていることも従う。


また、この定理の系として[[内積空間|内積ノルム]]に関する[[三角不等式]]
また、この定理の系として[[内積空間|内積ノルム]]に関する[[三角不等式]]
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== 証明に関する話題 ==
== 証明に関する話題 ==
定理には数多くの証明が知られている。
実内積空間におけるシュワルツの不等式の特徴的な証明の一つに、二次式とその判別式を用いるものがある。実際、&lang;''x'', ''y''&rang; なる内積を考えるとき、''t'' を実変数(あるいは任意の実定数)として
===判別式による証明===
実内積空間におけるシュワルツの不等式の特徴的な証明の一つに、二次式とその判別式を用いるものがある。実際、{{bra-ket|''x''|''y''}} なる内積を考えるとき、''t'' を実変数(あるいは任意の実定数)として
: <math>0 \le \langle x + t|\langle x,y\rangle|y, x + t|\langle x,y\rangle|y \rangle = \langle x, x \rangle + 2 |\langle x, y \rangle|^2 t + |\langle x,y\rangle|^2 \langle y, y\rangle t^2</math>
: <math>0 \le \langle x + t|\langle x,y\rangle|y, x + t|\langle x,y\rangle|y \rangle = \langle x, x \rangle + 2 |\langle x, y \rangle|^2 t + |\langle x,y\rangle|^2 \langle y, y\rangle t^2</math>
は(内積の性質により)''t'' の如何にかかわらず成立する ''t'' の二次の絶対不等式となる。ゆえに、二次の絶対不等式に関してよく知られた事実により、この ''t'' に関する二次式の判別式
は(内積の性質により)''t'' の如何にかかわらず成立する ''t'' の二次の絶対不等式となる。ゆえに、二次の絶対不等式に関してよく知られた事実により、この ''t'' に関する二次式の判別式
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同じように二次式の判別式を用いる少し異なった証明がある:この証明では実数 ''t'' と絶対値 1 の複素数 &lambda; について
同じように二次式の判別式を用いる少し異なった証明がある:この証明では実数 ''t'' と絶対値 1 の複素数 &lambda; について
: &lang;''x''+ &lambda;''ty'', ''x''+ &lambda;''ty''&rang;
: {{bra-ket|''x'' + ''&lambda;ty''|''x'' + ''&lambda;ty''}}
に対して同様の議論を行い、(Re&lang;''x'', &lambda;''y''&rang;)<sup>2</sup> &minus; &lang;x, x&rang;&lang;''y'', ''y''&rang; が半負定値であることが導かれる。適当な &lambda; について Re&lang;''x'', &lambda;''y''&rang; = |&lang;''x'', ''y''&rang;| となっているので定理の主張が得られる。
に対して同様の議論を行い、(Re {{bra-ket|''x''|''&lambda;y''}})<sup>2</sup> &minus; {{bra-ket|''x''|''x''}}{{bra-ket|''y''|''y''}} が半負定値であることが導かれる。適当な ''&lambda;'' について Re {{bra-ket|''x''|''&lambda;y''}} = {{abs|{{bra-ket|''x''|''y''}}}} となっているので定理の主張が得られる。


===数学的帰納法による証明===
別の観点に立った証明として、直交射影の概念を用いる以下のものがある:||''y''|| = 0 のときは、''x'' と ''y'' との内積が 0 になり、問題の不等式は自明な形で等号として成立する。 ||''y''|| &gt; 0 のときは、
別の観点に立った証明として、直交射影の概念を用いる以下のものがある:{{norm|''y''}} = 0 のときは、''x'' と ''y'' との内積が 0 になり、問題の不等式は自明な形で等号として成立する。{{norm|''y''}} &gt; 0 のときは、
: <math>t=\frac{\langle x,y\rangle}{\|y\|^2}</math>
: <math>t=\frac{\langle x,y\rangle}{\|y\|^2}</math>
に対して ''t y'' を ''x'' の ''y'' 方向への直交射影と見なすことができる。実際、この ''t'' について ''z'' := ''x'' - ''t y'' は ''y'' に直交している。
に対して ''t y'' を ''x'' の ''y'' 方向への直交射影と見なすことができる。実際、この ''t'' について ''z'' := ''x'' - ''t y'' は ''y'' に直交している。
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:<math>\left(\sum_{i=1}^n x_i y_i\right)^2\leq \left(\sum_{i=1}^n x_i^2\right) \left(\sum_{i=1}^n y_i^2\right)</math>
:<math>\left(\sum_{i=1}^n x_i y_i\right)^2\leq \left(\sum_{i=1}^n x_i^2\right) \left(\sum_{i=1}^n y_i^2\right)</math>
となるが、この不等式はnに関する数学的帰納法で証明することができる。各<math>x_i,y_i</math> が負でない場合を示せばよい。
となるが、この不等式は ''n'' に関する数学的帰納法で証明することができる。各 <math>x_i,y_i</math> が負でない場合を示せばよい。''n'' = 1 のときは明らかに成立。''n'' = 2 のときは、
n=1のときは明らかに成立。n=2のときは、
:<math> (x_1^2+x_2^2)(y_1^2+y_2^2)-(x_1 y_1+x_2 y_2)^2=(x_1 y_2-x_2 y_1)^2\ge 0</math>
:<math> (x_1^2+x_2^2)(y_1^2+y_2^2)-(x_1 y_1+x_2 y_2)^2=(x_1 y_2-x_2 y_1)^2\ge 0</math>
より成り立つ。n=mで成立すると仮定する。n=m+1のとき、
より成り立つ。''n'' = ''m'' で成立すると仮定する。''n'' = ''m'' + 1 のとき、
:<math>\left(\sum_{i=1}^{m+1} x_i y_i\right)^2=\left( \sum_{i=1}^m x_i y_i+x_{m+1} y_{m+1}\right)^2 </math>
:<math>\left(\sum_{i=1}^{m+1} x_i y_i\right)^2=\left( \sum_{i=1}^m x_i y_i+x_{m+1} y_{m+1}\right)^2 </math>
:<math>\leq\left(\left(\sum_{i=1}^m x_i^2 \right)^\frac{1}{2}\left(\sum_{i=1}^m y_i^2 \right)^\frac{1}{2}+x_{m+1} y_{m+1} \right)^2 </math> (∵帰納法の仮定より)
:<math>\leq\left(\left(\sum_{i=1}^m x_i^2 \right)^\frac{1}{2}\left(\sum_{i=1}^m y_i^2 \right)^\frac{1}{2}+x_{m+1} y_{m+1} \right)^2 </math> (∵帰納法の仮定より)
:<math>\leq\left(\sum_{i=1}^m x_i^2+x_{m+1}^2\right)\left(\sum_{i=1}^m y_i^2+y_{m+1}^2 \right)</math> &nbsp;&nbsp;&nbsp; (∵n=2のときより)
:<math>\leq\left(\sum_{i=1}^m x_i^2+x_{m+1}^2\right)\left(\sum_{i=1}^m y_i^2+y_{m+1}^2 \right)</math> &nbsp;&nbsp;&nbsp; (∵''n''=2のときより)
:<math>=\left(\sum_{i=1}^{m+1}x_i^2\right) \left(\sum_{i=1}^{m+1}y_i^2\right) </math>
:<math>=\left(\sum_{i=1}^{m+1}x_i^2\right) \left(\sum_{i=1}^{m+1}y_i^2\right) </math>
となって成立する。
となって成立する。
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というのがシュワルツの不等式を表している式である。これらは[[ヘルダーの不等式]]に一般化される。
というのがシュワルツの不等式を表している式である。これらは[[ヘルダーの不等式]]に一般化される。


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== 関連項目 ==
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*[[ヴィクトール・ブニャコフスキー]]
*[[ヴィクトール・ブニャコフスキー]]
*[[オーギュスタン=ルイ・コーシー]]
*[[オーギュスタン=ルイ・コーシー]]
*[[オットー・ヘルダー]]
*[[オットー・ヘルダー]]
*[[ヘルマン・アマンドゥス・シュワルツ]]
*[[三角不等式]]
*[[三角不等式]]
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*[[ヘルダーの不等式]]
*[[ヘルダーの不等式]]
*[[ヘルマン・アマンドゥス・シュワルツ]]
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==脚注==
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==参考文献==
==参考文献==

2018年6月13日 (水) 04:17時点における版

数学におけるコーシー=シュワルツの不等式(コーシーシュワルツのふとうしき、: Cauchy–Schwarz inequality)、シュワルツの不等式シュヴァルツの不等式あるいはコーシー=ブニャコフスキー=シュワルツの不等式 (Cauchy–Bunyakovski–Schwarz inequality) とは、内積空間における二つのベクトルの間の内積がとりうる値をそれぞれのベクトルのノルムによって評価する不等式である。線型代数学関数解析学における有限次元および無限次元のベクトルに対するさまざまな内積や、確率論における分散共分散に適用されるなど、様々な異なる状況で現れる有用な不等式である。

数列に対する不等式はオーギュスタン=ルイ・コーシーによって1821年に、積分系での不等式はまずヴィクトール・ブニャコフスキーによって1859年に発見された後ヘルマン・アマンドゥス・シュワルツによって1888年に再発見された。

定理の内容といくつかの事実

xyまたは複素内積空間 (X, •|•) の元であるとき、シュワルツの不等式は次のように述べられる:

左辺は内積 x|y絶対値の平方である。ここに、等号は xy線型従属であるとき、つまり x, y のいずれか一方が 0 であるか、さもなくば一方が他方の適当なスカラー倍であるときであり、かつそのときに限る。内積の導くノルム ‖ x ‖2 := x|x を用いればこれは

とも表せる。

コーシー・シュワルツの不等式の重要な帰結には、内積が2変数の関数と見て連続であるということ、従って特にひとつのベクトル x を決めるごとに内積が一つの連続汎関数 x|• あるいは •|x を定めるということである。さらに、ベクトル x に対して汎関数 x*: yy|x を与える対応が等長作用素になっていることも従う。

また、この定理の系として内積ノルムに関する三角不等式

が導かれる。ここで等号が成立するのは、xy の一方が他方の非負実数倍であるとき、かつそのときに限る。

証明に関する話題

定理には数多くの証明が知られている。

判別式による証明

実内積空間におけるシュワルツの不等式の特徴的な証明の一つに、二次式とその判別式を用いるものがある。実際、x|y なる内積を考えるとき、t を実変数(あるいは任意の実定数)として

は(内積の性質により)t の如何にかかわらず成立する t の二次の絶対不等式となる。ゆえに、二次の絶対不等式に関してよく知られた事実により、この t に関する二次式の判別式

は半負定値(非正)でなければならない。これを整理してシュワルツの不等式を得る。

同じように二次式の判別式を用いる少し異なった証明がある:この証明では実数 t と絶対値 1 の複素数 λ について

x + λty|x + λty

に対して同様の議論を行い、(Re x|λy)2x|xy|y が半負定値であることが導かれる。適当な λ について Re x|λy = |x|y| となっているので定理の主張が得られる。

数学的帰納法による証明

別の観点に立った証明として、直交射影の概念を用いる以下のものがある:‖ y ‖ = 0 のときは、xy との内積が 0 になり、問題の不等式は自明な形で等号として成立する。‖ y ‖ > 0 のときは、

に対して t yxy 方向への直交射影と見なすことができる。実際、この t について z := x - t yy に直交している。

が非負であることよりコーシー=シュワルツの不等式が従う。さらに、xy とが線型従属のときかつそのときに限り z = 0 であり、不等式において等号が成立することがわかる。

標準内積に関する内積空間と考えたときのユークリッド空間 Rn の場合に書き下すと、

となるが、この不等式は n に関する数学的帰納法で証明することができる。各 が負でない場合を示せばよい。n = 1 のときは明らかに成立。n = 2 のときは、

より成り立つ。n = m で成立すると仮定する。n = m + 1 のとき、

(∵帰納法の仮定より)
    (∵n=2のときより)

となって成立する。

具体的な例

標準内積に関する内積空間と考えたときのユークリッド空間 Rn の場合に書き下すと、

となる。特に n = 2, 3 のときには

と書ける。これは有限次元の内積空間における例である。無限次元の内積空間の例として、二乗可積分関数の空間の場合には内積が積分の形で与えられ、2つの自乗可積分関数 f, g に対して

というのがシュワルツの不等式を表している式である。これらはヘルダーの不等式に一般化される。

関連項目

脚注

参考文献

  • 黒田成俊『関数解析』共立出版株式会社〈共立数学講座 15〉、1980年11月1日。ISBN 978-4-320-01106-9 
  • 齋藤正彦線型代数入門』(初版)東京大学出版会〈基礎数学1〉、1966年3月31日。ISBN 978-4-13-062001-7http://www.utp.or.jp/bd/4-13-062001-0.html 

外部リンク