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== 概要 == |
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[[フェリーはまなす]] 、[[フェリーしらゆり]]の代船として、僚船の[[ニューはまなす]]とともに[[石川島播磨重工業]]相生工場で建造され、[[1987年]]4月に[[新潟港|新潟]] - [[小樽港|小樽]]航路へ就航した<ref>{{Cite web |
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| title = 新日本海フェリー 会社案内 沿革 |
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== 設備 == |
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=== 船室 === |
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従来船と比較して旅客設備が強化されており、その後の新日本海フェリーの新造船の基礎となる設計となった。内装は'''ニューはまなす'''はモダン、'''ニューしらゆり'''はクラシックをテーマにしたものとなっていた。[[1990年]]に船室の増設工事を実施 |
従来船と比較して旅客設備が強化されており、その後の新日本海フェリーの新造船の基礎となる設計となった。内装は'''ニューはまなす'''はモダン、'''ニューしらゆり'''はクラシックをテーマにしたものとなっていた。[[1990年]]に船室の増設工事を実施し総トン数が増加した。 |
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* スイートルーム(2名×2室) |
* スイートルーム(2名×2室) |
2017年9月18日 (月) 08:05時点における版
ニューしらゆり | |
---|---|
基本情報 | |
船種 | フェリー |
船籍 |
日本(1987-2003) パナマ(2003-) |
所有者 |
新日本海フェリー(1987-2003) 上海下関フェリー(2003-) |
運用者 |
新日本海フェリー(1987-2003) 上海下関フェリー(2003-2009) |
建造所 | 石川島播磨重工業相生工場 |
母港 | 小樽港(ニューしらゆり) |
姉妹船 | ニューはまなす |
IMO番号 | 8604278 |
改名 |
ニューしらゆり(1987-2003) ゆうとぴあ2(2003-2016) TOP(2016) |
経歴 | |
起工 | 1986年 |
進水 | 1986年 |
竣工 | 1987年 |
就航 | 1987年4月 |
除籍 | 2016年 |
現況 | インドで解体 |
要目 | |
総トン数 |
17,305トン(竣工時) 17,393トン(改造後) |
全長 | 184.5m |
型幅 | 26.5m |
型深さ | 14.2m |
デッキ数 | 8層 |
機関方式 | ディーゼル |
出力 | 14,850PS×2 |
航海速力 | 22.6ノット |
旅客定員 | 929名 |
乗組員 | 58名 |
車両搭載数 | トラック150台 乗用車103台 |
概要
フェリーはまなす 、フェリーしらゆりの代船として、僚船のニューはまなすとともに石川島播磨重工業相生工場で建造され、1987年4月に新潟 - 小樽航路へ就航した[1]。
2003年2月、ゆうかりの就航により上海下関フェリーへ売却されゆうとぴあ2と改名。下関 - 上海・青島航路に就航した。週2便での運航を計画したが、上海港の発着枠に空きがなかったため1便は青島発着で運航された。
2006年には中国側発着地を蘇州大倉港へ変更。当初、中国当局による旅客営業の免許が許認可されなかったためRORO船として運航されていたが、2007年8月から旅客営業が開始された[2]。
2009年10月にゆうとぴあIVの就航によりIHI相生で係船。2016年6月に船名をTOPと変更し、香港・シンガポールを経由してインドバーヴナガルへ回航後に解体。
設備
船室
従来船と比較して旅客設備が強化されており、その後の新日本海フェリーの新造船の基礎となる設計となった。内装はニューはまなすはモダン、ニューしらゆりはクラシックをテーマにしたものとなっていた。1990年に船室の増設工事を実施し総トン数が増加した。
- スイートルーム(2名×2室)
- 特等洋室(2名×8室)
- 特等和室(3名×2室)
- 1等洋室(2名×8室、4名×10室、5名×16室)
- 2等寝台(302名)
- 2等(396名)
- ドライバー室(60名)
脚注
- ^ “新日本海フェリー 会社案内 沿革”. 新日本海フェリー. 2015年10月31日閲覧。
- ^ 「地域ニュース 下関―太倉航路フェリーの旅客運送開始」『やまぐち経済月報』第389号、一般財団法人山口経済研究所、2007年9月、16-17頁、2015年11月3日閲覧。
外部リンク
- MarineTraffic.com - UTOPIA 2 - 自動船舶識別装置(AIS)による現在位置表示