「無脊椎動物」の版間の差分

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<div class="thumbcaption" style="width:300px;">''Invertebrata''</div>
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'''無脊椎動物'''(むせきついどうぶつ)とは、[[脊椎動物]]以外の[[動物]]のことである。すなわち[[背骨]]、あるいは[[脊椎]]を持たない動物をまとめて指すもので、[[ジャン=バティスト・ラマルク]]が命名したInvertebrataの訳語である(Vertebrataは脊椎動物)。
'''無脊椎動物'''(むせきついどうぶつ)とは、[[脊椎動物]]以外の[[動物]]のことである。すなわち[[背骨]]、あるいは[[脊椎]]を持たない動物をまとめて指すもので、[[ジャン=バティスト・ラマルク]]が命名したInvertebrataの訳語である(Vertebrataは脊椎動物)。脊椎動物以外の後生動物(多細胞動物)のみを指して使われることもあるが<ref name=jiten/>、伝統的には[[原生動物]]をも含むこともある<ref name=shirayama/>


詳しく言えば[[無顎類]]、[[魚類]]、[[両生類]]、[[爬虫類]]、[[鳥類]]、[[哺乳類]]以外の動物といってもよい。また、より日常的な言い方をするなら、獣、鳥、両生爬虫類、そして魚を除いた動物で、日本でかつて「蟲」と呼ばれたもののうち両生爬虫類を除いたすべてのものと言ってもよく、[[ホヤ]]、[[カニ]]、[[昆虫]]、[[貝類]]、[[イカ]]、[[線虫]]その他諸々の動物が含まれる。
詳しく言えば[[無顎類]]、[[魚類]]、[[両生類]]、[[爬虫類]]、[[鳥類]]、[[哺乳類]]以外の動物といってもよい。また、より日常的な言い方をするなら、獣、鳥、両生爬虫類、そして魚を除いた動物で、日本でかつて「蟲」と呼ばれたもののうち両生爬虫類を除いたすべてのものと言ってもよく、[[ホヤ]]、[[カニ]]、[[昆虫]]、[[貝類]]、[[イカ]]、[[線虫]]その他諸々の動物が含まれる。
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脊椎動物には、[[口]]や[[目]]を備えた頭部を持ち、"赤い血"([[ヘモグロビン]]を含む[[血液]])を持つという、わかりやすい特徴がある。古代~近世では、血がある/血が無い という差のほうに重きを置いて認識されていた。
脊椎動物には、[[口]]や[[目]]を備えた頭部を持ち、"赤い血"([[ヘモグロビン]]を含む[[血液]])を持つという、わかりやすい特徴がある。古代~近世では、血がある/血が無い という差のほうに重きを置いて認識されていた。


古代ギリシアの[[アリストテレス]]は『[[動物誌 (アリストテレス)|動物誌]]』において、動物の大分類として有血動物》/《無血動物を提示し、無血動物として有殻類・昆虫類・甲殻類・軟体類を挙げた。動物はいわゆる「血」(赤い血)を骨(脊椎も含む)において作っており、脊椎が無い動物は一般に「血」(赤い血)は無いという関係になっているので、結局のとろ、アリストテレス提示した分類枠、(呼称面では、遥か後の時代にラマルクの造語「Invertebrate 無脊椎動物」によって大きく変化したもの)その内容しては、現在でもおおむねそのまま残っているのである。
古代ギリシアの[[アリストテレス]]は『[[動物誌 (アリストテレス)|動物誌]]』において、動物の大分類として有血動物」「無血動物を提示し、無血動物として有殻類・昆虫類・甲殻類・軟体類を挙げた。この区別の後の脊椎動物・無脊椎動物の区別ほぼ一致す<ref name=holland/>


近世・近代になって[[リンネ]]によって、「哺乳綱」「鳥綱」「両生綱」「魚綱」と、「昆虫綱」「蠕虫綱」という分類がおこなわれた。脊椎動物以外の動物を「無脊椎動物」として大別する分類は、上記の通り、ラマルクに依る。
近世・近代になって[[リンネ]]によって、「哺乳綱」「鳥綱」「両生綱」「魚綱」と、「昆虫綱」「蠕虫綱」という分類がおこなわれた。脊椎動物以外の動物を「無脊椎動物」として大別する分類は、上記の通り、ラマルクに依る。
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このような経過は、[[植物]]における[[顕花植物]]と[[隠花植物]]の関係によく似ている。歴史的にも平行的である。
このような経過は、[[植物]]における[[顕花植物]]と[[隠花植物]]の関係によく似ている。歴史的にも平行的である。


;現在の扱い
=== 現在の扱い ===
上記のように、脊索動物門の1亜門でしかない脊椎動物と、数十の動物門に含まれる他のすべての動物を対置して区別するのは、含まれる種や分類群の数の面で動物を適切に二分することにはならない<ref name=shirayama/><ref name=holland/>。無脊椎動物のうち[[頭索動物]]と[[尾索動物]]は他の無脊椎動物よりも脊椎動物に近縁なので、無脊椎動物は単系統群ではなく、系統関係を反映した分け方ではない<ref name=jiten/><ref name=holland/><ref name=nishikawa/>。また伝統的に無脊椎動物に含まれてきた原生動物は、動物界ではなく原生生物界に分類されている<ref name=shirayama/>。そのような問題点はあるものの、無脊椎動物という語は便宜的に広く使われ<ref name=jiten/>、教科書や大学の講義も脊椎動物・無脊椎動物に分かれていることが多い<ref name=holland/>。
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また動物学者ピーター・ホランドは、系統関係や種数を反映していないという問題を認めつつも、脊椎動物は「大きな体、高効率な血液循環系、動的な[[骨格]]、複雑な[[脳]]、保護に働く[[頭蓋]]、そして精緻な[[感覚器]]」といった特徴の複合によって他の動物とは一線を画し、遺伝的にも2度の全[[ゲノム]]重複によって多くの[[遺伝子]]を持つという差異があることから、脊椎動物・無脊椎動物の区分に一定の意味を認めている<ref name=holland/>。
もっとも、学問的な分野においても、分類群のまとめを表す単位として伝統的に表示されている。たとえば、[[外肛動物]]の研究者は「無脊椎動物を専門とする」と表記される場合がある。[[図鑑]]等の分冊でも、無脊椎動物でまとめる例が多い。


=== その他 ===
[[初等教育]]における素朴な[[動物]][[分類]]法としても、今も使われている。たとえば、幼児向きの教科書には、獣・鳥・魚・昆虫等の混在した図を提示し、「これらの動物を2種類に分けましょう」という問題が載っていることがある。問題の意図としては脊椎動物・無脊椎動物の分類を期待している。[[理科]]の教育課程では、中学生向けの教材でこの分類法を用いている。その点、植物における「隠花植物」がほぼ[[死語]]になったのとは大きく異なっている。
人間に近いと認識される動物は脊椎動物にまとめられるため、無脊椎動物は「異様」な印象や「不思議」な印象を与えるものが多いことになる。若い女性で無脊椎動物が苦手な人は多い<ref name=toyama/>。


== 出典 ==
;その他
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人間に近いと認識される動物は脊椎動物にまとめられるため、無脊椎動物は「異様」な印象や「不思議」な印象を与えるものが多いことになる。若い女性で無脊椎動物が苦手な人は多い<ref>1991年に、ある教員が、富山大学教育学部<u>幼稚園教員</u>養成課程の学生を対象に、動物体験実習を実施した結果、「学生たちは家畜に比して野生動物が、特に無脊椎動物が苦手ないし嫌いであること、鳥類も比較的苦手であることが判明した」と述べた。(出典『東京大学 大学院紀要』第36巻、第1号、p.655)</ref>
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<ref name=nishikawa>{{cite book |和書 |author=西川輝昭 |chapter=無脊椎動物・脊椎動物と脊索動物 |title=無脊椎動物の多様性と系統 |series=バイオディバーシティ・シリーズ5 |editor=白山義久(編集) |others=岩槻邦男・馬渡俊輔(監修) |page=256 |publisher=裳華房 |isbn=4785358289 |year=2006 |edition=第6版 }}</ref>

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;出典
<ref name=toyama>1991年に、ある教員が、富山大学教育学部幼稚園教員養成課程の学生を対象に、動物体験実習を実施した結果、「学生たちは家畜に比して野生動物が、特に無脊椎動物が苦手ないし嫌いであること、鳥類も比較的苦手であることが判明した」と述べた。(出典『東京大学 大学院紀要』第36巻、第1号、p.655)</ref>
<references />
}}
== 関連項目 ==
== 関連項目 ==
*[[鶴岡市立加茂水族館]]
*[[鶴岡市立加茂水族館]]
*[[京都大学フィールド科学教育研究センター瀬戸臨海実験所水族館|京都大学白浜水族館]]
*[[京都大学フィールド科学教育研究センター瀬戸臨海実験所水族館|京都大学白浜水族館]]


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2015年1月9日 (金) 03:18時点における版

Invertebrata

無脊椎動物(むせきついどうぶつ)とは、脊椎動物以外の動物のことである。すなわち背骨、あるいは脊椎を持たない動物をまとめて指すもので、ジャン=バティスト・ラマルクが命名したInvertebrataの訳語である(Vertebrataは脊椎動物)。脊椎動物以外の後生動物(多細胞動物)のみを指して使われることもあるが[1]、伝統的には原生動物をも含むこともある[2]

詳しく言えば無顎類魚類両生類爬虫類鳥類哺乳類以外の動物といってもよい。また、より日常的な言い方をするなら、獣、鳥、両生爬虫類、そして魚を除いた動物で、日本でかつて「蟲」と呼ばれたもののうち両生爬虫類を除いたすべてのものと言ってもよく、ホヤカニ昆虫貝類イカ線虫その他諸々の動物が含まれる。

歴史

脊椎動物には、を備えた頭部を持ち、"赤い血"(ヘモグロビンを含む血液)を持つという、わかりやすい特徴がある。古代~近世では、血がある/血が無い という差のほうに重きを置いて認識されていた。

古代ギリシアのアリストテレスは『動物誌』において、動物の大分類として「有血動物」「無血動物」を提示し、無血動物として有殻類・昆虫類・甲殻類・軟体類を挙げた。この区別はその後の脊椎動物・無脊椎動物の区別とほぼ一致する[3]

近世・近代になってリンネによって、「哺乳綱」「鳥綱」「両生綱」「魚綱」と、「昆虫綱」「蠕虫綱」という分類がおこなわれた。脊椎動物以外の動物を「無脊椎動物」として大別する分類は、上記の通り、ラマルクに依る。

動物の分類においては、脊椎動物に関する知識がそれ以外の動物についての知識に比べてはるかに多かった。そのため、脊椎動物を爬虫類・両生類といった大きな群にわけると、残りはその他の群として一まとめにされ、脊椎動物の各群と同等の地位を与えられた。

しかし、そこに含まれる生物の個々についての知見が深まるにつれ、それらの差異が大きいものであることがわかってきた。そのため、脊椎動物と対置される位置まで持ち上げられたのが無脊椎動物という名称である。

さらに多くが知られるにつれ、無脊椎動物の中の個々の群が脊椎動物に対置されるべきものと考えられるようになり、多くの動物門が作られ、脊椎動物はその中の一つという位置に納まった。このため、無脊椎動物の分類群としての妥当性と、存在意義は疑わしくなった。近年、脊椎動物門が脊索動物門の一亜門と見なされるようになってからは、さらに意味を見いだしにくくなっている。

このような経過は、植物における顕花植物隠花植物の関係によく似ている。歴史的にも平行的である。

現在の扱い

上記のように、脊索動物門の1亜門でしかない脊椎動物と、数十の動物門に含まれる他のすべての動物を対置して区別するのは、含まれる種や分類群の数の面で動物を適切に二分することにはならない[2][3]。無脊椎動物のうち頭索動物尾索動物は他の無脊椎動物よりも脊椎動物に近縁なので、無脊椎動物は単系統群ではなく、系統関係を反映した分け方ではない[1][3][4]。また伝統的に無脊椎動物に含まれてきた原生動物は、動物界ではなく原生生物界に分類されている[2]。そのような問題点はあるものの、無脊椎動物という語は便宜的に広く使われ[1]、教科書や大学の講義も脊椎動物・無脊椎動物に分かれていることが多い[3]

また動物学者ピーター・ホランドは、系統関係や種数を反映していないという問題を認めつつも、脊椎動物は「大きな体、高効率な血液循環系、動的な骨格、複雑な、保護に働く頭蓋、そして精緻な感覚器」といった特徴の複合によって他の動物とは一線を画し、遺伝的にも2度の全ゲノム重複によって多くの遺伝子を持つという差異があることから、脊椎動物・無脊椎動物の区分に一定の意味を認めている[3]

その他

人間に近いと認識される動物は脊椎動物にまとめられるため、無脊椎動物は「異様」な印象や「不思議」な印象を与えるものが多いことになる。若い女性で無脊椎動物が苦手な人は多い[5]

出典

  1. ^ a b c 石川統・黒岩常洋・塩見正衛・松本忠夫・守隆夫・八杉貞雄・山本正幸(編) 編「無脊椎動物」『生物学辞典』東京化学同人、2010年、1259頁。ISBN 9784807907359 
  2. ^ a b c 白山義久 著「総合的観点からみた無脊椎動物の多様性と系統」、白山義久(編集) 編『無脊椎動物の多様性と系統』岩槻邦男・馬渡俊輔(監修)(第6版)、裳華房〈バイオディバーシティ・シリーズ5〉、2006年、2頁。ISBN 4785358289 
  3. ^ a b c d e ホランド, ピーター 著、西駕秀俊 訳『動物たちの世界 六億年の進化をたどる』東京化学同人〈科学のとびら56〉、2014年(原著2011年)、98-102頁。ISBN 9784807912964 
  4. ^ 西川輝昭 著「無脊椎動物・脊椎動物と脊索動物」、白山義久(編集) 編『無脊椎動物の多様性と系統』岩槻邦男・馬渡俊輔(監修)(第6版)、裳華房〈バイオディバーシティ・シリーズ5〉、2006年、256頁。ISBN 4785358289 
  5. ^ 1991年に、ある教員が、富山大学教育学部幼稚園教員養成課程の学生を対象に、動物体験実習を実施した結果、「学生たちは家畜に比して野生動物が、特に無脊椎動物が苦手ないし嫌いであること、鳥類も比較的苦手であることが判明した」と述べた。(出典『東京大学 大学院紀要』第36巻、第1号、p.655)

関連項目