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== 各曲 ==
== 各曲 ==
第2,5,6曲は同名の合唱曲より編曲。曲集には序文としてラマルティーヌの詩が掲げられており、更に第1,3,9曲にもそれぞれラマルティーヌの詩が付されている<ref name="Ledin">Victor and Marina A. Ledin (1997). ''Philip Thomson "Liszt Complete Piano Music, Volume 3"'' (CD booklet). [[ナクソス (レコードレーベル)|Naxos]].</ref>。
曲集には序文としてラマルティーヌの詩が掲げられており、更に第1,3,9曲にもそれぞれラマルティーヌの詩が付されている<ref name="Ledin">Victor and Marina A. Ledin (1997). ''Philip Thomson "Liszt Complete Piano Music, Volume 3"'' (CD booklet). [[ナクソス (レコードレーベル)|Naxos]].</ref>。


#'''祈り''' ''Invocation''
#'''祈り''' ''Invocation''
#:精緻でありながら気高い響きを持ち、曲集の幕開けにふさわしい。リストが宗教曲で好んで用いた[[ホ長調]]で書かれている<ref name="Howard">[[レスリー・ハワード (ピアニスト)|Leslie Howard]] (1990). ''Leslie Howard "Harmonies poétiques et religieuses"'' (CD booklet). [[ハイペリオン・レコード|Hyperion]].</ref>。
#'''アヴェ・マリア''' ''Ave Maria''
#'''アヴェ・マリア''' ''Ave Maria''
#:同名の合唱曲より編曲<ref name="Howard" />。
#'''孤独の中の神の祝福''' ''Bénédiction de Dieu dans la solitude''
#'''孤独の中の神の祝福''' ''Bénédiction de Dieu dans la solitude''
#:曲集のなかで最もスケールが大きく、リストの宗教的・内省的な側面を象徴する傑作である<ref name="福田" />。ラマルティーヌの詩(おお、神よ、私を包み込むこの平安はどこから来るのか。私の心に満ちあふれる信仰はどこから来るのか…)が掲げられている<ref name="Ledin" />。
#:曲集のなかで最もスケールが大きく、リストの宗教的・内省的な側面を象徴する傑作である<ref name="福田" />。ラマルティーヌの同名の詩(おお、神よ、私を包み込むこの平安はどこから来るのか。私の心に満ちあふれる信仰はどこから来るのか…)が掲げられている<ref name="Ledin" />。曲は美しく瞑想的な[[嬰ヘ長調]]の主題をしばらく変容させ、軽やかな[[ニ長調]]、穏やかな[[変ロ長調]]の部分を経て、やがて回帰した最初の主題が情熱的に高揚して終わる<ref>小石忠男 『[[クラウディオ・アラウ]]:[[ピアノソナタ (リスト)|ピアノソナタ ロ短調]]』CD解説、[[フィリップス・レコード|フィリップス]]、1978年。</ref>。
#'''死者の追憶''' ''Pensée des morts''
#'''死者の追憶''' ''Pensée des morts''
#:1834年の単独作品《詩的で宗教的な調べ》が原曲。
#:1834年の単独作品《詩的で宗教的な調べ》が原曲。ピアノと管弦楽のための詩篇《深き淵より》(未完)の素材を用いている<ref name="Howard" />
#'''主の祈り''' ''Pater Noster''
#'''主の祈り''' ''Pater Noster''
#:同名の合唱曲より編曲<ref name="Howard" />。
#'''眠りから覚めた子供への賛歌''' ''Hymne de l'enfant à son réveil''
#'''眠りから覚めた子供への賛歌''' ''Hymne de l'enfant à son réveil''
#:同名の合唱曲より編曲<ref name="Howard" />。
#'''葬送曲''' ''Funérailles''
#'''葬送曲''' ''Funérailles''
#:「1849年10月」との副題が掲げられており、かつては[[1849年]]10月に死去した[[フレデリック・ショパン|ショパン]]への追悼曲と見られることもあった。[[1848年革命]]の余波を受けた[[ハンガリー革命 (1848年)|ハンガリー革命]]の失敗により、1849年10月にリストの知人も多く処刑されたことから、現在では祖国のために命を散らした者たちへの哀歌と見なされている<ref name="Howard">[[レスリー・ハワード (ピアニスト)|Leslie Howard]] (1990). ''Leslie Howard "Harmonies poétiques et religieuses"'' (CD booklet). [[ハイペリオン・レコード|Hyperion]].</ref>。
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#'''パレストリーナによるミゼレーレ''' ''Miserere, d'après Palestrina''
#'''パレストリーナによるミゼレーレ''' ''Miserere, d'après Palestrina''
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#'''無題(アンダンテ・ラクリモーソ)''' ''(Andante lagrimoso)''
#'''無題(アンダンテ・ラクリモーソ)''' ''(Andante lagrimoso)''
#:ラマルティーヌの詩「涙、または慰め」が掲げられている<ref name="Howard" />。
#'''愛の賛歌''' ''Cantique d'amour''
#'''愛の賛歌''' ''Cantique d'amour''
#:技巧的な曲で、リストは各地で好んで演奏したとされる<ref>{{Cite book|和書|year=1981|title=最新名曲解説全集15 独奏曲II|publisher=音楽之友社|pages=435}}</ref>。
#:技巧的な曲で、リストは各地で好んで演奏したとされる<ref>{{Cite book|和書|year=1981|title=最新名曲解説全集15 独奏曲II|publisher=音楽之友社|pages=435}}</ref>。

== 改訂の歴史 ==
* 1834年 '''単独作品《詩的で宗教的な調べ》''' S.154
** 曲集第3稿〈死者の追憶〉の原曲。曲の半分まで[[調号]]・[[拍子|拍子記号]]が書かれておらず主題も明らかでない、未[[解決]]のまま終結するなど、リスト晩年の様式を彷彿とさせる革新的な和声法をこの時期既に用いていたことは注目される<ref name="福田" /><ref name="Howard" />。
* 1845年 '''曲集《詩的で宗教的な調べ》初稿''' S.171d
** 保管されていたスケッチブックから発見され、2001年に出版された。全8曲。第1曲に「孤独の中の神の祝福」の原形となる素材が見受けられるが、それ以外は最終稿に受け継がれていない<ref>Leslie Howard (2004). ''Leslie Howard "New Discoveries – 2"'' (CD booklet). Hyperion.</ref>。
* 1847年 '''曲集《詩的で宗教的な調べ》第2稿''' S.172a
** [[カロリーネ・ツー・ザイン=ヴィトゲンシュタイン|カロリーネ・ザイン=ヴィトゲンシュタイン侯爵夫人]]の私有地があった[[ウクライナ]]・ヴォロニンツェで作曲された<ref name="Howard2">Leslie Howard (1997). ''Leslie Howard "Litanies de Marie"'' (CD booklet). Hyperion.</ref>。1997年に初出版<ref name="福田" />。曲目については以下の表を参照。
* 1853年 '''曲集《詩的で宗教的な調べ》第3稿(最終稿)''' S.173

=== 第2稿と第3稿の比較 ===
以下の表は、左の曲が右の曲へと改訂されたことを示している。すなわち、第2稿の第2-4,10曲は第3稿には引き継がれなかった。一方、第3稿の第2,7,10曲はそれまでの稿にない追加曲である。曲順やタイトルも多くが異なっている<ref name="Howard2" />。

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!曲集《詩的で宗教的な調べ》第2稿 S.172a (1847年)!!曲集《詩的で宗教的な調べ》第3稿 S.173 (1853年)
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|1.無題||1.祈り ''Invocation''
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|2.夜の賛歌 ''Hymne de la nuit''||
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|3.朝の賛歌 ''Hymne du matin''||
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|4.マリアの連祷 ''Litanies de Marie''||
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|5.無題||8.パレストリーナのミゼレーレ ''Miserere d'après Palestrina''
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|6.主の祈り―教会の讃美歌による ''Pater noster, d'après la Psalmodie de l'Église''||5.主の祈り ''Pater noster''
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|7.眠りから覚めた子供への賛歌 ''Hymne de l'enfant à son réveil''||6.眠りから覚めた子供への賛歌 ''Hymne de l'enfant à son réveil''
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|8.無題||4.死者の追憶 ''Pensée des morts''
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|9.教会の灯火 ''La lampe du temple''||9.無題(アンダンテ・ラクリモーソ) ''(Andante lagrimoso)''
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|10.無題||
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|11.無題||3.孤独の中の神の祝福 ''Bénédiction de Dieu dans la solitude''
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|||2.アヴェ・マリア ''Ave Maria''
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|||7.葬送曲 ''Funérailles''
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|||10.愛の賛歌 ''Cantique d'amour''
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== 出典 ==
== 出典 ==
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== 外部リンク ==
== 外部リンク ==
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2013年4月9日 (火) 15:12時点における版

詩的で宗教的な調べフランス語Harmonies poétiques et religieusesS.173 は、フランツ・リスト1853年に完成させた10曲からなるピアノ曲集である。アルフォンス・ド・ラマルティーヌの同名の詩集に着想を得て作曲された。

第3曲〈孤独の中の神の祝福〉及び第7曲〈葬送曲〉が有名で、しばしば単独で取り上げられる。

概要

1834年、若きリストはラマルティーヌの詩集に感銘を受け《詩的で宗教的な調べ》を作曲、翌年音楽雑誌『ガゼット・ミュジカル』の付録として発表した。これは現在知られている曲集ではなく単一の楽曲であり、曲集第4曲〈死者の追憶〉の原型である。その後、1845年に曲集としての《詩的で宗教的な調べ》の初稿が書かれ、1847年、1853年と二度の改訂を経て現在の形となった[1]

晩年のリストは宗教的・瞑想的な作品を多く書いているが、この曲集はリストのそうした面が若い頃から備わっていたことを示している[2]

カロリーネ・ザイン=ヴィトゲンシュタイン侯爵夫人に献呈。演奏時間は全曲で約80分前後。最も長大な〈孤独の中の神の祝福〉は約17分だが、3~5分ほどの曲も数曲あり、規模のばらつきが激しい。

各曲

曲集には序文としてラマルティーヌの詩が掲げられており、更に第1,3,9曲にもそれぞれラマルティーヌの詩が付されている[3]

  1. 祈り Invocation
    精緻でありながら気高い響きを持ち、曲集の幕開けにふさわしい。リストが宗教曲で好んで用いたホ長調で書かれている[4]
  2. アヴェ・マリア Ave Maria
    同名の合唱曲より編曲[4]
  3. 孤独の中の神の祝福 Bénédiction de Dieu dans la solitude
    曲集のなかで最もスケールが大きく、リストの宗教的・内省的な側面を象徴する傑作である[1]。ラマルティーヌの同名の詩(おお、神よ、私を包み込むこの平安はどこから来るのか。私の心に満ちあふれる信仰はどこから来るのか…)が掲げられている[3]。曲は美しく瞑想的な嬰ヘ長調の主題をしばらく変容させ、軽やかなニ長調、穏やかな変ロ長調の部分を経て、やがて回帰した最初の主題が情熱的に高揚して終わる[5]
  4. 死者の追憶 Pensée des morts
    1834年の単独作品《詩的で宗教的な調べ》が原曲。ピアノと管弦楽のための詩篇《深き淵より》(未完)の素材を用いている[4]
  5. 主の祈り Pater Noster
    同名の合唱曲より編曲[4]
  6. 眠りから覚めた子供への賛歌 Hymne de l'enfant à son réveil
    同名の合唱曲より編曲[4]
  7. 葬送曲 Funérailles
    曲集の中ではおそらく最もよく知られた作品で、弔いの鐘を模したと言われる序奏や中間部の強烈な連続オクターブが有名[6]。「1849年10月」との副題が掲げられており、かつては1849年10月に死去したショパンへの追悼曲と見られることもあった。1848年革命の余波を受けたハンガリー革命の失敗により、1849年10月にリストの知人も多く処刑されたことから、現在では祖国のために命を散らした者たちへの哀歌と見なされている[1]
  8. パレストリーナによるミゼレーレ Miserere, d'après Palestrina
    リストがシスティーナ礼拝堂で聞いたパレストリーナの旋律によると伝えられるが、実際にはパレストリーナによるものではない[4]
  9. 無題(アンダンテ・ラクリモーソ) (Andante lagrimoso)
    ラマルティーヌの詩「涙、または慰め」が掲げられている[4]
  10. 愛の賛歌 Cantique d'amour
    技巧的な曲で、リストは各地で好んで演奏したとされる[7]

改訂の歴史

  • 1834年 単独作品《詩的で宗教的な調べ》 S.154
    • 曲集第3稿〈死者の追憶〉の原曲。曲の半分まで調号拍子記号が書かれておらず主題も明らかでない、未解決のまま終結するなど、リスト晩年の様式を彷彿とさせる革新的な和声法をこの時期既に用いていたことは注目される[1][4]
  • 1845年 曲集《詩的で宗教的な調べ》初稿 S.171d
    • 保管されていたスケッチブックから発見され、2001年に出版された。全8曲。第1曲に「孤独の中の神の祝福」の原形となる素材が見受けられるが、それ以外は最終稿に受け継がれていない[8]
  • 1847年 曲集《詩的で宗教的な調べ》第2稿 S.172a
  • 1853年 曲集《詩的で宗教的な調べ》第3稿(最終稿) S.173

第2稿と第3稿の比較

以下の表は、左の曲が右の曲へと改訂されたことを示している。すなわち、第2稿の第2-4,10曲は第3稿には引き継がれなかった。一方、第3稿の第2,7,10曲はそれまでの稿にない追加曲である。曲順やタイトルも多くが異なっている[9]

曲集《詩的で宗教的な調べ》第2稿 S.172a (1847年) 曲集《詩的で宗教的な調べ》第3稿 S.173 (1853年)
1.無題 1.祈り Invocation
2.夜の賛歌 Hymne de la nuit
3.朝の賛歌 Hymne du matin
4.マリアの連祷 Litanies de Marie
5.無題 8.パレストリーナのミゼレーレ Miserere d'après Palestrina
6.主の祈り―教会の讃美歌による Pater noster, d'après la Psalmodie de l'Église 5.主の祈り Pater noster
7.眠りから覚めた子供への賛歌 Hymne de l'enfant à son réveil 6.眠りから覚めた子供への賛歌 Hymne de l'enfant à son réveil
8.無題 4.死者の追憶 Pensée des morts
9.教会の灯火 La lampe du temple 9.無題(アンダンテ・ラクリモーソ) (Andante lagrimoso)
10.無題
11.無題 3.孤独の中の神の祝福 Bénédiction de Dieu dans la solitude
2.アヴェ・マリア Ave Maria
7.葬送曲 Funérailles
10.愛の賛歌 Cantique d'amour

出典

  1. ^ a b c d e 福田弥『作曲家 人と作品シリーズ リスト』音楽之友社、2005年、166-168頁。 
  2. ^ 『名曲ガイド・シリーズ12 器楽曲 下』音楽之友社、1984年、230頁。 
  3. ^ a b Victor and Marina A. Ledin (1997). Philip Thomson "Liszt Complete Piano Music, Volume 3" (CD booklet). Naxos.
  4. ^ a b c d e f g h Leslie Howard (1990). Leslie Howard "Harmonies poétiques et religieuses" (CD booklet). Hyperion.
  5. ^ 小石忠男 『クラウディオ・アラウピアノソナタ ロ短調』CD解説、フィリップス、1978年。
  6. ^ Ben Arnold (2002). The Liszt Companion. Greenwood Publishing Group. pp. 90-91 
  7. ^ 『最新名曲解説全集15 独奏曲II』音楽之友社、1981年、435頁。 
  8. ^ Leslie Howard (2004). Leslie Howard "New Discoveries – 2" (CD booklet). Hyperion.
  9. ^ a b Leslie Howard (1997). Leslie Howard "Litanies de Marie" (CD booklet). Hyperion.

外部リンク