「おはん」の版間の差分

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
削除された内容 追加された内容
編集の要約なし
編集の要約なし
29行目: 29行目:
[[1946年]]、戦時統制で解散を余儀なくされていた自身の会社であるスタイル社が、[[産業経済新聞社]]社長[[前田久吉]]の支援もあり復興。翌年[[12月]]に休刊していた[[季刊誌]]「文體」が復刊し、同時に連載が始まるが[[1949年]][[7月]]第4号をもって文體が廃刊となった。翌年から[[中央公論]]6月号より再掲載され[[1957年]][[5月]]号までの8回の連載で完結した。
[[1946年]]、戦時統制で解散を余儀なくされていた自身の会社であるスタイル社が、[[産業経済新聞社]]社長[[前田久吉]]の支援もあり復興。翌年[[12月]]に休刊していた[[季刊誌]]「文體」が復刊し、同時に連載が始まるが[[1949年]][[7月]]第4号をもって文體が廃刊となった。翌年から[[中央公論]]6月号より再掲載され[[1957年]][[5月]]号までの8回の連載で完結した。


連載が完結した翌月の[[1957年]][[6月]]、1本にまとめられ[[中央公論社]]により出版。直後から大きな反響を呼び、「批評の神様」と呼ばれていた[[小林秀雄]]が褒めたことで文壇的評価が決定的になった<ref>カルチャーラジオ NHKラジオアーカイブス「宇野千代」(1) 2013年2月5日放送</ref>。同年[[12月]]に第10回[[野間文芸賞]]、翌年には第9回[[女流文学者賞]]を受賞し、[[1961年]]には[[ドナルド・キーン]]英訳により[[アメリカ合衆国|アメリカ]]や[[イギリス]]などでも発売された。晩年のインタビューで、宇野自身、本作が自分の最もよくできた作品であると語っている<ref>カルチャーラジオ NHKラジオアーカイブス「宇野千代」(1) 2013年2月5日放送(「自作を語る・“おはん”」1980年10月30日放送分から)</ref>。
連載が完結した翌月の[[1957年]][[6月]]、1本にまとめられ[[中央公論社]]により出版。直後から大きな反響を呼び、「批評の神様」と呼ばれていた[[小林秀雄 (批評家)|小林秀雄]]が褒めたことで文壇的評価が決定的になった<ref>カルチャーラジオ NHKラジオアーカイブス「宇野千代」(1) 2013年2月5日放送</ref>。同年[[12月]]に第10回[[野間文芸賞]]、翌年には第9回[[女流文学者賞]]を受賞し、[[1961年]]には[[ドナルド・キーン]]英訳により[[アメリカ合衆国|アメリカ]]や[[イギリス]]などでも発売された。晩年のインタビューで、宇野自身、本作が自分の最もよくできた作品であると語っている<ref>カルチャーラジオ NHKラジオアーカイブス「宇野千代」(1) 2013年2月5日放送(「自作を語る・“おはん”」1980年10月30日放送分から)</ref>。


以降、数回に渡り、舞台化・映像化している。
以降、数回に渡り、舞台化・映像化している。

2013年2月15日 (金) 06:47時点における版

おはん
Ohan
著者 宇野千代
発行日 1957年
発行元 中央公論社
日本の旗 日本
ページ数 194
[ ウィキデータ項目を編集 ]
テンプレートを表示

おはん』は、宇野千代による日本の長編小説、または小説を原作としたテレビドラマ映画舞台作品。宇野の代表作の一つでもある。

概要

1942年浄瑠璃の取材のため、徳島県に訪れていた宇野は天狗久を中心に取材を行い「人形師天狗屋久吉」を書き上げた。その時に取材をしていた一人の男性の話を元に作品の着想を得る。

1946年、戦時統制で解散を余儀なくされていた自身の会社であるスタイル社が、産業経済新聞社社長前田久吉の支援もあり復興。翌年12月に休刊していた季刊誌「文體」が復刊し、同時に連載が始まるが1949年7月第4号をもって文體が廃刊となった。翌年から中央公論6月号より再掲載され1957年5月号までの8回の連載で完結した。

連載が完結した翌月の1957年6月、1本にまとめられ中央公論社により出版。直後から大きな反響を呼び、「批評の神様」と呼ばれていた小林秀雄が褒めたことで文壇的評価が決定的になった[1]。同年12月に第10回野間文芸賞、翌年には第9回女流文学者賞を受賞し、1961年にはドナルド・キーン英訳によりアメリカイギリスなどでも発売された。晩年のインタビューで、宇野自身、本作が自分の最もよくできた作品であると語っている[2]

以降、数回に渡り、舞台化・映像化している。

モデル

岩国市交通局が運行している「おはんバス」

前述の通り、着想を徳島で得たことから人物が話す言葉は阿波弁で描写されているが、舞台は宇野の出生地でもある山口県岩国市で、作品内に登場する地名や建物は岩国に実在するものがある。このことから岩国市ではさまざまなことが行われている。

1985年、国際ソロプチミスト岩国の認証5周年記念事業として紅葉谷公園に「おはんの碑」が建立した。碑面には作品内の一節が刻まれている。

2003年11月から、市内観光の増加などを目的とし、岩国市交通局により「おはんバス」が運行している。バス車内では初版本や宇野の生涯などが紹介されている[3]

あらすじ

幸吉は町の芸者・おかよと知り合い、親しい関係となる。妻のおはんはそのことを知り、実家へ身を退ける。7年後、街で偶然おはんと出会い自分に子供が居ることを知った幸吉はおはんとやり直す事を決めたのだが・・・。

テレビドラマ

おはん
ジャンル テレビドラマ
原作 宇野千代『おはん』
脚本 早坂暁
結束信二
演出 河野宏
出演者 中村玉緒
津川雅彦ほか
製作
制作 テレビ朝日
放送
放送国・地域日本の旗 日本
放送期間1978年1月2日 - 1月23日
放送時間22:00 - 22:54
放送枠ポーラ名作劇場
回数4
テンプレートを表示

1978年1月2日から同年1月23日までテレビ朝日で、毎週月曜日の22:00 - 22:54に、ポーラ名作劇場枠で放映された。全4回。

キャスト

スタッフ

テレビ朝日 ポーラ名作劇場
前番組 番組名 次番組
おはん

映画

おはん
監督 市川崑
脚本 市川崑
日高真也
製作 田中友幸
市川崑
出演者 吉永小百合
石坂浩二ほか
音楽 大川新之助
朝川朋之
主題歌 五木ひろし『おはん』[4]
撮影 五十畑幸勇
製作会社 東宝映画
配給 東宝
公開 日本の旗 1984年10月6日
上映時間 113分
製作国 日本の旗 日本
言語 日本語
テンプレートを表示

1984年10月6日公開。配給は東宝。東宝邦画系のチェーンマスターが千代田劇場(後の日比谷映画)から日劇東宝(現・TOHOシネマズ日劇・スクリーン2)へ移行後の第1作であり、同館のオープニング上映作品となった。第8回日本アカデミー賞優秀作品賞をはじめ、多くの賞を受賞している。1985年4月VHS化、2008年11月DVD化している。

キャスト

スタッフ

受賞

優秀作品賞
優秀監督賞(市川崑)
優秀主演男優賞(石坂浩二)
最優秀主演女優賞(吉永小百合)
優秀助演女優賞(大原麗子)
優秀撮影賞(五十畑幸勇)
優秀照明賞(望月英樹)
優秀美術賞(村木忍)
主演女優賞(吉永小百合)
日本映画優秀賞
女優主演賞(吉永小百合)
美術賞(村木忍)
審査員特別賞

舞台

1998/1/2~2/28 芸術座新春特別公演『おはん』 出演/おはん…山本陽子/加納屋…中条きよし/おかよ…大空眞弓(一月)・川中美幸(二月)/平太…金田龍之介/おつね…曽我廼家鶴蝶/お仙…早勢美里/おしま…披岸喜美子 ほか

脚注

  1. ^ カルチャーラジオ NHKラジオアーカイブス「宇野千代」(1) 2013年2月5日放送
  2. ^ カルチャーラジオ NHKラジオアーカイブス「宇野千代」(1) 2013年2月5日放送(「自作を語る・“おはん”」1980年10月30日放送分から)
  3. ^ 「錦帯橋バス、おはんバス、島耕作バス、いちすけ号」で市内観光を」(PDF)『公営交通』第465号、公営交通事業協会、pp. 31-36.、2010年11月19日閲覧 
  4. ^ 1984年4月21日に発売され、ロングヒット中だった「長良川艶歌」のB面「徒然の花」を「おはん」に差し替え、同年8月25日発売分から「長良川艶歌/おはん」の両A面シングルとして収録・発売された。

参考文献

  • 宇野千代『宇野千代全集 第5巻』中央公論社、1979年。 
  • 瀬戸内寂聴『わたしの宇野千代』中央公論社、1996年。ISBN 9784120026195 

外部リンク

  • エラー: subst: がありません。Movielink ではなく subst:Movielink としてください。
  • エラー: subst: がありません。Movielink ではなく subst:Movielink としてください。