「旭沢橋梁」の版間の差分

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2012年11月25日 (日) 08:33時点における版

旭沢橋梁を通過する混合列車/1972年
今も残る旭沢橋梁/2002年

旭沢橋梁(あさひざわきょうりょう)は、北海道夕張市鹿島明石町にあるトラスド・ガーダー橋。三菱石炭鉱業大夕張鉄道線明石町駅 - 千年町駅間にある廃橋である。第1回北海道遺産に選定された「空知の炭鉱関連施設と生活文化」の1つである。

沿革

三菱石炭鉱業大夕張鉄道線は、明治時代に大夕張炭鉱の石炭輸送のための専用鉄道として開業し、1929年(昭和4年)に炭鉱の北部開発に伴い路線が延長された。

その後、地方鉄道に改組したが、旭沢橋梁はこの延長時に架橋されたものである。製作は横河橋梁製作所が行い、工期を短縮するために鋼トレッスル橋脚を持つトラスド・ガーダー形式を採用し、上弦材の華奢なIビームをトラスのパネルが補強している。

延長時には南大夕張側から1~8号橋が架設され、旭沢橋梁は5号鉄橋とも呼ばれたが、旭沢より南大夕張方の明石沢橋梁が当初暗渠として計画されたが、後に橋梁に変更されたため、明石沢橋梁は8号鉄橋となっている。

昭和30年代の大夕張ダムや道路建設による埋め立てのため、1973年(昭和48年)の廃線時まで残ったのはこの2本だけであるが、現在建設中の夕張シューパロダムが完成すると水没する運命にある。

データ

種別
  • トラスド・ガーダー橋(単線上路プラットトラス/上路I桁/鋼構橋脚)
全長
  • 72.3m(支間4×14.630m、2×5.943m)

アクセス

旭沢橋梁のすぐ脇を国道452号が通っているが、公共交通機関は無い。

参考文献

  • 奥山道紀・赤城英昭『三菱鉱業大夕張鉄道』(ネコ・パブリッシング RM LIBRARY 47、2003年) ISBN 4777050025
  • 宮脇俊三 『鉄道廃線跡を歩く・IV』「三菱鉱業大夕張鉄道」(JTBパブリッシング、1997年) ISBN 4-533-02857-8
  • 大塚勝・進藤義郎・妹尾義孝『橋梁と基礎』「大夕張鉄道跡に現存する旭沢橋梁の実測調査とその土木遺産価値」(平成16年7月号 建設図書)

関連項目

外部リンク

座標: 北緯43度3分52.5秒 東経142度6分11.1秒 / 北緯43.064583度 東経142.103083度 / 43.064583; 142.103083