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'''橋口 隆'''(はしぐち たかし、[[1913年]][[10月1日]] - [[2005年]][[2月21日]] )は、日本の[[政治家]]、自民党衆議院議員(当選6回)。
'''橋口 隆'''(はしぐち たかし、[[1913年]][[10月1日]] - [[2005年]][[2月21日]] )は、日本の[[政治家]]、[[商工省|商工]]・[[通商産業省|通産]][[官僚]]。[[ (日本)|自由民主党]]所属の[[衆議院議員]](当選6回)。

==来歴==
==来歴==
[[鹿児島県]]出身。[[1938年]][[東京帝国大学]]法学部卒。同年商工省入省。[[1967年]]の総選挙で鹿児島3区から自民党公認で立候補して初当選。連続6期務めた。[[1983年]]の総選挙で落選して政界を引退した[[2005]][[2月21日]]死去。享年93
[[鹿児島県]]出身。[[第七高等学校造士館 (旧制)|第七高等学校造士館]]を経て、[[1938年]][[東京大学|東京帝国大学]]法学部。[[1927年]]10月、[[高等文官試験|文官高等試験行政科試験]]に合格1938[[商工省]]に入省し貿易局属となる

以後、商工省・[[情報局]]・[[軍需省]]・[[綜合計画局]]・[[戦災復興院]]・[[物価庁]]などの[[事務官]]、商工省木製品課長、[[通商産業省]]アルコール事業長、広島通商産業局長、福岡通商産業局長などを歴任。

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その他、[[第2次田中角栄内閣]]の[[経済企画庁|経済企画]][[政務次官]]、[[三木内閣 (改造)|三木内閣]]の[[総理府総務副長官]]、[[衆議院]][[経済産業委員会|商工委員長]]、同[[内閣委員会|内閣委員長]]、自民党政調副会長などを歴任した。

2005年2月21日死去。享年93。


== 参考文献 ==
== 参考文献 ==
*衆議院・参議院『議会制度百年史 衆議院議員名鑑』大蔵省印刷局、1990年。
*衆議院・参議院『議会制度百年史 衆議院議員名鑑』大蔵省印刷局、1990年。
* 『新訂 政治家人名事典 明治~昭和』[[日外アソシエーツ]]、2003年。
*『新訂 政治家人名事典 明治~昭和』[[日外アソシエーツ]]、2003年。
*秦郁彦編『日本官僚制総合事典:1868 - 2000』東京大学出版会、2001年。


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2011年7月24日 (日) 07:19時点における版

橋口 隆(はしぐち たかし、1913年10月1日 - 2005年2月21日 )は、日本の政治家商工通産官僚自由民主党所属の衆議院議員(当選6回)。

来歴

鹿児島県出身。第七高等学校造士館を経て、1938年東京帝国大学法学部を卒業。1927年10月、文官高等試験行政科試験に合格。1938年、商工省に入省し貿易局属となる。

以後、商工省・情報局軍需省綜合計画局戦災復興院物価庁などの事務官、商工省木製品課長、通商産業省アルコール事業長、広島通商産業局長、福岡通商産業局長などを歴任。

1967年1月の第31回衆議院議員総選挙鹿児島3区から自民党公認で立候補して初当選。1980年6月の第36回総選挙まで連続6回の当選を果した。1983年12月の第37回総選挙で落選して政界を引退した。

その他、第2次田中角栄内閣経済企画政務次官三木内閣総理府総務副長官衆議院商工委員長、同内閣委員長、自民党政調副会長などを歴任した。

2005年2月21日死去。享年93。

参考文献

  • 衆議院・参議院『議会制度百年史 衆議院議員名鑑』大蔵省印刷局、1990年。
  • 『新訂 政治家人名事典 明治~昭和』日外アソシエーツ、2003年。
  • 秦郁彦編『日本官僚制総合事典:1868 - 2000』東京大学出版会、2001年。