「合同法 (1800年)」の版間の差分

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2009年8月20日 (木) 23:33時点における版

連合法(The Act of Union 1800)はグレートブリテン王国において定められたアイルランド王国とグレートブリテン王国との合併を定めた法律。これに従い、1801年1月1日グレートブリテンおよびアイルランド連合王国が建国された。

この法律は英国議会およびアイルランド議会双方で可決成立した。アイルランド議会には、1782年制定のアイルランド憲法により大幅な自治権が認められていた。このため1799年に連合法が提案された際にはヘンリー・グラタンなど多くの議員が法案に反対している。しかし英国議会による働きかけと1798年に発生したアイルランドの反乱により、連合法が現実味を増すようになった。最終的に、イギリス政府から地位や土地を送られるかたちで賄賂を受けたアイルランド議会議員たちは法案を可決した。

連合法ではアイルランドはイギリス議会にたいして100以上の議席を確保することとした。これは当時の人口比よりも多い。アイルランドにおける信教の自由も保証され、カトリック教徒が議員となることも許可されたが、これはアイルランド議会においては許されていないことであった。カトリック解放については国王ジョージ3世が強硬に反対したため、その施行は1829年まで引き延ばされている。

ユニオンフラッグ

グレートブリテンおよびアイルランド連合王国の国旗は、今日のイギリスの国旗と同一のものである。ユニオンフラッグまたはユニオンジャックとして知られるこの旗は、イングランドとスコットランドアイルランドのそれぞれを象徴する十字を組み合わせたものであり、セント・パトリック・クロスがアイルランドを表している。

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