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2008年10月19日 (日) 17:27時点における版
ルイ・ブラン(Louis Blanc, 1811年10月29日 - 1882年12月6日)は、フランス第二共和政期の社会主義者の政治家、歴史家。二月革命後に臨時政府に入り、労働時間の短縮をおこない国立作業所を設立した。しかし1849年4月の選挙で落選(農民たちは、やっと手に入った土地を平等を旨とする社会主義派によって、再び失うことを恐れルイ・ブランを支持しなかった)。これによって臨時政府は国立作業所の廃止を決定。パリ民衆が武装蜂起を起こして鎮圧されるとイギリスに亡命した。
彼の「各人がその才能に応じて生産し、その必要に応じて消費する」という言葉が共産主義者に影響を与えた。
なお、パリ市内の地下鉄駅「ルイ・ブラン駅」は彼にちなんで名付けられたものである。
外部リンク
- ルイ・ブランの著作およびルイ・ブランを主題とする文献 - ドイツ国立図書館の蔵書目録(ドイツ語)より。