台東区立金曽木小学校

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台東区立金曽木小学校
地図北緯35度43分33.0秒 東経139度47分6.3秒 / 北緯35.725833度 東経139.785083度 / 35.725833; 139.785083座標: 北緯35度43分33.0秒 東経139度47分6.3秒 / 北緯35.725833度 東経139.785083度 / 35.725833; 139.785083
過去の名称 東京市金曽木尋常小学校
東京市金曽木国民学校
国公私立の別 公立学校
設置者 台東区
併合学校 台東区立台東小学校
設立年月日 1903年5月18日[1]
創立記念日 5月18日
共学・別学 男女共学
学期 3学期制
学校コード B113210600054 ウィキデータを編集
小学校コード 206090[1]
所在地 110-0003
東京都台東区根岸4丁目16番22号
外部リンク 金曽木小学校
ウィキポータル 教育
ウィキプロジェクト 学校
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台東区立金曽木小学校(たいとうくりつ かなそぎしょうがっこう)は、東京都台東区根岸4丁目にある区立小学校

概要[編集]

児童は全員制服制帽を着用[2]

沿革[編集]

  • 1903年(明治36年)
    • 5月15日 - 式典挙行。
    • 5月18日[1] - 東京市金曽木尋常小学校創立。当時の所在地は、東京市下谷区下根岸町18・19・23・24番地だった。
  • 1904年(明治37年) - 第1回卒業証書授与式挙行。
  • 1907年(明治40年) - 高等科の認可がおりる。
  • 1908年(明治41年) - 人家が増えたため1学年と2学年を2部学級とする。義務教育が延長され4年間から6年間となる。
  • 1910年(明治43年) - 竜泉寺尋常小学校開校により、一部児童が転出し、2部学級は自然解消した。
  • 1923年大正12年)
    • 9月1日 - 12時頃に関東大震災発生したが、児童下校後に発生したため、人的被害は無かった。
    • 時期不明 - 坂本警察署が焼失したため、臨時に本校校舎を使用。避難民数百人を収容。
    • 10月1日 - この日より授業を再開。
  • 1925年(大正14年) - 屋外運動場をコンクリート舗装する。
  • 1932年昭和7年)12月 - 鉄筋校舎に改築するため、上野凌雲院内の仮校舎に移転。
  • 1934年(昭和9年) - 鉄筋コンクリート3階建(一部4階建)新校舎竣工。25mプール建設。
  • 1941年(昭和16年)4月1日 - 国民学校令により、東京府東京市金曽木国民学校と改称。
  • 1947年(昭和22年)4月1日 - 学制改革により、東京都台東区立金曽木小学校へ改称[3]
  • 1953年(昭和28年) - 校歌制定(作詞:西條八十、作曲:古関裕而)。
  • 1985年(昭和60年) - 新校舎(現校舎)竣工。
  • 2002年(平成14年) - 9教室冷房化(夜間電力利用の省エネ型冷暖房エアコン)。
  • 2006年(平成18年)4月1日 - 台東区立台東小学校を統合[4]
  • 2008年(平成20年) - 特別教室4教室冷房化。
  • 2019年令和元年) - トイレ洋式化。体育館エアコン設置。
  • 2024年(令和6年) - この年から2026年(令和8年)にかけて、校舎老朽化による校舎大規模改修実施(予定)[5]

所在地[編集]

東京都台東区根岸4丁目16番22号[6]

交通[編集]

著名な卒業生[編集]

脚注[編集]

  1. ^ a b c 東京都公立学校一覧 (PDF) - 東京都教育委員会
  2. ^ 令和2年度 金曽木よい子のきまり”. 台東区立金曽木小学校. 2020年8月8日閲覧。
  3. ^ 大まかな沿革史”. taito.ed.jp. 2020年8月7日閲覧。
  4. ^ 台東小学校の対応について 台東区ホームページ ”. www.city.taito.lg.jp. 2020年8月7日閲覧。
  5. ^ 23区の学校計画を見る 台東区 - 建通新聞電子版・2023年1月12日配信(全文見るには要会員登録)
  6. ^ a b 学校所在地・アクセス”. taito.ed.jp. 2020年8月7日閲覧。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]