タイムオーバー (競馬)

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タイムオーバーとなった競走馬(右端)

タイムオーバーTime Over)とは競馬競走において、競走馬が1位に入線した馬から一定の時間をおくか、制限時間を超えて決勝線(ゴール板)を踏破すること。またその競走馬に対して一定期間の出走停止処分を科す制度のことである。

中央競馬[編集]

中央競馬では、八百長防止の観点上、日本中央競馬会(JRA)競馬施行規約第41条および競馬施行規程第81条に「(馬主調教師は)競走に勝利を得る意志がないのに馬を出走させてはならない」、また競馬施行規程第111条に「騎手は馬の全能力を発揮させなければならない」と定められており、サッカーJリーグバレーボールVリーグベストメンバー規定に相当するルールが、古くから徹底されている。

これに沿って、JRA競馬施行規約第63条に「馬が以下の各号に該当するときは、期間を定めて、その馬の出走を停止する」と定められていて、そのうちの第2号「調教が不十分なとき」に該当する馬の出走を防止[1]し、「態勢を立て直す、ないし今後の処遇を考えるための期間を(調教師・馬主に)与える」[2]ため、サラブレッド系の平地競走を対象に[1]1973年(昭和48年)から[1][2]実施されている。

当初は1着馬の走破タイムからコースでは4ダートコースと砂コースでは5秒を超過した場合にタイムオーバーとされた[1]。2003年より距離別に区分され[3]、2012年は芝コースの場合、距離が1400メートル未満ならば3秒、1400メートル以上2000メートル未満ならば4秒、2000メートル以上ならば5秒と設定されており、ダートコースの場合はそれぞれ1秒増しとなる[4]。2005年夏以降[5]新馬戦では制限が緩和され[4]、秋季競馬(通常9月)における3歳未勝利戦(いわゆるスーパー未勝利)では制限が強化される。2019年の変更では、距離区分が、芝コースの場合、1400メートル以下ならば3秒、1400メートル2000メートル未満ならば4秒、2000メートル以上ならば5秒となった。また、制限が強化されていた、秋季競馬における3歳未勝利戦が廃止となった。

国際招待競走[6][4]、コースレコードタイムが更新された競走[6]、および障害飛越の失敗による影響が大きい障害競走[6]にはタイムオーバーは適用されない。国内の平地重賞競走[1][6][4]では2019年(平成31年)より、未出走馬および未勝利馬が出走した場合に限りタイムオーバーが適用されることとなった(後述)。

タイムオーバーとは別に「タイム失格」制度があり、走破タイムが3000メートル以下の距離で5、3001メートル以上で7分を超過した場合失格となる(障害競走を含む)[7][8]

制裁[編集]

平地競走に出走し
タイムオーバーとなったスプリングゲント(右端)
3週間後に中山大障害に出走した

1973年の導入当初は一律1か月の出走停止処分が科されていた[1]。2002年より未勝利馬に対する制裁が強化され[9]、2012年現在は未勝利馬のタイムオーバー1回目は1か月、2回目は2か月、3回目以上は3か月、それ以外は一律で1か月の出走停止となる[4]。制裁は競走の翌日から適用される[6][4]

ただし競走中の疾病や競走中に他馬の影響を受けて遅れて入線した場合などで、裁決委員がやむを得ないと認めた場合には出走停止処置を行わない場合がある[1][4]。例として、2010年1月11日の中山競馬第4競走における9頭落馬事故で落馬に巻き込まれて遅れて入線したナンヨービクトリーは「他馬の影響を受けた」として出走停止処置をまぬがれている[10]。こうした例外措置は2000年6月より成績表に記載されるようになった[11]。なお鼻出血を発症した場合はタイムオーバーは適用されないものの、「鼻出血による出走制限」によりタイムオーバーと同じく1回目は1か月、2回目は2か月、3回目以上は3か月間出走が停止される。

上記の出走停止措置は平地競走のみに適用され[4]、平地のタイムオーバーで出走停止中の馬も障害競走には出走できる。

ちなみに、タイム失格の場合には上記の制裁は適用されず、騎手に対する騎乗停止も基本的には科されない[7]

エピソード[編集]

後の有馬記念勝ち馬ダイユウサクは初戦(デビュー戦)で勝ち馬から遅れること13秒という惨敗だったが、当時の規定により初戦馬はタイムオーバーの適用を除外されていたため問題はなかった。しかし2戦目も勝ち馬に7秒3遅れ、その際には出走停止処分(当時は全馬一律で1か月)を受けた。

2018年(平成30年)3月4日のGII報知杯弥生賞では、未出走馬のヘヴィータンクが出走し、走破タイムは2分23秒9で大差の最下位で入線。1着ダノンプレミアムから22秒9、ブービーのアサクサスポットからは20秒7も離された[12]。「春のクラシック競走のトライアルには未出走・未勝利馬も出走可能」という番組規定によりこの挑戦が出来たもので、なおかつ平地の重賞競走には従来タイムオーバーが適用されてこなかったが、2019年から、「平地重賞競走であっても未出走馬・未勝利馬が出走する場合、その馬に限って」タイムオーバーを適用すると制度を改めた。

地方競馬[編集]

南関東公営競馬[編集]

大井川崎船橋浦和南関東公営競馬4場では、全てにおいて何某かのタイムオーバー制度が設けられており、該当した馬は一定期間、出走を停止させられる上、停止期間の満了後にタイムオーバーを起こした競馬場から再能力試験を受験することを指定される。タイムオーバーを起こした競馬場の競走に再度出走するには、必ずその競馬場で再能試を受け合格しなければならない。他の3競馬場で再能試を受験した場合、合格してもタイムオーバーを起こした競馬場の競走に出走することはできない。

例えば東京都品川区の大井競馬場を運営する特別区競馬組合では、競走の距離別に制限タイムを設け、その制限タイムを超えて入線した馬が、また設けられていない距離の競走では、著しく遅れて入線した馬がタイムオーバーの対象となり、これを『能力不足』と呼ぶ。能力不足に該当した馬は、2歳馬であれば南関4場を通じて3開催(3週間)、3歳以上の馬は同様に5開催(5週間)、出走することができない[13]

また、大井以外では出走停止という言葉を使わず、『番組除外』(ばんぐみじょがい)と表現するが、これも施行者により出走を停止させられていることに他ならない。

制限タイム[編集]

サラ系 距離 タイム
800m 55秒0
1000m 1分09秒0
1200m 1分23秒0
1400m 1分37秒0
1500m 1分44秒0
1600m 1分51秒0

なお(オープン競走を除く)特別指定競走は、その競走の出走頭数が9頭以上の場合は8着馬の走破時計、8頭以下の場合は5着馬の走破時計を基準として、前述の日本中央競馬会の基準が適用される。

東海公営[編集]

愛知県弥富市名古屋競馬場を運営する愛知県競馬組合[14]岐阜県羽島郡笠松町笠松競馬場を運営する岐阜県地方競馬組合[15]でも導入されている。

名古屋および笠松競馬の競走では5着馬の走破時計を基準に、一般格(平場)の競走については4秒1以上、2歳・3歳限定の競走については5秒1以上のタイム差を付けられてゴールした馬をタイムオーバーとする。ただし、次に掲げる競走または馬はタイムオーバーの対象としない。

【競走】ダートグレード競走、スーパープレステージ(東海地区重賞)、プレステージ(東海地区準重賞)、ゴールド(JRA認定)新馬戦名古屋チャレンジカップ、記者選抜、騎手交流または選抜(YJSレディスヴィクトリーラウンド)、その他の特別、選抜競走および施行者が別に定める競走
【馬】 初出走馬、および初出走が名古屋または笠松でなおかつ2戦目以降に初出走時と違う距離を走った2歳馬

タイムオーバーに該当した馬は、当該競走施行日の翌日から起算して20日間、あるいは当該開催の後に開催される名古屋・笠松競馬2開催分の全日程のうち、いずれか日数の少ない期間出走を停止する。1年以内で2回目以降は、同じく30日間または3開催のうち、いずれか日数の少ない期間とする。

名古屋・笠松所属馬が他地区の地方競馬及び中央競馬の競走において、タイムオーバーとなった場合(但し特別指定交流競走でタイムオーバーになった場合は除く)は、当該競走施行日の翌日から起算して20日間、1年以内で2回目以降は同じく30日間の出走停止となる。

さらに、競走調教(能力支障を除く)に関する出走停止処分が通算2回(ただし2歳時の処分を含む場合は通算3回)となるか、鼻出血などの疾病が再発する恐れがあると認められた馬は名古屋・笠松競馬における出走資格が生涯に渡って失われ、他地区に移籍して成績が良化した場合でも名古屋・笠松で行われるダートグレード競走、地方全国ないしは他地区との交流競走に二度と出走できなくなる[16]

兵庫公営[編集]

C3クラスの競走およびC3クラスの馬が格上挑戦した場合において、規定の制限タイムかつ3着馬の走破時計から3秒を超えてゴールした馬は、当該競走施行日の翌日から起算して20日間出走を停止する。6ヶ月以内で2回目の場合は40日間、3回目の場合は60日間出走が停止される。 ただし、初出走馬、JRAないし地方他地区との交流競走に出走した馬、競走中の馬体故障及び進路妨害等により裁決委員が特に認めた馬および距離1,870mの競走に出走した馬については、タイムオーバーを免除する。

サラ系 距離 タイム
800m 54秒5
820m 56秒0
1230m 1分25秒5
1400m 1分38秒0
1500m 1分45秒0
1700m 1分59秒5

岩手公営[編集]

岩手県競馬組合の場合は、1つ前の開催においてタイムオーバーを起こし番組除外となった馬については、出走申込があってもこれを拒否する。施行者を問わず最後に出走した競走で出走停止処分を受け、開催初日までに出走停止期間が満了しない馬についても、同様とする。JRAや他地区からの転入馬で、出走停止期間が30日に満たない場合は、30日とみなして前述の制度を適用する。

また、岩手県競馬組合主催の競走において2回連続タイムオーバーとなった馬については、再調教検査の受検が義務付けられる。

岩手のタイムオーバー基準は、能力検査の合格基準と原則的に同じである。

サラ 馬齢 開催場 距離 タイム
2歳 水沢 850m 58秒0
盛岡 1000m 1分08秒0
3歳以上 盛岡 1200m 1分22秒0
水沢 1300m 1分29秒0

ばんえい十勝[編集]

脚注[編集]

  1. ^ a b c d e f g 「サークルだより『昭和48年度の主な施行方針』」『優駿』、日本中央競馬会、1973年1月、86頁。 
  2. ^ a b 矢内浩美 (2008年8月15日). “そこんとこ教えて 【44】タイムオーバーの馬はなんで出られない?”. スポーツニッポン. 2012年9月28日閲覧。
  3. ^ ニュースぷらざ「2003年度開催日程決まる」”. 競馬ブックコーナー. NECインターチャネル (2002年12月9日). 2012年9月28日閲覧。
  4. ^ a b c d e f g h 競馬用語辞典「タイムオーバー」”. 日本中央競馬会. 2012年9月28日閲覧。
  5. ^ 平成17事業年度 事業報告書” (PDF). 日本中央競馬会. p. 7 (2006年). 2012年9月28日閲覧。
  6. ^ a b c d e 奥岡幹浩「ゆうしゅん広場『ウマにもわかる競馬本日快答』」『優駿』、日本中央競馬会、1999年7月、181頁。 
  7. ^ a b 奥岡幹浩「ゆうしゅん広場『馬にもわかる競馬本日快答』」『優駿』、日本中央競馬会、1999年8月、173頁。 
  8. ^ アラカルト”. 競馬ニホン (1998年11月8日). 2007年8月4日時点のオリジナルよりアーカイブ。2012年9月28日閲覧。 “再騎乗及ばず時計オーバーで失格”
    過去2例あり。
    (1)1975年12月7日阪神競馬場第5回4日目第5競走(3000m)・サカエフラッシュ。5分3秒7でゴールしたが、5分の時間切れのため。
    (2)1998年11月7日東京競馬場第5回1日目第5競走(3100m・障害)・レディーリベロ。落馬再騎乗をするが、7分の時間切れを1分25秒上回る8分25秒で8位入線するも失格
  9. ^ 野元賢一 (2002年3月18日). “専門記者の競馬コラム「“低資質馬整理”ルールと除外問題の行方」”. サラブnet. 日本経済新聞. 2012年9月28日閲覧。
  10. ^ 第1回 中山競馬” (PDF). 日本中央競馬会. p. 50 (2010年). 2012年9月28日閲覧。
  11. ^ アラカルト”. 競馬ニホン (2000年6月4日). 2012年9月28日閲覧。 “タイムオーバー適用除外理由を成績表へ記載”
  12. ^ 報知杯弥生賞 - 競馬データベース”. netkeiba. Net Dreamers Co., Ltd. (2018年2月27日). 2019年11月12日閲覧。
  13. ^ 平成25年度大井競馬番組[p26-27]. TCK. (平成26年). https://www.tokyocitykeiba.com/pdf/ooikeiba_bangumihyou_h25.pdf#search='%E5%9C%B0%E6%96%B9%E7%AB%B6%E9%A6%AC+%E3%82%BF%E3%82%A4%E3%83%A0%E3%82%AA%E3%83%BC%E3%83%90%E3%83%BC' 
  14. ^ 競馬番組要綱” (PDF). 愛知県競馬組合. p. 7 (2012年). 2012年9月28日閲覧。
  15. ^ 【お知らせ】本日の出来事”. 岐阜県地方競馬組合 (2012年5月23日). 2012年9月28日閲覧。
  16. ^ 番組要綱2023 - 愛知県競馬組合Webサイト。

関連項目[編集]