ゴットフリート・フォン・シュトラースブルク

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ゴットフリート・フォン・シュトラースブルク、マネッセ写本より

ゴットフリート・フォン・シュトラースブルクGottfried von Straßburg、1170年頃 - 1210年頃)は、中世ドイツの叙事詩人。代表作『トリスタンとイゾルデ』(単に『トリスタン』とも)。

人物[編集]

資料が欠けているため生涯は不詳だが、騎士ではなく市民階級の出身で、修道院の付属学校に学んだ後にシュトラースブルク(ストラスブール)で聖職者あるいは官吏になったと考えられている。

文法学、弁論術修辞学を包括する広い学識を持ち、文体は流麗かつ端正、また論理的であり、そのため型破りな文体を持っていたヴォルフラム・フォン・エッシェンバッハと対立し、互いの著作で批判しあっている。

評価[編集]

代表作『トリスタンとイゾルデ』(1210年頃、未完)は、ブリテンのトマの作品(1170 - 75年頃)をもとに究極の愛の姿を描いた傑作である。

ハインリヒ・ハイネ(1797-1856)は『ロマン派』(Die Romantische Schule) において、ドイツ中世の叙事詩的文学にあって、「非現実的なキリスト教の道徳の鉄鎖をふりほどき、欣然として官能の支配する享楽世界へとびこんでゆく」傾向の代表作として、ゴットフリート・フォン・シュトラースブルクの『トリスタンとイゾルデ』を挙げ、それを「中世きっての美しい」詩として賛美し、ゴットフリートは「ヴォルフラム・フォン・エッシェンバッハのあらゆるすばらしさをも凌駕している」、と絶賛している[1]ブルクハルト(1318-1897)は『イタリア・ルネサンスの文化』(1860)において、ゴットフリート・フォン・シュトラースブルクは『トリスタンとイゾルデ』によって「不朽の様相を示す情熱を描写している」珠玉の文学作品であると高く評価した[2]

ドイツの有力新聞「ツァイト」(de:Die Zeit)の選んだ「百冊の本」の一つに選ばれている[3]

この作品はのちワーグナーの楽劇『トリスタンとイゾルデ』(1857 - 59年)の原作ともなった。

参考文献[編集]

  • [石川敬三[4]訳『トリスタンとイゾルデ』[5] 1976年 郁文堂 同年 第12回日本翻訳出版文化賞受賞。(1958年 養徳社 版の全面改訂)
  • 佐藤牧夫・佐々木克夫・池田光則・田村久男・丹治道彦『ゴットフリート・フォン・シュトラースブルク リヴァリーンとブランシュフルール』大学書林、1992年(『トリスタンとイゾルデ』の中から、物語全体の主人公トリスタンの父と母の愛と死をめぐるエピソードを取り上げ、原文・邦訳を示し、あとがき―解説にかえて―・参考文献・語彙索引を付したもの)
  • 渡辺蕗子『ミンネの世界―トリスタン論・ミンネザング抄訳―』同学社、1971年(「トリスタン論」は、ゴットフリート・フォン・シュトラースブルクの作品を、その典拠であるトマ・ド・ブルターニュの作品および両者とは系統を異にするアイルハルト・フォン・オーベルクの作品『トリストラント』と比較した研究)
  • 小竹澄栄「ゴットフリート、アイルハルト ドイツの《トリスタン物語群》」〔天沢退二郎責任編集『週刊朝日百科 世界の文学56 ヨーロッパ I―6 アーサー王伝説、トリスタン物語ほか―神話の森から』朝日新聞社 2000.8.13。174-175頁〕(5個の図版つき)
  • 中島悠爾編「日本における中世文学研究文献(I)」:日本独文学会『ドイツ文学』63号(1979.10)130-131頁には、ゴットフリートについての、1958-1978年発表の翻訳と雑誌・紀要論文 計12編が収録されている。
  • Setsuko Haruta(春田節子): Gottfried's Tristan and Wolfram's Parzival: A Thematic Comparison. 朝日出版社(Asahi Shuppansha, Tokyo) 1979.
  • 岡田朝雄・リンケ珠子『ドイツ文学案内』朝日出版社、1979年、増補改訂 2000年 ISBN 4-255-00040-9 C 0098(ゴットフリートについては134ページに記載されている)
  • 柴田翔編 『はじめて学ぶドイツ文学史』 ミネルヴァ書房、2003年
  • 石川栄作『トリスタン伝説とワーグナー』平凡社新書、2013年 ISBN 978-4-582-85687-3
  • 渡邊徳明「愛(minne)における誠実(triuwe)の問題について―『エネアス物語』と『トリスタン』を中心に―」〔嶋崎啓編『中世ドイツ文学における「愛」の諸相―「ミンネ」が文学テーマ化された意味を求めて―』= 日本独文学会「日本独文学会研究叢書 109」 2015.10.3 ISBN 978-4-901909-09-9 pp.45-59〕
  • Noriaki WATANABE(渡邊徳明), ich bin mit lebendem lîbe tôt. Eine paradoxe Beziehung zwischen dem Leben und dem Tod im Tristan. 〔伊藤亮平・渡邊徳明 編『中世文学における身体描写の逆説的レトリックを巡って』=日 本 独 文 学 会「日 本 独 文 学 会 研 究 叢 書」133 2018. 9. 29  pp.20-36〕(オンライン)
  • Gottfried von Straßburg, Tristan. Nach dem Text von F. Ranke neu hrsg., ins Nhd. übersetzt, mit einem Stellenkommentar und mit einem Nachwort von R. Krohn. 3Bde. Stuttgart: Reclam 1980 (RUB 4471-4473) ISBN 3-15-004471-5, 3-15-004472-3, 3-15- 004473-1 (第1・2巻が対訳、第3巻が詳注・後書など)
  • Gottfried von Straßburg, Tristan. Hrsg. von Karl Marold. 3. Abdruck mit einem durch F. Rankes Kollationen erweiterten und verbesserten Apparat besorgt und mit einem Nachwort versehen von Werner Schröder. Berlin: Walter de Gruyter, 1969
  • Gottfried von Straßburg, Tristan. Nach der Ausgabe von Reinhold Bechstein hrsg. von Peter Ganz. 2 Bde. (Deutsche Klassiker des Mittelalters Bd. 4) Wiesbaden: Brockhaus, 1978. ISBN 3-7653-0062-4 (Ulrich von Türheimと Heinrich von Freiber の続編の Kurze Nacherzählung、Anmerkungen、Wortregister、Namenverzeichnisを含む)
  • Rüdiger Brandt, Einführung in das Werk Gottfrieds von Straßburg. Darmstadt: Wissenschaftliche Buchgesellschaft, 2012. ISBN 978-3-534-19080-5 (入門書)
  • Alois Wolf (Hrsg), Gottfried von Straßburg. Darmstadt: Wissenschaftliche Buchgesellschaft, 1973(論文集)
  • Gottfried Weber, Gottfried von Straßburg. Stuttgart: Metzler, 1962. (5. Aufl. von G.W. und Werner Hoffmann 1981. ISBN 978-3-476-15015-8) (堅実な入門書)
  • Der Tristan des Gottfried von Strassburg. Audio Books. Gelesen und kommentiert von Peter Wapnewski. 4 Teile auf 8 MC. Produktion: Sender Freies Berlin. DERHÖRVERLAG 1996 (ISBN 3-89584-461-6)(ドイツ中世文学の泰斗による朗読とコメント、Hermann Kurtz/ Wolfgang Mohr 訳による)

脚注・出典[編集]

  1. ^ ハイネ「ロマン派」(井上正蔵訳):井上正蔵編『世界文学大系 78 ハイネ』筑摩書房 1964、248頁
  2. ^ 柴田治三郎責任編集『世界の名著 45 ブルクハルト』 中央公論社1966、351頁。
  3. ^ de:Fritz J. Raddatz (Hrsg.): Die ZEIT-Bibliothek der 100 Bücher. Frankfurt a.M.: Suhrkamp 1980. (suhrkamp taschenbuch 645)(ISBN 3-518-37145-2 <700>), S. 51-54.
  4. ^ 石川敬三は中世ドイツ文学者、1905 - 2008年 岡山県出身。1969年京都大学名誉教授、京都産業大学教授(当時)。
  5. ^ ゴットフリートの作は未完成で 19548行(第30章「白い手のイゾルデ」の途中)までしかない。この石川訳では残りの部分をトマのテキストによるヘルツの現代ドイツ語訳(Tristan und Isolde von Gottfried von Straßburg . Neu bearbeitet und nach den altfranzösischen Tristanfragmenten des Trouvère Thomas ergänzt von Wilhelm Hertz. Stuttgart 1877 からの重訳)で補っている。