グラード (イタリア)

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グラード
Grado
グラードの風景
グラードの紋章
紋章
行政
イタリアの旗 イタリア
フリウリ=ヴェネツィア・ジュリア州の旗 フリウリ=ヴェネツィア・ジュリア
県/大都市 ゴリツィア
CAP(郵便番号) 34073
市外局番 0431
ISTATコード 031009
識別コード E125
分離集落 Fossalon [1]
隣接コムーネ #隣接コムーネ参照
公式サイト リンク
人口
人口 7663 人 (2023-01-01 [2])
人口密度 67.2 人/km2
文化
住民の呼称 gradesi
守護聖人 santi Ermacora e Fortunato
祝祭日 7月12日
地理
座標 北緯45度41分 東経13度24分 / 北緯45.683度 東経13.400度 / 45.683; 13.400座標: 北緯45度41分 東経13度24分 / 北緯45.683度 東経13.400度 / 45.683; 13.400
標高 2 (0 - 2) [3] m
面積 114.06 [4] km2
グラード (イタリア)の位置(イタリア内)
グラード (イタリア)
グラードの位置
ゴリツィア県におけるコムーネの領域
ゴリツィア県におけるコムーネの領域 地図
イタリアの旗 ポータル イタリア
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グラード: Grado)は、イタリア共和国フリウリ=ヴェネツィア・ジュリア州ゴリツィア県にある、人口約7,700人の基礎自治体コムーネ)。ローマ時代にさかのぼる歴史を有する中心市街は、アドリア海北縁の潟湖(ラグーナ)に浮かぶ島に位置する。

名称[編集]

標準イタリア語以外の言語では以下の名を持つ。

地理[編集]

ゴリツィア県

位置・広がり[編集]

ゴリツィア県南部に所在するコムーネである。潟湖上のグラードの街は、モンファルコーネから南西へ約18km、州都トリエステからトリエステ湾を隔てて西へ31km、県都ゴリツィアから南南西へ34km、ウーディネから南南東へ45km、ヴェネツィアから東北東へ88kmの距離にある[5]

自治体(コムーネ)としてのグラードは、潟湖上の多くの島々や、本土を含んでおり、広大な範囲にわたっている。グラード潟上の島々のほとんどは無人島である。

隣接コムーネ[編集]

隣接するコムーネは以下の通り。括弧内のUDはウーディネ県所属を示す。

地勢・地形[編集]

中心市街はアドリア海ヴェネツィア湾)北縁の潟湖(ラグーナ)・グラード潟 (it:Laguna di Gradoの周辺に浮かぶ島、イーゾラ・ドーロIsola d'oro)にある。潟湖上の島という立地条件はヴェネツィアと似ている。

著名な島としては、潟湖東部に位置して教会が建てられ聖地とされているバルバナ島 (it:Barbana (isola)が挙げられる。

気候分類・地震分類[編集]

グラードにおけるイタリアの気候分類 (itおよび度日は、zona E, 2239 GGである[6]。 また、イタリアの地震リスク階級 (itでは、zona 3 (sismicità bassa) に分類される[7]

主要な集落[編集]

グラードGrado)の中心市街は、イーゾラ・ドーロの潟湖側に発達した都市である。グラード=ピネータGrado-Pineta)はイーゾラ・ドーロのアドリア海側の町である。

本土側にもいくつかの小集落があり、そのうちで最も大きいものがフォッサロン・ディ・グラードFossalon di Grado)である。

歴史[編集]

古代[編集]

サンテウフェミア聖堂

町の歴史は古く、ローマ時代には、Aquae Gradatae の名で知られた。この地方の中心都市であったアクイレイアは、潟湖を挟んで10km北にあり、グラードはその外港としてアクイレイアと密接な関係を持っていた。

西ローマ帝国の末年、異民族の侵入にさらされると、多くの人々が安全な場所を求めてアクイレイアからグラードへ逃れてきた。452年にはアクイレイア司教 (it:Patriarchi di Aquileiaのニケタス (Nicetas (Bishop of Aquileia)がグラードに一時逃れて来ている。5世紀頃には、サンタマリア・デッレ・グラツィエ聖堂や、サンテウフェミア聖堂が建てられた。また、この町はアクイレイア総大司教国の海軍の拠点となった。

中世[編集]

568年、ランゴバルド人の侵入を受け、アクイレイア総大司教パウリヌスはグラードに遷座した。

その後、この地方を管轄する教会は分裂し、二人の総大司教が並び立つことになる。アクイレイアの総大司教と、ヴェネツィア潟やグラードなど沿岸地方のラテン人を基盤とするグラードの総大司教 (it:Patriarcato di Grado(のちにチヴィダーレに移転)である。990年、アクイレイア総大司教ポッポーネ (it:Popponeがグラードを占領したが、これを維持することは出来なかった。1027年、教皇がグラードとヴェネツィア地方におけるアクイレイア大司教の優越した地位を確認することで、事態は収拾された。

1451年、教皇ニコラウス5世によって、総大司教座はグラードからヴェネツィアに移された。これにより、グラードは小さな町へと転落した。

近代[編集]

グラードは、ナポレオン戦争中の1810年にイギリスに、1812年にフランスによって占領され、そのたびに略奪を受けた。1815年にオーストリア領になった。

第一次世界大戦休戦後の1918年、この地はイタリア王国の手にわたり、1920年に正式にイタリアの領土となった。

社会[編集]

産業・経済[編集]

かつてはアドリア海の漁業の拠点のひとつであった。また温泉があり、湯治場・観光地としても知られている。

人口[編集]

人口推移[編集]

人口推移
人口±%
19215,357—    
19315,896+10.1%
19366,005+1.8%
19518,733+45.4%
19619,666+10.7%
197110,043+3.9%
19819,808−2.3%
19919,073−7.5%
20018,728−3.8%
20118,462−3.0%

居住地区別人口[編集]

国立統計研究所(ISTAT)は居住地区(Località abitata)別の人口として以下を掲げている[3]。統計は2001年時点。

地区名 標高 人口 備考
GRADO 0/2 8,728 海上の島嶼を含むコムーネ
FOSSALON DI GRADO 1 103
GRADO * 2 7,014
GRADO-PINETA 2 603
Fossalon-Via Valle 13-20 2 27
Fossalon-Via Valle 9-16 2 34
Villaggio Primero 2 86
Villaggio Punta Sdobba 2 4 宅地造成中の地区のため人口は安定したものではない
Case Sparse - 847
Barancole 0/1 - マラーノ・ラグナーレとの境界未画定
Isola Ara Storta 0/1 - 海上の島
Isola dei Busiari 0/1 - 海上の島
Isola del Lovo 0/2 - 海上の島
Isola Marina dei Manzi 0/2 - 海上の島
Isola Marina di Macia 0/2 - 海上の島
Isola Montaron 0/2 - 海上の島
Isola Morgo 0/2 3 海上の島
Case Sparse - 3
Isola Pampagnola 0/2 - 海上の島
Isola San Pietro d'Orio 0/1 - 海上の島
Isola Santuario di Barbana 0/2 7 海上の島
Santuario di Barbana - 7 修道院
Isola Villanova 0/2 - 海上の島
Isola Volpera 0/2 - 海上の島
Isole Canale Mee Strettolo 0/1 - 海上の島
Isole Casoni Bacansentinella 0/1 - 海上の島
Laccia 0/1 - マラーノ・ラグナーレとの境界未画定
Laguna di Grado 0/1 - 潟湖
Massion 0/2 - 海上の島
Ravaiarina 0/2 - 海上の島
Terra Emersa Valle del Moro 0/2 - 海上の島

ISTATは人口統計上、家屋密度の高い centro abitato (居住の中心地区)、密度の低い nucleo abitato (居住の核となる地区)、まとまった居住地区を形成していない case sparse (散在家屋)の区分を用いている。上の表で地名がすべて大文字で示されているものが centro abitato である。「*」印が付されているのは、コムーネの役場・役所 la casa comunale の置かれている地区である。

文化・観光[編集]

5世紀頃に建設された。
4~5世紀に建てられた。6世紀に改修され、1640年にはバロック様式で修復された。
潟湖上の小さな島。教会が建てられ、聖地となっている。

自然・環境[編集]

市域の東部に位置する潟湖と湿地から作られた養魚池 Valle Cavanata は、自然保護区に指定されており (it:Riserva naturale della Valle Cavanataラムサール条約の定める「国際的に重要な湿地」に登録されている[8]イタリアのラムサール条約登録地一覧も参照。

姉妹都市[編集]

人物[編集]

おもな出身者[編集]

脚注[編集]

  1. ^ Provincia di Gorizia. “Grado” (イタリア語). 2011年7月31日閲覧。
  2. ^ Popolazione residente per sesso, età e stato civile al 1° gennaio 2023” (イタリア語). 国立統計研究所(ISTAT). 2024年2月7日閲覧。メニューでVista per singola areaを選択。Ripartizione:Nord-est, Regione:Friuli-Venezia Giulia, Provincia:Gorizia, Comune:Grado を選択
  3. ^ a b 国立統計研究所(ISTAT). “Tavola: Popolazione residente - Gorizia (dettaglio loc. abitate) - Censimento 2001.” (イタリア語). 2012年4月7日閲覧。
  4. ^ 国立統計研究所(ISTAT). “Tavola: Superficie territoriale (Kmq) - Gorizia (dettaglio comunale) - Censimento 2001.” (イタリア語). 2013年2月26日閲覧。
  5. ^ 地図上で2地点の方角・方位、距離を調べる”. 2017年1月7日閲覧。
  6. ^ Tabella dei gradi/giorno dei Comuni italiani raggruppati per Regione e Provincia”. 新技術エネルギー環境局(ENEA) (2011年3月1日). 2017年1月1日時点のオリジナルよりアーカイブ。2020年9月20日閲覧。
  7. ^ classificazione sismica aggiornata al aprile 2023” (xls). https://rischi.protezionecivile.gov.it/it/sismico/attivita/classificazione-sismica/. イタリア市民保護局. 2023年12月16日閲覧。
  8. ^ Valle Cavanata” (英語). Ramsar Sites Information Service. Ramsar Convention Secretariat. 2016年12月8日閲覧。

外部リンク[編集]