キンカイチフジ

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キンカイチフジ
品種 アングロアラブ(アラブ血量37.53%)[1]
性別 [1]
毛色 栗毛[1]
生誕 1981年4月10日[1]
死没 1991年7月10日
抹消日 1986年1月1日
エルシド[1]
ミスマスタニ[1]
母の父 タガミホマレ[1]
生国 日本の旗 日本北海道浦河町[1]
生産者 室田敏子[1]
馬主 伊藤壽孝[1]
調教師 加藤保行笠松[1]
競走成績
生涯成績 19戦16勝[1]
獲得賞金 5682万5000円[1]
勝ち鞍 全日本アラブ大賞典(1984年)
名古屋杯(1984年)
アラブ王冠(1984年)
アラブダービー(1984年)
アラブカップ(1984年)
名古屋タイムズ杯(1983年)
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キンカイチフジ[1]は、日本アングロアラブ系種の競走馬種牡馬。主な勝ち鞍に1984年全日本アラブ大賞典、名古屋杯、アラブ王冠、アラブダービー、アラブカップなど。

来歴[編集]

  • 特記事項なき場合、本節の出典はJBISサーチ[2]

3歳(現2歳)の1983年6月に笠松競馬場の新馬戦に岩崎幸紀騎乗でデビュー。2戦目と3戦目は距離不足もあり2着・5着に敗れたがその後は5連勝し、3連勝目となった11月8日の名古屋タイムズ杯で重賞初勝利を挙げた。この年の成績は8戦6勝。

4歳となった1984年は8戦全勝という圧倒的な成績を残した。2月のアラブカップ(名古屋競馬場)、5月のアラブダービー(笠松競馬場)、6月のアラブ王冠(名古屋)と勝ち、秋にも名古屋杯を制して12連勝を記録。12月に大井競馬場で行われた暮れの大一番である全日本アラブ大賞典テン乗りとなる坂本敏美騎乗で参戦。ローゼンガバナーを首差交わして優勝した。

5歳時の1985年は休養から9月に復帰してから3戦して2勝し、11月5日の名古屋杯ではカネノキングの2着となった。この競走を最後に競走生活から退いた。

引退後[編集]

引退後は種牡馬となり、1991年度までの6シーズンで血統登録頭数163頭、出走頭数はそのうちの144頭を記録した[3]1991年7月10日に死亡した。

主な産駒[編集]

血統表[編集]

キンカイチフジ血統 (血統表の出典)[§ 1]

*エルシド
1962 鹿毛
父の父
Nithard
1948
Kesbeth サラ Dadji
アラ Kraina
Nitouche Lotus VIII
Nausicaa
父の母
Farida IV
1950
サラ Elseneur Nino
Ann's Twin
Lady Salmson アラ Alaric V
サラ Lady of Mercia

ミスマスタニ
1974 栗毛
タガミホマレ
1962 栗毛
ミネフジ *バラツケー
梅橋
バイオレツト サラ ミネオカ
第三谷川
母の母
ニセイジンパク
1961 鹿毛
ニユーバラツケー *バラツケー
若影
タカラホウシヨウ サラ ダイサンホウシュウ
仁帛
5代内の近親交配 バラツケー 4 × 4 = 12.50% [§ 2]
出典
  1. ^ [6]
  2. ^ [6][7]


脚注[編集]

  1. ^ a b c d e f g h i j k l m n キンカイチフジ”. JBISサーチ. 公益社団法人日本軽種馬協会. 2020年6月6日閲覧。
  2. ^ キンカイチフジ 競走成績:年度別累計成績/主な成績”. JBISサーチ. 公益社団法人日本軽種馬協会. 2020年6月6日閲覧。
  3. ^ キンカイチフジ 種牡馬情報:世代・年次別(アラ系総合)”. JBISサーチ. 公益社団法人日本軽種馬協会. 2020年6月6日閲覧。
  4. ^ カサイオーカン”. JBISサーチ. 公益社団法人日本軽種馬協会. 2020年6月6日閲覧。
  5. ^ ネオアイク”. JBISサーチ. 公益社団法人日本軽種馬協会. 2020年6月6日閲覧。
  6. ^ a b キンカイチフジ 血統情報:5代血統表”. JBISサーチ. 公益社団法人日本軽種馬協会. 2020年6月6日閲覧。
  7. ^ キンカイチフジの5代血統表”. netkeiba. Net Dreamers Co., Ltd.. 2020年6月6日閲覧。

外部リンク[編集]