カンチェンゾンガ国立公園

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Khangchendzonga National Park
国立公園内のゲチャ・ラ英語版山道から望むカンチェンジュンガ山
地域 シッキム州英語版西シッキム県英語版
最寄り チャングサン英語版
面積 1,784 km2 (689 sq mi)
創立日 1977
訪問者数 NA(NA)
運営組織 環境・森林・気候変動省英語版

カンチェンゾンガ国立公園(カンチェンゾンガこくりつこうえん、Khangchendzonga National Park)は、インドシッキム州にある国立公園であり、ネパール語カンチェンジュンガ[注釈 1]と呼ばれる世界3位の高峰(8,586 m)の、インド領内の一帯を対象としている[1]カンチェンゾンガ生物圏保護区(Khangchendzonga Biosphere Reserve)として生物圏保護区にもなっている[2]。旧表記はカンチェンジュンガ国立公園(Kanchenjunga National Park)で、日本では現在名のKhangchendzonga National Park に対してもその名で表記されることがある[3][4]シッキム人の山岳信仰などの自然崇拝の体系とチベット仏教の伝統、多様な地形を含む自然景観および山岳生態系の高い生物多様性により、2017年7月17日にUNESCO世界遺産リストに登録され、インドの世界遺産では初の複合遺産となった[5][6]

この公園はヤルン、タルン、カンチェンジュンガ、ゼム英語版など多くの氷河を擁しており[7][8]ジャコウジカユキヒョウウンピョウヒマラヤタールなどが棲息している[9]

地理[編集]

カンチェンジュンガ生物圏保護区およびカンチェンゾンガ国立公園の保護地域の地図

カンチェンゾンガ国立公園はシッキム州北シッキム県英語版および西シッキム県英語版に位置する[10]。その標高は1,829メートル (6,001 ft)から8,550メートル (28,050 ft)以上になり、その標高はインドの国立公園群の中でも高い部類に属する。国立公園の設立は1977年のことであり、約850 km2が対象となったが、1997年には範囲が拡大され、1784 km2となった[11]

カンチェンジュンガは国境をまたぐ高峰であり、北を中国チベット自治区チョモランマ自然保護区英語版(Qomolangma National Nature Preserve)、西をネパールカンチェンジュンガ保全地域英語版(Kanchenjunga Conservation Area)に接している[12]

区域内には山、氷河モレーンガリ鞍部河岸段丘平野など、多様な地形がある[2][5]

植物相[編集]

公園の植生には、オークモミカバノキカエデヤナギなどで構成される温帯広葉混交樹林(Temperate broadleaf and mixed forests)が含まれるほか、標高が高くなると薬草ハーブ類を含む高山性の草木も見られる。約30種のツツジがあるほか、ラン科アリドオシラン属Myrmechis bakhimensisシソ科Craniotome furcata var. sikkimensisCraniotome furcata var. ureolataセリ科Cortiella gauri などの新種も生えている[2]

近絶滅種絶滅危惧種危急種のいずれかに分類される植物は全部で19種が生育している[13]

動物相[編集]

公園内では、哺乳類124種、鳥類300種、爬虫類5種、魚類8種が確認されている[13]

公園の哺乳類としては、近絶滅種チベットオオカミ英語版絶滅危惧種ヤマジャコウジカ英語版、ユキヒョウ、ドールレッサーパンダ危急種ツキノワグマ、ウンピョウ、近危急種のヒマラヤタール、アジアゴールデンキャットインドジャコウネコ英語版ソメワケクサビオモモンガ英語版のほか、スマトラカモシカジャッカルベンガルヤマネコジャングルキャットバーラル英語版ヒョウゴーラルなど、2種の霊長類、4種のナキウサギやソメワケクサビオモモンガを含む数種の齧歯類が棲息している[5][14]

とりわけ研究の結果、この地域のドールがきわめて希少であることが明らかにされた。このカンチェンジュンガ生物圏保護区に棲息するドールは、希少であり、かつ遺伝学的に区別される亜種 C. a. primaevus に属すると考えられている[15]

国立公園内のキゴシタイヨウチョウ英語版

鳥類については、バードライフ・インターナショナル重要野鳥生息地になっているが、世界的に見ても特に標高が高い部類に属する選定地となっている[16]。見られるのは危急種のオグロヅルのほか[14]ベニキジニジキジヒオドシジュケイハイイロジュケイアオバトユキバトミサゴチベットセッケイタイヨウチョウヒゲワシヒマラヤハゲワシ英語版ミドリテリカッコウ英語版などである。

2016年にはツグミ科の新種であるヒマラヤトラツグミ英語版Zoothera salimalii)が発見された[17]

人の関わりの歴史[編集]

公園内にはいくらかのレプチャ人の集落が存在し、ブティヤ人もいる[5]。国立公園の緩衝地域に位置するゴンパ英語版の一つであるトルン僧院英語版(トルン・ゴンパ、Tholung Monastery)は、シッキムで特に神聖な僧院の一つと見なされている[18][19][20]

カンチェンジュンガは古くからの崇拝の対象であり、その地形の数々が地元の神話にも投影され、チベット仏教の伝来後も地域における文化的重要性が失われることはなかった[21]

世界遺産[編集]

世界遺産 カンチェンゾンガ
国立公園
インド
英名 Khangchendzonga National Park
仏名 Parc national de Khangchendzonga
面積 178,400 ha (緩衝地域 114,712 ha)
登録区分 複合遺産
文化区分 遺跡
登録基準 (3), (6), (7), (10)
登録年 2016年 (第40回世界遺産委員会
公式サイト 世界遺産センター(英語)
地図
カンチェンゾンガ国立公園の位置(インド内)
カンチェンゾンガ国立公園
使用方法表示

2002年の国際自然保護連合(IUCN)の報告書では、今後世界遺産になりうる世界の28の山が挙げられており、カンチェンジュンガ山はその一つに数えられていた(ただし、インド領内のみでなく、ネパール、中国にまたがる範囲について)[22]。インド政府がカンチェンゾンガ国立公園を 世界遺産の暫定リストに記載したのは2006年3月15日のことで、2015年1月31日には世界遺産センターへ正式な推薦書を提出した[10]。これに対し、世界遺産委員会の文化遺産部門の諮問機関である国際記念物遺跡会議(ICOMOS)は、富士山-信仰の対象と芸術の源泉日本の世界遺産)、パパハナウモクアケアアメリカ合衆国の世界遺産)などの他の自然の聖地と比較しても、その環境や崇拝形態の違いから顕著な価値を認められるとして「登録」を勧告した[23]。また、ヒマラヤ山脈では既に大ヒマラヤ国立公園インドの世界遺産)、サガルマータ国立公園ネパールの世界遺産)などが世界遺産に登録されていたが、自然遺産部門の諮問機関であるIUCN は、それらを踏まえても固有の自然美生物多様性に顕著な価値を認められるとして登録を勧告した[24]

2016年の第40回世界遺産委員会では、勧告通りに世界遺産リストへの登録が認められた[25]。インドの世界遺産は同じ年に登録されたナーランダ僧院も含めてアジア2位の35件となったが、複合遺産の登録はこれが初めてのことである。

なお、IUCNは将来的にネパールのカンチェンジュンガ保全地域への拡大登録への期待も表明しており[26]、それは委員会決議の付帯事項にも盛り込まれた[27]

登録基準[編集]

この世界遺産は世界遺産登録基準のうち、以下の条件を満たし、登録された(以下の基準は世界遺産センター公表の登録基準からの翻訳、引用である)。

  • (3) 現存するまたは消滅した文化的伝統または文明の、唯一のまたは少なくとも稀な証拠。
  • (6) 顕著で普遍的な意義を有する出来事、現存する伝統、思想、信仰または芸術的、文学的作品と直接にまたは明白に関連するもの(この基準は他の基準と組み合わせて用いるのが望ましいと世界遺産委員会は考えている)。
  • (7) ひときわすぐれた自然美及び美的な重要性をもつ最高の自然現象または地域を含むもの。
  • (10) 生物多様性の本来的保全にとって、もっとも重要かつ意義深い自然生息地を含んでいるもの。これには科学上または保全上の観点から、すぐれて普遍的価値を持つ絶滅の恐れのある種の生息地などが含まれる。

なお、文化遺産の基準について、インド当局が推薦していたのは基準 (3) のみだったが、ICOMOS が基準 (6) も適用すべきことを勧告し[28]、これが委員会でも採択された。

脚注[編集]

注釈[編集]

  1. ^ 大元はチベット語の「5つの大きな雪の蔵(宝庫)」の意味である(『日本大百科全書』『ブリタニカ国際大百科辞典・小項目電子辞書版』)。

出典[編集]

  1. ^ 日本ユネスコ協会連盟 2016, p. 23
  2. ^ a b c Khangchendzonga Biosphere Reserve, India” (英語). UNESCO (2019年1月). 2023年2月7日閲覧。
  3. ^ 古田 & 古田 2016, p. 48
  4. ^ 世界遺産検定事務局 2017, pp. 16
  5. ^ a b c d Khangchendzonga National Park” (英語). UNESCO World Heritage Centre. 2023年5月12日閲覧。
  6. ^ UNESCO approves all 3 Indian nominations for heritage tag” (英語). India Today (2016年7月18日). 2023年5月12日閲覧。
  7. ^ 日本大百科全書』電子辞書版
  8. ^ 『ブリタニカ国際大百科事典・小項目電子辞書版』2015年版
  9. ^ IUCN 2016, pp. 129–130
  10. ^ a b ICOMOS 2016, p. 48
  11. ^ ICOMOS 2016, p. 54
  12. ^ Bhuju, U. R., Shakya, P. R., Basnet, T. B., Shrestha, S. (2007). Nepal Biodiversity Resource Book. Protected Areas, Ramsar Sites, and World Heritage Sites. Archived 26 July 2011 at the Wayback Machine. International Centre for Integrated Mountain Development, Ministry of Environment, Science and Technology, in cooperation with United Nations Environment Programme, Regional Office for Asia and the Pacific. Kathmandu, Nepal. ISBN 978-92-9115-033-5
  13. ^ a b IUCN 2016, p. 125
  14. ^ a b IUCN 2016, pp. 125, 129–130 (レッドリストの分類はこの世界遺産推薦時点のもの)
  15. ^ Bashir, T. A. W. Q. I. R., et al. Precarious status of the Endangered dhole Cuon alpinus in the high elevation Eastern Himalayan habitats of Khangchendzonga Biosphere Reserve, Sikkim, India. Oryx (2013): 1-8.
  16. ^ IUCN 2016, pp. 125–126
  17. ^ Tuneful song reveals new species of Himalayan thrushBBCニュース、2016年1月21日)(2017年5月9日閲覧)
  18. ^ Tholung Monastery (1789 A.D)”. Department of Ecclesiastical Affairs, Government of Sikkim. Department of Information Technology Government of Sikkim. 2017年4月14日閲覧。
  19. ^ Tholung Monastery Trekking - 10 Days”. Alpine Adventure Club. Alpine Adventure Club Treks & Expedition. 2017年4月14日閲覧。
  20. ^ Khangchendzonga National Park: Tholung monastery in the buffer zone of KBR”. UNESCO World Heritage Centre. 2017年4月14日閲覧。
  21. ^ ICOMOS 2016, pp. 58–59
  22. ^ IUCN 2016, p. 126
  23. ^ ICOMOS 2016, pp. 50, 58–59
  24. ^ IUCN 2016, pp. 125, 130–131
  25. ^ World Heritage Centre 2016, pp. 205–210
  26. ^ IUCN 2016, p. 131
  27. ^ World Heritage Centre 2016, pp. 209–210
  28. ^ ICOMOS 2016, pp. 52–53

参考文献[編集]