エドゥアルト・ミュラー

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
エドゥアルト・ミュラー
生誕 (1912-10-12) 1912年10月12日
出身地 スイスの旗 スイス
ジッサッハドイツ語版
死没 (1983-05-16) 1983年5月16日(70歳没)
ジャンル クラシック音楽チェンバロ
職業 オルガン奏者、チェンバロ奏者
担当楽器 オルガン

エドゥアルト・ミュラードイツ語: Eduard Müller, 1912年10月12日 - 1983年5月16日)は、スイスオルガン奏者、チェンバロ奏者[1]

経歴[編集]

1912年にジッサッハドイツ語版で生まれる。バーゼルでアドルフ・ハムにオルガンを学び、ライプツィヒギュンター・ラミンの薫陶を受けた。1934年にバーゼルの聖パウロ教会のオルガニストに就任する。1970年にはバーゼル大聖堂のオルガニストとなり、1978年にはバーゼル大学から神学の名誉博士号を贈られた。

教育者としてのミュラーは、1939年からバーゼル・スコラ・カントルムでオルガン、チェンバロ、通奏低音を講じ、1945年からはバーゼル音楽院でも教鞭をとるようになった。主要な弟子にグスタフ・レオンハルト等がいる。また通奏低音の専門家として、新バッハ・エディションの編集に加わっていた。

ボットミンゲンドイツ語版にて没した。

脚注[編集]