インセンティブ (自動車)

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インセンティブとは、自動車メーカー自動車ディーラーに対して支払う販売奨励金またはディーラーに対して便宜を図る販売奨励策のこと。特に2001年以降は、アメリカ合衆国の市場に参画するメーカーの業績を左右するようになったことから、自動車の販売戦略を語る上で不可欠な用語として定着した。

アメリカにおけるインセンティブ[編集]

概要[編集]

自動車生産の草創期から、大なり小なり世界各国の自動車メーカーと自動車ディーラーの間で見られるインセンティブであるが、2000年代のアメリカ合衆国では特にやりとりが活発になった。それまでのインセンティブは、不人気車やモデルチェンジ直前の自動車が中心であったが、人気車やプレミアム車も含めてほぼ全車種に対象を拡大したことが特徴である。

インセンティブ競争の激化[編集]

2001年9月11日に発生したアメリカ同時多発テロ事件により、アメリカ国内の新車販売は一時的に低迷。生産を減らすことができなかったビッグスリーの各社は、抱えた在庫を処分するためにインセンティブの大盤振る舞いを行った。この時期のインセンティブは次のようなものである。

  • 自動車ディーラーへのリベート
  • 低金利(無金利を含む)自動車ローンの斡旋
  • 購入者へのキャッシュバック
  • 保証期間、保証走行距離の延長、無償修理
  • レンタカー会社などの大口契約者への大幅値引き
  • 社員を対象とする優遇販売枠を縁故者へと拡大

やがてインセンティブの多寡は、消費者が自動車の購入する有力な動機付けの一つにもなり、各社の販売台数を左右する要因の一つとなった。当初は傍観していたビッグスリー以外の各社も追随を余儀なくされ、当時アメリカ国内で絶大な人気を誇っていたトヨタ・カムリですら、低金利ローンの対象車種となった。

インセンティブの増加と業績の悪化[編集]

アメリカ国内で、1台あたりに投じられたインセンティブの額は、2002年に平均2,000ドル台だったものが、2003年には平均3,000ドル台へ高騰。中でも売り上げが低迷したゼネラル・モータースは、販売促進のため4,000ドルを超えるインセンティブを投入した。やがてインセンティブ戦略は中古車市場の暴落を招き、新車の実売価格の更なる下落、インセンティブの要求強化などの悪循環を引き起こした。

こうした自転車操業的な経営体質は、ビッグスリーの財務状況を直撃、業績の悪化の要因の一つとなった。2005年には、格付け会社は、ゼネラル・モータースとフォードの格付けを投資不適格のカテゴリーに落とすほどの状況となった。特に、ゼネラルモータースの業績不振は深刻で、アメリカ国内はもとより世界トップシェアの販売台数を誇るにもかかわらず、2007年まで3年連続の赤字(2007年度には3兆円を超える額)を計上する結果となった。2006年、業績が悪化したゼネラルモータースは、ついにインセンティブ戦略の縮小を行い、競争に一つの区切りがつけられた。

インセンティブの不顕在化[編集]

2007年現在、最も高額なインセンティブを供与しているメーカーはクライスラーであり、1台あたり平均3,500ドル程度、現地に生産拠点を持つ日本メーカーのトヨタ自動車本田技研工業が1台あたり平均1,000ドル強と伝えられる。しかし、これは希望小売価格から単純計算で割り出した額である。インセンティブ競争が激化して以降にモデルチェンジした自動車は、多かれ少なかれインセンティブの支出を見込んだ価格設定がなされており、今や単純計算で販売戦略は推し量ることが難しい状況になりつつある。

トヨタ自動車の大規模リコール (2009年-2010年)問題に見るインセンティブ[編集]

2010年1月、トヨタ自動車の大規模リコール (2009年-2010年)が顕在化。これを受け、ゼネラルモータースは、トヨタ車から自社製品へ乗り換えを行う消費者に対して1,000ドルの直接的なインセンティブを与えるキャンペーンを始めた。これを受け、フォードやクライスラー、韓国ヒュンダイまでもが追随したインセンティブキャンペーンを開始。フォードに至っては、対象をホンダ車にも拡大したことから、ホンダ側も対抗措置としてインセンティブを1台1,400ドル程度に引き上げる方針を表明。2009年までの流れとは一転してインセンティブを用いた販売競争が激化した。

日産自動車のシェア獲得手段[編集]

2010年代日産自動車カルロス・ゴーン会長の下で、アメリカの市場シェアを10%に引き上げる計画を立てた。販売店に支払うインセンティブを積み増して薄利多売を行い、2011年度の108万台から2016年度の158万台まで販売台数を伸ばしたが、新車投入などで商品価値を高めることをせず、数だけを求める販売戦略は限界に達して2017年以降は販売台数、営業利益ともに減少をたどった。日産自動車は2018年4月から販売戦略を見直し、インセンティブ予算を2割削減したが、販売台数は3割近く落ち込んだためインセンティブ予算の削減を断念した。アメリカの調査会社によると2018年11月の日産車のインセンティブ額は1台当たり平均4574ドルであったが、2019年11月には平均4659ドルと上昇した。一方で北米における日産自動車の不振は続き、営業利益は対前年度比50%減が続いた[1]

日本におけるインセンティブ[編集]

概要[編集]

アメリカほどではないものの、日本の自動車メーカーでも決算期を直前を中心に、大幅値引きやオプションサービスを行う原資として、インセンティブ戦略が採られることがある。

かつては売れ行き不振にあえいでいたマツダが徹底したインセンティブ戦略を行い、「マツダ地獄」(マツダの新車の実売価格が安すぎて下取り価格が下落。結果的にマツダ販売店に下取りをお願いしてマツダ車を乗り続けることとなる[2])と揶揄されたこともある。1990年代後半以降は、新車投入前の徹底的な市場調査や混流生産などのフレキシブルな生産調整が行われるようになり在庫を抱えるリスクは低減、かつてのような大規模なインセンティブ戦略は影を潜めた。

現在では、大幅値引きやオプションサービスを削減の為に、ワンプライス価格として実売価格を明示して値引きを 殆どしない方向でインセンティブを抑制する動きも出ている。

インセンティブ排除の動き[編集]

2000年代には、プレミアム感を前面に押し出したトヨタのレクサスブランドが日本逆上陸。値引きなどのインセンティブを前提としない販売戦略は、メーカーにとって収益率を押し上げる魅力溢れるものであり、日産インフィニティを、ホンダにアキュラの国内展開を検討させる原動力となっている。

脚注[編集]

  1. ^ 日産がアメリカで陥った販売不振の深刻度”. 東洋経済オンライン (2013年2月13日). 2020年2月13日閲覧。
  2. ^ マツダ地獄はまだ残っているのか徹底調査!!!【衝撃の事実発覚 新マツダ地獄が生まれていた!!!】”. ベストカーweb (2019年1月5日). 2019年1月11日閲覧。

関連項目[編集]

参考文献、外部リンク[編集]