ラグランジュの定理 (群論)

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群論において、ラグランジュの定理英語:Lagrange's theorem)とは、次のような定理である[1][2][3][4]

ラグランジュの定理 ― G有限群とし、HG部分群とする。このとき |G| = [G : H] |H| が成り立つ。ただし、[G : H]G における H指数である。

[G : H] に関しては#同値類による指数を参照。

定義[編集]

部分群による同値関係[編集]

G の要素 x, y に関して、群 G の部分群 H の要素 h を用いて、x = yh となるとき、xy と定義する。G の単位元を e とすると、H は部分群だから eH であり、x = xe となるので、xx である。hH のとき、H は部分群だから h−1H となるので、xy のとき、x = yhxh−1 = y となり yx である。x, y, zG に関して、xy, yz ならば x = yh1, y = zh2 (h1, h2H) だから x = (zh2)h1 = z(h2h1) となる。H は部分群なので、h2h1H となるから xz である。したがって、同値関係になる[5][6][7][8]

同値関係による同値類[編集]

部分群 H に関して、同値関係 による同値類 {xG | xa}{xG | x = ah (hH)} になるから、aH に等しくなる。これを aH による左剰余類(left coset)という。同値関係 による同値類 aH の集合 {aH | aG}G/H と書く[9][6][10]

部分群 H が有限群の場合は H = {h1, h2, h3, …, hm} と表すことができて、左剰余類 aHaH = {ah1, ah2, ah3, …, ahm} となる[2]

同値類の間の同型写像[編集]

部分群 H から同値類 aH への写像 φa : HaHφa(h) = ah と定義するとき、φa(h1) = φa(h2) とすると、ah1 = ah2 となるから、左から a−1 を掛けて h1 = h2 となるので、写像 φa は単射になる。写像 φa による部分群 H の像が aH だから写像 φa は全射になり、全単射になる。したがって、写像 φa の逆写像 φa−1: aHHφa−1(x) = a−1x となる。これより、同値類 aH から同値類 bH への写像 f : aHbHf (x) = (φbφa−1)(x) = φb(φa−1(x)) = ba−1x と定義すると写像 f は全単射になる。したがって、任意の二つの同値類 aHbH は同型となり、|aH| = |bH| = |H| となる[9][11]

同値類による指数[編集]

左剰余類の集合 G/H の要素の個数(濃度)である |G/H|G における H指数(index of a subgroup H in a group G)と呼び、[G : H] または |G : H| または (G : H) と書く[5][6][12]

G/H が有限集合の場合は、G/H = {a1H, a2H, a3H, …, akH} と表すことができて、[G : H] = |G/H| = k となる。

G が有限群の場合は、以下のように書ける[2]

証明[編集]

有限群 G の部分群 H{h1, h2, …, hm} とすると、

左剰余類 aH{ah1, ah2, ah3, …, ahm} に等しくなる[13]ので、

このとき、H の要素 hah を対応させる写像を fHaH とすると、f(hi) = f(hj) ⇔ ahi = ahj のとき、左から a−1 を掛けて、hi = hj となるので、写像 f は単射になる。

写像 fHaH に写すから f は全射となるので、全単射になる。したがって、 HaH とは同じ個数の要素を待つから、|H| = |aH| = m となる[14]

したがって、GH による類別を考えると、以下のようになる[15]

このとき、|H| = |a1H| = |a2H| = |a3H| = … = |akH| = m となるので、|G| = km となる。k = |G/H| = [G : H], m = |H| となるので、

Q.E.D.

拡張[編集]

ラグランジュの定理は群 G における3つの部分群の指数の間に成り立つ等式に拡張できる[16][17]。 以下では、H が群 G の部分群であるとき、HG または GH と表し、H が群 G の部分群であり、かつ K が群 H の部分群であるとき、KHG または GHK と表す。

ラグランジュの定理の拡張 ― 

GHK のとき K = {e}e は群 G の単位元)とおくと [G : {e}] = |G| および [H : {e}] = |H| が成り立つ。したがって、元々の等式 |G| = [G : H] |H| を得る[18]

応用[編集]

系(1)[編集]

ラグランジュの定理には、次のようながある[19][2][20]

ラグランジュの定理の系(1) ― G有限群とし、HG部分群とする。このとき部分群 H位数 |H| は群 G の位数 |G| を割り切る。

.
証明
G が有限群の場合は、指数 [G : H]G における H の左剰余類の個数)が正の整数になるので、ラグランジュの定理から系が従う。

系(2)[編集]

ラグランジュの定理の系(2) ― 有限群 G の任意の元 g の位数は群 G の位数 |G| を割り切る[21][2][19]

.
証明
G の任意の元 g生成される巡回群g⟩を考えればよい。巡回群g⟩は G の部分群になるので、その位数 |⟨g⟩| は群 G の位数 |G| を割り切ることになる。

素数位数の有限群[編集]

素数位数の有限群 ― 有限群 G の位数が素数 p ならば、群 G巡回群である[2][22]

証明
p ≧ 2 より、群 G の単位元 e 以外の元を x とすると、x が生成する巡回群 x は群 G の部分群になるから、その位数 |⟨x⟩| は素数 p の約数になる。したがって、|⟨x⟩| = 1 または |⟨x⟩| = p になる。|⟨x⟩| = 1 の場合は、x = e となり不適。|⟨x⟩| = p の場合は群 G の位数と等しくなるので、G = ⟨x となり題意は示された。

フェルマーの小定理[編集]

フェルマーの小定理 ― p を素数とするとき、整数 x ∈ ℤp と互いに素ならば、x p − 1 ≡ 1 (mod p) となる[23]

証明
位数 p の巡回群 (ℤ/pℤ) の乗法群 (ℤ/pℤ)× = {1, 2, 3, … , p − 1} は位数 p − 1 の有限群になるから、(ℤ/pℤ)× の任意の元を a とすると、ラグランジュの定理の系(2) より、a p − 1 = 1 が成り立つ。したがって、a ∈ {1, 2, 3, …, p − 1} のとき a p − 1 − 1 が素数 p で割り切れるから、a p − 1 ≡ 1 (mod p) となる。よって、xa (mod p) のとき、x p − 1a p − 1 (mod p) が成り立つので、x p − 1 ≡ 1 (mod p) を得る。

より一般に、合成数 n についても乗法群 (ℤ/nℤ)× を考えれば、オイラーの定理を導くこともできる。

[編集]

ラグランジュの定理の逆が成立するか問うことができる。つまり、位数 n の有限群 Gn を割り切る自然数 d が与えられたとき「位数が d である G の部分群が存在するか」という問いである。よく知られているように、これは一般には存在しない。位数12である4次の交代群 G = A4 が位数6である部分群をもたないので[注釈 1]、(群 G の位数が最小の)反例を与えるからである[25]。 一方、特別な状況では逆が成立することが知られている。その最たる例はシローの定理である[注釈 2]。つまり位数 n を割り切る素数 p のべきで最大のもの d = np を考えると、位数 np の部分群(シロー部分群)が存在する。もうすこし一般に dnp を割り切るならば、位数 d の部分群が存在することもわかる[26]。(コーシーの定理も参照のこと。)

歴史[編集]

ラグランジュは代数方程式の解法に関連して、多項式上の置換の理論でこの定理を証明しているが、これは現在の言い方でいう対称群の場合にあたる。当時はまだ群の概念が整備されていなかったので、ラグランジュ自身が群一般で考えていたわけではない。ただその性質は容易に抽象群へと拡張されるもので、現在でもそのままラグランジュの定理と呼ばれている。群論の定理としては、歴史上最初に出現したものである。

脚注[編集]

注釈[編集]

  1. ^ この事実は1799年にはすでに知られていた[24]
  2. ^ 可解群に対してはホールの定理も参照のこと。

出典[編集]

  1. ^ 国吉 & 高橋 2001, 定理2.6.
  2. ^ a b c d e f 星 2016, p. 93.
  3. ^ 雪江 2010, 定理2.6.20.
  4. ^ Isaacs 2008, p. 331, Theorem X.8(d).
  5. ^ a b 国吉 & 高橋 2001, p. 21.
  6. ^ a b c 星 2016, p. 92.
  7. ^ 雪江 2010, 例2.6.6.
  8. ^ 雪江 2010, 注2.6.17.
  9. ^ a b 国吉 & 高橋 2001, 定理2.5.
  10. ^ 雪江 2010, 定義2.6.16.
  11. ^ 雪江 2010, 命題2.6.18.
  12. ^ 雪江 2010, 定義2.6.19.
  13. ^ #同値関係による同値類を参照。
  14. ^ #同値類の間の同型写像を参照。
  15. ^ #同値類による指数を参照。
  16. ^ Joh. “指数の定理”. 物理のかぎしっぽ. 2020年9月21日閲覧。
  17. ^ Bray, Nicolas, Lagrange's Group Theorem, MathWorld, https://mathworld.wolfram.com/LagrangesGroupTheorem.html 
  18. ^ Joh. “ラグランジェの定理”. 物理のかぎしっぽ. 2020年9月21日閲覧。
  19. ^ a b 雪江 2010, 系2.6.21.
  20. ^ Isaacs 2008, p. 332, Corollary X.9.
  21. ^ 国吉 & 高橋 2001, 定理2.7.
  22. ^ 雪江 2010, 命題2.6.22.
  23. ^ 雪江 2010, 定理2.6.23.
  24. ^ Gallian 1993, p. 23.
  25. ^ Isaacs 2008, p. 9.
  26. ^ Isaacs 2008, p. 24, Corollary 1.25.

参考文献[編集]

  • 赤堀庸子「いわゆる「ラグランジュの定理」について」(PDF)『津田塾大学数学・計算機科学研究所報 第12回数学史シンポジウム(2001.10.20〜21)』第23号、津田塾大学数学・計算機科学研究所、2002年、133-143頁。 
  • 国吉秀夫『群論入門』高橋豊文 改訂(新訂版)、サイエンス社〈サイエンスライブラリ理工系の数学 8〉、2001年5月10日。ISBN 978-4-7819-0978-3 
  • 星明考『群論序説』日本評論社、2016年3月25日。ISBN 978-4-535-78809-1 
  • 雪江明彦『代数学 1 群論入門』日本評論社、2010年11月25日。ISBN 978-4-535-78659-2 
  • Gallian, Joseph A. (1993), “On the converse of Lagrange's theorem”, Math. Mag. 66 (1): 23, doi:10.2307/2690467, MR1572926, Zbl 0796.20019, http://www.jstor.org/stable/2690467 
  • Isaacs, I. Martin (2008), Finite Group Theory, Graduate Studies in Mathematics, 92, AMS, doi:10.1090/gsm/092, ISBN 978-0-8218-4344-4, MR2426855, Zbl 1169.20001, https://books.google.com/books?id=pCLhYaMUg8IC 

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

動画[編集]