Wikipedia:井戸端/subj/存命人物本人による編集について、Wikipedia側のある程度の対応の明確化と本人側への可視化について

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存命人物本人による編集について、Wikipedia側のある程度の対応の明確化と本人側への可視化について[編集]

存命人物本人による編集について、Wikipedia側のある程度の対応の明確化と本人側への可視化について

お世話になっております。掲題の通り以前いくつかのページでご本人と見られる方の編集があったことから、簡単に特にその件に直接関係するルールなどが一覧化されているといいかもしれないと考え、下書きページで草稿を書いております。つきましては皆さまの推敲や要不要などご意見を伺えますと幸いです。問題など内容であれば何らかの形でWikipediaの名前空間で作成しようと考えております。過去の議論が一旦止まってしまっていることと、関与する利用者の方が割と偏っているためこちらに追加させて頂きます。--遡雨祈胡会話) 2019年11月17日 (日) 15:02 (UTC)

過去の議論[編集]

コメント[編集]

  • 「Wikipedia:存命人物の伝記#本人による編集の扱い」にある「IP編集者が存命人物の記事を全部または一部消去する場合は、注意深く判断しなければなりません。項目の個人が特に著名なわけではない場合、そういう編集は通常「荒らし」ではなく、項目当人が偏ったり不正確だったりする記述を取り除こうとしているのです。」云々を意図的にオミットした初心者向けガイドラインは、Wikipediaに詳しくない書かれた本人にとっては「泣き寝入りを強要するのか?」と思われかねないかと感じます。具体例ですと「宮下あきら」の変更履歴をご覧下さい。生年の書き換えを典拠なしとか荒らし認定とかで書き戻した人々は、記事末尾にある「典拠管理」のリンクを確認すらせず、書き戻ししています。こういう事例が「かなり著名な」漫画家の記事ですら実際にあった以上は、やはり「項目当人が偏ったり不正確だったりする記述を取り除こうとしている」可能性を検討して「寛容に」相手に対する必要性を説くことは大切だと思います。--タピオカヤスジ会話) 2019年12月11日 (水) 19:26 (UTC)
  • 一方で、自己宣伝的目的で項目立項するYouTuberやVTuberなどが最近m特に目立つように思えます。それらへの抑止についてはうるさいほど強調して良いと思います。--タピオカヤスジ会話) 2019年12月11日 (水) 19:26 (UTC)
主観ではありますが、一つの文書で両方書くのは言いたいことが絞られず伝わりづらい可能性が高いと考えております。今回の目的はあくまで「存命人物自身が任意の編集をしようとする場合に気を付けること」で一旦十分だと個人的には考えており、個々の編集に対してそれぞれの利用者が理由や論拠もなく実施しているとするのであれば、それこそご本人に言われてしまうのは仕方がないのではないか、とも考えております。その際個々のルールへの誘導は個々の利用者が対応するのはある程度必要だと思いますし、逆にできないのであれば、無理に存命人物記事を触らない、というのも一つの選択肢足りえるのではないかと考えております(実施しないという話ではなく、自分以外の誰も責任が取れないからこそ自分で説明ができる編集をしたほうがいい、という話です)。--遡雨祈胡会話) 2019年12月12日 (木) 13:57 (UTC)
お返事の意味をうまくくみ取れているのか自信がないのですが、リニアでシンプルな案内文(?)を示したい、ということでしょうか?昨日の時点では、見なければならないルールがまた増えてしまって却って大変になりそうだな、と感じたのですが。絶対的な意味を持つガイドラインの下位に置く、簡易版案内としてなら、それもアリなのかもしれません。「これはルールではないですよ、簡易版のガイドですよ。」が冒頭で強調されていて、「詳しくは、このリンクと、このリンクと、このリンクと、このリンクと…を参照してくださいね。」というようなものであれば、既に指摘されている「公認の方針・ガイドラインにないルールや束縛」との批判との中庸を保てるのかもしれません。今の時点でもどちらかといえば、「Wikipedia:存命人物の伝記#本人による編集の扱い」にもう少し手を入れて簡単ガイドを冒頭につけるなどで対応した方が「見なければならないルールがまた増えてしまって」よりは良いように感じてはいますが…。今でさえ、あまりにも多いのですから、ルールの類は少ない方が良いです。作っても本人がIPユーザとして書くような事例には対抗できませんし。投稿するボタンを押したときに非常に短文のポップアップ(例:あなたはこの記事の直接利害関係者や本人ではありませんか?[こちら]をご覧ください。)のような感じで注意喚起する文が出るようにした方が効果は高いのではないか、という気がします。 --タピオカヤスジ会話) 2019年12月12日 (木) 16:38 (UTC)
ニュアンスとしては大体ご認識いただいた通りだと思います。ルールそのものではなく案内ですね。--遡雨祈胡会話) 2019年12月13日 (金) 12:07 (UTC)
草案(oldid=75334075時点)の「経緯」見出しで「いずれも遵守されるべきですが、」の直前に引いている2つのカタマリを3つに増やして、私が指摘した「IP編集者が存命人物の記事を全部または一部消去する場合は、注意深く判断しなければなりません。項目の個人が特に著名なわけではない場合、そういう編集は通常「荒らし」ではなく、項目当人が偏ったり不正確だったりする記述を取り除こうとしているのです。」云々を追加して頂ければ、私が懸念を表明した「書かれた本人にとっては「泣き寝入りを強要するのか?」と思われかねない」については一応はバランスが取れるかと存じます。現状の草案でこの部分がないと、(たとえば)法で規定されている生活保護の申請制度でのルールと、各自治体が申請窓口での内規的なものとして独自に実施する水際作戦のようなものを前面に打ち出してシレッと「そういうことになっていますから」と言うような格好(結果的にはそもそもの法の手続きとは矛盾する内容で実務を行う結果となる)になりかねません。(私も遡雨祈胡さんもアカウントを取得していますが、)草案は「中の人側の目線」が強い印象で、初心者をいじめないでくださいと相反しますし、「主に述べたいこと」だけを素直に読むと(そもそも簡単な案内のスコープから外してるのですから現状では書いていないのは当たり前なんですが)Wikipediaはプライバシー尊重の意識が欠けている場所なのかとも誤解されかねません。手短に、中庸に書くのは非常に難しいことだと思いますが、どうか検討ください。--タピオカヤスジ会話) 2019年12月14日 (土) 07:05 (UTC)
追加するにしても引用でないものを引用として追加するのは引用ではないことから無理があるでしょう。それに、個々の編集の意図まで担保するのは文書の目的から外れたものだと思います(結局私たちにはそれが本当にそうであるかどうかは分からないわけですから)。それに、どんなに説明しても分かって頂けないのであれば、残念ながらそこから先はもう第三者の意見を募るなり最悪ブロックなり法的措置が取られるなりするのは止むを得ないところもあると思います。--遡雨祈胡会話) 2019年12月14日 (土) 12:23 (UTC)
言い方が適切でない恐れがありますが、このページは存命人物の記事の編集に関する「案内」であって、その編集内容の正当性を担保する「錦の御旗」ではないと考えております。これは個々の利用者の考える最善が全員合致しているわけでもないというところも当方なりではございますが考慮しております。--遡雨祈胡会話) 2019年12月14日 (土) 12:33 (UTC)
「引用でないものを引用として追加するのは引用ではないことから無理がある」の部分がよくわかりません。私が申し上げているのは「Wikipedia:存命人物の伝記#本人による編集の扱い」の1行目と2行目を引いてくださいというお願いなのですが。簡易案内であればこそ参照される回数は多いでしょうから「錦の御旗」〈ではない〉との意図で書かれたものが〈であるかのように誤解される〉懸念を申し述べております。「よく読み込んでみれば違うじゃないか!」となってしまうのは宜しくないかと。私が申し上げているのは、すでに指摘のある「いくつか公認の方針・ガイドラインにないルールや束縛があるように誤解させている記述がある」とことと重なります。残念なユーザにはそれ相応の対応を、という点については、それはそうでしょう、と私も思います。つまり無政府主義者ではありません。しかしながら、昭和の時代に思春期を過ごした私としては、なんだか自信がない学年主任が何かあるたびにマイルールを追加して校則だらけになってゆく学校みたいでどんどん息苦しくなって行くなぁ…と。言い方が適切でない恐れがありますが、小役人根性的でどうもなぁ、とも。そのあたりをどのように比較衡量するかという話だと存じます。--タピオカヤスジ会話) 2019年12月14日 (土) 17:40 (UTC)
「本人による編集の扱い」に関しては文中で(具体的には冒頭文の1つ目、「自分で自分の記事を作成しようと思っている → 自分で実施はNG 立項条件を確認」など)で言及しているので、引用する程のことかなというのが個人的には気になります。錦の御旗動向に関しては公開後のTemplate:How-toの追加で防げると考えております(気付いていないようであればその旨を第三者が言及する必要がありますが)。ルールが厳しくなり過ぎていくことが気になるのであればここではなくてWikipedia:ルールすべてを無視しなさいの方針化を目指したほうがいい気がします。--遡雨祈胡会話) 2019年12月15日 (日) 10:19 (UTC)
すでに指摘のある「いくつか公認の方針・ガイドラインにないルールや束縛があるように誤解させている記述がある」書きざま(私の指摘においては「書かない」「敢えて書き落とす」ということ)に中立的視点や公平性の配慮があるとは言えないのではありませんか?と申し上げています。聞かれなかったから言わなかったではキュゥべえですよ。初心者いじめじゃありませんか?と。当該文書に永続的に「初版執筆者:遡雨祈胡」とでも顕名なさって「よく読み込んでみれば違うじゃないか!」となってしまった時に、説明責任をも果たされるということであれば、検証可能性を担保できるのでしょうが、そうなさいますか?/oldid=75370506時点での草稿を確認しました。たとえば冒頭の4箇条中にあるリンク付きの「自分と自分が直接的に関与するものの記事をできるかぎり編集しないことを推奨しております」の「できるかぎり」を太字化することはできますか? そうして頂ければ、さしあたり、私は「これに気づかないほどカーッとなっている場合は仕方ないかもな」という風に遡雨祈胡さんの側に立てるかと思います。--タピオカヤスジ会話) 2019年12月15日 (日) 23:12 (UTC)
そこまで不安があるようであれば、もうただのルールへのリンク集にするか、この案自体を廃止しましょうか。何がおっしゃりたいのか正直よくわからないところもあるのでなんともですが、必要に合わせて意図的に削るのが悪とするのであれば全文掲載するか、いっそない方が混乱が少ないかもしれませんし、いずれにせよ現時点で乗せるにはかなり無理がある気がしているので。--遡雨祈胡会話) 2019年12月16日 (月) 04:17 (UTC)
「ただのルールへのリンク集にするか、この案自体を廃止」するかどうかは遡雨祈胡さんがお決めになればよろしいことと存じます。/「何がおっしゃりたいのか正直よくわからない」についてですが、どうもお互いに思考の基盤が共通化できていないのかもしれませんね。私は常々、自分自身の無謬性に疑問を持って日々を過ごしておりますから、きっと私が遡雨祈胡さんの思想をきちんと理解できていないのだろうと存じます。そこで4点伺います。/五つの柱には「ウィキペディアの利用はフリーで、誰でも編集が可能です。」とあって、「誰でも」には(歓迎はされないにせよ)「本人は絶対に含まれてはいけないという」含意はないのでは?と私は思ったのですが、遡雨祈胡さんは、どうおもわれますか?ご見識の開陳を願います(Q1)。/次に全員が従うべき「方針」の中にある「存命人物の伝記#本人による編集の扱い」には「ウィキペディアは本人による項目の新規投稿や既存記事への加筆は思いとどまるよう勧めます(Wikipedia:自分自身の記事をつくらない)が、不正確な記述の修正や、不正確、あるいは根拠の無い記述の除去は歓迎します。」とされていますが、遡雨祈胡さんはどうして「柱」の記載からあえてオミットしてまで「柱」と矛盾する記載(控えめに言っても「柱」の内容とは違う解釈・誤解を生ぜしめるような記載)になっている文章(私の指摘では意図的に記載しないことによって誤解を生むような記載になっている文章)を、あろうことか〈初心者向けに〉流布させようとするのですか?(Q2)遡雨祈胡さんのご見識の開陳を願います。/「柱」を取り外した(オミットした)文章は、もはや新しい建造物、すなわち独自研究ではありませんか?(Q3)遡雨祈胡さんのご見識の開陳を願います。/最後に強制力はないもののそれに準ずる「ガイドライン」には「Wikipedia:新規参加者を苛めないでください」や「Wikipedia:説明責任」がありますが、これにも抵触しませんか?とも疑問に思っています。そこを、遡雨祈胡さんは説明責任を果たして今後も補って行く(=新参者がマゴマゴしている様子をウオッチし続け、フォローを続けて行く)ご決意で当該の草案を提起なさっているのですよね?(Q4)遡雨祈胡さんのご見識の開陳を願います。/以上4点、お伺いいたします。 --タピオカヤスジ会話) 2019年12月16日 (月) 22:35 (UTC)
いったんですが3は物理的にもリソース的にも不可能と考えております。人間いつ動けなくなるか分からないので。--遡雨祈胡会話) 2019年12月16日 (月) 23:37 (UTC)
意図がうまく汲み取れる自信がないので、お手数ですがもう少し簡単に書いていただけませんか?--遡雨祈胡会話) 2019年12月16日 (月) 23:59 (UTC)
すみません、少し時間をおいて読み直して、なんとなくですが、おっしゃりたいことがわかった気がします。
1、誰でもは誰でもいいと思います。個人的には他の方針を侵食しない限りは、というのがなんとなく頭にあります(方針に優劣はなかったと思うので)。そこのバランスは時と場合によりけりかなあと。例えばどんなに記事になる人でもご本人だけが記事を書いてたら中立性や出典の観点から、それはどうなんだろうとは思いますが(それはウィキペディアが未熟だから、といわれるとなんといっていいのか分かりません。ウィキペディアに書いてあることが全てではありませんし、ウィキペディアに見いだされてない(見出すことのできない)最先端の可能性もありますし)。
2と3、申し訳ないです。なんとなく頭の中でウィキペディアの記事は百科事典の記事ですの中に勝手に書いてるつもりになってました。書き足しておきますね。
4、上で3と申してますが誤りです。
回答になってますでしょうか。読み直すと結構誤解して伺っているところがある気がするので(「当該文書に永続的に「初版執筆者:遡雨祈胡」とでも顕名なさって「よく読み込んでみれば違うじゃないか!」となってしまった時に、説明責任をも果たされるということであれば、検証可能性を担保できるのでしょうが、そうなさいますか?」という話では正直に申し上げるとなぜこの方は激怒しているのだろう、この方は私に強い憎悪があるのだろうかと思っていたので)、誤解でしたらその旨お伝えください。--遡雨祈胡会話) 2019年12月17日 (火) 04:54 (UTC)
ご回答1はご尤も。私もそう思います。ご回答2-3は草案を改定なさった(oldid=75388631で確認)ので取り下げます。ただ、もし、どーしても譲れない!っていうのでなければ「自分と自分が直接的に関与するものの記事をできるかぎり編集しないことを推奨しております。」と「できるかぎり」を太字にして下さればと存じました(これは再度の申し上げでございます)。4はそのようにお考えなんだな、と承りました。/以下、余談的に。「激怒」や「強い憎悪」→私は「という風に遡雨祈胡さんの側に立てるかと思います。」と申し上げておりましたけれども、それでもそうお感じになったのであれば、きっと私の文章は「圧」が強いのでしょうね。私は別に遡雨祈胡さん個人をどうこうは思っていません。ただ、思い当たる節としては、私個人の育ち方の関係上(といっても、その当時はADHDなんて言葉を誰も知らなかったので仕方ないのですが)、学校的なコミュニティのあり方や、木っ端役人的な誤魔化しなどに対してきわめて強い反発感を持ちがちな傾向にある点がそれかなぁと思います。そういう局面に立ち会うと、元府知事の橋下さんのようなガーッとした感じになってしまいます。周囲も呆れて「まぁ、キャラとしてあいつはああいうやつだから…」という感じで実社会ではどうにか生かされていますが、でも、とても生きづらいです。遡雨祈胡さんはもう10年選手ですよね。私などとうてい及ばないです。そんな長きにわたって普段から草取りをずーっとやってれば、それは当然、いろいろ鬱屈もたまるわけで、誰だって(私だって)意識が「中の人」になってしまうでしょう。その雰囲気が私には中学校という小さい小さい世界でずーっとやってきてどこかズレてしまった学年主任のように見えたのかもしれません。それがひどくなりすぎると、どこぞの学校で他人の顔面にカレーを塗りたくる教師のようになってしまうわけで。さすがにあれは極端ですが、でも、時々、換気をして外気を入れるというのも案外大切なのかもしれません。私がガーッとした感じになるパターンはだいたい決まっています。また、個人そのものを憎むということは(担任などの非常に密接な関係の場合は除いて)まずありません。なぜなら歯車に過ぎない役人を個人として見て、憎んだって仕方ないでしょう。法、施行令、施行規則、通達まで読み込んで矛盾点をツメて…とやって行くだけです。つまり行動様式は元府知事の橋下さんです。ご不快だったかもしれませんが、そういうキャラとしてご海容くださればと存じます。--タピオカヤスジ会話) 2019年12月17日 (火) 11:52 (UTC)
(インデント戻し)できる限りについては個人的には「ではやっても問題ない(心情的・法律に関わる問題が発生することによる止むをえなさではなく、一利用者の手段として可能であるから)」と取ると当方は想定しているので、フラットに書くのがひとまずは良いかなと思っております。例えば今あるものに五本の柱の情報を追加して成立させたからと言って永続するものではなく、必要に合わせて書き換えが発生する類の資料だと当方は解釈しているので、議論として残しておくことはやったほうが良いと思います(必要であれば後の改訂の論点にできますし、いずれにせよ運用してみないと本当のところはどうなるかなど誰も分からないだろうというところではあります。想定外の事態は必ず起こると思っておりますので)。
病識についてはコメントしません。医療の知識は当方は持ち合わせませんし、別のそういった疾患にかかっている方を間接的に暴き立てることにもなりかねないと思いますし、証明できないからこそ病状に関する嘘も簡単に吐けてしまうので。また、何かあったらプライバシーを公開するなんて前例になってしまったら、このウェブページの性質上社会的に人間を抹殺しかねないと危惧しています。
暴き立てないのですが、当方個人は配慮しても、発言内容によってはWikipedia:個人攻撃はしないに触れる恐れもあることから、今後はそういった発言はやめて頂きたいです。厳密に言うと、言うなら内容に関する指摘や批判にして、個人攻撃ととられかねない発言は心にしまって頂きたいです。あくまで個人の要望ではございますが、言われる側はその意図は判断できませんし、議論の進行に差し障るのであればよろしくないので(Wikipedia:論争の解決)。暴言だと判断されると、最悪アカウントのブロックとなってしまう可能性もあると危惧しております。
当方はやり取りの中でタピオカヤスジさんはIPユーザーか別のアカウントを保持していた可能性が高いと判断しております。ただここまでルールをご存知ですと恐らくWikipedia:多重アカウントについてもご存知でしょうから、もしタピオカヤスジさんが該当するのであればWP:SOCK#NOTIFYの適正な対応をしていただけている、もしくはしていただけると思っておりますので、これ以上の言及は致しません。
以上、お目通しいただけますと幸いです。--遡雨祈胡会話) 2019年12月17日 (火) 13:00 (UTC)
「フラットに書くのがひとまずは良いかなと」&「必要であれば後の改訂の論点にできますし」そういう考え方もあるかもしれませんね。糊代は残しておきたい、的な。そうすると、「まずは」の条件付で、フラットでもいいのかもしれません。フラットにある「できるだけ」の部分に気づけないほどカーとしているなら、残念ですが…でも仕方ないとも言えるかもしれませんしね。/「個人攻撃ととられかねない発言」という部分の意味が素でわかりませんでした。私の発言のどこがそれに該当すると遡雨祈胡さんはお感じになったのでしょうか?(そんなことで怒り狂ったりしませんので)摘示してください。/「適正な対応」につきましては「社会的に人間を抹殺しかねない」事情がございまして…とだけ申し上げておきます。ですが、すでにお察し頂いているはずだと思いますけど?とも。 --タピオカヤスジ会話) 2019年12月17日 (火) 13:31 (UTC)
今のところ文章の話しかしていないので幅が出過ぎても論点がぶれるかもしれないと思って出してないですが、参考までにノートで過去の議論のページと残った話はザックリまとめたいなとは思ってます。取捨選択は未来の方がご自身でされると思うので、あとはその調整に任せようかなと思ってます。人の価値観も変わるものなので、廃止になったり全然違うものになったりするかもしれないので。
前述の発言で個人攻撃というか善意にとるという前提があっても「強要」のように感じられしまったんですよね。さすがにそこまではしないだろうとは思いつつも「やらないとお前がWikipediaから跡形もいなくなっても地の果てまで追い詰めてやる!」といった感じに受け取ってしまって。やろうと思えば特定のアカウントに一定の頻度で話しかけて、対応しなければ失礼だし、でも「お前の失敗だ!お前のせいだ!お前がやったからこうなったんだ!あの人はこんな被害を受け続けるんだ!全部お前のせいだ!」みたいな感じで半永久的に色々な方から糾弾されつづけるのは辛い、みたいなことができてしまうのかなと思ってしまい、それをされる様子を想像してしまいました。考えすぎなのかもしれませんが、冗談やたとえ話にしてもハード過ぎるなと思ってしまいました。
10年以上なんだかんだで当方がここにいるという話があったので、まるでタピオカヤスジさんが経験者ではないように会話されていたのでそれはないでしょうという思いで申し上げました。配慮不足でしたら申し訳ございませんが、疑ったまま会話するのはこちらも申し訳ございませんが隠し事をしているようでちょっとな、と思って話しました。--遡雨祈胡会話) 2019年12月17日 (火) 14:05 (UTC)ミスの修正。--遡雨祈胡会話) 2019年12月17日 (火) 14:06 (UTC)
ありがとうございます。以下、悪意なく直球で書きます。「半永久的に色々な方から糾弾されつづけるのは辛い」当初は「えー?そこ?!」と仰け反りましたが、少しトイレに参りまして「ああなるほど」とも思うようになりました。(一般論としての話ですが)官僚制の残念なところは、どこかしら、自分はのっぺらぼうだ、という気分でいられる所なのではないかな、と思います。当時の担当職員を証人喚問しても、どこかしら他人事のような顔をしてたり。銃殺刑で全員発射するから罪悪感を抱かないですむ、みたいな。それで…そこがどうも変だな、と思うのですね(ここまでは一般論としての話です)。薄い本を趣味で発行する同人だって発行後の世評はその筆名について回るわけですし、現在は、高校生だってSNSなどでは炎上したらそれは自分で引き受けねばならない世の中なわけですよね。胆力というか気構えの問題かな、と。日本語版は日本だけでなく全世界に発信しているわけですね。その初心者向けの入り口のゲートに掲げる案内板の内容・文言なのですから、私自身には強要する意識はなかった(し、今もない)のですが、でもやろうと思えば、誰でもlogを漁って「誰が」起案したのかはわかるでしょう。五つの柱から柱を取っ払う文書を掲げた、その起案者として(誰かないしは誰かたちから)眼差されること。その気構えがあるのですか、という「念押しの確認」は、確かに私は意識的に行いました。それが遡雨祈胡さんの心情にそこまで大きなダメージになるとは全く思っていませんでしたけれども…というのは、「冗談やたとえ話」ではなく、あんな大混雑の渋谷で自動車ひっくり返した数人の人がたった1週間内外で全員捕まる世の中ですからね、2ちゃん全盛期とは違ってしまっていると思うのです。なので、私の中では「それなりの気構えがあって当然」というくらいの意識でした。/もしかすると「中の人」になりすぎていて、内側が実は外側(しかも全世界)に対して全面的に晒されているという目線が少しモヤッとしていたのかもしれませんね。SNSで女子高生が全世界に向かって自分の月経日をさえずっているのとかみるとギョッとしますね。健康状態などはかなり個人情報だろうと思うのですが、あれは友人であるフォローワーしか見えていないのでしょう。/しかしながら、もし仮に私が圧の強い文章を書かなければ、そのまま通過・承認となって、掲示されたかもしれないわけですよね。それを考えると、もっと恐ろしい気も致します(民主制を自明な最良の制度だと考える態度に対する疑念って、どうしたらいいかわからなくなって怖いですよね)。それこれ考えると、結果論としてはよかったのではないでしょうか。/「それはないでしょうという思い」なるほど…。いくらベテランといってもハンデ多すぎというような気分ですね。そういう気分もわからなくもありません。でも白帯が黒帯見たらその黒い色だけで精神的にはかなりの圧です。管理者権限持ってる編集者に論陣張れるウイークエンド編集者なんていないでしょう?週末2日間だけだと年に96日です。それで4年だと仮定すると384日です。ほぼ毎日入って10年だと3650日ですから10倍ですね。実力や地力の差は段違いです。その上、私はもっと短いです。/まとまりがない文章ですが、この辺りで。おつきあいくださり、ありがとうございます。--タピオカヤスジ会話) 2019年12月17日 (火) 15:29 (UTC)
一言だけ言うと、そもそも下でYapparinaさんのご指摘された内容に加えてまだ自分なりの精査が足りていないと考えていたので、あの時点で通す気はなかったのですが、誤解させてしまってすみません。--遡雨祈胡会話) 2019年12月17日 (火) 15:53 (UTC)
  • 穏便に事に進むようにという願いからそう書いているのかもしれません、いくつか公認の方針・ガイドラインにないルールや束縛があるように誤解させている記述があるように思います。
    • 「虚偽および誹謗中傷を除いて自分と自分が直接的に関与するものの記事を編集しないでください」「ウィキペディアでは自分で記事を作成しないことがガイドラインとして設定されており、中立性の観点からウィキペディアでは禁じられています。」 → 禁止のルールなどありましたでしょうか? 強く非推奨なだけでは。後ろの部分では「本人がその人物自体の記事を編集することは中立性の観点からウィキペディアではお勧めしません」などになっており、自分自身の記事を編集することについてウィキペディア側の姿勢の記述がバラバラのようです。
    • 「絶対に他の利用者を責めないでください」 → 責めるとは何を指すのか曖昧。例えば、いたずらを繰り返す利用者に叱りのメッセージが送られるのは妥当なことでは。もちろん、感情的な書き込みは問題の解決に寄与しませんのでやめといた方がいいですが。
    • 「絶対に編集を強行しないでください」 → 強行とは何を指すのか曖昧。利用者行動ルールの文書をずらずら並べられてもわからない。「他の利用者からあなたの編集に対する問題の指摘があったら、編集を一旦止めてください」などと具体的に指南してあげるべきでは。
    • 「もしノートページで対話するつもりがあるのであれば『削除の方針』と照らし合わせてそこを指摘したうえでノートページで削除依頼の提出を提案してみてください」→ ノートに書きこんで何の反応もなかったら一体どうすればいいのか。手取り足取り世話してくれる人が現れる保障はない。自分で削除依頼を出せることも何かしら記すべきでしょう。
  • ウィキペディアに不慣れな人に向けた文書のようですが、情報量が多過ぎてハードルを上げてしまっているように感じます。「上にあるリンク先に一通り目を通し」などと指示する必要もあるのか疑問です。もっと記述を削減してポイントを絞ってあげるべきでしょう。
    • 「井戸端では運用方針や作業、アイデアなどについて話し合いができます。井戸端のページにはどのページに投稿内容が移動されることがあるという誘導があるので、そちらを参考にするのもいいでしょう。」→ こんなことまで初心者向けに指示する必要あるのか。
    • 「対話に応じる気配がなければノートページで保護依頼の提出を提言してみてください。」→ 同じく、こんなことまで初心者向けに指示する必要あるのか。「差し戻し」という概念すらわからないのでは。「Wikipedia:利用案内などで状況を説明して相談してみてください。各ガイドや方法を理解できているようであれば自分で保護依頼をしてみてください。」ぐらいでいいのでは。
    • FAQをもっと場合分けして、指示内容を簡潔にしたほうがわかりやすいと思う。「自分の記事を作成したい・作成してほしい」→「自分で自分の記事を作成しようと思っている」・「他の人に自分の記事を作成してほしい、あるいはその予定である」
--Yapparina会話) 2019年11月29日 (金) 13:04 (UTC)
ご指摘いただいて読み直すと結構怪しいところが我ながらたくさんありますね。とりあえず書き直しますが、どうしようかというところはとりあえず並べてみようと思います。--遡雨祈胡会話) 2019年11月29日 (金) 13:37 (UTC)

5.5 (画像提供)について[編集]

画像提供したい人にはc:Commons:連絡先よりもc:Commons:OTRS/jaをお読みいただきたいです。c:Commons:Project scope/jac:Commons:Licensing/jaも。なお、コモンズで受け入れ可能なライセンスはCC-BY-SAだけでなくCC-BYもOKです(そのほかにもいろいろなライセンスがあるようですが、初心者向けではないかも)。初心者には「どんな画像はNGか」(非営利限定や改変禁止、ウィキメディア限定などはNG)をご案内いただけると助かります。--miya会話) 2019年11月20日 (水) 14:19 (UTC)

ウィキペディアを編集中に「埋め込みファイル」アイコンをクリックして「ファイルをアップロード」したらコモンズへ投稿(Cross-wiki upload)になるのですよね?(私自身は別にアップロードするのでよくわかってないかもしれないですが)・・・その点もご説明いただければありがたいです。あのフォームの表示「ファイルをコモンズにアップロード」に変更したほうがいいのかもしれませんが。--miya会話) 2019年11月20日 (水) 14:19 (UTC)

ご連絡ありがとうございます。少しずつ書き足してみます。もしあの項目が不要だとか、分かりづらいとか、これが欲しいとか、そういった話題が他にもございましたらご連絡ください。--遡雨祈胡会話) 2019年11月20日 (水) 15:07 (UTC)
miyaさん、埋め込みについてはWP:ULへのリンクで、そこからコモンズのアップロードウィザードが表示されることは確認しましたが、Cross-wiki uploadの仕組みやお作法がよく分かっていないので、ご説明頂くか、あるいは直接下書きに記載頂くことは可能でしょうか。大変お手数をお掛けしますがご検討いただけますと幸いです。--遡雨祈胡会話) 2019年11月21日 (木) 13:38 (UTC)
利用者サンドボックスでVEとソース編集と両方で試してみて、わかる範囲で書いてみていただけますか?そして遡雨祈胡さんが書かれたのを見て、私の方で気づいたことがあれば修正させていただく、という方法でいかがでしょうか?私もほとんど使ったことが無いので、初心者に説明できるほどはわかっていないのです。(インデント一部修正させていただきました)--miya会話) 2019年11月21日 (木) 23:32 (UTC)
miyaさん、とりあえず加筆してみました。miyaさんの望むレベルがどの程度のものか分からないのでほぼほぼ見たまま書いてますが、ご承知おきください。--遡雨祈胡会話) 2019年11月22日 (金) 14:51 (UTC)
ご対応ありがとうございます。ほかの人のサブページはやはり編集しにくいので、よければ、Wikipedia空間もしくはHelp空間で公開されてから、加筆させていただきたく思います。--miya会話) 2019年12月1日 (日) 05:13 (UTC)
こんにちは。コモンズという観点のみであるのなら、WP:COMMONSもございます。古い記述は後ほどアップデートをしておきます。ご参考まで。--Araisyohei (talk) 2019年11月21日 (木) 13:51 (UTC)
ご連絡ありがとうございます。説明の方法などを参考にさせていただきますね。ありがとうございます。--遡雨祈胡会話) 2019年11月21日 (木) 14:13 (UTC)

公開に向けて[編集]

ある程度ご指摘いただいた件を含め修正いたしましたが、他になければとりあえずこれで作成するようにしようとは思うのですが、読みづらいという話やそもそもこの項目は必要なの?というご意見も伺いたいので、一週間は待たせていただきます。何もなければそのまま出せるように持っていこうと思います。--遡雨祈胡会話) 2019年11月29日 (金) 07:34 (UTC)
作成ありがとうございました。初心者への案内は手厚い方が良いと思います。内容は方針やガイドラインというより案内・説明の要素が大きいので、公開されるときは{{How-to|WP:ITSME}} を付けてはどうでしょうか。--miya会話) 2019年12月1日 (日) 05:13 (UTC)
そうしようと思います。修正箇所が多いので公開はもう少し先になりそうですが、ご意見いただきありがとうございます。--遡雨祈胡会話) 2019年12月1日 (日) 07:25 (UTC)
お疲れ様です。たまたまこの議論を拝見し、作成中のご草稿を拝見しました。一点気づきがありました。「自分で自分の記事を作成しようと思っている → 自分で実施はNG 立項条件を確認」節の、冒頭の文ですが、「中立性の観点からウィキペディアでは強く推奨されておりません。」とありますが、分かりにくいです。例えば「ウィキペディアにおいては中立性の観点から『可能な限り避けるように』要請されています」といった表現の方が分かりやすいのではないでしょうか。ご参考まで。--Pooh456会話) 2019年12月6日 (金) 13:38 (UTC)
提案に賛同いたします。修正いたしますね。--遡雨祈胡会話) 2019年12月7日 (土) 16:28 (UTC)