Wikipedia‐ノート:記事名の付け方/日本の皇族/当代天皇の項目名について/過去ログ2006-10-12T14:28:18Z

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注記
  • 過去ログの議論を引くときには署名の時刻を使って発言を指し示してください。(2005年12月3日 (土) 03:09 (UTC) について、....)
  • この議論を行う際に、現在皇位にある人物の諱に言及することが必要な場合があります。この場合には「明仁」と書く代わりに「御名」「当代天皇の諱」と書いてもよいこととしています。以下の議論でイタリック体で御名または当代天皇の諱と記されている箇所は現在皇位にある人物の諱、明仁と記されていると解釈してください。なお、このルールはあなたが以下の議論を読むときのルールであって書くときのルールではありません。現在皇位にある人物の諱を書くことに抵抗のない方がそれを直接書くことを妨げるものではありません。--dakusui 2006年9月27日 (水) 14:59 (UTC)

限定が必要か[編集]

2006年9月24日 (日) 10:39 (UTC)について。٢١٩.١٧٤.١٥٨.٢٢٥さん、限定語である必要は全くないと思います。そのために曖昧さ回避があります。

2006年9月24日 (日) 10:39 (UTC)について。なんとかさん(読めませんし、私のキーボードからは入力できません)。例えば「今上天皇」が限定語であるかないか既に議論が分かれています。さらに現時点では「今上天皇」そのものは候補となっておらず事物を特定するために「今上天皇(XXX)」が候補です。あなたから今回ご提示いただいたものは「根拠」というよりも「見解」かと。あなたの個人的「見解」にこの場にいるものが平伏しなければいけない理由を教えてください。また、中立性は項目名が限定語であるかないかより優先されるべき論点です。以上。dakusui 2006年9月24日 (日) 20:00 (UTC)

まず、ここで書くのも難ですが「なんとかさん」というのは失礼ですよ。入力できなければコピー&ペーストで書くもよし。読みならば私の項にあるのでそれを読んできてもバチは当らないと思われます。閑話休題。見解を述べていると言われたら、皆同じです。それはdakusuiさんも例には漏れません。何をそんなに「平伏」だの何だのと言って意見を蹴ろうとなさっているのか理解できません。「今上天皇」が中立かどうかはともかく、dakusuiさんの「口調」には中立さは感じられません。--٢١٩.١٧٤.١٥٨.٢٢٥ 2006年9月29日 (金) 15:14 (UTC)
私の環境ではあなたの名前は文字化けしています。文字化けしたものをコピーペーストしろってのはむちゃなはなしです。なんとかさんが気に入らなければ、文字化けさんとおよびすればよいですか?それともIPアドレスだそうだから、一般のIPユーザと同様IP氏ってところですか。大体、毎回毎回文字化けしていて、はたして同一人物かどうかさえ分かりません。他人に不便を強いておいて自分への礼儀だけは要求するというのはとおらん話です。中立なファシリテータとしての発言は区別できるようにしています。もしファシリテータとしての発言で中立とお感じになれないならその場合の苦情には耳をかたむけます。それ以外の発言であなたが中立と感じるかどうかには興味ありません。蹴るもなにも建設的要素がないってだけです。「平伏」が気に入らないなら「無条件に受け入れる」でもよし、あなたの「見解」を無条件に受け入れなければいけない理由をぜひとも承りたく。--dakusui 2006年9月29日 (金) 15:40 (UTC)

不適切となるか[編集]

2006年9月24日 (日) 09:01 (UTC)について。dakusuiさん、昭和天皇の場合で考えてみます。次の表現は現時点で適当でしょうか。

  1. 1945年8月15日、当時の今上天皇はラジオを通じて....
  2. 1945年8月15日、当時の天皇はラジオを通じて....

私は下の表現には抵抗がありませんが、上ははてな、と思います。もし、下の表現もいいんだよ、となれば、どっちでもいいです。-- 2006年9月24日 (日) 11:19 (UTC)

文章がおかしいのと項目名をどうするかっていうのは別の話しでしょ。リンク先の項目名と実際に表示する文字列は一致している必要はない。--代言人【右】 2006年9月24日 (日) 17:57 (UTC)
論点をお話ししています。まず私の論点を理解してくださってから、反論するなら反論していただきたいのです。もちろん、ご理解いただけていないのは私の説明不足のせいなのですが、このほかにどのようにご説明したらいいものやら.... あの、上記文章は何も、ウィキペディアのコンテンツ、という意味ではありません。一般的な文章の中での表現としてお考えください。-- 2006年9月25日 (月) 11:42 (UTC)
改元した後に前の天皇が『今上天皇』だったらおかしいだろって事でしょ?--代言人【右】 2006年9月25日 (月) 13:10 (UTC)

すみません。論点がよくわかりませんでした。今上天皇の使い方をどうしてそう雁字搦めに表現せねばならぬのか。天皇という存在をそもそも学ぶのでしたら、市販の書籍を読むまでもなく、ネット上の辞書でも確認できると思います。現存在位の天皇であるから「今上天皇」、崩御した後、諡号が定まるまでの間、「大行天皇」、諡号がついてはじめて「昭和天皇」となる。一旦、諡号を受けたら、当時の天皇を指して今上天皇ということは一切なくなります。今上はあくまで現行のという意味ですから。

昭和天皇を含め歴代天皇を表わす時、それは即位から崩御までの期間、諡号をもって称される。「当時、昭和天皇は…」というように。我々、日本国民は両親の出生届をもって名が決まりますが、天皇陛下の場合、諱はあるものの、結局、死後の諡号を以って称される点で、崩御後に名前が決まるという性質を持っている。これが、そもそもの天皇陛下の記事名を難しくさせている点ですな。--Suifu 2006年9月25日 (月) 13:32 (UTC)

これねえ・・・。っさんが言っていることもわかるような気がするんだけど、僕もうまく説明できないなぁ。

あくまでひとつの考え方としてだけど、日本語における天皇に関する用語法というのがそもそも「天皇が万歳を全うされる」ことを前提として発達しているから「今上天皇」と言いさえすれば、それは固有名詞としての性質も帯びる(万歳を全うするなら諡号が贈られることもない=現在における天皇以外の「今上天皇」は現在から永遠の未来にわたって存在しない=現在以降は固有名詞になる)し、将来代替わりが発生すること自体が日本語という言語において想定されてないのかもねえ。まあそれはいいや。

っさんは、喩えとして上のことをおっしゃってるんだと思うのだけれど、仮に「2006年9月26日、当時の今上天皇はインターネットを通じて....」が間違いだとしても間違いでないとしても、実際の文面には「2006年9月26日、当時の天皇はインターネットを通じて....」と書いた上で、リンク先が「今上天皇」になってるだけのわけですよね。そのほうがこなれてますし。そうだとすると、項目名が「今上天皇(XXX)」であることで名辞的な矛盾が生じるとしてその害はいったい何なんだろう?って思うわけですよ。「今上天皇(XXX)」でいいっておもっている人たちは。だって皇位の移動が生じてもおかしな状態になってるのは高々3日なわけだし。

っさんの意図のうまい説明のしかたを僕なりにも考えて見ます。--dakusui 2006年9月25日 (月) 22:09 (UTC)

ありがとうございます。第3節、そうなんですよね。よくわかります。-- 2006年9月25日 (月) 23:29 (UTC)

(っさんの観点からの「今上天皇」がふさわしくない理由)思うに、突き詰めればルール「Wikipedia:すぐに古くなる表現は使わない」これに抵触する疑いがあるから同意できないということにつきるのかな?と想像します。これによれば時の変化とともに廃れるであろう語はWikipediaの記事では使わないほうがよい。
(「今上天皇」は「すぐに古くなる表現」か?)天皇も人間であることからすれば、「今上天皇」はいつかは意味内容が変化するものである。(変化が予定されている)この意味で「すぐに古くなる表現」なのではないか?との立論はありえる。
(「今上天皇」は「すぐに古くなる表現」ではないか?)先に述べたように天皇に関する用語は「天皇が万歳を全うする」というモノスゴイ発想を基本においている部分がある。この範疇においては「今上天皇」がすぐに古くなる表現とはいえない。しかしながらさすがにこんな時代錯誤な発想を論拠とするのはマズかろう。天皇の治世は1世代=30年として30年継続する。これは逆に「すぐに古くなる表現」とは言えないのではないのか?(例のルール自体は50年の単位で記事が通用することを想定しているようにも読めるので、論拠としての弱さは感じるが)
(結局のところ)今のところ、この個別のルールについて言えば、「天皇」の方が「今上天皇」よりも項目名として優れているというひとつの論拠である。しかしながら、他にも多くある評価観点のなかでこの観点も評価されるべきであろう。たとえば既成の百科事典に項目名としての用例がないことをどう考えるか?単なる地位を指す語「天皇」と曖昧さを生じることをどう考えるか?このように「今上天皇」と「天皇」の間にはトレードオフがある。したがって今、この場で結論を出そうとするよりは今後行われる得失観点別評価に基づいた総合的な判断にゆだねるべきだろう。
(おわりに)ただ、結局のところ「何十年かのうちのただ3日、それも記事本文に表示されるわけではなく、マウスカーソルを合わせたときにステータスバーの内容が変」という実害しかないとなると、評価項目として重視するのは…いまのままだとちょっと難しいのかもしれませんね。こんなところでっさんの考えを表現できているといいのですが。--dakusui 2006年9月26日 (火) 14:51 (UTC)

進め方[編集]

(F:進め方) 進め方ですが、次のように考えています。

  1. 候補を出し合う。
  2. 評価項目を出し合う。
  3. 項目に従い評価する。
  4. 必要に応じ、評価を検証する。
  5. 必要に応じ、評価の重軽を判断する。
  6. 最終的に決定する。

これは、時間的に前後しても構わないのですが、順序としてはこんな所かなと思います。現在、3の評価のあたりでしょうかね。-- 2006年9月25日 (月) 23:29 (UTC)

概ね、そんなところだと思います。評価の検証、評価の軽重は項目に従い、評価するとある程度並行して行われるとおもいますので明示的なフェーズとしては生じないかも知れません。
あと、細かいですけど現在の候補は「今上天皇(XXX)」「天皇(XXX)」「御名(XXX)」「日本国天皇の御名」の四つと認識しています。したがって、(XXX)に何が入るべきかの検討を行う過程があるのでは?とおもっていますが認識、あっていますよね?--dakusui 2006年9月26日 (火) 14:51 (UTC)
そうですね。()の中は
あたりかなと思っていますが、ほかにありますかね?-- 2006年9月26日 (火) 15:12 (UTC)
  • (平成)
をあげます。(平成)については春野秋葉さんが、2006年6月13日 (火) 04:45 (UTC)で問題を指摘していますが、一世一元が制度化されている現在、基本的に想定外の事態ですし、そこまで織り込んでの議論をする必要があるのでしょうか。また、将来そのような事が起きたとしても、対応はその時点の執筆者の議論に任せた方が実際的な結論が得られると思います。--ととりん 2006年9月26日 (火) 16:48 (UTC)
ごめんなさい。今までただ議論を拝見していましたが、私としましては、「今上天皇」「天皇(XXX)」「御名」が候補です。今上天皇が意味するお方は現時点において陛下以外に無く、また唯一著名な御名に曖昧さ回避は必要ないからです。記事名に括弧書きを加える選択は、天皇制を支持する多くの日本語話者に対して、偏った印象を更に増すのではないかと危惧します。-- 2006年9月26日 (火) 18:20 (UTC)
(ととりんさんへ)(XXX)を決める段で、春野さんの反対意見があったことも含めて「(平成)」を考慮にいれるようにするのでどうでしょうか?
はい、現段階ではエントリーが確認できればOKです。--ととりん 2006年9月27日 (水) 11:21 (UTC)
(俊さんへ)ごもっともなのですが「今上天皇」だけの文字列を項目名からはずしたのは、「移動の残骸」と呼ばれるウィキペディアシステム上の制約のためです。これについての議論は「「明仁」は「日本語として間違い」か」の辺りでしています。「御名」は候補に含まれています。(注意書きで特に御名だけの項目名は御名(XXX)に含まれると書いているかと)
(第125代)ってはずしちゃっても大丈夫でしょうか?NPOVとか弘文天皇の話とかを書いた手前、何なんですが天皇の代数の数え方は伝統的に神武から弘文天皇を含めて数える便宜的なものなのだからNPOVとか言っても始まらないという論理にもとづいて「第125代」という主張はありえると思うので。僕は強くは押しませんが。--dakusui 2006年9月26日 (火) 22:21 (UTC)
過去ログで何度も取り上げられている以上、エントリーはしておくべきでしょう。後から、「これがない!」という指摘がされることは充分考えられます。--ととりん 2006年9月27日 (水) 11:21 (UTC)
((XXX)について)この部分は今、あわてて決めたとしても(XXX)を決める段になるまでに「こういうのは?」「ああいうのは?」って出てきたらどっちみち検討するしかないでしょうから、「これだけですよ」って言ってもメリット少ないかも知れません。それよりも私が気にしているのは「今上天皇(XXX)」「天皇(XXX)」「御名(XXX)」「日本国天皇の御名」を論じる際には(XXX)が何であるかに依存した議論を基本的には行わないようにするべきことです。これをやると、せっかく三択にしたのに事実上、選択肢が10にも20にもなっちゃうと思います。大事なのは「XXX」は125人いる天皇のだれを指すかを明確にできる文字列(御名の場合にはその人物の地位を示す文字列)だ、ということです。--dakusui 2006年9月26日 (火) 22:21 (UTC)
そうすると、(XXX)の議論は、それ以外の部分の議論の後で行った方がいい、ということになりますか?-- 2006年9月27日 (水) 03:06 (UTC)

(F はい)僕はそう思っています。「それ以外の部分」こそが項目名の主たる要素で括弧の中は補助的な情報なのですから。--dakusui 2006年9月27日 (水) 03:21 (UTC)

メディアウィキの制約と今上天皇について、制約を回避する運用としてWikipedia:リダイレクトの削除依頼があるのかと理解しています。もちろん削除は少し手間がかかりますが、今上天皇を候補から外す程の理由では無かろうと考えています。-- 2006年9月27日 (水) 18:08 (UTC)
(F まず)メディアウィキの制約がなにに端を発しているかというと、完全に同一の項目名が二つ以上の事物を指すことを基本的には想定していないことがあると思っています。(このために「リダイレクトの削除依頼」なる人間が介在する手続きが生じているのでは?と考えます)。項目名の評価基準として、一つの項目名が一つの事物を指し、それ以外の事物を指さないというのはそれなりには尊重すべきと思います。
(F 以上をご理解いただいたうえで)「今上天皇」だけの項目名を検討に含める方法としては 1. 今上天皇(XXX)に含める 2. 今上天皇だけの選択肢を作る。が考えられます。1. について「今上天皇」だけでは時間の経過とともに、その指示対象が変化します。「御名(XXX)」ではそのようなことが起こりません。「今上天皇」を「今上天皇(XXX)」に含めると、この点において「今上天皇(XXX)」は「御名(XXX)」に劣ることになります(注:XXXの具体的内容に依存した議論を行わないとするこの段階でのルールとの兼ね合い)。こういった今までの経緯を踏まえ、「今上天皇(XXX)」は「今上天皇」を含まないこととしました。では2. はどうか?「今上天皇」に同意できて「今上天皇(XXX)」に同意できない人々が多くいたら独立した項目名として設けるべきですが、これまでの経過からはそのようには思われませんでした。こういった背景から結果として、単なる「今上天皇」を候補から外しました。(端的に言うと、これまでの観点では「今上天皇(XXX)」よりも劣っていると考えられ、「今上天皇」だけの項目名で合意の形成がありえるとも思えなかったため)
(F 俊さんは)「今上天皇」には同意できて「今上天皇(XXX)」は同意できませんか?またはXXXがなんであれ、それを付けるくらいなら「御名」のほうが「今上天皇(XXX)」よりもよいというお考えでしょうか?--dakusui 2006年9月27日 (水) 23:13 (UTC)
メディアウィキの制約は何を主キーとするかなど、ソフトウェアの設計に端を発するのでしょう。一つの項目名が一つの事物を指す事はそれなりに重要ですが、あくまでそれなりにであり、項目名が指す事柄が複数ある場合に、最も重要な事物に項目名を充てる例は数多くあります。
1.について、どの案を採るにしてもその時は記事名を移動し、リンクを修正しますので、特に優劣はありません。2.について、この議論はかなり長く続いており、参加者も移り変わっていますが、今上天皇を第一に推す方々も多かった様に思われます。
どの案が良いかは思案中ですが、(XXX)が(平成)や(1989-)等ならば、今の天皇を意味する「今上天皇」への付加は、今の日本語において冗長に感じられます。「天皇 (XXX)」ならば納得ですが。「御名」について、始めに記事を見た時は強い違和感を感じましたが、議論等を見るうちに和らいでもきています。
いずれにせよ、今上天皇が現時点で候補から外れる程に劣っているとは思っていません。-- 2006年9月28日 (木) 18:13 (UTC)
(F えっと)今上天皇が現時点で候補から外すべきかそうでないかを判断するために聞いています。この質問への回答をお願いします。1. 「今上天皇」には同意できて「今上天皇(XXX)」は同意できませんか?2. またはXXXがなんであれ、それを付けるくらいなら「御名」のほうが「今上天皇(XXX)」よりもよいというお考えでしょうか?--dakusui 2006年9月29日 (金) 00:26 (UTC)
(F 補足)意図が伝わっていないかもしれないので補います。1. 2. のいずれかにでもyesならば、「今上天皇」だけの項目名が候補に付け加えられる必要があると考えています。(そのような立場を表明された方はいままでなく、俊さんがそうである可能性があるためです。また、上記の1. 2.のいずれにもnoであるならば、「今上天皇」だけの文字列を項目名とするべきと考え、なおかつそれ以外のものに同意できない人は依然としていないということになるので、現時点では追加する必要はないと考えます)--dakusui 2006年9月29日 (金) 16:09 (UTC)
質問に対する回答は既に書きました通り、どの案が良いかは思案中ですが、1.についてはyes寄りです。-- 2006年9月29日 (金) 16:51 (UTC)
(F 了解です)ではお考えがまとまりましたら、そのむね表明してください。そのときに1. ないし2. についてyesということでしたら追加するように致します--dakusui 2006年9月29日 (金) 23:34 (UTC)

天皇項目名比較対照表のリンク掲示について

天皇項目名比較対照表ですが、ノート冒頭に配置すると著しく目立つため、初見の利用者にとって強い印象を与えかねず、過去ログ上にある他の所見と比べて不公平です。すでにそのページへのリンクはこのページ内で明記されており、不要な表現と考えます。また、結論が出るまで該当箇所のコメントアウトを請求します。--ととりん 2006年10月1日 (日) 09:17 (UTC)

(F 了解です)とりあえずコメントアウトします。他の利用者の方で冒頭に存置するべきとの見解の方がありましたら理由を添えてその旨表明してください。--dakusui 2006年10月2日 (月) 12:41 (UTC)
「不公平」とはどういう意味ですか?天皇項目名比較対照表は、他の百科事典がどういう項目名であるかを知る意味でとても大切な判断材料です。冒頭に掲示がだめということですので、一番下に再掲します。本当は表そのものを表示させるべきところ、遠慮してリンクのみにしたのです。ととりんさんも必要と思われる判断材料(関連ページ)を提示されたらよろしいでしょう。--miya 2006年10月2日 (月) 16:52 (UTC)
まず最初に、評価表の件といい、miyaさんに文句ばかり言ってすいません。他意は無いのでお許しください。関連情報の掲示は一切だめと言うつもりはありませんが、掲示場所に関してはやはり話し合って決めたいのですが、いかがでしょう?--ととりん 2006年10月2日 (月) 19:03 (UTC)
話し合いに応じていただけないようなので、掲示場所を移させて頂きました。--ととりん 2006年10月9日 (月) 15:56 (UTC)

選択肢[編集]

過去の議論のサマリ[編集]

(F:便利のために各選択肢の再提示)各選択肢についてこれまでに行われてきた議論のサマリを以下に示します。 (F:「日本国天皇」の扱い)「日本国天皇(第125代)」が提案されていましたが、以下の4候補に含まれていません。地位のみによる名称ということで「天皇(XXX)」に包摂されると考えることもできますが、第五の候補としてあげることも考えられます。提案者であるSuifuさんからはなにかありますか?--dakusui 2006年9月27日 (水) 14:59 (UTC)

  • 「今上天皇 (XXX)」(*)
    • メリット
      • 諡号によって言及される天皇と、その時点で皇位にある人物を列記する際の記法として多数の用例がある。
      • 天皇ないし天皇制にたいして積極的で大きな興味を寄せる(したがって当該項目の主要な)筆者・読者が適切と感じるであろう項目名である。
      • 既成の百科事典での用例がある。(「古事類苑」「万有百科事典」)
    • デメリット
      • 退位したら直ちに今上天皇でなくなるとするならば、その場で直ちに不適切な項目名となる可能性がある。
      • 「今上」に敬意を含んでいるという指摘がある(典拠不明)
      • 厳密には正確でないという指摘がある。(典拠不明)現時点では反証され、再度の根拠提示はない。
  • 「天皇 (XXX)」
    • メリット
      • 敬意も反感も語義自体には含まれていない。
      • 将来、今上が過去皇位にあった人物となったときにも「天皇(1989-)」「天皇(第125代)」などの項目名は(名辞矛盾にならずに)成り立つ。(ただし、記事の移動はいぜれにせよ行うことになるであろう)
      • 一般的によく使われる呼称である。(ととりん追加)
    • デメリット
      • 「地位」の名称に過ぎない「天皇」を人物の記事の項目名とすることに違和感がある。
      • 退位した天皇の項目とバランスが取れない一貫性がない。(dakusui修正)
      • 「今上天皇」に比して敬意が少ないという指摘がある専門性の低さを感じさせる。(dakusui修正)
      • 既成の百科事典に項目名としての用例がない。
  • 「明仁(XXX)」(**)
    • メリット
      • 個人名による項目名であって、皇位の移動によって指示対象が変化しない。(ただし、記事の移動はいぜれにせよ行うことになるであろう)
      • 既成の百科事典に項目名としての多数の使用例がある。
    • デメリット
      • 中立性を疑わせるという指摘がある。(dakusui追加)
      • 外国語として日本語を学習したものにとって、それを使用することが特定の政治的な意見の表明として受け取られる語が項目名として妥当か疑問。(dakusui追加)
      • 礼を失しているという指摘がある。
      • かつて天皇であった人物の項目とバランスが取れない一貫性がない。(dakusui修正)
      • 一般的に呼称としては使用されない。(ととりん追加)
  • 「日本国天皇の明仁」「天皇の明仁」
    • メリット
      • 個人名による項目名であって、皇位の移動によって指示対象が変化しない。(ただし、記事の移動はいぜれにせよ行うことになるであろう)
    • デメリット
      • 中立性を御名のみの項目名よりも強く疑わせる。
      • 外国語として日本語を学習したものにとって、それを使用することが特定の政治的な意見の表明として受け取られる語が項目名として妥当か疑問。
      • かつて天皇であった人物の項目と一貫性がない。

(*) XXXの部分はシステム上の便宜や項目の識別性を担保するためのものであり上記3候補のうちのどれにするかを決定した上で検討することにしたい。 (**) 「明仁(XXX)」の場合は項目名として単に「明仁」とする(現状維持)場合も含む

関連ページ[編集]

論点 (追加)[編集]

上記で網羅されておらず、今後の議論に反映するべき論点がまだある可能性があります。以下に「この論点はどうなった?」とのコメントがあれば以下に書いてください。整理のうえ、上記のメリット、デメリットに反映します。--dakusui 2006年9月27日 (水) 14:59 (UTC)

現状、用例については既存の百科事典のそれが評価の対象となっています。そもそもこれは「明仁 (XXX)」にどのような用例があるのか?という議論が出た話だったと思うのですが、「明仁 (XXX)」の呼称としての用例はこれのみで(他にありましたっけ?見落としがあったらすいません)、「明仁 (XXX)」は自称に重心のある名称と言えます。呼称としての用例がきわめて乏しい名称を呼称として(百科事典の項目名に)使用するのは、デメリットととして評価すべきではないでしょうか。--ととりん 2006年9月28日 (木) 14:53 (UTC)

確認させてください。たんなる「御名」は百科事典の項目名としての用例があるけれども地位をしめす文字列(XXX)を含む「御名(XXX)」に用例があるわけではない。この状況で果たして「御名(XXX)」の用例を「A」にしていいのか?という趣旨ですか?--dakusui 2006年10月2日 (月) 13:05 (UTC)
ええと、(XXX)付きの是非ではなく、呼称としての「明仁」が既存の百科事典への採用の有無で評価の対象となるなら、呼称としての「明仁」が一般に使用されているかどうかも評価の対象とすべきでは?というのが大意です。よって、
  • 「御名 (XXX)」のデメリットに「一般的に呼称としては使用されない」
  • 「天皇 (XXX)」のメリットに「一般的によく使われる呼称」
と記入する必要があると思います。この点については既に下記の評価表で定量的な評価が採用(・平明さ、・マスコミの用例)されており、手を加えていなかったのですが、出来ればこの記述を上記のサマリに追記したいと思います。--ととりん 2006年10月2日 (月) 16:42 (UTC)
提案どおり追記しました。--ととりん 2006年10月8日 (日) 12:49 (UTC)

評価項目[編集]

(F:評価の観点) では、評価項目に行きましょう。私が考えた項目は次の各点です。

  1. 正式に用いられる
  2. 敬意を失していない
  3. 必要以上に敬意を表していない
  4. 政治的、宗教的中立性
  5. 国際性
  6. 日本語としての正確さ
  7. 永続性
  8. 平明さ(個人における会話と発言・記述における用例) (( )内ととりん追記)
  9. 既成の百科事典での用例(dakusui追加)
  10. 過去、皇位にあった人物の項目名との一貫性(dakusui追加)
  11. マスコミにおける用例(ととりん追加)
  • 個人における会話と発言・記述における用例 (ととりん追加) → 平明さ

この中にいらないもの、抜けているものがあるかもしれません。中立的な観点は2から5に分けています。2と3は分けた方がいいと思いますが、4は2と3に含まれるかもしれません。ご議論ください。ただし軽重の判断は別の所で。-- 2006年9月27日 (水) 04:49 (UTC)

品揃えとしては概ねいいかな?という感じです。ただ、個別の項目については定義をより精密にする必要がありそうですね。たとえば「正式に」とは何を意味するか?(たとえば僕個人としては、御名という項目名が「正式」なものとはとても思えないけれども、御名を推す人たちは「これこそ正式だ」と主張する)とかね。選択肢のほうのメリット・デメリットを参照しつつ随時厳密化していけばよいでしょう。--dakusui 2006年9月27日 (水) 15:07 (UTC)
最初の項目は、「用いられる」まででひとつです。公文書や公的な発言に用いられるかどうか、という意味です。-- 2006年9月27日 (水) 23:17 (UTC)
とりあえず、了解です。ただそうすると全ての候補について「用いられていない」という結論しか得られないと思います。日本国憲法などで「天皇」と言っているのはその地位にある人物一般を指しているのであって、特定の人物を指しているわけではないからです(未来の天皇をも含んだ用法なのであって、現在皇位にある人物を特定しているわけではない)。--dakusui 2006年9月29日 (金) 15:06 (UTC)
6.日本語としての正確さですが、正確さを判断する基準は特にあるんでしょうか?考え方としては
  • おのおのの存念に従って判断する。
  • これから議論して評価すべき基準を見出していく。
  • 上にある議論のサマリ(メリット・デメリット)を基準とする。
と、いろいろに解釈できるのですが。--ととりん 2006年9月29日 (金) 10:10 (UTC)

現在の記事名がよくないとする意見の中に、「日本語として間違っている」というものがあります。ですから、入れましたが、私自身はまだ、その観点がよくわかっていません。文法的な誤りよりは、現実にあまり使われていない、というような意味合いだとは思っています。評価する中で明らかになっていくことを期待しています。また、その観点が明らかになればおのずと検証しながら評価できていくものと思っています。-- 2006年9月29日 (金) 14:10 (UTC)

もともと「御名」なる項目名が日本語として間違いと言ったのは私です。御名をみだりに口にしたり書いたりするのが、正しい日本語と見なされないというのは特定の思想を背景としない一般生活や一般の著述においては成り立つことで、その意味で「間違い」だと主張しました。ただWikipediaの項目名を決定する上では、それ単独では決定的な要素とはならないというのは現時点では認めざるをえません(既成の百科事典の項目名として御名の用例があることから)。したがって評価の軽重を論じる際に適切な重みづけを行うことにすればいいのでは?と思っています。--dakusui 2006年9月29日 (金) 15:21 (UTC)
了解しました。必要な項目であると思いますので、検証していきましょう。--ととりん 2006年9月29日 (金) 17:04 (UTC)

評価表[編集]

御名表記試案[編集]


い.御名 (XXX) ろ.今上天皇 (XXX) は.天皇 (XXX) に.日本国天皇の御名 ほ.第125代天皇 へ.日本国天皇 (XXX)(仮)
1.正式に用いられる - - A - - A
2.敬意を失していない D - - D - -
3.必要以上に敬意を表していない - - - - - -
4.政治的、宗教的中立性 B B(要出典) A A A A
5.国際性 A B A A A A
6.日本語としての正確さ B B A B A A
7.永続性 A B A A A A
8.平明さ C B A B B A
9.既成の百科事典での用例 A B D D D D
10.マスコミでの用例 C C A D D C[1]
11.学術書での用例 - A - - - -
12.過去の天皇の項目名との一貫性 D A B D B D

A=非常に優れている、B=優れている、C=やや劣る、D=劣る、-=デメリットがない

  • 評価が両論併記になっていませんが、併記できる形にすべきです。いわゆる左系、百科事典派(「明仁」にすべき派)、右派(Suifさん・Dakusuiさんに代表される方々)の評価をそれぞれ入れるのがよろしいでしょう。百科事典派とSuifさんたちは評価結果が全く異なる可能性があります。くわえて「明仁」が抜けております。此れをはずすことは容認できません。「明仁 (XX)」とは別に検討すべきです。また「明仁天皇」も検討すべきです。ウィキペディア全体で投票になったら、案外これがトップになるかもしれませんよ?--miya 2006年10月2日 (月) 16:23 (UTC)
各人で評価表を大胆にいじりだすと、収拾がつかなくなるような気がします。新しい節を立てて、試案を提示する形にしていただけないでしょうか?実際、「個人における会話と発言・記述における用例」の評価に使用すると合意できていた「平明さ」が、「百科事典としての平明さ」に変化するという混乱がみられます。--ととりん 2006年10月2日 (月) 17:05 (UTC)
(miyaさんを受けて)これまでの議論の流れでは、「明仁 (XX)」には「明仁」を含むと理解されているようです。また、「明仁天皇」よりは「天皇明仁」のほうが日本語として馴染みやすいように感じました。 けんち 2006年10月2日 (月) 17:13 (UTC)
了解しました。ただ、「明仁 (XX)」と「明仁」は 別途検討すべきだとやはり思いますので、ととりんさんのおっしゃるように、差し戻して試案を別途立てます。--miya 2006年10月3日 (火) 00:15 (UTC)
この評価表でおもしろいと思ったは、他の百科事典と違って、今上天皇、御名以外に可能性が出てきているところです。つまりこれはウィキペディアの「曖昧さ回避」の恩恵だと思うのです。類似の例で「交響曲第x番 (XX)」というのがあります。とてもじゃないけど、他の百科事典じゃ考えられない項目名ですよね。
両論併記か、単記か、考える前に、検証することが先だと思います。検証の結果、複数の結論が出てきたら、それは論点が違うからで、「敬意を失していない」と「必要以上に敬意を」に分けたように、論点自体を分けるべきです。-- 2006年10月3日 (火) 10:37 (UTC)

日本国天皇に御名が敬意の点でD。ちょっと心外だなぁ。いっそ、御名が外れれば敬意を担保できるということなのでしょうか。私は御名をつけることは致し方なしかと思ってやむなくつけただけなので、本心をいえば 日本国天皇でした。日本の外交称号なのですから。これはウィキは日本語版であり日本版にあらずの考えから出したアイデアなんです。今となっては今上天皇も優勢ですし、そちらが合意を得られるのであればそちらに賛成の意向です。しかし、多言語版を含めて、改名を考えた場合、日本語版では今上天皇、日本語版以外では日本国天皇をそのまま英語にするのがいいのかなと想いました。--Suifu 2006年10月3日 (火) 00:31 (UTC)

なぜ、御名に違和感を覚えるのか、いろいろあると思うのですが、その理由の中から、中立性を考えると、「敬意を欠く」と「日本語として不自然」しか残らなかったのです。名前を呼ぶのはその対象を多少なりともおとしめること、というのは、キリスト教世界にもあります(みだりに御名をあがめてはならない=十戒のほか、新訳にもあります)から、理解できるのですが、それが、百科事典の項目名として不具合と言えるほどかどうか、となると、本人が不快に感じるとでもいうのでなければないのではないかな、と思いました。で、dakusuiさんに、検証していただいております。-- 2006年10月3日 (火) 10:37 (UTC)
Suifuさんへ。「日本国天皇の御名」ってこれ実際には「日本国天皇の明仁」っていう項目名になるんですよ。Dじゃないんですかねぇ…。--dakusui 2006年10月3日 (火) 16:09 (UTC)

ん?お手数ですが今一度拙文お読み下さい。御名が入ってDなら「日本国天皇」なら、Dではないいんですよね。いっそ、御名は外しちゃえ。「日本国天皇」で再提案(汗)。--Suifu 2006年10月4日 (水) 12:38 (UTC)

miya様、私は右派は自任することはあっても、他人からそういうレッテルを貼られるのは、たとえでしょうが、私は右派という表現はやや心外です。本論から脱線してすみません。。。。。。。--Suifu 2006年10月3日 (火) 14:41 (UTC)

miyaさんへ。あ。見落としてました。いまさら反応するのも何なんですけど、私はこの場ではすくなくともここまでは、所謂「右」の理論(不敬だとかそういうの)を使用せずに主張を展開してきたつもりなんですが...。i.e. 国語としての妥当性、既存の項目との一貫性の必要性とかね。主観や印象が人それぞれなのはわかるけど、私が三択導入を提案したときにもあえて「右」「左」を用いず、「今上天皇派」「御名派」と称した気持ちを察してほしいなあ。やっぱりこの場で「右」とか「左」とか持ち込まれるのは困る。--dakusui 2006年10月4日 (水) 14:53 (UTC)

どこに書いたら良いのかわからないので、ここに。慶応4年の『条約に天皇の称号を用いる国書』では「日本国天皇告諸外国帝王及其臣人…」、明治4年5月の『清国皇帝への国書』では「大日本国天皇敬テ 大清国皇帝ニ白ス」と、どちらも『大』の有無を除けば同じく「日本国天皇」。明治4年11月の『英国皇帝への特命全権大使派遣の国書』では「大日本国天皇睦仁敬テ威望隆盛友誼親密ナル英吉利国皇帝陛下ニ白ス」とあり、大日本国天皇+御名という組み合わせもあるようです。明治8年の国書では「日本国皇帝睦仁」となっています。--代言人【右】 2006年10月3日 (火) 16:21 (UTC)

天皇の前の「日本国」は、前後の文脈によって付けられているのでしょうね。日本国内に発せられる法律や詔書の類は御名のみなのですが、もしかしたら国書に用いられる天皇の表記は、日本に偏った視点ではない、最も正式な名称なのかもかもしれません。政治性を帯びるでしょうが。参考までに大戦後の国書を探してみたのですが、残念ながら見つかりませんでした。-- 2006年10月3日 (火) 17:57 (UTC)
戦後ではないけど、昭和の。『降伏文書調印に際し全権重光葵への信任状』では「天祐ヲ保有シ万世一系ノ皇祚ヲ践メル大日本帝国天皇裕仁此ノ書ヲ見ル有衆ニ宣示ス」とあるので、戦後の信任状は参考になるかも。手元の本にはないけど。--代言人【右】 2006年10月3日 (火) 18:34 (UTC)
代言人さんや俊さんのことだから、釈迦に説法とは思いますが、他の人たちのために補足しておいていいでしょうか。あとで一人歩きするとアレなので。これらの文書って「告」「白ス」「宣ス」とあるように第一人称で書かれています。したがって天皇ご自身が言う、書く言葉としての用例であることは踏まえる必要があるかと思います。--dakusui 2006年10月4日 (水) 14:53 (UTC)

日本国天皇[編集]

改めて、項目名を「日本国天皇」と提案したいと思います。日本国天皇と提案したのは私ですが、「日本国天皇の明仁」なんて一言もいっていない(泣)。よって、提案者意思としては、これを取り下げ、「日本国天皇」にしたいと思うのですが。ちなみに日本国天皇の御名としては日本語としての正確性がBとなっていますが、日本国天皇そのものは外交称号として日本から名乗るものである以上、私はAだと考えます。--Suifu 2006年10月8日 (日) 15:37 (UTC)
(F:)特に反対がなければ。今、仮に、表を増やして、埋めておきます。-- 2006年10月8日 (日) 23:46 (UTC)
(8.へ)がAとなっていますが、「日本国天皇」は一般的に使われる当代天皇の呼称でしょうか?天皇における呼称はおおむね敬称を付けて使用されますが、「日本国天皇陛下」とは聞いたことがありません。用例としては改まって「日本国天皇であらせられる陛下は・・・」と言われる機会はあるかと思いますが、まれなはずです。他に用例がなければ、C程度だと思います。あと、これを候補に入れるとして、検討期間(次の段階に移るまで)はどれくらいとりましょう?--ととりん 2006年10月9日 (月) 15:31 (UTC)
今手元にないので詳しくはちょっと時間をいただきたいのですが、褒章のなんて言うんだろ、賞状みたいなのの書き出しが「日本国天皇は」となっています。そこには首相の署名もあります。-- 2006年10月9日 (月) 23:28 (UTC)
勲記戦前の勲記は大日本帝国天皇--代言人【右】 2006年10月10日 (火) 00:33 (UTC)
署名の方は、戦前は御名御璽で戦後は御璽だけか...-- 2006年10月10日 (火) 01:26 (UTC)

褒章の記ですね。位階は位記、勲章は勲記。褒章は褒章の記、記章(勲章褒章に次ぐ章)は章記、学位は学位記、称号は称号記です。

ちなみに敬称との関係。国内において日本国天皇に敬称がつくことはありません。国内的に日本国天皇という場合、敬称がつかないのはむしろ国事行為などで陛下ご自身が名乗られる形式がとられるからでしょう。国内でわざわざ国民や社会の側から日本国とつける必然性がないので。国内外において用いる呼称ですが、どちらかといえば外交称号としての意味が強いですね。よって、外交称号として用いる場合、他国の外交文書では、「日本国天皇陛下」となりますね。国際的な観点からすれば一般的です。 それから、歴代天皇との関係ですが、これはどうしたものか。バランスからすれば今上天皇がよいのはその通りだと思います。私も今上天皇も有力視しているので。ただ、日本国憲法の象徴としての称号たる天皇と諡号としての天皇が必ずしも整合性を持たなければならない理由もない。そのことも考慮対象として検討してもいいかもしれませんね。--Suifu 2006年10月10日 (火) 16:29 (UTC)

suifu改め海衛士です。私も何が何でも日本国天皇というわけでもなく、今上天皇が客観的に見て合意がとりやすいのならそちらに賛成の用意があります。ただ、今上天皇が唯一適当なるものか。確信を得ているわけでもない。故に、より多角的な検討をする上で、外交称号としても正式に用いられる日本国天皇を提案しました。日本国天皇が今上天皇に勝る点があるとすれば、そもそも重言につき不適当という疑念がそもそもないこと。外交称号として国際性があること、次いで、国内向けにも使用されること、今上天皇は天皇陛下に独占される概念ではなく、あくまで現在の天皇を表わす名詞ですが、日本国天皇は憲法上、天皇陛下しかないので、天皇陛下に限った使用が難なく可能であることです。ただ、私の主観が多分に入っていますので、皆さんがどう思われるかは未知数ですが。--海衛士 2006年10月11日 (水) 02:21 (UTC)

代言人さんの例ですが、これは(1.へ)で評価すべき項目ですよね?(8.へ)における例ではないと確認させて下さい。次に海衛士さんが「日本国天皇」は自称がもっぱらで呼称としては外交文書以外あまり用いられないという指摘も、個人的な言語活動において遠い存在であることを示していると思います。--ととりん 2006年10月11日 (水) 09:15 (UTC)

何の例かは知らないが話しが出たので画像を出した--代言人【右】 2006年10月11日 (水) 12:38 (UTC)

一点だけ。日本国天皇は自称が多いのは確かです。しかし、自称が専らともいいきれません。外交称号では、相手国も日本国天皇と称することですし。その点は他称されているというのは事実ですよね。さらに、例えば、学位を称するときは必ず授与機関名を付記するように、君主号であれ西欧の爵位であれ国名なり領地の地名がつくのは普通ですし、あらゆる称号は授与機関・制定機関を冠することでその称号の根拠を示します。ということを考えれば、天皇の地位がどこに立脚するものなのかをあらわす時、自称他称を超えて日本国天皇は相当の正当性を有することは確かであろうと思います。国名としての日本国及び称号としての天皇という呼称は憲法の時点で用いられていますから。殊に外交称号というのは、古代から中世にかけては日本の将軍が日本国大君と称したり、ベントナムの上皇が対外的に国王を称したように、便宜的な使い分けはされていましたが、国際法が成立してからというものそういう例は皆無で、内外において正式に用いられる名称をあてるようになった。たんに国名と君主号ないし元首の官職名をセットにするだけではないんですよね。その点も重い事実としてある気がします。--海衛士 2006年10月12日 (木) 00:44 (UTC)

は5 と ほ5 をBに落としましょうか...?-- 2006年10月12日 (木) 07:19 (UTC)

明仁表記試案[編集]

/評価表 (明仁表記)

各個評価[編集]

入れていきましょう。-- 2006年9月28日 (木) 01:25 (UTC)

Saifuさんは、ひょっとしたら上の表には個人的な意見を書かれましたでしょうか? そうではなくて、これまでの議論の集約を行う場所なのですが。-- 2006年9月28日 (木) 14:51 (UTC)


いえ、集約の仕方について誤解していたようです。すみません。。早とちりしたので、しばらく静観します。--Suifu 2006年9月28日 (木) 15:22 (UTC)

すみませんでした。

で、これまでの議論の中で、まず合意が取れていると思われるものだけ入れてみました。ただ、「正式に用いられる」は、合意によるものでなく、憲法や皇室典範に使われる用語だから、という理由で「天皇 (XXX)」にAを入れています。まずここまででどうでしょうか。-- 2006年9月28日 (木) 15:39 (UTC)

すみません、今時間ないので詳しくは帰宅後に書きます。メリット、デメリットを見直していておもったんだけど、観点を追加する必要と、評価の方法をすこし考えたほうがよさそうです。(欠点がない、という消極的な評価項目にたいして「A」(優れている)という点のつけかたは馴染まないでしょう)--dakusui 2006年9月29日 (金) 00:17 (UTC)
(続きです)敬意を失していないとか、必要以上の敬意を含まないというのは先にもいったように「欠点ではない」というだけのことであって、それをもって「優れている」という議論にはなじみません。ですので今の評価方法で現在の合意内容を表現するならば、「必要以上の敬意を含んでいない」については全ての候補が「-」(得失無し)(今上天皇が必要以上の敬意を含むというのは議論の参加者から一切根拠の提示無くイメージのみで主張された議論ですし)。「敬意を失していない(というか悪意を含んでいない。またはそうとられることがない)」については御名と日本国天皇の御名のみがDでしょう。現にそういう議論でしたし。
(つまり)評価の方法としては「-」(得失無し)を追加するべきです。また、そうすると5段階評価になってしまいますがもっと単純であったほうが分かりやすいでしょう。単純にメリットがある→○、メリットがない→×、でメリットのおおきさデメリットのおおきさはどうしても表現する必要があるならば○+、○-などと記号を補えばいいことです(ついでに備考をもうけ、その評価の根拠を書き込めばいいでしょう)。○、×のほうが視覚的にもわかりやすいですし。--dakusui 2006年9月29日 (金) 14:54 (UTC)
何か、「明仁」を使うのを拒むが故に「D」に「貶めたい」ように読めるのですが。天皇の名前は、そんなに貶められるべき存在なのですか? さておき、「今上天皇」は重言には違いありません。日本語としては誤用です。--٢١٩.١٧٤.١٥٨.٢٢٥ 2006年9月29日 (金) 15:06 (UTC)
は?そんな意図はありません。
今上天皇が日本語としては誤用というのは、すでに反論された意見です。過去ログをご確認ねがいます。--dakusui 2006年9月29日 (金) 15:25 (UTC)
過去ログは目を通してあります。結局のところ「普段よく使うよね」「だからいいよね」というところに留まっています。「今上天皇 誤用」で検索、約400件程度ヒット。ウィキペディアの「今上天皇」の項はもとより、「寛仁親王」の項では「寬仁親王本人はその誤りに不快感を表した」ともあります。誤用であり、且つ、関係者が不快に感じたものは推奨すべきではありません。無論、百科事典は国語辞典ではないのでウィキペディアが「良く使うんだから誤用でも良し」というスタンスを認めているとdakusuiさん他が解釈され、その上で賛成多数であればそれを項目名とするのを否定するものではありません。…が、少なくとも字義通りに「日本語としての正確さ」を評価した場合はAでは有り得ません。--٢١٩.١٧٤.١٥٨.٢٢٥ 2006年9月29日 (金) 15:47 (UTC)
ちゃんとお読みください。「辞書に項目が設けられている語を誤用と呼べるのか?」に対する反論はいまだりません。辞書(それも日本国語大辞典)の正しさまで疑うわけにはいかんでしょう。辞書そのものに「誤用」だって書いてあるならともかく。「今上天皇」が誤用であるとする議論は、これまで「重言である」ことを根拠として行われて来ましたが、言ってみれば俗説です。重言だってんなら「皇帝」だって語義に遡れば重言でしょうに。--dakusui 2006年9月29日 (金) 16:02 (UTC)
「皇帝」が実際に誤用であるかはともかく、「皇帝」を誤用だと説いているところは見掛けたことがありません。むしろ「今上天皇」が俗的に使われている、というのが正解でしょう。実際、そう説いているものはあります。しかしながら「今上天皇が誤用、というものが俗説である」と説くものは私には確認できませんでした。もしそう仰るならば、出典を明示していただきたく思います。(手もとの三省堂の国語辞典に「とんでもございません」は新しい用法として載っているが、そもそも「とんでもない」で1つの単語であるため、「ない」は活用しないし敬語化もしない。しかし辞書に載っている。ならば「活用・敬語化しない」は俗説…?)--٢١٩.١٧٤.١٥٨.٢٢٥ 2006年9月29日 (金) 16:34 (UTC)
今上天皇を誤用と論じた書籍か論文があるのかも知れません。shimoxxさんはご存知ないでしょうか?-- 2006年9月29日 (金) 17:34 (UTC)

「「皇帝」を誤用だと説いているところは見掛けたことがありません」というのと同様に「今上天皇」を誤用だと説いている信頼すべき典籍を見掛けたことがありません。

「では何故に、誤用とする話がこんなに多いのでしょう? 」→俗説として流布しているから。私はそれが俗説に過ぎないことを辞書の記述を典拠として論じました。大体、査読つきの論文誌や辞書は典籍として使用できるでしょうが、個人のウェブページだとかgoogleの検索結果って典籍として使用していいんでしたっけ?

むしろ「今上天皇」が俗的に使われている、というのが正解でしょう。」→あなたの個人的見解以外に根拠が必要です。「「今上天皇 誤用」で検索、約400件程度ヒット」とのことで、400件ぽっちしかヒットしなかったのだから一件一件、調べていたいただいて、信頼すべき典籍を引用しているページがあればその本を御紹介いただければよいかと。

「とんでもございません」は「新しい用法」として載ってますよね?「今上天皇」が誤用や、新しい用法であるならなんでその旨が辞書に載ってないんですか?

したがって依然として「今上天皇は誤用」とするためには典拠が不足している状態です。--dakusui 2006年9月29日 (金) 23:25 (UTC)


用例から見た今上天皇と天皇の比較
用例としての使用頻度を見ると、天皇(天皇+敬称を含む)の方が一般的ではないでしょうか。マスコミでは放送・出版共にそうですし、個人的な会話でも天皇の方が多いと思います。ただし、論文などでは対象を確定する為に今上天皇の割合が増えるかもしれません(その割合は未確認)また、百科事典の項目名として採用例が若干ありますが(過去ログ「他の百科事典の項目名」の項)、これらは用例としては限定的といえると言えます。すなわち、用例としての一般性は「天皇 (XXX)」に分があり「天皇 (XXX)」の方に高評価を与えるべきと思います。(各個評価へ)
(ろ.6)マスコミや個人的な会話で天皇の方が多いのは、使用した時点で対象が明確であり、わざわざ”今上”をつける必要がないからですが、今回の項目名候補については「天皇 (XXX)」で対象を限定する工夫がされており、「今上天皇 (XXX)」を使用する必然性は薄いと考えます。--ととりん 2006年9月29日 (金) 16:52 (UTC) --ととりん10/1修正

議論が速すぎて追っついてこれなくて誠に恐縮ではあるのですが、今の話の流れは上の評価表をもってしてどの項目名が最適かを判断するということでしょうか?であれば、そのことに反対を唱えておきます。正式に用いられるですとか、敬意を失していないですとか、日本語としての正確さですとか、他にもいろいろありますけど、それらの優劣を判断するための先行研究が存在してない限り、我々ウィキペディアンが勝手に判断することは、ここウィキペディアではしちゃいけません。で、どうも自分にはウィキペディアンが判断しているように思えるのです(議論全部読めませんでしたので、勘違いしていたら申し訳ありません)。一番シンプルで判りやすく議論の余地が生まれないのは、他の百科事典が何を採用しているかをもって判断することだと考えます。通常の百科事典の編纂では、学識経験を有する編集委員たちが、どういった項目を掲載するか、その項目名は何が最も適切か、などについて広く調査したり議論したりしながら決めている訳です。つまり、我々ウィキペディアンが行うべき調査・判断を既に行ってくれているのです。そうした既存の百科事典で採用している項目名が一定以上共通していれば、それを採用することが最も自然なことですし、中立性・客観性・信頼性の問題を労せずしてクリアすることができます。ですので、他の百科事典を参照して判断することを主張というか提案しておきます。--shimoxx 2006年9月29日 (金) 17:30 (UTC)

参照しやすいように、既存の百科事典で採用している項目名のリンクを置いておきます。---Redattore 2006年9月29日 (金) 17:42 (UTC)
(F Shimoxxさんへ、評価の方法について)おっしゃるところはごもっともな面もあるとも思いますが、「すでにある百科事典での項目名としての用例だけをもとに項目名を決める」という方法についてはさきに行われた議論のとおり、今までのところ合意が得られていないのが実状です。というか、いかなる観点であれ単一の観点に基づいた議論によって合意を見ることは難しいと考えています。先行研究の提示が不足しているとお考えの主張があれば、個別に御指摘いただければと思います。お申し越しのご指摘(既成の百科事典の用例を重く見るべき)は、評価の軽重を判断する際に尊重することにしたいと考えております。これでは誤動行ご同意いたでけないでしょうか?
(F もうひとつ)今、「既成の百科事典の項目に拠ろう」と判断しても、それまでのプロセスで他の観点について十分に検討しておかないと、得られた結論を議論の参加者の多くや、そのほかの利用者から納得してもらえないのではないでしょうか?--dakusui 2006年9月29日 (金) 23:53 (UTC)

まとめて書かせてください。

shimoxxさん、(2006年9月29日 (金) 17:30)

>それらの優劣を判断するための先行研究が存在してない限り

全くその通りで、評価するためには、誰もが納得する物でない限り、先行研究を探さなくてはなりません。それは、これからの作業になるところが多いと思います。

٢١٩.١٧٤.١٥٨.٢٢٥ さん、(2006年9月29日 (金) 15:06)

>今上天皇は...誤用

一般に日本語では、重言は文法的に誤りとされます。ただし、本来の意味合いが薄れているときには実際には使われていると思います。実際に使われているなら、新しい正しい表現とも言えるわけで、そうなったものを誤用と言い続けることは、かならずしも適切でないのではないかとも思います。ここで必要なことはいろいろな情報を出し合うことですから、「誤用の可能性がある」という情報は必要なことと思います。

dakusui さん、

٢١٩.١٧٤.١٥٨.٢٢٥ さんのお名前ですが、やはり正確に書く努力はされた方がいいと思います。私も、どの言語版でも同じ名前を使っていますから、他言語版では顰蹙そのものですが(えっ?日本語版でも?失礼)、それでもちゃんと呼んでくださいますよ。

評価項目の追加、ありがとうございます。何か抜けている、と思っていた物です。一応入れてみましたが、どうでしょうか。

評価の仕方は、○×でもいいかもしれませんし、他の方法でもいいかもしれません。私は心のどこかで「欠点ではないのが優れている」と思ってた面があります。つまり、作った評価表は減点表でした。想像上の理想の項目名があります。私たちはそれを共有しています。(誤解のないように、それは元号名+天皇の意味ではありません。)その項目名は、どの面から見ても文句の付け所のない項目名です。しかし、それは、形になっていませんから、それを手に入れて、項目名とすることはできません。ですから、なるべく欠点の少ない物、決定的でない物を選ぶしかないわけです。私が評価表と称して実は作ったのは減点表だった、というのは、そんな理由からです。-- 2006年9月30日 (土) 05:13 (UTC)

用例としての評価は個別項目で評価の基準になればと考えていましたが、それ自体で評価の対象とするなら、上記した分も追加が必要と思います。--ととりん 2006年9月30日 (土) 08:55 (UTC)
「マスコミにおける用例」は検証も可能ですし、必要かと思います。一方、「個人的な会話・記述における用例」は、実は、「平明さ」がそれです。
了解しました。評価項目の「平明さ」に追記する形にします。「マスコミにおける用例」の評価表への記載もこちらでやりましょうか?--ととりん 2006年9月30日 (土) 14:42 (UTC)
今上天皇()-必要以上に..は、敬意を表す表現ではないかとの意見もありましたが、未検証ですので、とりあえず評価を入れました。
天皇-正式に... でAに対し、「その人に対して正式に使われない」というご意見がありました。一旦はずします。-- 2006年9月30日 (土) 09:17 (UTC)
マスコミでの用例、とりあえず項目を作りました。「天皇」に[2][3]のような用例がありますので、Aと、御名も先に用例がありますので、Bを入れておきました。ついでに、「学術書での用例」の項目を作り、下のSuifuさんの調査により「今上天皇」にAを入れておきました。-- 2006年9月30日 (土) 14:51 (UTC)
ご苦労様です。すいません、(い.10)ですが、用例を記述してる箇所を教えて下さい。用例は過去ログ2006年9月9日 (土) 01:00からでいいでしょうか?--ととりん 2006年9月30日 (土) 15:25 (UTC) ととりん10/1修正
(了解、改めます)他ならぬっさんのご指摘ですので、今後は文字化けした文字列をコピー・ペーストして彼の名前として用いることとします。
(留保)しかしながら、私がコピー・ペーストした結果ほかのみなさんの環境でも文字化けした場合や、例えばIPアドレスのアラビア語表記をハンドル名を使用する人物が他にいたりしたばあいに生じた錯誤については私は責任を負えません。思うに、ある言語において議論をする場合に、その言語において一般に呼称し得る名前を用いるのはマナーだとは依然として思っています。もっとも私自身のハンドルも、日本語とは縁もゆかりもないラテン語のアルファベットをつかってるわけであんまりうるさいことは言いたくないのですが。
(評価項目の追加)お手を煩わせ、すみません。追加された項目の評価は私の認識とは合致しています。ありがとうございました。
(評価のしかた 1)とりあえず、得失無しとして「-」を設けるのは依然として必要だと思っています。今後必要な局面が実際に生じた際にあらためてご指摘すれば分かっていただけると思うので今、いれてくれとはいいませんが。○にするかA、Bとするかは本質ではないので拘ってませんが。
(評価のしかた 2)評価結果は、なされた議論を直接反映したほうがいいと思っています。たとえば「天皇(XXX)やそのほかのものが礼を失している」という議論が実際になされたわけではなく、「御名は礼を失している」という現になされた議論を元に、いわばそれを「裏返し」て他の項目にAをつけているわけですよね?そうした操作がはたしていいのか?という観点から前回の発言「御名のみがDのはず。他については可もなく不可もないことに、すでに合意があるのでは?」となるわけです。(い.2 → D、ろ.2 → - 、は.2 → - 、に.2 → D、ほ.2 → -)
(そういえば)「御名をおとしめたいのでは?」などとくだらん下衆の勘ぐりををした人があったようですが、具体的な根拠無く憶測して誹謗される筋合はないので、発言者である٢١٩.١٧٤.١٥٨.٢٢٥さんには撤回を要求します。--dakusui 2006年10月1日 (日) 00:16 (UTC)
(評価のしかた 1)と(評価のしかた 2) 了解です。-が適当と思われるところを、修正してください。-- 2006年10月1日 (日) 00:46 (UTC)
修正しました。今回、私が直した部分は斜体にしてあります。ほかにもすでに合意があると見なしえるところはありますが、他の参加者から異論がないか、いったん様子を見たいと思います。--dakusui 2006年10月1日 (日) 01:33 (UTC)
A,B,C,Dに加え、"-"の採用に賛成します。--ととりん 2006年10月1日 (日) 09:47 (UTC)
  • さんのおっしゃることは理解できます。ですから、現在、習慣的に用いられる語を否定するつもりはありません。ただ、ここでの表の項目は「日本語としての正確さ」です。少なくともそこに誤用の疑いがある以上(語義的に誤りであるのは、仮に俗説であろうが間違いは無い)「非常に優れている」であるとは思えません。曖昧な要素なのかもしれませんが、それを言えば「2.敬意を失し」「3.過度の敬意」「4.中立性」「8.平明さ」の項目は尚の事、曖昧な要素になってしまいます。これ以外も含むいずれの項目にしても、また、どの呼び方であろうと、少しでも疑いを抱く者がいる以上は「A」を付けるのは誤りではないかと思うのです。
  • dakusuiさん。「新しい用法」として載ってはいますが正しく無い訳です。dakusuiさんはコンピュータエンジニアでおられるようですから、こう言えば判りますか? 「HTML辞典はIEGecko系エンジンのブラウザに於けるレンダリング結果を以って書かれている。しかしその多くはW3Cに準拠した既述ではなく、誤用である」、或いは「プログラム言語インタプリタ、若しくはコンパイラ等にバグが含まれることがあるが、プログラミングの本にはそれらを確立したアーキテクチャーとして用いるものも少なくない。しかし正規の仕様ではなく、本来であれば必ず誤用である旨を明記すべき非公式な裏ワザである」
    ハンドルの件。コピー&ペーストされたようですが、きちんと書き込めているようですよ。問題無いではありませんか。尤も、マナー云々の件に付いては恐らく考え方が色々あるかもしれませんが、仮に日本の文字を使ったとしても、JIS X 0201若しくはJIS X 0212、0213に準拠した文字に限られる訳です。サイトウさんやワタナベさんのような字は必ずしも書けません下妻市の広報では漢字は勿論、変体仮名の名前も写植し、JIS X 0213主義化する多くの地域とは距離を取っていますね。好感が持てます)。閑話休題。「くだらん下衆」などという表現をされる方が中立性のある判断をされているとは到底思えません。何より、ハンドルの件で、さんの面目を以って改めながらも、非礼を詫びないような方が、一方的に誹謗撤回だなどとは、不遜甚だしいと思われます。--٢١٩.١٧٤.١٥٨.٢٢٥ 2006年10月1日 (日) 04:40 (UTC)
お互いにもうやめてください。-- 2006年10月1日 (日) 11:13 (UTC)
そうですね。このような場所でする話では無いですし、さんをも撒き込んでしまったことを心からお詫び致します。--٢١٩.١٧٤.١٥٨.٢٢٥ 2006年10月1日 (日) 11:43 (UTC)
ええ。ハンドルの件はもうおわりにしましょう。ただし、自分の一方的な意見を書いておいて、おわりにしましょうなどと言いはなつやりかたが尊敬を得られることはないだろうことには注意をうながしておきます。
それとは別に、なんらの根拠無く私の見解、それも他の参加者によっても是とされた見解を「御名をおとしめたいのでは?」とされた件については、追加の根拠の提示が無い以上、残念ながらやはりひきつづき撤回を要求せざるを得ません。
HTML辞典だのといった例を引くのはどうぞごかってにですが、自然言語と人工言語の違いや国語辞典とHTML辞典の違いについて多少なりとも考慮したことがある方ならば、理解できることであるのでいちいち反論する必要を感じません。あなた以外にも説明を必要と感じる方がいらっしゃるようなら説明します。
また、くりかえしになりますが、ファシリテータとしての発言以外であなたが私の発言を中立的と感じるかどうかには一切興味がありません。無論、他のひとが私のファシリテータとして以外の発言が中立的と感じているかも興味ありませんが。--dakusui 2006年10月1日 (日) 12:14 (UTC)

今日、時間があったので図書館にいき、皇室関連の事典・図書を多数調べました。 今上天皇が用いられている事例そのものは枚挙暇がありませんが、あえて数例挙げると、以下の文献で今上天皇とちゃんと記されています。

  • 井原頼明著『増補皇室事典』冨山房.1942年.398頁
  • 米田雄介編『歴代天皇年号事典』吉川弘文館.2003年.398頁
  • 主婦の友社編『新版 平成皇室事典』1999年.主婦の友社.39頁
  • 笠原英彦著『歴代天皇総覧』中央公論社.2001年.312頁
  • 新人物往来社編『歴代天皇・皇后総覧』新人物往来社.2006年.503頁

上記のうち、特に注目すべきは戦前の井原頼明著『増補皇室事典』であり、有職故実から当時の皇室制度に至るまで詳細なる皇室用語をまとめていますが、当時の昭和天皇のことを人皇第124代 今上天皇と記しています。県立広島大学名誉教授・文学博士 米田雄介の書籍でも系図等で今上天皇と記載していますし、ここでは挙げていませんが、『皇位継承』の著者で皇室制度のあり方をめぐってご活躍されている所功教授も、数あるご著書全般で今上天皇を使っていました。 数々のご指摘の通り、慣用的に用いられた部分はあろうと思いますが、専門書ないし事典の類でも今上天皇を項目として用いること、ましてそれが名詞ではなく、当時の天皇陛下を指す語として問題もなく用いられている点を考慮すると、wikipediaにおいて今上天皇という概念そのものを用いることが悪いとはどうしても思えません。--Suifu 2006年9月30日 (土) 10:52 (UTC)

何かの役に立てば。宮内庁のページで皇室の構成というのを見つけました。これには「天皇陛下(明仁)」とあります。-- 2006年10月1日 (日) 11:13 (UTC)

もいっこ。これもどう捉えるかですが、天皇皇后両陛下のご略歴には「お名前 明仁(あきひと)」とあります。-- 2006年10月1日 (日) 11:16 (UTC)

評価表を埋めてみました[編集]

評価表、マスコミを埋めてみました。「今上天皇」ではNHKと朝日のサイトにそれぞれ1つずつ見つかりましたが、他の2つは、用例が見つかりませんでした。

朝日・共同通信・読売で「明仁」「明仁殿下」を検索しましたが、当代天皇にかかわる記事は0でした。また、産経・毎日も天皇陛下を使用していますので同じ傾向でしょう。過去ログで示されている分も考慮してもその差は明らかで、B→Cが妥当だと思います。一方、今上天皇ですが、朝日の検索数は天皇陛下32、今上天皇1でこちらも大差です。(というか、誤差の範囲で0判定でもいいのでは?)共同・読売は0です。やはりB→C(限りなくDに近い)かと。--ととりん 2006年10月2日 (月) 09:30 (UTC)
ととりんのご意見により、「い10」と、「ろ10」を、Cにしてみました。
4.政治的中立性は、政治的、宗教的な理由から忌避したい名前である可能性の高いのは「い」と「ろ」ではないかと思います。それをBにして、他をAにしてみました。-が適当な項目があるかもしれません。
5.国際性は、「ろ.今上天皇」が多少劣るだろうという論議がありましたのでそれをBにして、他にAを入れてみました。-が適当な項目があるかもしれません。
6.日本語としての正確さは、「ろ.今上天皇」に重言であるという指摘がありましたので、未検証ですがBに落としてみました。また、「い.御名」にも日本語として不適当との論議がありましたので、これも未検証ですが、Bにしました。「に.日本国天皇の御名」は、どうも私には不自然に感ぜられるのです。とりあえず独断でBを入れます。他は不自然でないと思いますので、Aを入れました。
「7.ろ」は空欄でしたが、多少の嫌疑があるので、Bにしました。
ということで、1.と11.以外はとりあえず埋めてみましたが、どうでしょうか。-- 2006年10月2日 (月) 14:36 (UTC)
労をとっていただいているにもかかわらず、申し訳ないのですが、「ろ」に対する「重言」との指摘は結局信頼すべき典拠が示されませんでした。単に指摘が存在するというだけでBにするという評価は受け入れかねます。
「今上天皇」の政治的中立性についても同様で、それが政治的に中立性を欠くという指摘が典拠を伴って行われたことはありません。
御名の国際性がAという評価はいかがなものかと思います。日本語を母語としない日本語話者が、その項目名を使用することで日本語を母語とする日本語話者から天皇制に対する特定の意見の表示とみなされることを考慮すると、逆に国際性の点では劣っていると考えます。
不自然ではない、という評価のしかたをするならば例の「-」を駆使して評価するほうが適当かもしれません。--dakusui 2006年10月2日 (月) 16:17 (UTC)
重言については、もう少し待ってみましょう。ペンディングであることは私は覚えています。
「今上天皇」の政治的中立性については、天皇制に批判的な姿勢の方々が、どのように考えているだろうかと言うことを、少し探ってみましょう(私の宿題)。
御名の国際性がA....」ですが、私たちが問題にすべきは、どう使われているか、であって、どう使って欲しいか、ではないのではないでしょうか。-- 2006年10月3日 (火) 10:37 (UTC)
御名の国際性がA....」について、そもそもこの評価項目の判断基準ってなんなんでしょう?他国語版のWikipediaでの項目名としての用例があることを以ってしているのなら、そういう評価項目名(「他国語版における用例」)であったほうがいいのかなと思うんですよ。
「どう使ってほしいか?」という趣旨の発言はしていないつもりです。外国語として日本語を学習した人が、百科事典の項目名に現れる単語を(百科事典の項目名に使うぐらいだから無難だろうと思って)口にすると、日本語を母語として身に着けた人たちがどういうわけだか眉を顰める…。この状況を、日本版ではない日本語版のWikipediaとしてどう考えるのか?ってことだとおもうのですよ。--dakusui 2006年10月3日 (火) 16:04 (UTC)
「日本語を母語として身に着けた人たちがどういうわけだか眉を顰める…。この状況を、日本版ではない日本語版のWikipediaとしてどう考えるのか?」については、別項目にしましょうか。私は、国際性の項目を作ったのは、国際的に通用するか、言い換えると国際的に使われているか、という現状把握のためでした。「日本語を母語として....」は、「次世代の日本語話者にどのような日本語を伝えたいか」も同類ですよね。「教育的か」でしょうか。そうすると「日本語として正しいか」と同じになってしまうかな。なお、Aを付けたのは、ブリタニカに拠ります。(外国語版ウィキペディアを持ってきてしまっては自己参照になってしまうので)-- 2006年10月3日 (火) 23:25 (UTC)
そうですね。日本語の用例を正確に把握してないという意味では、日本語話者でも子供がそれに当たると思います。よって、「日本語の使用経験の乏しい者(外国語として日本語を学習した者・日本語母語者でも義務教育を終了していないもの(それとも小学校終了程度?))にとって・・・」と再定義できます。これならば、「6.日本語としての正確さ」に係わる事項ですね。あとは、この判断基準を独立して扱うか、「6.日本語としての正確さ」に含めるかですが、どうしましょう?--ととりん 2006年10月4日 (水) 14:09 (UTC)
「今上天皇が重言であって誤用である」ことに関する典拠は結局、それ以上の追跡が不可能なウェブページしかなかったと認識しています。そろそろ「ろ.6」の評価をB→Aに変更する時期と思います。--dakusui 2006年10月12日 (木) 14:28 (UTC)
サマリにおけるデメリット「日本語を母語としない日本語話者が、・・・」をどの評価に反映するかを明確にしないと、国際性の評価は難しいですね。私としては、「5.国際性(Dakusuiさんに同意)」「6.日本語としての正確さ」に係わると思います。--ととりん 2006年10月2日 (月) 17:33 (UTC)
まず、「日本語を母語」云々を別評価観点にすることについて同意します。次に既存の「国際性」については評価の内容を直接表す名称に変更する必要を感じます。現に上述の曖昧さを含むあるいは誤解を生ずる項目名なので。「他言語による既成の百科事典における項目名としての用例」ではいかがでしょう。そうだとすると、い.以外は'-'なのかなあ。Dってつけると「根拠は?」って話になるし。
新たに作る「日本語を母語」云々の項目名はなんにしましょうか。「次世代の…」はこの評価観点にふくまれますが、それだけではないつもりもあります。つまり日本語を母語としない日本語話者は、日本語を母語とする日本語話者が不自然と感じる言葉を使いたいだろうか?という観点(学習者からの観点)もあります。両者を含む項目名として「日本語の学習における適切さ」ってのがいいと思っているのですがどうでしょうか。
と、上のように書いたらかぶった次第。--dakusui 2006年10月4日 (水) 14:34 (UTC)
その項目名でいいのでは?外国人学習者の視点で考えて見たのですが、例えば封建的な制度に批判的な外国人は「明仁」が当然だと思うでしょうし、伝統を文化として尊重する外国人はしきたりに従った方を選ぶでしょう。ちょっと視点を変えて、「日本語母語者とのビジネスで成功したい人」はどうでしょう?この場合は会話の邪魔にならない、穏当・無難な表現が必要になります。ということは、何を選択するか(何を教えて欲しいかは)その人の思想信条や日本語会話の用途の問題であり、国籍の問題ではない気がしてきました。--ととりん 2006年10月5日 (木) 13:11 (UTC)

ひとつ、上の宮内庁のサイトを見ても、御名が礼を失するというようには見えませんでした。典拠はどうでしょう。-- 2006年10月1日 (日) 13:28 (UTC)

いくつか調べる中に現天皇という表記もありました。さして問題にならんというので報告から割愛しましたが。ちなみに、宮内庁のホームページはこの際、参考材料として不適当でしょう。文面も敬体ですし、諱を使っている部分はあるとしても、宮内庁はあくまで皇室を所管する立場で、客観的記述を考慮する上での材料にはならんと思うからです。--Suifu 2006年10月2日 (月) 00:25 (UTC)

どうも、論理がよくわかりません(ごめんなさい)。私は、逆に、所管する立場だから用語には厳密だろう、敬体を使うのが常態となっているページにすらあるのだから、著しく尊敬を失っていないだろうと考えてしまうのですが。-- 2006年10月2日 (月) 14:36 (UTC)
これ、っさんは単純に「日常生活で御名を使うのって、非礼だっていうけどそれ典拠あるの?」って聞いてるんじゃないんですかね。そうだとしたら典拠を探したほうがいいです。あんまりにも当たり前なことなので検証がいままで甘くなっていたのは事実です。きちんと説明できる典拠をしめしておいたほうがよいです。ただ、私自身もぴんと来る書名がありませんので多少、お時間をいただく必要があるかと思います。--dakusui 2006年10月2日 (月) 16:17 (UTC)
何かの足しになれば。
皇室の戸籍とされる皇統譜[4]で、昭和天皇は天皇「御名」です。隣には大正天皇が天皇「御名」とあります。神武天皇は「神武天皇」ですが、冒頭の画像と異なり系図の体裁なので、幾つかの書式があるのでしょうね。
御名を記すのは、天皇自らを除き日本語として正しくなかろうと、初めは考えていたのですが、そうでもないなと思わされた事柄です。まぁ特別な文書ではありますが。-- 2006年10月2日 (月) 18:03 (UTC)
なかなか興味深いですね。ただ、見ていて気がついたのですが、この文書上では、個人(ここではは昭和天皇)の特定をまず、「第百貳拾四代天皇」で行い、その後天皇「御名」と記述されていることです。これは(ほ.1)の判断材料になるのではないでしょうか?これだけをもってAとはならないでしょうが、Dとは言えなくなりました。--ととりん 2006年10月3日 (火) 13:17 (UTC)
これからすると今上天皇は「戸籍」上「天皇御名」なんでしょうかね。-- 2006年10月3日 (火) 14:36 (UTC)

っさん、こちらこそ。私がいいたいのは、宮内庁は確かに表現には厳格ですが、しかし、原則として皇室典範に基づいてのものですよね。皇室を預かる主体であり、皇室に対して中立公正ではないと判断します。御名の表現とて皇室及び宮内庁が用いる場合とそれ以外とでは、主観的立場と客観的立場の相違からおのずと意味が違ってくるでしょう。 私は少なくとも他の百科事典、皇室関連の学術書、報道機関の比較を通して判断すべきであろうと思います。--Suifu 2006年10月3日 (火) 00:26 (UTC)

評価表の各項目の中で、それらの比較はなし得ると思います。
「正式」とは、法律で用いられる、官公庁が用いる、が主体になるでしょう。皇室典範は、日本の法律です。宮内庁も中央省庁のひとつですよね?? もちろん、他の法律や他の省庁に、この件について皇室典範や宮内庁が勝るわけではありませんから、他の法律や他の省庁における用例を出していただくことが、評価表をより良い物にすることにつながると思いますが。-- 2006年10月3日 (火) 10:37 (UTC)
「今上天皇」が明仁陛下を指すことに疑いはありませんが、「現英国女王」「現米国大統領」というのとどんな違いがあるのか、という疑念が残ります。「初代の天皇は神武天皇です。」と答えるのと同様に「現在の天皇はどなたですか?」という問いにも答え方はある筈で、正確な日本語では答えることができない、ということはないでしょう。宮内庁ならどう答えるでしょうか。上のっさんの挙げられた例などは妥当ではないでしょうか。 けんち 2006年10月5日 (木) 14:39 (UTC)
「今上天皇」と「現英国女王」等の違いは、「現天皇」と「今上英国女王」等の違いではないですかね。日本語の用例であろうと思います。宮内庁に対し「現在の天皇はどなたですか?」という問いは恐らく無いでしょうが、仮にあれば、陛下は云々と略歴などを答えるでしょうね。「どう呼ばれますか?」なら陛下でしょう。「お名は?」なら御名でしょうね。日本語は天皇の御名を避けますから。-- 2006年10月5日 (木) 19:02 (UTC)
女王や大統領の例で言えば「エリザベスII世」「エリザベス女王」「ジョージ・W・ブッシュ」「ブッシュ大統領」などいろいろな答え方がありますが、(Wikipediaの命名規則をひとまず置けば)いずれも当然、記事名候補になり得るものですし、記事名とはそういうものと認識しております。また実際に宮内庁へ問い合わせる人はいないでしょうが、俊さんがあげて下さったような略歴、呼称、御名などを代わりに答えることこそが百科事典の役割と言えます。「誰のことを書いた記事なのか」が最も重要なことは言うまでもありません。 けんち 2006年10月7日 (土) 14:37 (UTC)

参考サイト[編集]

私の宿題ではないのですが、参考になるサイト。(早く宿題やれ、って。)

  • 諱は避けるべき[5]
  • 諱は口にすべきものでない[6]
  • 今上天皇は重言で誤り[7]

いずれも信頼度は不明ですが。-- 2006年10月5日 (木) 03:59 (UTC)

追加で、御名が国際的に使われている様子。中にはEmperor等が付いてのみ使われているところと、単独でも使われているところがあります。

日本の通信社でも使っているんですね。-- 2006年10月5日 (木) 07:08 (UTC)

さらに追加。

-- 2006年10月5日 (木) 09:29 (UTC)

ええっと。これはもうOKじゃないんですか?今上を押す私も含めて外国語における用例についてはAkihitoが多数を占めるであろうことは参加者はみとめていると思います。ただし、これについては御名だけが「A」でそれ以外のものは「-」だと思います。あと評価項目の名前は「他言語における用例」とかじゃないと曖昧じゃないかなあ。--dakusui 2006年10月5日 (木) 13:15 (UTC)
日本語による外国新聞のサイトもありますから....(誰か宿題手伝って! →ろ4)-- 2006年10月5日 (木) 13:50 (UTC)
(ええっと)それ調べるんですか?いいと思いますけど、お考えよりもややこしいことだと思いますよ。日本以外での企業が発行する新聞の場合、その国の言葉の版の翻訳として発行されているのか、最初から日本語で発行されているのかで扱いが違うでしょうし…。Yomiuriも最初から英語のつもりなのか、日本語の翻訳としての位置づけなのか、とか。どっちにしても「国際性」の名にふさわしい評価項目になりそうに思えないんだけどなあ。
(とはいえ)否定的な事ばかり言っていても始まらないので、まずはたくさん材料を集めてみてから、どうやって総合するか考えればいいと思います。
(追加の私見というか余談)僕の考えだと、上の場合読売がおかしい。英語には英語のルールがある。そこには君主の諱を呼んではならんというルールはない。だから英語でわれわれの天皇に言及するときは(英国国王にBeth / Elizabethと言及するのと同じ範囲では)Akihitoでよい。無論、英国国王にHer Majestyと言及するのに相当する場合にはHis Imperial Majestyであるべきだと思う。それが僕のスタンス。--dakusui 2006年10月6日 (金) 17:03 (UTC)
例えば、よく出される例に「国内」という日本語があります。国内って、どこの国の国内なんでしょう。日本ですよね。まず間違いなく。誰でもそのようにこの言葉を使っています。でも、だからといって「日本語で国内といったら日本国内のことなんだ」はウィキペディアでは通用しない論理だと言うことはご存じだと思います。ときどき地方紙で「県内」っていきなり出てきて「どこの県だ!」って言いたくなりますが、それはその県の新聞だから、いわずと知れているわけです。「国内」も同じで、視点が日本国内にあれば国内は日本国内ですが、視点をグローバルに持つと、「国内」が日本国内でなくなる、かもしれない、訳です。私が「国際性」といっているのは、日本語だから視点が日本の中にあるはず、という暗黙の了解に疑問を持ち、少しでもグローバルな視点の中で考えましょうよ、ということなんです。-- 2006年10月7日 (土) 00:54 (UTC)
(まず)コメントの反応が遅れたことをお詫びします。
(私が指摘した問題点の複雑さについて)これは、以下の少なくとも三つの観点から用例を収集し、比較する必要があるのではと思っています(とりあえず日本語以外の言語でのテキストだけに限ります)。1. それは日本語で書かれたものの翻訳か?それとももともとその他の言語で書かれているか?2. その著者ないし発行者が日本語を母語としているか?もしくは日本語を公用語とする国または地域に属しているか? 3. それは日本語を母語話者とする人に向けられたものか?それ以外の人に向けたものか?(ことによると3.はいらないかもしれませんが)。だとすると2*2*2=8とおりのパターンを考ええて、それぞれについてテキストを収集するとなると大変そうだなあと思ったのです。
(お申し越しの観点について)「日本語だから視点が日本の中にあるはず」という暗黙の了解に疑問を持たれる、、、というのは「日本版ではなく日本語版」を目指されているっさんのお考えとして大変筋道だったことであると思います。しかし、日本語は英語とは異なり、それを公用語とする国・地域がそもそもこの日本しかないという特徴を持つ言語です。これを忘れて徒に日本語以外のテキストから用例を求めて、「グローバルな観点での日本語」を定めようとしてはこの地球上のどこにも存在しない「架空の日本語」を元に議論することになりかねません。
(「国際性」の再定義について)やはり「少しでもグローバルな視点で考える」とはなにか?が十分に定義されているとはいえない状況だと思います。つまり、どういう用例があればその候補の評価にどのくらいプラスになるのかが定義されている状況とはいえないと思います。で、これを客観的に定義しようとすると前述の1. 2. 3のそれぞれをどういう理由でどれだけ重要だと考えるかが必要になってくると思うのです。--dakusui 2006年10月12日 (木) 14:16 (UTC)

他言語における用例は、特に考慮しなくて良いと思っています。日本語版ですから。また日本語による外国新聞も、日本語の中では亜流でしょうね。考慮は必要ですが。-- 2006年10月5日 (木) 19:24 (UTC)

評価表の各項目の軽重についての論議はこれからですが、俊さんのご意見はわかりました。-- 2006年10月6日 (金) 09:53 (UTC)

国民の祝日に関する法律の一部を改正する法律[編集]

「国民の祝日に関する法律の一部を改正する法律」(平成元年法律第5号)というのを見つけました。[8]

第二条天皇誕生日の項を次のように改める。
みどりの日 四月二十九日
第二条勤労感謝の日の項の次に次のように加える。
天皇誕生日 十二月二十三日 天皇の誕生日を祝う。

ここでいう「天皇」とは、地位の天皇ではなく、今上天皇その人のことを指していると考えて自然と思います。-- 2006年10月3日 (火) 10:52 (UTC)

同意します。天皇にある地位一般の人のことを指しているとするのは不可能ではないですが、おっしゃるとおり今上天皇その人のことを指しているほうが自然だと思います。--dakusui 2006年10月3日 (火) 15:51 (UTC)

日本の新聞における表記[編集]

日本国内の新聞における表記に関しては『記者ハンドブック 新聞用字用語集』(共同通信社)が参考になるでしょう。「皇室用語の扱い方」「皇室用語の表記例」というページがあり、一般紙はおおむねこの表記に準じているはずです。ただし、これが百科事典の項目名を決める根拠になるとは思えません。これに従えば「天皇陛下」ですから、「明仁」だけでなく「今上天皇」も「日本国天皇」も外れます。--miya 2006年10月7日 (土) 03:13 (UTC)

天皇陛下にはならないでしょうね。現に候補にも上がってないですし。ただし、考慮は必要かと思います。
新聞等について思うのは、「天皇陛下」は用いられますが「総理大臣閣下」は用いられません。日本語において天皇への敬意は特別に表されるのでしょう。考えてみるとそれは当然で、日本語の表記は王朝で生まれ育ちましたからね。多くの日本語話者は今も特別な敬意に慣れています。記事名がそれに強く反するのは、中立が損なわれた印象を読者に与えるでしょうね。-- 2006年10月7日 (土) 08:24 (UTC)
新聞各紙の表現が、『記者ハンドブック 新聞用字用語集』によって強制・統制されているというならともかく、実際には各紙各記者の判断によってそれが採用されている訳で、用例が一律だからという理由だけでこれを排除するというのは無理があると思います。--ととりん 2006年10月7日 (土) 15:12 (UTC)

評価表の運用について[編集]

現在、評価表の各セルを示すのに特に形式がありませんが、候補名をその頭文字で、評価項目を付与した数字で呼びませんか?たとえば、項目「正式に用いられる」に1を付与して、「今上天皇()-正式に..」は(今1)、「日本国天皇-正式に..」は(日1)という具合です。--ととりん 2006年9月30日 (土) 14:25 (UTC)

数字を入れました。-- 2006年9月30日 (土) 14:51 (UTC)
さらに機械的に特定できるように「い」「ろ」「は」…を付しました。こんご類似の候補が殖えた場合に紛らわしくなりそうなので(たとえば、(XXX)をふくまない今上天皇とか)。「今上天皇()-正式に...」は(ろ.1)として言及できます。--dakusui 2006年10月1日 (日) 00:16 (UTC)
(F)書きやすいので(^^)ここに書きます。様々なご議論ありがとうございます。今resできませんので、しばらくお待ちください。ただ、ご意見はどんどんください。評価表については改めて後ほどその意図を説明いたします。-- 2006年10月2日 (月) 23:19 (UTC)
百科事典としての合理性、統一性といった評価項目は無いのでしょうか。 けんち 2006年10月8日 (日) 13:32 (UTC)
「合理性」を分割してわかりやすくしたのが上の評価項目のつもりなのですが。具体的には1、3、4、5、6、7、8などがあたります。「統一性」は12などがあたると思います。-- 2006年10月8日 (日) 23:46 (UTC)
Wikipediaでのリンク元としての合理性、他国の王族やその他の人物記事名との統一性などを想定しています。 けんち 2006年10月11日 (水) 14:15 (UTC)
リンク元としての合理性については、もはや問わないことでほぼ決着を見ているように思います。他の人物記事名との統一性との統一性は、そもそも名前の呼ばれない人の記事というのはあまりないので、統一性のとりようがない、というのが基本にあるように思いますが。-- 2006年10月11日 (水) 23:08 (UTC)

評価項目の軽重を判断する段階に進むための重要な相談[編集]

評価表が埋まりました。一ヶ所要出典になっていますが、そろそろ「-」か何かに変えようと思っています。

で、そろそろ評価項目の軽重を判断する段階に進むわけですが、2つご相談があります。

  1. 現在、「に.日本国天皇の御名」と「ほ.第125代天皇」は、すべての項目にわたって「は.天皇 (XXX) 」と比較し、同じかより低い評価になっています。このままでは、項目の軽重によらず、それを採択する見込みはありません。ので、次の段階に進む前に削除することになってしまいますが、よろしいでしょうか。
  1. もう一度過去ログ化したいのですが、よろしいでしょうか。

以上です。-- 2006年10月8日 (日) 01:02 (UTC)

評価表について確認したいのですが、各評価はまだ確定ではないですよね?「に.日本国天皇の御名」と「ほ.第125代天皇」の削除については、っさんに一任します。過去ログ化はせっかく行うのでしたら、何処に何を記せば良いのか判るように、予め見出しを設けておくなど工夫して頂けますと、助かります。-- 2006年10月9日 (月) 18:37 (UTC)

評価表(項目、内容)について具体的な変更案があれば、お願いします。そろそろ過去ログ化しますよーー。-- 2006年10月11日 (水) 23:09 (UTC)

提示された日時には異議が出ていないので(もう、かなり過ぎてしまいましたが)、実行していいと思います。--ととりん 2006年10月12日 (木) 09:45 (UTC)