Wikipedia‐ノート:出典を明記する/引用関連

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出典の明記とは引用元の明記にとどまらない[編集]

英語版Wikiの「Wikipedia:出典を明記する」では、referenceをcitationの一つのタイプとしています。referenceをこの日本語ページでは、「参照」、citationは「出典」の訳語を当てているのではないかと思います。その訳語の是非は置いておいて、ただ、意味として「参照」を書くということは、「出典」を書くということの一つの形であると考える英語版の解釈を踏襲すべきと思います。「出典」を示すことが、単に、情報源から文言をそのまま抜粋したときの「引用」に対して「出典」を示すべきであると狭く考えられているケースがあるように思います。 確かに著作権法で認められている「引用」では文言をそのまま正しく記載することが求められていますが、著作権法も大量の文言のコピーを著作権者の許諾なしにすることを認めていません。 Wikipediaでは著作権が新たに成立するように書く必要があり(これは著作権法の要請)、かつ、それぞれの文に対してその根拠となる検証可能な参照情報を求めている(これは著作権法の要請ではない)のであって、著作権の許される範囲で文言をそのままコピーしたときだけ、言い換えると、著作権法上の言う「引用」をしたときだけ、なにを参照したかという引用元を出典として求めているわけではないと考えます。

つまり、Wikipediaの「出典の明記」とは(著作権法のいう)引用元の明記にとどまらず、「参照元」の明記も含まれると解釈すべきと考えます。

--Kanehiro会話) 2012年10月9日 (火) 02:03 (UTC)

ある程度ウィキペディアの編集に慣れている人の間では、おおむねそのように理解されていると思いますよ。Wikipedia:出典を明記する#はじめにや、そこでリンクされているWikipedia:検証可能性を読めば、そのように理解できると考えられますが、不足ということであれば、修正を検討しましょう。実際にquote以外は不要だという主張がなされているのなら、ウィキペディアではそうでないと説明してあげてください。スタイルによっては、quote以外はあまり参考文献を並べないほうがいいというものもあったかと思いますが、書式はともかく、ウィキペディアではそれ以上に情報源を示すことが求められている、ということで。--Ks aka 98会話) 2012年10月9日 (火) 03:31 (UTC)
Kanehiro会話)です。
Ks aka 98さん
コメントありがとうございます。 そうはおっしゃいますが、いや結構Wikipediaに文書またはコメントを記載されている方の中にそのような方がいらっしゃいましたので確認作業をしていてこの文書に行き着きそう思いました。示唆されているように「慣れていない人」はなおさらだと思います。 英語版と同じ構成にして、referenceとcitationの関係が理解しやすいように書くか、日本語版では改めて、reference(参照) と citation(出典)の関係を明記してはいかがでしょう。--Kanehiro会話) 2012年10月9日 (火) 04:14 (UTC)
その具体的な例を記事か差分かで示してみてもらえますか?--Ks aka 98会話) 2012年10月9日 (火) 06:26 (UTC)
そうしたいと思います。しかし、少々お時間をください。--Kanehiro会話) 2012年10月10日 (水) 06:40 (UTC)
Kanehiroさんが挙げた疑問点はこれを含めていずれもまっとうなものだと思います。私もこれらの用語の使い方ではじめのうちはかなり悩んだのを覚えています。「引用」「出典」「脚注」「参考文献」「参照」という言葉は、オーバーラップを含みながら微妙に違うニュアンスで日本語版では使用されてますね。それで、Referenceに対する統一訳は日本語版では「参考文献」だと思います。ところが、参考文献はもっぱら脚注機能を使って表示するものですから、「脚注」という呼び方もされますね。それで、脚注機能を使って表示されているものの中には記事のソースとなる参考文献もあれば本来の脚注の意味での註もあるという状態です。「参考文献」はしばしば(記事の出典となっていない)Further readingsと混同されることもあります。「出典」は、ウィキペディア記事の元となったSourceの訳ですね。それで一番問題なのは、ご指摘の通り「引用」でしょう。これは日本語の問題かも知れないですけど、日本語版ではCite (citation)とQuote (quotation)の両方の意味で使われてますね。英語だとこんな混同は起きないのですが。うまい用語の統一法があればそのほうがよいでしょう。--Bugandhoney会話) 2012年10月9日 (火) 13:36 (UTC)

要検証:「現在のところ日本語版ウィキペディアでの引用はあまり勧められません」[編集]

本文には「現在のところ日本語版ウィキペディアでの引用はあまり勧められません」と記載されており、Wikipedia:著作権とWikipedia:引用のガイドライン を参照するように書いていますが理解できません。 引用は著作権法上正当な行為であり(無論制限や規則内でです)、また、こう書いている参照先の文書を見てもそのような記述が見られません。--Kanehiro会話) 2012年10月9日 (火) 04:22 (UTC)

これについての皆様のご意見をお願いします。ご意見はこの項目のサブ項目としてお書きください。--Kanehiro会話) 2012年10月9日 (火) 05:49 (UTC)

コメント簡単にいうと日本語版ではまだ公式なExemption Doctrine Policy (EDP、権利制限法理の適用方針)をコミュニティが採用していないからです。(参照:wmf:Resolution:Licensing policy/ja。)「引用」は日本著作権法の権利制限規定に基づいているので、日本語版プロジェクトはEDPの方針を作り、導入する必要があります。英語版にはen:Wikipedia:Non-free contentがありますが、日本語版にはこれに相当するものがありません(歴史文書化され、見送られています)。(参照:Wikipedia:フリーでないコンテントの使用基準およびWikipedia:屋外美術を被写体とする写真の利用方針)--Afaz会話) 2012年10月9日 (火) 06:41 (UTC)
コメントテキストの引用であればEDPは無関係で、ただ単に昔書かれた(おそらくはあまり正確でない認識に基づく)記載内容がそのまま残っているだけだと思います。
ちなみに、当該箇所が書かれた当時(2004年10月11日 (月) 17:39の版)の関連議論が
にあります。(現在のウィキペディア内の認識でいえば、上記2件の中ではLigarさんの主張が正論といえますが、当時は編集ガイドの記載もこんな感じ‎だったらしく)
そんな過去の経緯はさておき、現在最新の「Wikipedia:引用のガイドライン#改変を許諾するフリーライセンスと引用の関係」の記述を参照すると、フリーライセンスの魅力を損ねかねない過剰な引用を避けることは懸命な選択といえるでしょう、という呼び掛けは一応述べられているという感じです。まあそれだけのことです。--ディー・エム会話) 2012年10月9日 (火) 13:11 (UTC)
テキストの引用もEDPに関係ありますよ。ファイルだけじゃないです。著作権がある文章の引用は権利制限の法理を利用してますからね。その議論の当時、2004年から2005年ではこれをどう扱うか混乱してました。これに終止符をうったのが2007年の決定wmf:Resolution:Licensing policyで、各プロジェクトはそれぞれの方針を作成して導入可能というのが公式の方針となりました。日本語版ではこの方針の文書を作成・検討してましたが立ち消えになってしまいました。ただ、日本法で許されているものはOKというのが、今のプロジェクトの慣習的方針になっているようですが。テキストの引用、屋外美術を被写体とする写真などですね。しかし日本語版ウィキペディアでの引用はあまり勧められない状態はまだ続いています。Wikipedia:引用のガイドラインが私論扱いだったり、初心者にはさっぱり理解できない混乱状態のまま各文書が整理されず放置されているからです。--Afaz会話) 2012年10月9日 (火) 23:48 (UTC)
いえ、権利制限の法理を利用しているもの全てがすなわちEDPの対象というわけではなく、EDPはあくまで「それらのライセンス状態を考慮することなく許容する方針」なので。
理屈上は、テキストコンテンツをEDP対象となるライセンス状態(CC-BY-SAとか以外の非フリーなライセンス)で投稿することは技術的には不可能ではないですが、即ライセンス違反&利用規約違反(EDPでは救済不可能な違反行為)になるので想定する意味が無いので。--ディー・エム会話) 2012年10月10日 (水) 16:09 (UTC)
これはまったくその通りで、意味がよく分からない記述でしょう(私も過去に混乱しました)。新しくなった利用規約の7gでも、『「公正な使用」の下に投稿されたコンテンツに対する例外、または著作権法に基づく類似の例外が存在します』というように、再利用する際には著作権法の引用の範囲内テキストの引用が記事に含まれていることが前提となっています。単に除去するか、「テキストの引用はWikipedia:引用のガイドライン#引用の要件に従って行ってください」などと案内すればいいと思います。--Bugandhoney会話) 2012年10月9日 (火) 14:02 (UTC)
修正よろしく。--Kanehiro会話) 2012年10月10日 (水) 06:11 (UTC)
ところで、Afazさんの言われる「現在のところ日本語版ウィキペディアでの引用はあまり勧められません」と書かれている理由が、「簡単にいうと日本語版ではまだ公式なExemption Doctrine Policy (EDP、権利制限法理の適用方針)をコミュニティが採用していないから」が事実なら、その記述をまさに書くか、それへの参照を書いておくべきです。 しかし、少々腑に落ちません。著作において「引用」は正当な行為であり、通常の引用行為をWikipediaが制限をかける理由は見つかりません。より、Wikipediaにとって好ましい「引用」のあり方を決める予定であったにしても、「現行は一般規則である『日本著作権法』にいう『引用』の規則を遵守してください。将来、Wikipediaは著作権法に基づく運用細則(指針)を定める予定です」とでも書いておくべきでしょう。--Kanehiro会話) 2012年10月10日 (水) 07:21 (UTC)
Afazさんが言っているのはen:Wikipedia:Non-free contentのことなのですよ。英語版にはノン・フリー・コンテンツに関して包括的な指針があるのです。日本語版では、説明にあるとおり、ガイドラインになっているのは屋外美術写真に関する指針だけです。ただ、ウィキペディアに運用指針があるかどうかと控えるべきかどうかはかなり次元の違う問題かなとも思います。テキストの引用は著述分野においてかなりはっきりと確立した習慣だと思いますし、その基準はウィキペディア日本語版でも転載量が多かったり、転載の仕方に問題のある記事の削除依頼という形で日常的に実践されています。--Bugandhoney会話) 2012年10月10日 (水) 14:29 (UTC)
コメント ここでの本題から外れるので、EDPという単語はここでは一旦脇において頂いたほうが良いかと思います。
詳しく説明しだすと長くなるで、現在のウィキペディア日本語版での話に限定してウィキペディアの投稿ルールの仕組みを簡略におさらいしながら説明しますと、ウィキペディアの投稿者は、
  • すべてのテキストコンテンツをCC-BY-SA3.0(オプション的にGFDLも)というフリーな許諾条件でリリースするよう利用規約で義務付けられています。(利用規約7aおよび7c
  • テキスト以外の投稿は、
    1. テキストと同様にフリーなライセンス(日本語版の画像利用方針ではCC-BY-SA&GFDLに限定)での投稿が求められています。(利用規約7d, wmf:Resolution:Licensing policy/ja#決議 1)
    2. それに加えて、著作権法の権利制限規定が適用可能なコンテンツをライセンス状態に関係なく受け入れるローカルルール(EDP)をウィキペディア日本語版が独自に作成することが認められています。(利用規約7d, :wmf:Resolution:Licensing policy/ja#決議 2)
ということで、テキストは基本的に問答無用で全部フリーライセンス(CC-BY-SA, GFDL)なので、EDPの出る幕は無く。過去の引用問題のすったもんだ(#過去議論)では、フリーライセンス(当時はまだCC-BY-SAではなかったのでGFDL)に引用を用いること自体がNGという仮説(ウィキペディアの方針違反ではなく、ライセンス違反という説)がなんか結構広まってて紆余曲折があったんだろうと思いますが(ひとごと)、今はさすがにそういう言説も払拭できていると思いますのであまり気にしなくて良いでしょう。
英語版では、EDPに該当する方針文書(en:Wikipedia:Non-free content)にテキストの引用に関しても言及しているというのはBugandhoneyさんのご説明のとおりですが、そのあたりの方針文書の構成はその言語版の裁量の範疇になろうかと思います(wmf:Resolution:Licensing policyの英語版EDPでの解釈については当該文書2段落目のとおりで、直接の対象はあくまで"non-free images"ですね)。
それを今後も引きずる必要もないので、当文書の引用に関する言及の文言調整は基本的に賛成です。--ディー・エム会話) 2012年10月10日 (水) 16:09 (UTC)
コメントえーと、競合したみたいですが。著作権法上正当な行為なのは言うまでもないです。フリーライセンスでは、引用した側が、引用を含む著作物を自由な改変を認める際に、正当ではない形になりうるというところが問題になります。改変を認めるライセンスと、複製元の同一性保持や、利用する側の著作物のあり方に一定の要件を科す「引用」とのコンフリクト。引用を含む著作物は、まったく自由な改変はできなくなってしまいます。
日本語版初期においては、フリーライセンスでリリースする場合は引用を含めるべきではないという考えがありました。その文自体は、その頃の名残りです。フリーライセンスは、もともとプログラミングの世界で発展したもので、プログラムだと「引用」てのはあんまり考えられないのですね、たぶん。GFDLにしても、CCにしても、引用や写りこみが混乱を引き起こす可能性については、ライセンスを作る側も、あまり考慮していないような印象を受けます。CC-JPにも関わっている弁護士さんと、たまにディスカッションをしてはいるのですが、それほど簡単に結論が出ない例もあります。
フリーであることを重視するなら、制限をかけることになるのだから、引用は避けることになるし、できないと考えることもそれほど無理筋ではない。
ぼくは、引用を含む著作物について、引用している著作権者がCC-BY-SAでライセンスすることは可能だと考えていますし、百科事典を書く上では、法やライセンスの面で問題が生じないなら、避けられないことだと思います。それを改変する際に、なお引用部分を利用する場合には、適法な状態を保持する範囲内で改変する、という制限は付きますが、それでも充分な自由度を持つ利用ができる、ということで。
ただし、引用は自由な改変に制約を与えるものですから、基本的には勧められるものではなく、百科事典の記述として必要な限りにおいて、通常のような著作権を保持した著作物の引用よりも慎重に、抑制的に行うことが好ましい。それから、どの程度機械的な判断が可能ならよしとするかという部分も、いろいろな意見があります。運用の細則ということではなく、一般には勧めにくいもの、なんです。法やライセンスの上で問題ないと、自分で判断して、引用する分には構わないと思いますが。
テキストの引用であればEDPは無関係だったという記憶があるのですが、英語版は一応EDPに含まれてますね(Wikipedia:Non-free content#Text)。--Ks aka 98会話) 2012年10月10日 (水) 16:14 (UTC)
この話題で何回か議論になってますけど、ディー・エムさんとの間で見解に微妙な隔たりがありますよね。
写りこみが混乱を引き起こす可能性というのは、フリー・ライセンスで公表された写真に写りこんでいた人物の権利がどうなるか不明というようなことですよね。Wikipedia:Text of Creative Commons Attribution-ShareAlike 3.0 Unported Licenseでは一番目立つところに、ライセンスによって全く影響を受けることのない権利としてパブリシティ権とプライバシー権が挙げられてますけど、それにもかかわらず、ライセンスを作る側も、あまり考慮していないということでしたら、なかなかつらいものがありますね...。フリー・ライセンスというのはもっぱら著作権にかかわることであって、それ以外の権利が制限されるわけではないというのは当たり前なのであって、まったく自由に改変可能というわけでもないと思うのですが。
再利用のされ方は日本語版がそれほどまでに悩むべきことなのでしょうかね。日本語版で引用に関してどんな運用細則があったところで、再利用したい人は利用規約の7gに従うしかないわけであって、そこに、コンテンツの再利用は歓迎されますが、「公正な使用」の下に投稿されたコンテンツに対する例外、または著作権法に基づく類似の例外が存在しますと書いてあったら、ウィキペディアの記事にはノンフリーのコンテンツが含まれている場合があってそれは改変できないということを了承した上で再利用するしかないと思いますけど。--Bugandhoney会話) 2012年10月10日 (水) 20:24 (UTC)
あと、引用が適切に行われているかどうかを一編集者の判断・責任に帰する必然性はウィキペディアではないでしょう。ある引用が著作権法の要件を満たしているかどうかは、ウィキペディアでは基本的に別の編集者によってチェックされているのであって、解釈の余地のあることですから、議論を通してもっとも妥当な判断に至ろうとします(たとえば、外部文献のコピペに関する特定版削除依頼とかWikipedia:井戸端/subj/外国語の古典文学の日本語訳からの引用についてとか)。--Bugandhoney会話) 2012年10月10日 (水) 20:48 (UTC)
あー、ちょっと違う。著作権の問題として、です。付随対象著作物としての利用としてはもうすぐ法が改正されますし、思想や感情が感得できない写りこみは著作物の使用とされないことがあります。そういう写りこんだ著作物(ディスカッションした具体的な例は、これともちょっと違うんですが)。改変しなければ問題ないけれど、改変の様態によっては権利侵害になるようなものの扱いの問題。NDにすれば解決するものではあるけど。
引用が適切に行われているかどうかは、ウィキペディアのコミュニティやウィキメディア財団に帰するものではなく、編集当事者の判断・責任に帰するもので、その判断や責任が間違っていて侵害となるようであれば、侵害された権利のために当事者の判断を超えてコミュニティが対処する、てことだと思いますよ。実際に争いになるまでは、妥当な判断に至ろうとするという力が働きますが、そのコミュニティの判断が正しいとは限らず、しかしそれでも責任は編集当事者にかかる。--Ks aka 98会話) 2012年10月11日 (木) 03:47 (UTC)
すいません。やっぱり意味が分かりません。それってたとえば街中で撮影の了承の上モデルの撮影を撮っていたら隣のビルの企業ロゴが写りこんでしまったとか、昔話題に上ったランプの広告写真に床の間の書が写りこんでいた、とかいう例ですよね。フリー・ライセンスって撮影者の権利のことだけを言っているのであって、人物であれ著作物であれ被写体にまつわる権利はフリー・ライセンスをつけたところでなんら影響を受けない、ということだと思うのですが。ライセンスは被写体にまつわる権利をなんら制限しないわけですから、被写体にまつわる権利に配慮するのは再利用者の責任・モラルの問題ではないですか?ライセンスした人の責任ではなくて。撮影者から許諾を得た上でモデルの写真を雑誌に掲載するなりランプの写真を新聞チラシに載せるなりしたとしても、被写体や写りこみにまつわる権利に配慮しなければならないわけであって、フリー・ライセンスであるかどうかはこの際関係ないと思うのですが。--Bugandhoney会話) 2012年10月11日 (木) 14:53 (UTC)
フリー・ライセンスって撮影者の権利のことだけを言っているのであって、ていうのはその通りで、ぼくも日本語版でそれを主張してきた一人なんですけど、それでほんとうに「フリー」にできるかってのは、議論の余地がないものではなかったりするんですね。引用に関してはCCJPのFAQが、明文でそのスタンスに立ってくれているってことなら、まあいいのかな、とは思いますが、CCとはそもそも何ぞ、というような話もありまして。でもまあ、百科事典の記述として必要な限りにおいて、通常のような著作権を保持した著作物の引用よりも慎重に、抑制的に行うことが好ましいと思うんですよ。--Ks aka 98会話) 2012年10月15日 (月) 16:52 (UTC)
コメントどうもです。とりあえず、英語版の運用はディー・エムさんの解釈でうまく説明できるようです。外部に配布することを前提としたPDF化機能では、ノンフリー画像は除去されている一方は、引用文はテキストに取り込まれたままSS-BY-SAのライセンスを付けてます。ノンフリーコンテンツはSS-BY-SAとは無関係にウィキペディアとして受け入れる、けど、さすがにそれにSS-BY-SAをつけて配布するのはまずいだろう、というようなことのようのです。テキストはそれとは別のようです。英語版の引用ガイドラインには百科事典として引用は多用すべきではないとは書いてありましたけど、ライセンスに関する説明はありませんでした。--Bugandhoney会話) 2012年10月16日 (火) 04:05 (UTC)

著作権の言う引用とWikipediaの引用は違うのか[編集]

まず、許諾なき写真の再利用は著作権が正当としている引用には当たりません。また、原著の記述を許諾なき改編して「引用」として載せることも著作権が正当としている引用に当たりません。著作権の一部として同一性保持権[1]があります。いずれも、著作権上は著作者の許諾が必要です。ですから、著作権上の引用を制限するような文言を載せるとはふさわしくなく、著作権上の引用は当然認められると取れるように記述するべきだと申し上げました。また、ここでの議論は「引用」行為を著作権上の「引用」より広く取っている方が多い(Bugandhoneyさんがおっしゃっていたように、「引用」という言葉が定義されていないことが問題でしょう)。それは著作権上の引用を理解しているか否かは別としてです。Wikipediaに参加している人がすべて著作権上の引用を理解しているとは思えませんので、やはり、「現在のところ日本語版ウィキペディアでの引用はあまり勧められません」と書くと誤解を受けるので、もう少し詳しく書く必要があります。 著作権上の引用とWikipediaの引用(ここで一部の方が言っている引用)は同じではありません。しかし、Wikipedia当然著作権法を遵守する立場ですし、誰もがその違いを理解しているわけではありません。たとえば、「著作権上の引用の規則を守って引用してください。 Wikipediaでの他の著作の再利用の指針については現在検討中です。」などと、記載すべきでしょう。 また、「引用」という言葉を著作権上のそれと違って使うのであれば、Wikipediaの「引用」と著作権上の「引用」との違いについて説明しておく必要があります。
  1. ^ 歌手の森氏が『おふくろさん』を歌えなくなったのはこれに抵触したためです。

--Kanehiro会話) 2012年10月10日 (水) 23:23 (UTC)

老婆心ながら付け加えておきます。著作権は「引用」と「利用」を区別しています。引用は著作権者の許諾は必要ありませんが、「利用」は著作権者の許諾が必要です。なお、許諾は著作権者自身が事前に条件付、または、条件なしで許諾している場合があります。ですから、「利用」時に改めて著作権者に許諾を求める必要がない場合があります。 また、多くの政府が出す文書、法律にはもともと著作権がないものとされています。Wikipediaの記事は条件付で許諾していると理解しています(この辺確認することが私には必要)。--Kanehiro会話) 2012年10月10日 (水) 23:36 (UTC)

今一言。著作権は「使用」と「利用」も区別しています。 本を個人的に読むのは使用ですが、朗読会で読み上げるのは原則的には「使用」でなく、「利用」にあたり許諾が必要です。--Kanehiro会話) 2012年10月10日 (水) 23:46 (UTC)

引用は有効な表現方法であって、それを使えばよい場合もあり、適切に使うことを推奨すべき[編集]

Kanehiro会話)です。 1) 「引用は自由な改変に制約を与えるものですから、基本的には勧められるものではなく」 2)「百科事典の記述として必要な限りにおいて、通常のような著作権を保持した著作物の引用よりも慎重に、抑制的に行うことが好ましい。」(Ks aka 98(会話) 本日 1:14 am (UTC+9)さんのご主張)とする理由がまったく理解できません。

「自由な改変に制約を与える」ことがどうして、「基本的に」、(著作権上)の「引用」が「勧められない」理由となるのでしょうか? 「引用」では「改変」に制約を与えるのは事実ですが、表現を改めたいのであれば、引用としてではなく自己の表現とし、その根拠として、注に出典を入れればよいだけです。 改変を与えずに原著作者の表現を記載することが望ましいこともあります。英語版のen:Wikipedia:Citing_sourcesでは次のように言っています:

"A footnote may also contain a relevant exact quotation from the source, if this may be of interest (this is particularly useful if the source is not easily accessible)."

ここで、relevant exact quotation とは、著作権の言う引用(改変のない抜粋)です。別のところではfootnoteに限定せず、exact quotationがどんなメリットがあるかを記載した箇所があったと思います。 見つければまた記載します。

「百科事典の記述として必要な限りにおいて、通常のような著作権を保持した著作物の引用よりも慎重に、抑制的に行うことが好ましい。」とのご主張ですが、「百科事典」としての特殊性があるようなことをおっしゃっていますが、なぜそう言えるのか理由を教えていただけるとありがたいのですがいかがでしょうか? --Kanehiro会話) 2012年10月11日 (木) 01:52 (UTC)

引用の適法要件は被引用部分の表現や体裁だけに関するのではなく、主従関係や必然性の要請を通して引用を含む記事全体の内容を拘束し続けるものです。その点についてはどう考えますか。- NEON会話) 2012年10月11日 (木) 03:08 (UTC) 追記- NEON会話) 2012年10月11日 (木) 04:17 (UTC)
NEONさん、Kanehiro会話)です。遅ればせながら、コメントさせていただきます(こういう挿入は問題ありませんよね。) 引用と主従関係の問題、重要な問題ですね。 引用は許されているが、その抜粋をしている側の文書の創作性が、被引用側に主によっているのならそれは著作権で保護対象とならないばかりか、著作権違反となるということとおおむね言ってよく、また、これは引用に限ったことではなく「正確な抜粋」でない利用においても同じだという風に理解しています。
ただ、引用をすることにデメリットが大きい場合もあれば、メリットが大きい場合もありますよね。、したがって、ガイドラインではその「拘束」のデメリットについての注意を喚起して、各編集者が引用をすることのメリットとデメリットを秤にかけていただくよりしかたがないのではないでしょうか。 そういう意味で、「基本的には勧められるものではなく」という表現はいかがなものかなと考えます。 代わりに、例えば、「引用をすることによって、その部分が改変できなくなりWikipediaの精神に反する場合があります。一方で、原典の主張に正確に基づいた著述ができてその主張の検証可能性(やはりWikipediaの精神)について疑う余地がなくなる場合もあります。これらとそのほかのメリットとデメリットをよく考えて引用をするのかそれ以外の許される自分なりの言葉による記述を行うのか決する責任が編集者にあります。ただいずれにしろ出展情報の明記が必要です。」 云々などと記載するのはいかがでしょう。  --Kanehiro会話) 2012年10月15日 (月) 04:51 (UTC)
たとえばたった数文字の引用テキストがウィキペディアの精神に反するということはありえないでしょうし、さりとてフリーライセンス著作物の大部分が著作権法上の権利制限(引用・屋外美術など)によって複製した改変不可の要素で埋めつくされていたら(ライセンス上では禁止されていないとしても)信義的に問題がないとはいえないでしょうから、結局は程度問題であって、「過剰な引用はあまりおすすめしません」みたいなことをふわ~っと述べているWikipedia:引用のガイドラインにリンクを張っておけば必要十分だと思います。--ディー・エム会話) 2012年10月15日 (月) 15:04 (UTC)
「引用」のガイダンスだけでなく、他の情報の「利用」のガイダンスが必要とおもいますが、あるんでしょうか? そのなかには次のような記載がほしい。
*「引用」とその他の「利用」の違い
*Wikipedianはその他の情報をどう扱えば良いのか
*Citation (出典情報の記載)はどう記載すれば良いのか。
*どういう時に「引用」が望ましいのか、どういう時に「引用」ではなく それを自分なりの言葉に置き換えて表現する事が望ましいかの説明
*それらをWikipedia記事の共同して編集していくプロセスの中で説明する。--Kanehiro会話) 2012年10月15日 (月) 17:42 (UTC)
  • ウィキペディアにおける情報の扱い方(資料の取捨選択や記事の著述にあたっての約束事といった意味だとすると)について、最も根幹となる方針は「Wikipedia:独自研究は載せない」(関連する基本方針として「Wikipedia:中立的な観点」)になります。
  • Citation (出典情報の記載) に関するガイドラインはこの文書「Wikipedia:出典を明記する」(その基となる方針は「Wikipedia:検証可能性」)です。
  • 引用(quote)に関する助言(引用とは何か・引用の用途など)としては「Wikipedia:引用のガイドライン」が参考になると思います。一度にあれもこれもというのは大変ですので、時間と余力のあるときに随時参照して頂き、何か問題や不足点があればそれぞれのノートページで問題提起などお願いします。--ディー・エム会話) 2012年10月16日 (火) 14:10 (UTC)
 ありがとうございます。お示しいただいた文書を順次読まして頂きます。また、それぞれ、気がついたことがあればそれぞれのノートページで記載させて頂きます。 ja:Wikipedia:用語集で、「引用」の定義と、参照文書へのリンクが欲しいですね。「引用」という言葉をja:Wikipediaでは曖昧にすることなく明確にしておく必要がある。別のところに書かれた提案、まさに我が意を得たりです。 なお、「引用」の問題はあちこちで議論になっています。いくつかは私が火をつけたものですが。おそらくそちらもご覧になっていると思いますが、まとまった議論が必要と思います。 お示しの文書や提案をよく理解した上で必要があれば再度どこかで問題提起します(それまでは個別対応ですが)。--Kanehiro会話) 2012年10月16日 (火) 23:46 (UTC)
私の理解では引用の要件は満たされているという前提の話だと思います。要は、フリー・ライセンスという著作物の形態が、法的な引用の要件以上のものを課しているかどうかというのがこの話題の焦点だと思います。--Bugandhoney会話) 2012年10月11日 (木) 14:53 (UTC)
ライセンスだけの問題では無いと思います。引用した本人は要件を満たすように編集するでしょうが、Wikipedia ではその状態が持続するとは限りません(例[1])。この編集は戻さざるを得ませんでしたが、このような revert は「自由な改変への制約」に該当しませんか。- NEON会話) 2012年10月15日 (月) 00:34 (UTC)
その主張の矛先がどっち向きなのかちょっと把握できないのですが、それは引用でない表現に改稿した編集([2])がまずいという意味ですか?それとも引用を用いない記事を再び引用の形式に戻した編集([3])がまずいという意味ですか?--ディー・エム会話) 2012年10月15日 (月) 15:04 (UTC)
ディー・エムさんに同じく、なんの例示なのかちょっとよく分からなかったのですが、引用文がすでにある記事を引用の要件を保ったまま加筆するというのは、それなりに配慮と注意力が必要なことだとは思います。ただ、引用文のない記事でも、後続の編集者がそれなりに配慮と注意力が必要なことはいくらでもあります。たとえば、出典情報を間違って消したりしないようにしなきゃだめですし、インライン形式で出典が示されている場合は、本文と参照番号の対応関係を保ったまま加筆する必要があります。後者は特に、引用の要件を保ったまま加筆することと比べても難しいことです。ウィキペディアがそのような編集作業を前提としているのであれば、引用の要件を保ったままで加筆することは特に問題にはならないでしょう。
それで、引用文のある記事は自由に改変できないというのは、2012年10月12日 (金) 17:39のコメントでも説明したとおり、ナンセンスです。ウィキペディアやCC-BY-SA文書では、引用文の改変は自由に行うことができます。引用という形式を止めて、自分の言葉で置き換えることによって。仮に引用が一切認められないとしたら、文献を参照する際にはその内容を必ず自分の言葉で言い換える必要があります。外部文献は自分の言葉で置き換えられるのに、それがウィキペディアに載ったとたんに自分の言葉で言い換えできなくなるというのであれば、理不尽でしょう。--Bugandhoney会話) 2012年10月16日 (火) 03:22 (UTC)
出典を消さないとか対応関係がどうのというのは Wikipedia の内規による要請で、ほったらかしても対外的な問題は生じません。一方、引用の要件は著作権法に基づくもので、これが失われたならばケースBで特定版/版指定削除の依頼を出さなければなりません。最低でも地雷化しないよう差し戻す必要があります。難易度の問題ではなく、結果の重大さと対処に要する手間の問題です。Ks aka 98 氏の懸念するところとは違うでしょうが、私は上記の理由から引用を慎重に、あるいは抑制的に行うよう勧める旨は妥当だと思います。
後半の、引用自体を解除することについては私は論点にしていませんし、引用の禁止も主張していません。- NEON会話) 2012年10月16日 (火) 13:52 (UTC)
「引用自体を解除することについては私は論点にしていません」ということですと、上記の実例(引用の体裁で書かれた記事→引用でない表現に改稿[4]→再び引用の体裁に差し戻し[5])は論点とあまり関係なしという理解で話を着地して良さそうですか?(そもそもこのガイドラインの守備範囲からは外れていそうな事柄ですし)--ディー・エム会話) 2012年10月16日 (火) 14:22 (UTC)
例示する記事を誤っていたようです。混乱させてしまって申し訳ありません。その例では確かに引用自体が解除されています。私が懸念するのは、「-から引用」の文言を残したまま改変されたり、WP:Qで言及されている例のように次第に主従関係や必然性が失われて削除依頼が必要になる、そういう事態です。- NEON会話) 2012年10月16日 (火) 14:49 (UTC)
外部の文献をまるごとコピペするな、というのはあちこちに書かれているにもかかわらずしょっちゅう起きていて、日常的に削除依頼が出されています。ということは、要するに引用文によって生じうる問題よりも深刻な著作権違反に今でも特に問題なく対応できていて、大きな混乱は生じていないということです。これに加えて、編集の結果引用文が引用の要件から外れてしまって再編集が必要になるとか(というのは見たことあります)、版指定削除が必要になるとか(というのも見たことあります)、というようなことがウィキペディアのシステムにとって格段に重荷になるということはないでしょう。--Bugandhoney会話) 2012年10月18日 (木) 13:33 (UTC)

加えて申し上げます。「百科事典」にも「著作権」があります。 「辞書」や「電話帳」ですら著作権が成立します。

百科事典の一種であるWikipediaは「著作権」を捨てていないはすです。著作権を保持した上で、「自由」利用を勧めているはずです(確認が必要かも)。

私が申し上げているのは、問題とした一文が、「引用」と一般的に書いている[1]ため、「著作権」のいう「引用」を知っている者にとっては奇異に感じるわけで、もし、その「引用」が著作権の「引用」と違うのであれば、明記が必要であると申し上げているのです。また、その場合は、Wikipediaの引用の意味を暫定的にでも記載しておく必要があります。そうでなければ、読者は理解できません。

  1. ^ Wikipediaの「引用」であって、必ずしも著作権上の「引用」でないことを明記・限定せず書いている

--Kanehiro会話) 2012年10月11日 (木) 02:32 (UTC)

えーと。辞書の個々の記述だとどうだろう。電話帳は、全体としてその並びが編集著作物になることはありますが、個々の番号や50音の配列では著作権は生じません。百科事典記事には、おそらく著作権は生じますが、近年の判決からは微妙なところもあります。
ついでに「使用」「利用」の区別はそれほど厳密ではないとする意見もあります。引用は条文上は「利用」ですね。--Ks aka 98会話) 2012年10月15日 (月) 17:00 (UTC)
著作権にお詳しいようで。「第三十二条  公表された著作物は、引用して利用することができる。」ですから、「引用」は「利用」の一形体という分けですね。 辞書や電話帳はお書きのように「編集著作物」になることがあり、各項目はデータであって、著作物でない場合があるという議論ですね。しかし私が「引用」「利用」「使用」なる言葉を持ちだした理由はそれについて議論したいからではありません。「引用」という言葉がWikipediaの記事名前空間以外の名前空間(文脈)の中で乱暴に使われていることの問題を申し上げるためでしたが、言葉足らずであったかもしれません。
法律という文脈でこれらの言葉は区別され(あるいは同じとしたり)議論されているということです(その関係は複雑です)。 日常的には、「から引用する」「を参照する」「を見る」は大した違いなく使われており、英語でも cite, quote, refer toはそれほど違わないものとして使われている。事実Oxford Dictionary of Synonyms and Antonyms で1999 ISBN 0-19-860286-3はこれらがみな同義語として使われている。 しかし、英語Wikipediaの記事名前空間以外の名前空間では、cite と quoteは厳格に違う意味として使われている。そのことは英語版の方針文書を見ればわかる。それにも関わらず、citeにも「引用」、quoteにも「引用」と訳語を与えているWikipediaの自称物知りがいることに苛立ちを禁じ得ないのです。 --Kanehiro会話) 2012年10月15日 (月) 17:28 (UTC)
citeにも「引用」、quoteにも「引用」という訳語を与えているのは「Wikipediaの自称物知り」ではなくて、日本の社会だと思うんですね。そして、別段物知りじゃないけど、翻訳を担ってくれている人たちが、citeやquoteを含む方針やガイドラインを訳すこともあるでしょう。
それを、ウィキペディアで統一して区別した言葉をあてはめたからといって、ウィキペディアに慣れていない人たちにはわからない。ならば、その区別ができるように説明的に書くのが好ましいでしょう。混乱しそうなところもあるだろうし、区別できるはずってところもあるだろうけれど、混乱しそうなところは、直していけばいい。--Ks aka 98会話) 2012年10月15日 (月) 19:03 (UTC)
少々クールダウンします。 「引用」と「出典の明記」, quote と citate (source) の混用は日本だけに見られる現象ではないことについ最近気が付きました。先にも述べましたように、一般の英英辞典でも citate を調べると、quoteが載っていたりするのです。Oxford 同義語辞典(1999)でもです。 しかし、en:Wikipediaの名前空間では(つまり結局普通の言い方をすると、Wikipediaの文脈では)quote と cite(さらにparaphrase)は 峻別しているようです(さらに確認作業が必要ですが)。 
つまり、この混用は「専門的」であるか「一般」であるかの違いであり、Wikipediaを良く理解するか否かの違いです。一般の人がquote と citeを区別しない、「引用」と「出典の明記」を区別しない、ゆえに、cite にも quoteにも「引用」の訳を与えていることに原因があるのではないと考えます。 つまり、日本Wikipedianの社会の問題なのですよ(そういうコミュニティが日本に多いという意味では日本の問題ですが)。
「区別できるように」する最も有力な手段が用語の違いを明確にすることです。私が言っているのはWikipediaの記事名前空間以外の,どちらかというとシステムよりの名前空間での話です。たとえば、HELP名前空間、Template名前空間です。一般の記事では社会の使い方でもよいわけです(記事にもよりますが)。 
「区別できるはずってところもあるだろうけれど、混乱しそうなところは、直していけばいい。」とわたしもそう考えています。 だから提案しているのですが、一部の自称Wikipediaの物知り(古参には違いない)の方が、「発言をするな」とか「発言を」有無を言わさず削除したりする者もいるのですよ。あなたにこれを言っても仕方がないが。--Kanehiro会話) 2012年10月16日 (火) 02:17 (UTC)

提案 そういう趣旨であれば、本文中の

の計7か所に書かれている「引用」という語を「参照」に書き換えるということでいかがでしょう?--ディー・エム会話) 2012年10月16日 (火) 13:13 (UTC)

(以降の議論を『引用に関する記述部分の文言修正について』節の「#提案その2」に移動しました。--ディー・エム会話) 2012年10月20日 (土) 15:54 (UTC))

ご質問の用語・概念について[編集]

コメントウィキペディアで使われる用語や概念など、Kanehiroさんのご質問について。

「引用」について
「Wikipediaの引用」という固有の概念があるわけではなく、基本的にウィキペディアの文書や議論(特に比較的新しい最近の文書や議論)でいう「引用」は著作権法上の引用のことだと理解頂いて差し支えありません。
ウィキペディアの記事の利用許諾について
ウィキペディアの記事は条件付きで再利用を許諾しています。かいつまんでいうと、その条件は「クリエイティブ・コモンズ 表示-継承ライセンス」(「CC-BY-SA」と略記されます)という著作物利用許諾契約を遵守し、継承することです。その条件と引きかえに、不特定の第三者に対して自由な著作物利用を許諾します。契約受諾の確認や意思表示は必要なく、誰かが当該著作物を利用することで自動的に即発効となります。ウィキペディア内での記事の編集行為(誰かが投稿した記事を他の誰かが無断で自由に改変して更新・再掲載する行為)もこの許諾契約に基づいて行われています。そのため、ウィキペディアの各ページ(のフッター)にはその許諾契約文書へのリンクがもれなく表示されています。
ウィキペディアのもう一つの利用許諾について
2009年以前のウィキペディアは、CC-BY-SAでなくGFDL(「GNU Free Documentation License」の略・日本語訳はここ)というライセンス(利用許諾契約)を採用していました(Wikipedia:ライセンス更新)。CC-BY-SAとGFDLは条件面で類似点・共通点も多いですが、それを策定・推進している団体も異なり内容的にも相違点が存在します。現在のウィキペディアでもこのGFDLの許諾は基本的に継承されているため、(ウィキペディア外から取り込まれたテキスト等の一部例外を除いて)ウィキペディアの記事はCC-BY-SAかGFDLいずれか一方の条件に従えば自由に利用可能な状態となっています(このような2択の許諾状態をしばしば「デュアルライセンス」と言ったりします)。
ウィキペディア外の著作の再利用の指針について
ウィキペディアにウィキペディア以外からのテキストを取り込んで投稿する場合の条件は、ウィキペディアの利用規約に定められています(各ページのフッターにリンクがあります)。その条件は、ウィキペディアに投稿される全てのテキストが「クリエイティブ・コモンズ 表示-継承ライセンス」(CC-BY-SA)の許諾条件の下で提供されること。それを実現する主な方法は、全ての権利者からCC-BY-SAと互換のある許諾条件での著作物利用の承諾を得るか、著作権法上の権利制限規定に基づき権利者に無許諾で著作権保護されたテキストをCC-BY-SAの下に取り込むか、です。「引用」はその後者に該当します。
自由に改変可能な許諾条件の文書に改変不可である引用を行うことに対して、それを否定する声が過去のウィキペディア内にはありましたが、地道に誤解を払拭されてきた先人の編集者の方々の取り組みの結果、現在ではその論法は既に否定され、支持を得ていないと思います。他方、自由な改変が可能なはずのウィキペディアの文書で極端に過剰な引用をおこなってしまうと、不特定多数の自由で大胆な編集によって継続的な記事の改善を実現するというウィキペディアの利点が縮小するという副作用も考えられ、「引用のガイドライン」では禁止や強制でなく呼びかけの表現でそのことを述べています。
ウィキペディアの記事等の「著作権」について
ウィキペディアに投稿されたテキストその他のコンテンツは、基本的にはそれを投稿した個々の編集者(著者本人)が著作権を放棄せず保持した上で、自由利用の継承・拡大を実践するという仕組みの下で提供されています。具体的にいうと、ウィキペディアの記事等の著作者であるウィキペディアの個々の編集者は、それぞれのコンテンツを無断複製・無断改変する自由を不特定の第三者に対して許諾する代わりにその交換条件として、その無断複製や無断改変された著作物も同条件で不特定の第三者による自由利用を許諾するよう義務づけています。ウィキペディアの投稿者自身も利用規約とライセンスによってその義務を負っています。それがウィキペディアの許諾契約(CC-BY-SA, GFDL)の根幹です。

これでご質問に答えきれているかどうかわかりませんが、できるだけ簡潔に説明してみました。--ディー・エム会話) 2012年10月11日 (木) 08:02 (UTC)

丁寧な解説ありがとうございます。 いま少しお示しの資料をよく読んでみますが、とりあえず、現時点での理解と疑問を書かしていただきます。 いわく、ウィキペデアでいう「引用」は著作権の言う「引用」と同じであるということですね。ということは改変可能な引用というものはないと思いますが、そういう理解でよろしいでしょうか? 著作権法上は、許諾を得て、そのような利用が可能になって初めて、原著作の文言を改変できると考えますがいかがでしょう。 あるいは、著作権法は許諾されたものについては「引用」において改変可能であるとの言い回しを使うのでしょうか? 私もいま少し調べてみます。ディー・エムさんありがとうございました。--Kanehiro会話) 2012年10月11日 (木) 10:39 (UTC)
追加のご質問について、簡単ですが分かる範囲でお答えします。
改変可能な引用というものはないと思いますが、そういう理解でよろしいでしょうか?
→基本的にはそのとおりだと思います。
細かい事をいえば翻訳(著作権法43条)とか要約による引用とかはありえますが(引用のガイドライン#引用の要件 8・「「同」脚注10に解説と判例の紹介)、ここでの議論でそこまで突っ込んで考える必要性はないように思います。
許諾されたものについては「引用」において改変可能であるとの言い回しを使うのでしょうか?
→いいえ。少なくともウィキペディアではそういう言い回しは見かけません。
捉え方の問題ではありますが、基本的には、それを「引用」の概念に含めて論じる必要性が無いのだろうと思います。
ご参考まで。-ディー・エム会話) 2012年10月11日 (木) 13:24 (UTC)
(追記)CC-BY-SAにおける「引用」の扱いについて、
「Creative Commons JAPAN」サイト "FAQ:詳細版"(←クリックするとリンク先へ飛びます)
  • 「引用その他の場合には、その作品を複製できますか?」と
  • 「引用その他の場合に、目的を変えて引用したり、改変したりできますか? その際に注意することは何ですか?」
の項目もお読み頂ければ参考になるかと思います。--ディー・エム会話) 2012年10月11日 (木) 14:00 (UTC)
Kanehiroさんのポイントに同意するのですが、ウィキペディアにおけるテキストの引用は抑制的でなければならない、というのは理不尽だと思います。要するに、引用の要件を満たした引用文が含まれている百科事典的な記事を書いたとして、それをすべての著作権を保持したまた自分の名前で公表しても何も問題がないのに、同じ文章をウィキペディアにフリー・ライセンスをつけて投稿すると問題になる、というのはナンセンスです。ウィキペディアは百科事典を作るプロジェクトであって、それにもっとも適した形態としてフリー・ライセンスを採用しているだけなのであって、フリー・ライセンスを実践するために(自由な改変を広めるために)ウィキペディアがあるわけではないです。百科事典の要請として引用が必要なのであれば引用を用いるべきなのであって、抑制的である必要はないです。再利用者は、百科事典の記事にはその性格上、改変不可な部分もあるということを了承した上で再利用するしかないです。
というわけで、Afazさんのこの編集[6]には同意できないです。--Bugandhoney会話) 2012年10月11日 (木) 14:53 (UTC)
コメント ディー・エムさん(2012年10月11日 (木) 14:00 (UTC))、Kanehiro会話)です。
さらにご説明いただきありがとうございます。 著作権「引用」とWikipedia「引用」は同一であること、改変された原著作の文言が利用されたものは「引用」とは呼べないこと、ただ、翻訳されたものについては「引用」と呼べる場合があるとのご見解であることが分かりました。
翻訳による引用は、創造するに正確に翻訳されていることが前提、翻訳されているという点を除いては同一といことが前提なのでしょうね。
そこでいまひとつおうかがいいたします。
ちょっと触れておられる「要約による引用」ですが、これは、:「引用のガイドライン」の「引用の要件」の第8項[1]によれば、

要約(著作権法上の要約...をいう)による引用については、認めた裁判例はありますが、学説上は認められないとする見解が有力であるため...、本方針はそれを推奨しません。著作権法上の要約に該当しない『まとめ文章』の投稿は自由です。

ということですから、「要約による引用」という概念はWikipediaの指針としては正当ないということですね。 そういう理解でよろしいでしょうか? また、結局「正確な文言の転載なくしては、翻訳が介在してもよいが、引用とはいえない」ということであると理解してよろしいでしょうか?

    --Kanehiro会話) 2012年10月12日 (金) 03:21 (UTC)

    • Bugandhoneyさんへ)当該の加筆箇所について、ノートへの案内を書き加えました。
    • Kanehiroさんへ)正当でないと断定はできないものの、学説上は否定的見解が有力なのでおすすめはできません(翻案に該当しない「まとめ文章」に再構成するのはOKですよ)ということだと思います。ただ、この文書(Wikipedia:出典を明記する)を改訂するにあたって、そこまで掘り下げた「引用」バリエーションの検討は必要ないと思います。--ディー・エム会話) 2012年10月12日 (金) 15:34 (UTC)

    皆さん、長くなりましたので、セクションを新しく立てました。 「著作権のある文章の引用は」「抑制的に行うこと」が必要かセクションに続きを書いていただけるよう御願いいたします。--Kanehiro会話) 2012年10月12日 (金) 16:55 (UTC)

    「著作権のある文章の引用は」「抑制的に行うこと」が必要か[編集]

    このセクションは何か[編集]

    このセクションを起こした理由は、セクション 「現在のところ日本語版ウィキペディアでの引用はあまり勧められません」の議論の過程で指摘箇所の削除が行われたことが一因です。 「見出し」がふさわしくなくなったため、見出しをこのように「著作権のある文章の引用は」「抑制的に行うこと」が必要かといたしました。 

    しかし、議論は当然セクション「現在のところ日本語版ウィキペディアでの引用はあまり勧められません」からの継続と言っていいでしょう。 この議論を最初からフォローしたい方はそのセクションから御覧ください。

    議論に加わっている方[編集]

    (順不同)

    • Afaz
    • ディー・エム
    • Bugandhoney
    • Ks aka 98
    • NEON
    • Kanehiro

    議論の対象[編集]

    現在の議論は主に、本文の はじめにのなかの注、

    著作権・著作隣接権の遵守 - 参考文献の記述を直接引用する[C 1]場合は、著作権法に従って引用の範囲と引用元を明示しなければなりません(Wikipedia:著作権およびWikipedia:引用のガイドラインを参照)。また、引用でない部分についても情報源を明記することは、情報源を違法に丸写ししていないかどうか確認しやすくなります。

    注として追加された次の文言をめぐって行なっています。

    1. ^ 参考文献の記述など著作権のある文章の直接の引用は、その部分だけ改変が限定されるため、ウィキペディアが採用しているライセンスが求める「自由な改変」に制約を与えるということもいえます。したがって、百科事典の記述として必要な限りにおいて、慎重に、抑制的に行うことが望まれます。

    その削除が行われたことは歓迎したいのですが、代わりに注として挿入された次の文言がやはり好ましいものではないとの意見が出ています。 私自身(Kanehiro会話))も好ましくないと思っている一人です。

    議論の継続[編集]

    セクション「現在のところ日本語版ウィキペディアでの引用はあまり勧められません」 の継続です。

    以下、わたし(Kanehiro会話))から議論を継続します。

    Bugandhoney さんも 2012年10月11日 (木)(2日前) 11:53 pm (UTC+9) に言っておられるように、「ウィキペディアにおけるテキストの引用は抑制的でなければならない、というのは理不尽」であり、その後の改訂もやはり解決になっていないと私も思います。 

    議論の経過から、「抑制的でなければならない」と言われる主な理由は、次のとおりであると考えます。

    1. EDPがまだできていない
    2. 自由な改変を認めるWikipediaの文書に改変を認めない文書が「引用」として紛れ込むと、Wikipediaが許している改変に制約があるから

    1点目については、EDPの完成待つ理由がわかりません。 「引用」のガイダンスを作るのは結構ですが、引用が必然的に必要なケースがすでにあるはずですから、その時は著作権法上の一般的な引用要件を順守すればよいので、その遵守のためにEDPの作成が必須要件ではないからです。 「引用は著作権を守って行なってください。より細かな指針は策定中です。」ぐらいにしておけば良いと思います。 

    EDPは著作権を守ってよりよく引用などの手段でWikipediaの文書を作成する指針を与えるものぐらいに考えれば良いのではないでしょうか。先の議論でもあったように、著作権を順守するのは各編集者個人に結局責任があるのであって、Wikipedia自身には直接の責任はないからです。

    2点目については、Wikipediaは「独自研究」をみとめないのですから、文言や表現、または、構成がかわっても、すべてが「再利用」といっても言い過ぎではありません。 また、Wikipediaは著作権に挑戦する立場ではなく、著作権を順守する立場ですから、「引用を抑制的に」等と言わずに、「著作権を順守して引用してください。」とすべきです。 

    また、改変できなくなる心配そのものも、ありえないと思います。というのは、「引用」だけの著作物というのは著作権的にも成立しないと考えられるからです。 著作権的に成立しないWikipedia記事というのはありえません。 

    --Kanehiro会話) 2012年10月12日 (金) 16:52 (UTC)

    問題の注釈を削除

    問題の注釈の除去が10/13 1:54に実施されました。 --Kanehiro会話) 2012年10月12日 (金) 17:29 (UTC)


    まず、フリーライセンスの要請として、フリーライセンスではない著作物と比べて引用は抑制的に行わなければならない、というような解釈は、ディー・エムさんが紹介した、ウィキペディアが採用しているところのフリーライセンスの策定元であるクリエイティブ・コモンズの日本語FAQでは一切伺えないです。つまり、抑制されるべきだというのは、今のところウィキペディア編集者の中にはそういう解釈もあるという点にとどまっていると思います。
    次に、「引用があるから自由な改変が妨げられる」というのは、仮説として疑わしいと思ってます。CC-BY-SA文書を自由に改変してCC-BY-SAでライセンスして公表する、というのはウィキペディアの営みそのものであって、日常的に行われています。日本語版には直接話法なり各種引用テンプレートなどを使って引用文が含まれている記事がすでに相当数あると思うのですが、引用文があるせいで改変しづらい(編集しづらい)などという不平・不満は見聞きしたことがないですし、少なくとも自分自身、引用文が記事に含まれているかどうかで編集のしやすさや編集の自由度に違いを感じたことはないです。ウィキペディアの記事に自由な改変を加えようという人にとって、それを引用の要件を保ったまま行う、ないしそれが無理な場合は引用文を自分の言葉で置き換えるか、まるごと除去するというのは造作もないことのように思われます。
    最後に、実務的なこととして、WP:CITEとそこで参照せよとなっているWikipedia:引用のガイドラインでフリーライセンスと引用の関係に関して微妙に異なることが書いてあったら、新規参加者は意味もなく悩んでしまいます。フリーライセンスと引用の関係に関しては「引用のガイドライン」にまとめて記述するべきでは。--Bugandhoney会話) 2012年10月12日 (金) 17:39 (UTC)

    コメント上でも述べているとおり、この件でEDPは無関係です。この一連の議論でも、その言説を支持するレスポンスは誰からもありません。

    さらにこれも既に述べているとおりですが、既存の文書類に「引用は勧められません」的な内容が散見されることがあるのは、過去の遺物が修正されずにそのまま放置されているだけのことです。

    ただ、今後の参考にという意味で更に少々余計なことを言いますと、ニキビは無いほうが良いと多くの人が思いますが下手に触ると悪化する不安があるのでそのまま放置されていることもあります。ニキビを治療するにあたってその医学的メカニズムを知ることは有益ではありますが、それよりも現実に必要なのは、求める結果を得るための適切な治療方法のハンドリングです。--ディー・エム会話) 2012年10月13日 (土) 15:07 (UTC)

    引用に関する記述部分の文言修正について[編集]

    提案その1[編集]

    (「#「著作権のある文章の引用は」「抑制的に行うこと」が必要か」の議論を受けての提案です)

    今回の場合、結果的に問題の記述内容が既に除去された状態となっていますので、他の編集者から異論がなければ現状追認という結論でこの件は終了して良いでしょう。仮にも多くの編集者の同意に基づくガイドライン文書ですから少なくとも不用意な編集合戦は控えるよう、いずれの立場の方々ともお願いします。--ディー・エム会話) 2012年10月13日 (土) 15:07 (UTC)

    賛成 「著作権のある文章の引用は」「抑制的に行うこと」が必要か についての議論は、問題とした注が削除されたことをもって終了とすることに賛成します。、ただし、その削除自身に異論が出て書き戻された場合は再び議論が起こすことはありえます。 Bugandhoneyさんもそれでよろしいですよね。 --Kanehiro会話) 2012年10月13日 (土) 15:39 (UTC)
    手続き的なことに関して補足すると、今回の編集はWikipedia:合意形成#編集作業の結果としての合意に則って、ノートでの合意を得ずに加筆されたAfazさんによる脚注をノートでの合意を得ずに除去しました。この除去に同意できない編集者の方が、脚注を修正するなどして復活させることは当然あるでしょう。その場合は、全員が同意できるまで修正を加えるか、それ以上の調整が必要であればノートを利用すればよいと思います。--Bugandhoney会話) 2012年10月14日 (日) 16:28 (UTC)
    合意云々の話をするならば、当該箇所は 2012年8月30日 (木) 13:24 相当まで戻すべきでしょう。まだいかなる改変も合意されていないと思いますし、文章も変です。- NEON会話) 2012年10月15日 (月) 00:31 (UTC)
    焦点となっている一文に対する一連の編集はAfazさんによる編集に端を発しているので、戻すとしたら2012年10月12日 (金) 17:39の版だとは思うのですが、2012年8月30日 (木) 13:24の版と私による編集の差分をまずご確認ください。主な違いは、ただし、現在のところ日本語版ウィキペディアでの引用はあまり勧められません。という一文の除去です。これはもともと括弧書きされていたようなことですし、Afazさんは脚注化の際に情報源を明記することはという語句を補ってはいますけど、そのせいで文章が変になったということはないでしょう。文章が変というのは8月30日 (木) 13:24以前の版からの問題だと思いますので、適宜推敲していただければと。
    それで、元に戻すというのは、ただし、現在のところ日本語版ウィキペディアでの引用はあまり勧められません。という注意書きがWP:CITEには必要だということですよね。そもそもの発端はリンクされているWikipedia:著作権およびWikipedia:引用のガイドラインにはそんなことが書いてないというKanehiroさんの疑問だったわけであって、この注意書きを復帰させる場合は少なくとも引用を勧めるべきではない根拠は示すべきだと思うのですが、それは何になりますでしょうか。あわせて、引用を勧めるべきではない点を、出典の明記を説明しているWP:CITEではなくて、引用について説明しているWikipedia:引用のガイドラインに加筆するのでは不都合があるのかどうかも教えてください。--Bugandhoney会話) 2012年10月16日 (火) 03:52 (UTC)
    コメント件の修正は、修正前の文章が説明不足だという指摘に対して、Ks aka 98さんがあげた、なぜウィキペディアで引用があまり勧められないかという見解のひとつを加筆して表現を改め、脚注に移したものですが、それが問題ならもとに戻して頂いて結構です。また、「Wikipedia:引用のガイドラインへの加筆を考えてみては」という提案にも頷けるので、私としてはBugandhoneyさんの変更でOKです。--Afaz会話) 2012年10月16日 (火) 09:45 (UTC)
    コメント 引用はどういう場合に勧められないのか、引用(quotation)とparaphrase(自分なりの表現)があるが、まずは、paraphraseを試みることが望ましいが、議論となった場合には、quotationが必要であるぐらいの意味だと思います。両方書けるのならparaphrase。そんな感じでja:Wikipedia:引用のガイドラインが書けないでしょうか? また、en:Wikipedia:Quotationsの記述も注意深く反映させる必要があると思います。--Kanehiro会話) 2012年10月16日 (火) 23:56 (UTC)
    そのへんはWikipedia‐ノート:引用のガイドラインで続ければいいんじゃないですか。--Bugandhoney会話) 2012年10月17日 (水) 04:17 (UTC)
    Bugandhoneyさん それでいいと思います。 そこで提案します。
    提案 2. WP:CITEただし、現在のところ日本語版ウィキペディアでの引用はあまり勧められません。 については、そのような否定表現ではなく、次のような表現をする。

    引用よりparaphrase(ここは、適切な日本語にする)にすることをお勧めします。 引用が必要なときには著作権法に従ってください。具体的な引用の方法については『引用のガイドライン』を参照してください。(K案)

    としておき、WP:Qでこれを受けて何を具体的に記載するかは、そのノートで議論する。
    ということで合意ができないでしょうか?--Kanehiro会話) 2012年10月17日 (水) 05:14 (UTC)
    いま現在、「ただし、現在のところ日本語版ウィキペディアでの引用はあまり勧められません。」の一文は既にオミットされていてありません。この現在の版をそのまま追認する合意形成の最中なので。--ディー・エム会話) 2012年10月17日 (水) 13:45 (UTC)
    ディー・エムさんと同じ意見です。引用と言い換えで何をどう勧めるのか、勧めないのかは、WP:CITEとは直接関係がないので、『引用のガイドライン』に書けばよいでしょう。同文書へはすでに内部リンクされているので、読者は容易にたどり着くことができます。--Bugandhoney会話) 2012年10月17日 (水) 13:54 (UTC)
    えーといちおう表明しておくと、「ただし、現在のところ日本語版ウィキペディアでの引用はあまり勧められません。」は、この文書になくてもいいと思ってます。この記述自体は引用はできないという意見への配慮から来ているものですが、引用が可能だという共通認識はできているように思いますし。--Ks aka 98会話) 2012年10月17日 (水) 14:03 (UTC)
    2012年10月14日 (日)(3日前) 12:07 am (UTC+9) のディー・エムさんの提案で合意が得られるなら、私も賛成を投じており、提案2に拘るつもりはありません。--Kanehiro会話) 2012年10月17日 (水) 14:58 (UTC)
    上にぐだぐだ書いた理由から「お勧めできない」とは思っていますが、必ずしもこの文書で述べなくても良いという点には同意です。- NEON会話) 2012年10月18日 (木) 01:43 (UTC)

    報告Wikipedia:出典を明記する#はじめに」2012年10月12日 (金) 16:54‎ の版[7]の編集内容をガイドラインの記述として引き続き維持することについて、合意確認の提起から1週間経過しましたが、既に議論参加者の皆さんから合意の意見表明を頂き、反対意見はありません。--ディー・エム会話) 2012年10月20日 (土) 15:54 (UTC)

    提案その2[編集]

    (「#著作権の言う引用とWikipediaの引用は違うのか」の議論を受けての提案です)

    本文中の

    の計7か所に書かれている「引用」という語を「参照」に書き換えるということでいかがでしょう?--ディー・エム会話) 2012年10月16日 (火) 13:13 (UTC)

    賛成 お示しの箇所個別に私自身では確認をまだいたしておりませんが、Wikipeida名前空間、Template名前空間、Help名前空間で「引用」と書いている部分を検証して、著作権のいう「引用」以外意味で「引用」を使っている箇所は、より厳密な別の適切な表現、「参照」、「出典の明記」、等に置き換えると良いと思います。また、 en:Wikipediaでparaphraseにあたる部分でja:Wikipediaで「引用」としている箇所があれば、それを適切な日本語で置き換えると良いと思います。この点はNEONさんが懸念する「引用符の削除」や「~引用するの削除」の問題に関係します。--Kanehiro会話) 2012年10月16日 (火) 23:26 (UTC)
    提案 補足 ディー・エムさん、すべて確認しました。 加えて以下の修正を提案します。
    • #はじめに第3項 「直接引用」 を 「引用」 に。
    • #本文中に注釈を挿入する 手順1で、 「出典を提示したい文章の直後に「(----から引用)、」をとり、文末に、「引用である場合は(----から引用)としてもよい。」を追加
    • #入手方法を示す最後の文から「そのまま」を削除
    さらに、この議論を本ノートの「#「著作権のある文章の引用は」「抑制的に行うこと」が必要か」議論終結後にほかの方にも呼びかけてはいかがでしょうか。--Kanehiro会話) 2012年10月18日 (木) 05:56 (UTC)
    コメント 追加提案の内容拝見しました。
    • 引用の意味を誰にもわかりやすく示すため、「直接引用」のところは「原文のまま引用」とするのはどうでしょう。
    • (----から引用)を最後に持ってくるのは賛成です。文面は「引用の場合、(----から引用)のように引用であることを明示してください。」(続く文も「です・ます」調の語尾に)のような感じが良いと思います。これはNEONさんが述べられている懸念事項(保守運営上の懸念)とKs aka 98さんのフリーライセンス全般に対する包括的な問題提起(趣旨を明言はされていませんが、主としてはライセンスの例外範囲に関する説明責任の曖昧性への懸念?)への対応も改訂案の意図に含みます。
    • #入手方法を示すの最後の文はまるごと省いても良いような気がします。ノートでの検証のために文献を引用する可能性はありうるとしても、文献の存在自体を証明するために引用するというシチュエーションはあまり考えにくく、わざわざ書いておく必要性は低いと思います。
    --ディー・エム会話) 2012年10月19日 (金) 16:05 (UTC)
    おおむね 賛成 置き換えに賛成です。「#はじめに」の第3項は「著作権法に従って」を前に持ってきて「著作権法に従って参考文献の記述を(原文のまま)引用する場合は、引用の範囲と引用元を~」ではどうでしょう。原文のまま、を入れるかどうかはおまかせします。「#本文中に注釈を挿入する」の手順1は「引用である場合は(----から引用)としてもよい。」だと(----参考。)(----を見よ。)でもよいということになってしまうので、ディー・エムさんの案がよいと思います。(----参考。)(----を見よ。)の二つはそもそも何か変ななので、除去でもいい気がします。「#入手方法を示す」については、入手困難な文献についてノートでの検証のため引用が必要なことがあれば、ついでに書いてあってもよいと思います。--Calvero会話) 2012年10月20日 (土) 18:04 (UTC)
    コメントありがとうございます。ご指摘の点を受け、次のように提案内容を変更したいと思います。
    • #はじめに第3項は「著作権法に従って参考文献の記述を引用する場合は、引用の範囲と引用元を~」に(Calveroさん案+Kanehiroさん案)。
    • #本文中に注釈を挿入する」の「(----参照。)、(----参考。)、(----を見よ。)と続ける。」を「(----参照)と書き添えます。引用の場合、(----から引用)のように引用であることを明示してください。」に。
    • #入手方法を示す」最後の文は除去せず維持し、「そのまま引用」の「そのまま」を省く(Kanehiroさん案)。
    いかがでしょう。--ディー・エム会話) 2012年10月21日 (日) 14:35 (UTC)

    報告 上記のとおり文書改定しました。--ディー・エム会話) 2012年10月30日 (火) 15:23 (UTC)

    議論収束後の作業等[編集]

    そろそろ議論を収束したいのですが、せっかくここまで議論したので、合意内容を示すまとめの文を作成し、単純に投票した結果を残しておくのがよいと思うのですがいかがでしょう。 どなたか、作成していただけませんか。ディー・エムさんいかがでしょう。皆さんの要請があれば私が作成してもよいですが。 Afazさんにも今の線で合意いただけるとは思っていますが、その表明をお願いしなければなりませんし(急ぐことではないですが)。--Kanehiro会話) 2012年10月18日 (木) 05:09 (UTC)

    そこまでする必要はないと思いますけど。すべての事柄で投票による明示的な合意が必要だということはないと思いますけど。とりあえず、今まで議論に参加した人は、今のままでもいいですよ、というような旨はすでに表明しているので、今のままでも十分なのでは。ただ、その場合は議論に参加していない人が異を唱えるのはありえますが(沈黙を同意とみなせるのは大々的に広報したときだけなので、WP:CON参照)、もともと根拠が不明なまま括弧の中に但し書きされていたことを取り除くのにそこまでしなくてもいいかなと思います。--Bugandhoney会話) 2012年10月18日 (木) 13:43 (UTC)
    皆様が必要ないとお考えなら反対しません。 ただ、Wikipedia:議論が終わったらまとめておくに従えば、実施しておくのがよいと思いますが。また、少なくとも合意事項を書いて、みなが、 賛成 タグをつけておけば、議論に参加していなかた人がこれをフォローしやすく、議論の蒸返しを避けることができる(議論するなという意味ではなく、議論の内容を踏まえていただけるという意味)と考えますが、皆様が必要ないと考えるならそれでも結構です。--Kanehiro会話) 2012年10月19日 (金) 04:07 (UTC)
    そうですね、改めて投票を呼びかけることでもないと思います。ただ、議論の周知は望ましいと思いますので、よろしければ最終的な改訂結果だけひとまとめにして、下の新たな提案と併せて「Wikipedia:お知らせ」ページで周知しましょうか?--ディー・エム会話) 2012年10月19日 (金) 16:05 (UTC)
    投票はなくても結構ですが、議論に加わって合意したものが誰かを明記の上、最終的な改訂結果をまとめてお知らせください。なお、下の提案は別処理にしませんか。他にも訂正したい点もありますし。本来はまとめてやったほうが良いのかもしれませんが、時間的にそういうわけにもゆきませんし。--Kanehiro会話) 2012年10月20日 (土) 00:44 (UTC)

    報告 当議論に関する提案事項を本節(#引用に関する記述部分の文言修正について > #提案その1#提案その2)にまとめ、一連の議論のセクションを整理しました。

    本修正提案について、「#提案:WP:NOCITEの修正 要検証タグ解説との矛盾」とあわせて「Wikipedia:お知らせ」でアナウンスしたいと思います。--ディー・エム会話) 2012年10月20日 (土) 15:54 (UTC)
    2012年10月20日 (土) 15:56 (UTC) お知らせ済--ディー・エム会話) 2012年10月21日 (日) 14:35 (UTC)

    提案 (サブページ化提案) 関連する改定作業が完了次第、この一連の引用関連の応答・提案事項をひとまとめでサブページ化し、Wikipedia‐ノート:引用のガイドラインにも議論のお知らせとともにリンクを書き加えておきたいたいと思いますが良いでしょうか?

    その作業と併せて、当議論より以前の他のトピックを過去ログ化したいと思っています。--ディー・エム会話) 2012年10月21日 (日) 14:35 (UTC)

    • 報告 サブページ化の作業を行いました。--ディー・エム会話) 2012年10月30日 (火) 15:23 (UTC)