Wikipedia‐ノート:出典を明記する

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関連する議論
Category:井戸端の話題/出典
Category:井戸端の話題/情報源

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このページでは SpBot による過去ログ化が行われています。解決済みの節に {{Section resolved|1=--~~~~}} というテンプレートを設置して過去ログ化を提案すると、その節は 7 日後に過去ログ化されます。

サブページ[編集]

団体著作について[編集]

首題の件ですが、以下について疑問があります。以下の場合はどのように参考文献を明示するべきかご教示(または本文にご記載)いただきたくよろしくお願いいたします。 (1)著者名が団体名義であり、編者も未記載または○○技報編集委員会のような組織名の場合 (2)著者名として国の機関や大学・企業の研究者が「所属組織名+個人名」と記載している場合(企業・業界団体の技術レポートによく見かけます) --Sasara(T/C) 2018年6月4日 (月) 06:15 (UTC)[返信]

返信 基本的には、そのままお示しになればよいのではないでしょうか。たとえば私だったらこんな感じ。

  • 『サラブレッド種牡馬銘鑑』第1巻,日本中央競馬会・刊,1970
  • 一般社団法人日本温泉科学会,「温泉科学」29巻3号(1978年),甘露寺泰雄(財団法人中央温泉研究所),「温泉統計と枯渇現象」
  • 一般的な文献ではたいてい巻末に著者の略歴がありますよね。また「所属組織名」は、ふつうは、その功績が組織に帰属するとかいう場合に示されるんだろうと思います。
  • 出典を明記するの冒頭部には、出典明記の主要な目的が3つ示されています。
  • (3)著作権のため。(著者側の権利保全のため。)
  • (2)さらなる調べ物のため。(参考文献目録として。)
  • (1-a)検証可能性のため。
  • (1-b)中立的な観点のため。
  • 基本的には、いずれの場合にも、情報源である文献が迷いなく特定できるならば、必ずしも詳細に情報を示さずとも、目的は果たせます。きっとたいていは、「所属組織」が示されなくても、情報源を特定できることでしょう。
  • (1-b)については、「中立的な観点」が示されていますが、「中立的かどうか」だけでなく、もう少し幅広い意味での信頼性を計る材料となるでしょう。つまり自己情報源や利害関係の有無だけでなく、その分野の専門家なのか門外漢なのか、文脈に沿った情報なのか余談なのか、とか。
  • いわゆる刊行された文献は、その刊行者が作品の中身の信頼性を保証するわけですが、ウィキペディアの場合にはそれがありません。ウィキペディアでは、読者が自分でその記事の信頼性を推量することになり、情報源の著者の情報はその材料になります。その手助けになるならば、「所属組織」などの情報は有益と思います。これは何も「所属組織」に限った話ではなくて、たとえば素粒子物理学や遺伝子工学についての情報源が19世紀のものだったら怪しいでしょう。
  • 人物によっては、ウィキペディア内に人物記事として掲載されている人もいるでしょうから、そこへリンクすることも読者が信頼度を計る材料になります。
  • これは雑談です。ウィキペデイア内にも記事がないような場合には、文献の著者は単に名前だけを書けばいい、ということになります。でも、たいていはそれだけではその著者が信頼できるかどうかわかりません。巻末の略歴などを参照し、「著者はX大学のM学部の教授」であることを示すとかすると、記事の読者にとっては安心材料になるなあとは思います。(でも私自身も含め、そこまでしている記事はみたことないです。)
  • 世間一般の文献や論文では、参照・引用されることは、引用・参照される側(被引用者)にとってステータスUPになる的なところはあるでしょうけれど、ウィキペディアに情報源として示される、というのは、どんな感じなのでしょうね。これは私にはちょっとわからない。--柒月例祭会話) 2018年6月4日 (月) 09:25 (UTC)[返信]

返信 ご返信ありがとうございます。原著者の信頼度を測る材料となるという点は確かに重要であると考えます。また、著作者人格権を考慮しますと原著記載の組織名も同様に記載する方が望ましいですね。SISTにも組織名+個人名のパターンがなく途方に暮れておりました。本当にありがとうございました。--Sasara(T/C) 2018年6月4日 (月) 09:56 (UTC)[返信]

外国語論文の論文名についてダブルクォーテーションマークで括っているのに "論文名," と論文名末にコンマを付すべきか[編集]

Wikipedia:出典を明記する#書誌情報の書き方(外国語文献)」を見ると、「論文名はダブルクォーテーションマーク(“ ”)でくくる。」と書いてあり、
Wikipedia:出典を明記する#書誌情報の実例(外国語文献)」では「執筆者名, “論文名,” 雑誌(書)名, 編者名, 巻・号数, 刊行地, 刊行年, 参照ページ.の順で記す。」と書かれています。

しかし、複数の論文名を列挙しているわけでも無いのに論文名末にコンマを付す理由が分かりません。削除して良いのではないかと思ったのですがガイドラインの為、皆様の御意見を伺いたいと思います。

なお、当該記述は2004年10月11日 (月) 17:23 (UTC)利用者:さららゆら氏により記入された物です。

(参考)引用・参考文献の出典の書き方 (PDF)”. 清泉女子大学. 2019年5月2日閲覧。欧文論文の論文名はダブルクォーテーションマークで括られているが論文名末にコンマは付されていない。

--野良人会話履歴 2019年5月2日 (木) 11:21 (UTC)[返信]

  • それは、通称 Turabian とか Chicago Style とかいわれる書き方の一つなので、間違っているというわけではないと思います。実際のところ、出典の書き方はこの文書に厳密に準拠していなくても問題ないので気にしなくてもいいと思いますよ。気になる又は何か問題が起きているならば、書き方をどれに限定するか議論するより、この文書に書いてるのはあくまでも例であり外部の権威ある推奨書式であれば何でも良い旨を書き足す方が生産的だと思います。--Yapparina会話) 2019年5月2日 (木) 12:31 (UTC)[返信]
    • そういう流儀があり転記ミスでは無いという事で了解です。コメントありがとうございました。--野良人会話履歴 2019年5月2日 (木) 12:44 (UTC)[返信]

記事末尾に参考文献を記載するの改訂提案[編集]

以前Wikipedia:井戸端/subj/付録節の順序のルールで話題に上がったのですが、Wikipedia:スタイルマニュアル (レイアウト)#付録節との衝突が発生しています。現状、外部リンク等他の節が参考文献よりも後に来ることは珍しくないので、「記事末尾に参考文献を記載する」の節を以下のように改訂することを提案します。

記事末尾に参考文献を記載する
;参考文献記載の注意点
#参考文献記事の一番最後『記事本文の後に(付録節)』に記載する。(以下略)

打ち消しが抹消、『』が置き換えです。井戸端での議論そのままなのですが、参考文献は記載することが必要であって「末尾」が重要ではないので、節名称から末尾を取る。記事の一番最後とは限らないので、本文の後とし、スタイルマニュアルへの誘導を付けるだけです。ご検討をよろしくお願いします。--Open-box会話) 2019年7月6日 (土) 15:37 (UTC)[返信]

  • 賛成 ご指摘のように誤解・矛盾を招きかねない記述だと思いますので、修正に賛成します。--郊外生活会話) 2019年7月6日 (土) 15:44 (UTC)[返信]
  • 賛成 このような提案、大変助かります。賛成いたします。--海獺会話) 2019年7月7日 (日) 01:27 (UTC)[返信]
  • 賛成 関連して提案されている「Help:脚注」の改名については強く反対しますが、こちらのノートでの提案内容については賛成です。なお置換内用は「参考文献は記事本文の後(付録節)に記載する」でいいと思います。「に」は2つ必要ないと思います。--Kanohara会話) 2019年7月7日 (日) 06:23 (UTC)[返信]
全く関係の無い事象を結びつけないように。こっちはただの取りこぼしのカバーです。--Open-box会話) 2019年7月7日 (日) 11:36 (UTC)[返信]
  • 賛成 大筋でよいご提案と思います。私なりに考えてみたのですが、「節」という表現が要注意なんだろうと思います。
  • Wikipediaではふつう、「節」というと、等号でマークアップ「==これ==」して作成したものを「節」とか「セクション」と呼んでいます。(例Help:ページの編集#見出し
  • これに対し、「冒頭」という表現があります。冒頭文は等号でマークアップしないので、「節」と表現できない。
  • 本件の場合、「付録」とあるため、「==付録==」という「節(セクション)」のようにも読めちゃいます。(実際には、「付録」という「節」がある記事は少ないように思います。もちろんOpen-boxさんは、「Orderはあくまで一例」なので「付録という節を作れ」というわけではないよ、とお考えですよね。)
  • 話としては、記事の本文にあたる部分(いくつかの「節」からなるかたまり)、注釈や出典情報や参考文献類などの諸情報にあたる部分=「付録」、読者へのサービスで設けられている部分(関連項目や外部リンク)、技術的な必要で設けられている部分(カテゴリなど)、などに大別できます。この「ひとかたまり」を指すのには「節」と表現しないほうがいいんじゃないかなあ、と感じました。
  • 「冒頭」「解説(記事の本文)」「付録」みたいに大別し、各「部」がいくつかの「節」から構成される、みたいなイメージなんだろうなと思います。(一般論としては「部・章・節・項」・・・みたいなカテゴリーで構成するのですが、Wikipediaでは「部」「節」などの語が既に使われちゃってるので、ちょっとややこしいですね。)--柒月例祭会話) 2019年7月9日 (火) 14:09 (UTC)[返信]
これは単純に「Wikipedia:スタイルマニュアル (レイアウト)#付録節」へのリンクですので「節」と言う語を動かせません。そこにこだわるなら『記事本文の後(Wikipedia:スタイルマニュアル (レイアウト)#付録節を参照)』でしょうか。
現在の構造は、「冒頭定義部(マニュアルでは導入部)」「本文部(マニュアルでは本体節)」「付録部(マニュアルでは付録節、関連項目や外部リンクもまとめてここです)」「機能部(マニュアルではまとめず機能別に列挙、テンプレートもここです)」で、最初だけ「部」ですからマニュアル側で全て部にしちゃうのはありだと思います。その場合は改訂して、他の文書は連動することになるでしょう。
H2=「節」になるのは英語版がSectionってしているのも原因の一つでしょうが、Wikipediaの設計はH1=記事、H2=節、H3=項、H4以下小見出し(目次では反映されます)で、H1=記事、H2=部、H3=章、H4=項、H5=見出し、H6=小見出しになっていないので、便宜的にH1とH2の間に部があるものとして考えることになるのでしょう。章は現在のWikipediaの仕様では難しいですが(中間レベルの省略ができないので、H5を実装するだけだと機能しません)本文部のH2を章として運用するケースは少なからずあります。--Open-box会話) 2019年7月13日 (土) 01:34 (UTC)[返信]
Wikipedia‐ノート:スタイルマニュアル (レイアウト)にて、この点の調整を合わせて提案しました。--Open-box会話) 2019年7月13日 (土) 01:52 (UTC)[返信]
  • 別途変更提案中の付録節以外の部分を適用します。--Open-box会話) 2019年7月21日 (日) 01:29 (UTC)[返信]
    • スタイルマニュアルの改訂に伴い、(付録部)として適用しました。これにて終了です。--Open-box会話) 2019年7月30日 (火) 12:32 (UTC)[返信]

リンク切れが付されていて代替リンクが見つかる場合、けっきょくどうすればよいのか[編集]

表題につき、現状の説明では理解が難しいと感じます。Deadlinkタグを使用してリンク切れ表示させる場合に、Wikipedia:出典を明記する#リンク切れの回避と修復に飛んでくるわけですが、実際修復に関係するのは2段落目です。「次の順序で修復方法を試してみてください」とあるので、順にしたがっていくと…1) 状態を確認した上で、2) において代替リンクが見つかったとして…2)に書いてあることで修復作業が完了するのか、それとも3)に進むべきなのか、そもそもそこからして不案内です。2)では「検索する」としか書いておらず、見つかったリンクで置き換えるとも何とも書いてないので(ここでは作業が終わらず)先に進むとして、3)にて「代替配信サイトならリンクを削除」とあります。ここでは2)において利用した「アーカイブサービス」が突如「代替配信サイト」と全く別名で呼ばれているように感じますが、人によってはこれが同じものだと気付かずに戸惑うのではないでしょうか?おそらく、両者は同じものなので、2)で代替リンクが見つかった場合は晴れて「リンクを削除」することができるわけですが、代替リンクで置き換えるという作業には触れていません。まさかせっかく探し当てたリンク先を書き込まない人はいないと思ったのでしょうか、それにしても不案内だと思います。ここでは置換作業を行うことを明記すべきです。同じく、文献の場合の「単純に削除」も言葉足らずでしょう。実際には文献名で置き換える作業のはずです。それで、ここまでで作業が終了した場合にはその先には進まないでよいはずなので、その旨をやはり明記しておくべきです。4)は飛ばして、5)を見ると「検証不可能と見なされるべき」なのはわかりましたが、ではそのあとにどういう作業が必要なのか、やはり説明が欠けています。全体として、手続きのフローが見えずに、用語も統一されていなくて、かなり使いづらい案内だと思います。これだと私家版手続きで済ませてしまう人もいるんじゃないでしょうか。--直蔵会話) 2020年2月10日 (月) 05:50 (UTC)[返信]

提案 言うだけでは何なので、以下改良案を示しておきます。

切れたリンクは、修復・置換を試みてください。今日の時点でURLがリンク切れだからとして即座に出典を削除しないでください。 記事に必要な信頼できる情報源がリンク切れであった場合は、次の順序で修復方法を試してみてください。

  1. 状態を確認する - まず、一時的にアクセスできないのではなく、リンクが切れている状態であることを確認してください。サイトがメンテナンス中ではないことを確認してください。一時的なアクセス不能ではなく、リンクが切れていることが確認できたら次に進みます。一時的なアクセス不能の場合は時間を置いて再度状態を確認してください。
  2. アーカイブサービスを検索して代替リンクを探す - 複数のアーカイブサービスの中で利用できるものを選びます。
注 - 多くのアーカイブでは、保管データが公開されるのに最大18ヶ月の遅れがあります。そのため編集者はアーカイブされていないと判断するのに、リンク切れとしてタグが打たれたあと最大24ヶ月待つべきです。信頼できる出典がリンク切れして代替リンクが見つからない場合、通常は{{リンク切れ}}のタグを打ってください。そうすれば編集者はどの期間リンク切れであったか判断できます。
  1. アーカイブサービスで代替リンクが見つかったら、リンクを削除して代替リンクで置き換える - もしその文献が印刷物でも出版されていれば(学術誌・新聞・雑誌・書籍など)、URLはなくても構いませんので削除した上で置き換えることができます。置き換え作業が終わったら修復手続きは完了です。以下の手続きに進む必要はありません。代替リンクが見つからない場合は次に進みます。
  2. 代替文献を探す - 参照箇所や文献タイトルに基づいて同じ文献がアーカイブサービス以外のウェブで公開されていないかを検索します。オリジナルの文献を出版したサイトや人物に再公開してもらうようコンタクトを取ったり、他の編集者に文献のありかを尋ねたりするのも一つの案です。本質的に同じことを述べている他の文献を探すこともできます。ここでオリジナルの文献や内容的に代替可能な文献が見つかった場合は、それらの情報に置き換えて修復手続きは完了です。以下の手続きに進む必要はありません。
  3. 復旧する見込みのないウェブのみの情報源を削除 - その文献がオフラインで存在せず、かつアーカイブにも(最大24ヶ月待っても)存在せず、かつ文献の別コピーも入手できない場合、リンク切れの出典は削除し、その文献に基づいた記載は検証不可能と見なされるべきです。(検証不可能が確定するならば削除となるのでしょうが、なおもノートで議論すべきかどうか不明なのでこの例では踏み込まず。詳しい方加筆願います。)

なお、リンク切れを防ぐために、一部の文献は恒久的識別子を提供しています。 一部の論文記事はデジタルオブジェクト識別子 (digital object identifier, DOI) を、また一部のオンライン新聞記事・ブログ・Wikipediaはpermalinkを備えています。

これでもすこしおかしな感じがします。というのも、2)で代替リンクが見つからない場合は、リンク切れタグを打ちつつ、4)に進んで代替文献を探すわけで、そうすると、4)で見つかった場合は、打ったばかりのリンク切れタグをすぐさま除去する編集になるからです。なので、リンク切れタグを打つタイミングは4)まで進んでからにした方が良いのではないかと。--直蔵会話) 2020年2月10日 (月) 06:48 (UTC)[返信]

コメント2)で代替リンクが見つかった場合は晴れて「リンクを削除」することができる』についてはよろしくないのではないかと思います。Aという本文記述に対し外部出典Bへのリンクが付されていてこれがリンク切れしていた際にその時点で閲覧可能な別の外部出典Cを付して出典Bを削除してしまった後で、出典Cがリンク切れになる場合がありうるからです。その際に出典Bのアーカイブがどこかのアーカイブサイトに存在し、出典Cのアーカイブがアーカイブサイトにない場合、あるいはリンク切れ出典Bを出典Cに置き換える際に出典Cのアーカイブを作成する作業は行っていたが、出典Cのアーカイブを保存したサイトが出典Bのアーカイブを保持したサイトより先に閉鎖されて閲覧不可になってしまった場合、リンク切れ出典Bを閲覧可能出典Cへ置き換える編集は結果として将来の検証可能性を低下させる事になります。リンク切れ出典を削除するのはその出典に基づいた本文記述を削除する場合に限った方が良いと思います。この例であれば、リンク切れした出典Bへのリンクは掲載したままで、出典Cへのリンクを追加(「<ref>出典B</ref>」を「<ref>出典B{{リンク切れ|date=yyyy年mm月}}</ref><ref>出典C</ref>」に)すれば良いという事です。--野良人会話履歴 2020年2月10日 (月) 08:09 (UTC)[返信]
コメント リンク切れした出典へのリンクを掲載したままアーカイブサイトへのリンクを追加する場合、{{Cite web}}(や、その他の出典テンプレート)のarchiveurl、deadlinkdateを活用するとよいと思います。「yyyy年mm月dd日時点のオリジナル[リンク切れ]よりアーカイブ」のような形で表示されます。
ところで、リンク切れにはサイトやページの消滅のほかに、ウェブサイトの移転やサイト内のページ移転というケースもあり、探せばオリジナルの内容がそのまま見つかる場合もあります。もちろん、偽サイトなどには注意する必要はありますが……。(2)のアーカイブサービスを探す前、またはアーカイブされた内容を探し出して同一性が検証できるようになった以降に、「移転先を探してみる」という手順があると良いかも知れません。--Kanohara会話) 2020年2月10日 (月) 12:57 (UTC)[返信]
なるほど。これまで「修復・置換」や「即座に出典を削除しない」という言葉に引っ張られていて、リンク切れで別のURLを探し当てた場合はリンク切れした方は削除した上で見つかったURLにて置換するものとばかり思っていました。とくに[ ]で囲っただけの外部リンクの場合は置き換えてしまっていました。{{Cite web}}の場合はarchiveurlを知っていたので、追記する形で対処はしていましたが。こうした点も踏まえて、もうすこし具体的な案内文があると望ましいと思います。--直蔵会話) 2020年2月22日 (土) 06:12 (UTC)[返信]

著名な卒業生など[編集]

学校に関する記事において、割と多く見られる項目に「著名な卒業生」などというものがあります。そのほとんどが、単に人名と活躍分野をあげた上で該当人物への記事に内部リンクを貼って終わりとしていて、そういったリンクが列挙してあるだけのものです。たとえば極端な例として、オックスフォード大学の人物一覧ケンブリッジ大学の人物一覧(ついでに米国だとハーバード大学の人物一覧など)は教員・出身者だけを独立して集めた記事ですが、一切の出典がありません。これは、ウィキペディアの方針である「ウィキペディアは三次資料です。ウィキペディア自身の記事を出典として引用することは、自己参照となるため、できません」や「ウィキペディアの記事は、ウィキペディア内で三次資料として使うことは許されません」に明確に反するのではないかと思うのですが?こうした記事を見つけた場合は出典を要求した上で、コメントアウトや除去など対処をしても構わないでしょうか?

教育機関別人名一覧からたどっていったら、プロジェクト:大学/人物一覧記事についてにたどり着いたので、そこでの議論を読んでみましたが、なぜか出典の必要性についてはまるで触れられていません。一覧記事なので原則を緩めようという暗黙の合意形成があったのでしょうか?一覧記事は特別扱いにするにしても、個別の記事においてもやはり同様に出典を示さないままで列記されている例をよく見かける(ほんの一例としてイェール・ロー・スクール#著名な卒業生ハーバード・ロー・スクール#著名な修了生(日本人)など)ので、出典明記の原則を守ってもらうように呼びかけが必要だと思うのですが、いかがでしょうか。--直蔵会話) 2020年2月22日 (土) 07:02 (UTC)[返信]

親出典・子出典の質問[編集]

ちょっと質問ですが、

  1. Aの文献に「〇〇は××である」と表記がある。
  2. Bの文献にも「〇〇は××である」と表記があり、かつBの文献には「Aを出典とする」との表記がある。

さてこの場合、Wikipediaの本文に記載するのはどういう形式が正解なのでしょうか。

  1. 「「〇〇は××である」(出典A文献)」とだけする。
  2. 「「〇〇は××である」(出典A文献・出典B文献)」とする。
  3. 「「〇〇は××である」(出典A文献・出典B文献(出典はA文献))」とする。

ぱっと思いつくのは以上ですが、どうでしょうか。なおAもBも出典の権威的には問題ないものです。--ムーチョマッチョマン会話) 2020年4月19日 (日) 11:09 (UTC)[返信]

コメント これは案外悩ましいと思います。記述の性格によるんじゃないでしょうか。諸説ある事柄・人によって見解が分かれるような事柄を書く文脈と、そうでない場合とか。
たとえば「評価」(執筆者の感想)みたいな記述の場合には、A氏「〇〇は××である」[A] とするより、B氏「A氏は『〇〇は××である』と述べた」[B]とするほうが、ベターであるケースが多いように思います。
Aがデータベースや新聞等である場合なんかも、Bを経由するほうがいいでしょう。その情報が注目に値することをB氏の言及が担保することになるので。--柒月例祭会話) 2020年4月19日 (日) 13:39 (UTC)[返信]
もう一つ追加の質問。
  • 「△△は□□である」とB文献にあり、かつ「出典はC文献」とあった場合で、かつC文献が入手が困難で執筆者自身がその内容を確認できない場合。
「△△は□□である」(出典C文献)と書くのはありでしょうか。--ムーチョマッチョマン会話) 2020年4月19日 (日) 11:16 (UTC)[返信]
コメントこれは「なし」と思います。出典をBとしたうえで、状況に応じて、注釈などをつかって「Bは、Cを根拠としている」みたいな書き方をするとよいのでは。--柒月例祭会話) 2020年4月19日 (日) 13:39 (UTC)[返信]
ご回答ありがとうございます。ある程度臨機応変に進めていくべきということですね。今後、そのように進めていきます。--ムーチョマッチョマン会話) 2020年4月23日 (木) 12:20 (UTC)[返信]

出典のページ指定の妥当な範囲について[編集]

ノート:仮面ライダーディケイド (キャラクター)で、出典のページ指定の範囲について議論があったのですが、いまひとつ不完全燃焼のまま立ち消えとなりました。そこで記事の主題とは直接関係のない、普遍的な論点に絞ったうえで、この場を借りてより多くの方のご意見を伺いたいと思います。

パターンA パターンB
出典記載例 仮面俳優列伝 2014, pp. 5-22, 「第1章 Mr.平成ライダー&Mr.レッドの軌跡 01 高岩成二」(東映ヒーローMAX vol.27・28掲載) 仮面俳優列伝 2014, p.16
ページ指定範囲 記述が帰属するセクション全体 記述が帰属するページをピンポイントで
支持者の見解 セクション単位の指定は「そのセクション全体を読んで要約した」ことを意味し、執筆の過程を正しく反映している
ピンポイント指定は「その箇所しか読んでない」ことになるため不適切
セクション全体の提示では、検証の際に「はずれのページ」を延々と読まされることになる
記事執筆者の要約の過程の再現よりも、閲覧者や検証者の手間を省くことを優先すべき

AとB、どちらがページ指定の範囲として妥当だと思われますか?--禁樹なずな会話) 2020年5月4日 (月) 06:20 (UTC)[返信]

  • コメント 検証可能性優先の立場からパターンBを推します。パターンAだと{{脚注の不足}}が貼られる可能性があるので、ページ番号を特定可能なときはページ番号まで私は書いています。ただピンポイント指定が不適切な案件もあると思いますのでパターンAは全面的に不可、ということではないと思います。--Licsak会話) 2020年5月4日 (月) 06:45 (UTC)[返信]
  • コメント 一般論としてしまうと、ケースバイケースで、情報源と記述のマッチングによりけりと思います。
  • 「○○は10kgだ」のような端的な事実の場合にはBのほうが適しているでしょう。
  • 「○○は□としては比較的軽く、そのため△であると主張するものもいる」みたいに、ある程度ボリュームのある・文脈のある情報を要約するような場合にはAのほうが適しているでしょう。
  • 特に「章」の名前を併記し、それがどのような文脈での情報なのかを明らかにすることは有用でしょう。たとえば「Mr.レッドが高い評価を得た」と書いた場合に、情報源が「第3章 平成ライダーにおけるMr.レッドの評価」なのか「第4節 弊社ガス事業の廃止」なのかでは、専門的・中心的な文脈から出た情報なのかどうかを推定するヒントになるでしょう。
  • 端的な事実の情報源としてAを採用の場合には、確かに「はずれのページを延々と読まされる」という面はありますね。また、「その要約は正しい要約になっているのか」を問われることもあるでしょう。
  • かといって常にBを採用してしまうと「○は□という見解とp6、○は△という見解はp8、昔からありp10、有名だp12。」みたいになって、これを鬱陶しいと感じる方もいるでしょう。じゃあどのぐらいのページ数ならばセクション単位の指定でいいかといっても、1ページの文字数や情報量しだいですね。
  • 主題について専門的・中心的に掘り下げた情報源(=理想的な情報源)を用いれば用いるほど、B方式で示すのは難しくなるところはあるでしょう。悩ましいですね。最終的には個別に判断というよりないのでは。--柒月例祭会話) 2020年5月4日 (月) 08:43 (UTC)[返信]
  • コメント ノート:仮面ライダーディケイド (キャラクター)で私の見解は述べたけれども、「普遍的な論点に絞る」のであれば、なおのこと、ケースバイケースという話しにしかならないと思います。それは当該の項目で私やMid9t Luv氏、あるいはここで㭍月例祭氏が述べられていることですべてかと思います。すなわち、ウィキペディアで要求されているのは「検証可能性」であってピンポイントのページではない点、要約の観点、版によってページ番号が変わる観点、ページ番号が付されない電子書籍の観点です。
    ここでLicsak氏より{{脚注の不足}}が貼られる点も懸念されていますが、それは無理解による誤用や悪用の場合を非難するべきであるものだと思います。--EULE会話) 2020年5月5日 (火) 14:59 (UTC)[返信]
  • コメント 先日、ケースBの出典表記をたどってがっかりした例を目にしました(差分:国鉄キハ181系気動車)。言及そのものを示すにはセクション全体よりもピンポイントのページ表示のほうが優れているわけですが、国鉄キハ181系気動車の記事中、出典として期待される主張(冷却系において)『キハ90以来の新系列気動車は客観的に見て決定的な失敗作であったと断じられている』はそれなりの分量があるはずで、原文を掘り起こして注釈をたどれば『拙書の○○ページを参照。』などと書いてあったのに力が抜けたものです。だからといって出典に書籍をまるまる使うことも良い出典の出し方ではなく、書籍や論文の中の妥当な範囲で出典を示さなければならないのはもちろんのことで、ケースAのようにセクション全体が必要であるならば、それはそれで良いと思います。駄目なのは『キハ90以来の新系列気動車は客観的に見て決定的な失敗作であったと断じられている』というある著者の主張を挙げるのに論文まるまる一本を出典として用いる出し方で、これでは掲出者はちゃんと出典を読んだのかどうか疑念をもたせてしまいます。--Licsak会話) 2020年5月5日 (火) 16:23 (UTC)[返信]
  • チェック コメント依頼より1か月が経過したため、本件をクローズいたします。ご意見を寄せてくださった方々、ありがとうございました。個々の事例について、この場での議論が何らかの一助になればよいのですが。--禁樹なずな会話) 2020年6月7日 (日) 02:19 (UTC)[返信]

出版社のリンクについて[編集]

よくある間違いなのですが、H:LISTの悪例に当たるスタイルが誤って推奨されていた点と、WP:UNDERLINKINGに反して出版社が内部リンクされている間違いを修正しておきました[1]。英語版ではWP:UNDERLINKINGとして出版社は内部リンクしないのが現状です。--Bugzillia会話) 2020年6月18日 (木) 09:55 (UTC)[返信]

返信 (㭍月例祭氏宛) 以下、利用者‐会話:Bugzillia#リンク除去中止のお願いの続きです。Wikipedia:出典を明記する#入手方法を示すが述べているのは「文献自体、あるいは文献の著者や出版社などの記事」ですから、文献自体にリンクがある場合は不要ですし、文献の著者にリンクがある場合は出版社をリンクする必要はないはずなのですが? 少なからず英語版はその考え方で運用されていたと思います。記事と主に関連があるのは文献であって、文献は出版社Aから出版されることもあれば、出版社Bから出版されることもあります。このため、出版社AであるかBであるかは記事主題と主に関連するリンクではないため、除去されます。--Bugzillia会話) 2020年6月18日 (木) 12:41 (UTC)[返信]

  • コメント あなたのやっていることは編集強行です。
  • ここは英語版ではありません。英語版のルールを持ちこみたいならば独断ではなく、事前の提案と合意を経てください。(Wikipedia:ウィキペディアでやってはいけないこと#独断で変革を試みること
  • 検証可能性のため、情報源へのアクセス手段は多くて困ることはありません。著者からも、出版社からもアクセスできることは有用でしょう。
  • 信頼できる情報源の観点からは、出版社の性格がわかることは有用でしょう。--柒月例祭会話) 2020年6月18日 (木) 12:46 (UTC)[返信]
返信 (柒月例祭氏宛) ガイドラインであるWikipedia:出典を明記する#入手方法を示すの「文献自体、あるいは文献の著者や出版社などの記事」という文言に対する直接的な回答をお願いします。また、「箇条書きに関する指摘は打倒ですが」と述べながら[2]Help:箇条書き#違う種類のマークアップによる分断に違反する編集を柒月例祭氏が行なっているのは何故なのかについてもお答えください[3]。--Bugzillia会話) 2020年6月18日 (木) 13:00 (UTC)[返信]
  • とりあえず、合意を経ていないという理由で取り消されていたので、そもそも合意を経ていないBugzillia氏の編集を取り消しました。マークアップに関しては、Bugzillia氏の編集や指摘は妥当であると思います(なので、内部リンクには手を付けずに、マークアップのみ修正されるのであれば、問題はありません)。ただ、出版社のリンクを解除することは、そのようなルールや慣習は日本語版に無いし、合意できているとは言えません。少し前にあった曖昧回避の単一リンクのように、英語版と日本語版で慣習が違うなら、まずは英語版に合わせるという発議を井戸端などですべきです。
    ◆また、「Wikipedia:出典を明記する#入手方法を示す」が述べているのは「文献自体、あるいは文献の著者や出版社などの記事」だから、という理由ですが、それで読み取れる論理的帰結は「リンクは必須ではない」でないであって、「リンクしてはいけない」または「リンクは積極的に解除すべき」ではないです。Bugzillia氏が、そういう結論を出して実行に移されているのは、単なる論理の飛躍です。Bugzillia氏がご自身で記事を書いて文献を記載し、そこに内部リンクを貼らないことは自由ですが、仮に内部リンクの解除を草取り行為として行ったりするのであれば、それは自分勝手な解釈で自分好みに行われているだけの無意味な行為です。
    ◆あと蛇足ですが、「記事と主に関連があるのは文献であって、文献は出版社Aから出版されることもあれば、出版社Bから出版されることもあります。(後略」。この辺の理屈は、正直、何を言っているのかわからないのですが(同一の文献が異なる出版社から出ている例はあまり無いです。翻訳ものだと訳者が異なるとかはありますが)、出版社がどのような分野を得意としているかで信頼度の基準にはなりますので、出版社の情報はそれなりに重要です。例えば、法学分野なら、有斐閣PHP研究所で、その信頼度は変わります。PHP研究所なら、著者が有名な専門家であっても、それが一般向けの解説書というような判断基準になります。普通の人ならこの有斐閣なんて聞いたこともないでしょうが、内部リンクでその説明を見ることによってどの程度の信頼性か理解することができます。--EULE会話) 2020年6月18日 (木) 14:59 (UTC)[返信]
    • 返信 (EULE氏宛) Wikipedia:方針とガイドライン#位置づけにおいて編集者はガイドラインに従うよう推奨されており、それに例外を適用する場合は合意が必要とされています。柒月例祭氏が維持しようとしている版は、過去に合意なく改変されたもので[4][5]、上記の規定に沿えば現状許されないものであります。Wikipedia:出典を明記するのような影響力の高いガイドライン文書であれば尚更です。なお、同一の文献が異なる出版社から出ている例として著作権の保護期間が過ぎた古典が挙げられます。ところで、差し戻しは荒らし行為や不適切に改変されてしまった場合に推奨される行為なのですが、「マークアップに関しては妥当であると思います」と言いながら何故EULE氏は不適切なマークアップがされている版へと差し戻されていらっしゃるのでしょうか[6]。--Bugzillia会話) 2020年6月19日 (金) 12:59 (UTC)[返信]
      • 返信 まず、すでにRasalghul氏より指摘されておりますが、とくに反対などなく一定期間を経たものは合意したと見なされます。よってノートでの議論によらない勝手な編集であったとしても、合意していると言えます。それに対して今回は現時点ですぐに㭍月例祭氏が反対の意思を示されており、合意がされているとは言えません。これはWikipedia:合意形成の基本的な考えです。そして問題は、氏が「合意した」と偽って、取り消しを行ったことです。その記述の反映に反対者がいるにも関わらず、これはすでに合意された内容だと取り消しを行うことは、「Wikipedia:合意形成」をどう読めば認められるのでしょうか。また、今回の私の取り消しは、論争が起きていることを鑑みての、私の意思はまったく反映させない形での原状回復目的の取り消しであって、その結果としてまだ不十分な部分があることは特に関知いたしません。むしろ、だからこそ「なので、内部リンクには手を付けずに、マークアップのみ修正されるのであれば、問題はありません」と述べております。
        ◆同一文献・異なる出版社の事例に関しては、「あまり無い」と言っているように事例は否定してません(例えば私は田沼時代を編集しておりますが辻善之助の『田沼時代』は好例でしょう)。問題は、その事例が起こること自体がほとんどないこと、それを考慮しても出版社のリンクは解除すべきだという根拠になっていないことです。また、この部分は「蛇足」と明言しているように本当に蛇足であって、そもそも「Wikipedia:出典を明記する#入手方法を示す」から「リンクしてはいけない」または「リンクは積極的に解除すべき」という根拠を見出すことがまず問題であります。--EULE会話) 2020年6月20日 (土) 18:08 (UTC)[返信]
        • 返信 (EULE氏宛) Wikipedia:合意形成#合意のレベルには、いずれの場合でもコミュニティに対して十分な告知が行われる場合のみ、沈黙を同意とみなすことができますとあり、告知なしに「一定期間を経たものは合意したと見なされます」とはありません。どこが合意形成の基本的な考えなのかご説明ください。私の差し戻しは無断改変される前の過去の版へと原状回復する編集であって、ELUE氏の編集こそが告知なしに無断改変された版への差し戻し(強行編集)となっているご自覚はないのですか。出版社のリンクを解除すべき根拠はRasalghul氏への返信をご覧ください[7][8]。--Bugzillia会話) 2020年6月21日 (日) 01:21 (UTC)[返信]
          • 返信 私の差し戻しは無断改変される前の過去の版へと原状回復する編集」と言われてますが、氏が示された編集理由のどこに、そんな理由が書かれているのですか?(さらに下記、Rasalghul氏が指摘されているように、その主張を仮に認めても過去の編集に対する原状回復になってません) 私がリバートしたのは「WP:UNDERLINKINGに反した内容を修正した」という内容が、㭍月例祭氏の反対により合意できていないにも関わらず、自分の版を合意されている版として差し戻された点ですよ。それを後になって、あれは原状回復目的だった、お前のリバートは不十分だ、などと言われても、「お前は何を言っているんだ?」としか言いようがありません。何度も言いますが、私は「WP:UNDERLINKINGに反した内容を修正した」という内容が、㭍月例祭氏の反対により合意できていないにも関わらず、自分の版は合意された版と虚偽の内容で差し戻された点を問題視してリバートしたのであって、それ以上は、それ以外は関知しておりません。それまであなたは「原状回復」なんて一言も言ってないし、実際に原状回復にもなってない。後になってそんな理由を持ち出されて非難されても、私は未来予知者ではないので当時に対応することはできません。
            ◆客観的に見るに、過去の野良人氏の編集や、原状回復など最初はまったくそんなつもりはないし、知りもしなかったのに、92.202.95.109氏の内容を見て急に理由を追加しただけであり、結果として初期理由や編集内容とも整合性が取れていないと言わざるを得ません。氏の態度は、もはや典型的な「いつまでも納得しない」です。--EULE会話) 2020年6月26日 (金) 15:18 (UTC)[返信]
  • Bugzilliaさんの編集が適切であったかどうかは分かりませんが、出版社への内部リンクは野良人さんが合意を経ずに無断で追加したものであるということを報告しておきます[9]。--92.202.95.109 2020年6月19日 (金) 01:59 (UTC)[返信]
    • 3年以上近くそのままであったものを今書き換えた行為は、3年前の編集が同様に無断であったにしろ編集強行であることに変わりないと思いますが。3日前であればともかくね。基本的には無断であれそのまま放置されたのであれば事実上追認されたとみなすべきであって、今回のBugzilliaさんの編集は柒月例祭さんから物言いがついたので追認プロセスをやり直す必要があるということでしょう。--Rasalghul会話) 2020年6月19日 (金) 02:22 (UTC)正確を期した--Rasalghul会話) 2020年6月19日 (金) 02:24 (UTC)[返信]
      • 返信 (Rasalghul氏宛) Wikipedia:出典を明記する#入手方法を示すHelp:箇条書き#違う種類のマークアップによる分断はウィキペディアで承認済みのガイドラインです。Wikipedia:方針とガイドライン#位置づけで編集者はガイドラインに従うよう推奨されています。Wikipedia:方針とガイドライン#内容では方針とガイドラインは相互に矛盾してはならない、とされています。それに例外を適用するのであれば、追認プロセスが必要なのはそちらです。Wikipedia:合意形成#合意のレベルのとおり、沈黙の同意とはコミュニティに対して十分な告知が行われた場合のみ適用されるものです。Wikipedia:出典を明記する#参考文献Wikipedia:出典を明記する#入手方法を示すに反するリンクは利用者:野良人会話 / 投稿記録氏が2017年11月20日に[10]Help:箇条書き#違う種類のマークアップによる分断に反するマークアップは2019年11月16日に利用者:Cyclops会話 / 投稿記録氏が無断改変したものです[11]。十分な告知なしに無断改変され、しばらく放置されていたから沈黙の同意があったとはなりません。--Bugzillia会話) 2020年6月19日 (金) 12:59 (UTC)[返信]
        • 「文献自体、あるいは文献の著者や出版社などの記事」を素直によめば、文献自体への内部リンクがないのですから著者や出版社に内部リンクするのは当然ということになり、むしろガイドラインに反しているのはあなたの編集ではないですか? 「文献の著者や出版社などの記事」を著者にリンクすれば出版社にリンクしないでいいとは読めませんし、「ISBNやOCLC番号を記載する。」なる記述との関係も別に排他的なものには読めません。OCLC番号が記載されていないからガイドラインに反している、などといいだせば最早屁理屈の域です。Help:箇条書き#違う種類のマークアップによる分断については、柒月例祭さんが「打倒ですが(ママ)」と発言されていますから、そもそも私は争点と考えていません。巻き添えでしょう。--Rasalghul会話) 2020年6月19日 (金) 13:19 (UTC)[返信]
          • 返信 (Rasalghul氏宛) Rasalghul氏はWikipedia:出典を明記する#入手方法を示すの「文献自体、あるいは文献の著者出版社」のorではなく、andと読み間違えています。Wikipedia:出典を明記する#入手方法を示すの翻訳元であるen:WP:INDICATEAVAILには、“the work, its author, or its publisher”とあります。つまり、は「文献自体、あるいは文献の著者または(or)出版社」という意味でのであり、「文献自体、あるいは文献の著者と(and)出版社」という意味でのではない。“any of the following is sufficient(以下のどれかで十分)”ともあり、ISBNまたはOCLC(doi等も含む)のリンクがあれば十分とされています。--Bugzillia会話) 2020年6月21日 (日) 01:18 (UTC)[返信]
            • 「著者にリンクすれば出版社にリンクしないでいい」というのはこの場合誤りかもしれませんね。Bugzilliaさんの行動を表現すれば「著者にリンクしたのならば出版社のリンクは除去すべき」が相応しいので、お詫びして訂正させていただきます。しかし、いずれにせよ現行の規定は十一分以上のリンクを禁ずる規定には読めません。著者にリンクをしてもいいし、出版社にリンクをしてもいいし、ISBNにリンクをしてもいいが、それらのうちどれかが欠けているからといって不十分とは言えないという趣旨ではありませんか。むしろ、出版社はリンクをしてもいいリンク先の一つとして明言されているのですから、書籍という主題にとって「リンクすべきでないもの」に該当しないことは明らかでしょう。--Rasalghul会話) 2020年6月21日 (日) 02:27 (UTC)[返信]
              • 返信 (Rasalghul氏宛) ここで議論されているのはガイドライン文書としてどうか、という問題です。続きはムーチョマッチョマン氏への返信をお読みください[12]。--Bugzillia会話) 2020年6月21日 (日) 13:13 (UTC)[返信]
  • 一つ質問。英語版で「出版社は内部リンクしないのが現状です」とはどこに書いてますか?en:Wikipedia:Manual of Style/Linkingには「What generally should not be linked」(一般的にリンクすべきでないもの)として「ごく一般的な単語」・「誰もが知っている事柄」・「日付」などを挙げていますが、出版社はこれに当てはまりません。en:Wikipedia:Linking dos and don'tsも大体同じ内容。英語版の記事をざっと見た限り、確かにその傾向はあるように思えますが。--ムーチョマッチョマン会話) 2020年6月19日 (金) 13:40 (UTC)[返信]
    • 返信 (ムーチョマッチョマン氏宛) en:WP:INDICATEAVAILです。詳細はRasalghul氏への返信をご覧ください[13]。--Bugzillia会話) 2020年6月21日 (日) 01:21 (UTC)[返信]
      • お返事ありがとうございます。しかし"any of the following is sufficient"を「以下のどれかで十分」と読んでも「以下のどれかを択一的に選んで他のリンクはしてはならない」とは読めないと思いますが。あくまでこの"Indicating availability"は「オンラインで閲覧できない資料の場合、これらのどれかを示してください」と書いているに過ぎず、「リンクすべきでないもの」を示しているわけでありません。--ムーチョマッチョマン会話) 2020年6月21日 (日) 02:36 (UTC)[返信]
        • 返信 (ムーチョマッチョマン氏宛) まず、Wikipedia:方針とガイドライン#位置づけをご確認ください。出版社のリンクは推奨されてないが「リンクすべきでないもの」として禁止されてもいないと反論したとしても、ガイドラインはウィキペディアで推奨されてる範囲を紹介するところであり、推奨されてないが禁止されてもいない範囲を紹介するところではありません。それは私論(WP:ESSAY)で紹介することになっています。本来、私論で紹介すべきスタイルを、ガイドラインで紹介しているのが問題です。Wikipedia:出典を明記する#ウェブサイトの例をご確認ください。文献自体や著者のリンクがあるにもかかわらず、共同通信社がリンクされています。これはWikipedia:出典を明記する#入手方法を示すの指針と矛盾しており、修正が必要です。ガイドライン文書として問題だから、修正が必要なのです。ガイドラインとして紹介できるスタイルは、あくまで推奨されてる範囲までだからです。--Bugzillia会話) 2020年6月21日 (日) 13:10 (UTC)[返信]
          • いやいやいやいや。「出版社のリンクは推奨されてない」というのがそもそもあなたの誤読によるものであり、そんなガイドラインは存在していません(と私は思う)。
            >Indicating availability
            >可用性を示すこと
            >If your source is not available online, it should be available in reputable libraries, archives, or collections.
            >もしあなたのソースがオンラインで参照不可能の場合、そのソースは図書館・アーカイブ・コレクション等で利用できる(ようなものである)べきです。
            >If a citation without an external link is challenged as unavailable, any of the following is sufficient to show the material to be reasonably available (though not necessarily reliable)
            >もしリンクが無い参照が可用性で疑問符が付いた場合、次に挙げるこれらは(を示せば)可用性を示すのに十分でしょう(ただし信頼できるとは限らない)
            >: providing an ISBN or OCLC number; linking to an established Wikipedia article about the source (the work, its author, or its publisher); or directly quoting the material on the talk page, briefly and in context.
            >以下略。
          • 以上、en:WP:INDICATEAVAILの文章と拙訳です。日本語訳は非常に適当です。かつ私の英語力もたかが知れているので私の誤読による誤解という可能性も「十分」にあります。しかし私にはこの文章は「可用性に疑問符が付いた場合、ISBNや著者・出版社などなどこれらの中から一つを挙げればOKですよ」という文章としか読めません(二つ以上リンクすることを咎める文章では決してない)。この文章がBugzillia氏の主張するような「一つだけリンクして他はリンクしない」ということを推奨する文章だとは考えられません。もしそうだったら英語版のこの文章について解りにくい・誤解を招くとして改善要求を出すべきですね。
          • 繰り返します。この文章は単に「可用性を担保してください」という文章であってウィキペディアのスタイルについての文章ではありません。「少なくとも一つは『リンクを張って(修正前)』『示して(修正後)』くださいね」という文章であって、Bugzillia氏はこれをまるっきり逆に解釈してしまっています。蛇足ですがこの文章は単に可用性のことを言っているだけで、信頼できる情報源かどうかも問題にしていません。
          • 以下は個人的意見。
          • 可用性を示すということに関していえば、出版社の情報は著者や出版年と同等かそれ以上に重要といえます。なぜなら出版社は潰れてしまう可能性があるので。もし出版社が潰れて絶版になってしまった場合、可用性は極端に下がることになります。潰れるとまでいかないとしても大手出版社かマイナーな出版社かで可用性は大きく変動します。大手出版社から1万部刷られた書籍とマイナー出版社から100部刷られた書籍では可用性においては天地の差がありますね。可用性を担保するということに関してならば「情報は多ければ多いほどいい」といえます。--ムーチョマッチョマン会話) 2020年6月22日 (月) 11:53 (UTC)[返信]
            • 返信 (ムーチョマッチョマン氏宛) en:WP:INDICATEAVAILが明確に推奨しているのは「一つリンクすれば十分」というところまでです。これを「二つ以上リンクすることを咎める文章では決してない」と反論したところで、ガイドラインとはウィキペディアで明確に推奨されている範囲内を紹介するのが役割ですから、「明確に推奨されてはいないが禁止されてもいないから」二つ以上をリンクするスタイルをガイドライン文書内で紹介してもよいのだ、という主張は許されないのです。「情報は多ければ多いほどいい」「全部リンクしたっていいじゃないか」という私論レベルのスタイルをガイドラインレベルで推奨されているかのように格上げして記載しようとしているムーチョマッチョマン氏の主張は方針違反です。ちゃんとWikipedia:方針とガイドライン#位置づけの方針をお読みになりましたか?--Bugzillia会話) 2020年6月23日 (火) 03:24 (UTC)[返信]
  • コメント Bugzilliaさんが何を根拠に何をしたいのか、はここまでの対話で大凡明らかになってきたようです。と同時に、Bugzilliaさんの主張に肯首する人がおらず、反対者ばかりであることも。
  • まず、最初から指摘している通り、ここは日本語版なので、英語版の文書の1フレーズを引用しても自動的に有効にはなりません。
  • Bugzilliaさんがお示しの文書の部分は、ムーチョマッチョマンさんが既にご指摘の通り、オンライン上に存在しない情報源について「その情報源はアクセス不可能ではないのか」とクレームがついた場合(challenged as unavailable)について書かれたものです。英語版では、その場合にはISBNなど文書が実在することを示せばクレームに応えたことになる、としています。もしくは、その情報源・作者・出版社に関する記事にリンクを設置することでもクレームに応えたことになる。という話です。(もしくはノートページに本文を引用せよ、ともね。)
  • すなわち、これは「文献・作者・出版社のうちどれか1つにしかリンクしてはならず、複数にリンクがあった場合はこれを1つに減らせ」と指示するものではありません。主旨が違うのです。
  • ウィキペディアはオンラインの百科事典であり、利用方法は多様です。リンクは必ずしも検証可能性を担保するためだけのものではなく、作者について詳しく知りたくなる人もいれば、出版社のことを知りたくなる人もいるでしょう。これも最初から申し上げていることですが、そうしたリンクは有用なのです。Bugzilliaさんの姿勢は、木を見て森を見ずというか、(誤った解釈をしているわけですが)1フレーズに囚われるあまり百科事典としての価値を高めるという大目標に反する行動に走っているというものではないですか?Bugzilliaさんの主張どおりにして、何のメリットがあるのでしょうか。
  • 「文書の位置づけ」にも拘ってらっしゃるようですが、より上位の理念である「五本の柱」の1本が「Wikipedia:ルールすべてを無視しなさい」であることもお忘れなく。Wikipedia:規則の概要にあるように、「規則の精神は、規則の字義より優先され、百科事典を作るという共通目標は何よりも優先」なのです。あなたの解釈が百科事典の充実に反するとしたら、解釈が間違っているかルールの適用に問題があるかです。
  • 問題発生からまだわずか数日ではありますがかなりの対話が行われた、とは思います。ですがBugzilliaさんはいまのところご自身の主張を絶対視したままです。そして、いまのところその主張に賛同が得られないことも明らかですね。「日数」的にはまだそんなに時間が経過していないのでアレですが、時には「自分が正しいと思っても賛同が得られないなら諦める」ことも必要になりますよ。--柒月例祭会話) 2020年6月23日 (火) 06:23 (UTC)[返信]
    • 返信 (柒月例祭氏宛) 柒月例祭氏は誤読しています。「文献・作者・出版社のうちどれか1つにしかリンクしてはならず、複数にリンクがあった場合はこれを1つに減らせ」と指示するものではありませんとのことですが、そんなことを誰が言いました? 私が言っているのはWikipedia:出典を明記する#入手方法を示すのガイドラインが指示しているのは「文献、著者、出版社のどれか(or)をリンクすれば十分」までの意味だから、ガイドライン文書としてWikipedia:出典を明記するの中で紹介できるスタイルは文献、著者、出版社のどれかをリンクしている例だけです、と申し上げているのです。これを逸脱した2つ以上のリンクをしている例をWikipedia:出典を明記するの中で紹介してしまうと、あたかもガイドラインが2つ以上のリンクを推奨しているかのような誤解を与えてしまうから、そういうのは私論でやってください、と述べているのです。Wikipedia:方針とガイドライン#位置づけをご参照ください。方針、ガイドライン、私論それぞれの役割の違いを理解していますか? 理解できていないのであれば、現役管理者としてあるまじき発言になります。--Bugzillia会話) 2020年6月23日 (火) 06:50 (UTC)[返信]
      • 返信 「誰がそんなことを言いました?」とのこと。なるほど確かにBugzilliaさんは「『リンクを1つに減らせ』と言って」はいないかもしれませんね。
      • ですが、行動としては[14][15]リンクを1つに減らしています。言ってはいないけどやってはいる、ということです。--柒月例祭会話) 2020年7月2日 (木) 05:20 (UTC)[返信]
  • 私は、「リンクを一つ示してあれば出典の明記の役割は十分に果たすことができる」という趣旨の記述をもって「だからこの文書内ではリンクを一つだけしか示すべきではない」とは考えませんが、仮にそうだとすれば、文献自体、著者、出版社のうちのどれか二つ以上をリンクするのと全く同様に、ISBN、OCLCの両方を示す例は不適切であることになり、ISBNとOCLCの両方を示しているBugzilliaさんの編集は「私論でやれ」ということになりますね。BugzilliaさんのやっていることがBugzilliaさんの主張との間に自己矛盾を起こしているんですが、この場合はBugzilliaさんの主張に無理があるのだということが示されているのだと思いますよ。--Rasalghul会話) 2020年6月23日 (火) 08:53 (UTC)[返信]
    • 返信 (Rasalghul氏宛) 私は元の版に戻しただけです。だから、Wikipedia:出典を明記する#ウェブサイトの例など直すべきところは他にも残っていると申し上げています。それについて、皆さんはどうお考えですか、と問うています。真面目に生産的な議論をしていただきたいです。--Bugzillia会話) 2020年6月23日 (火) 09:51 (UTC)[返信]
      • そもそも著者にリンクした特別:差分/26098056もOCLCを書き加えた特別:差分/75018595も、出版社にリンクした特別:差分/66358732同様に特にノートにおける提起は行われているように見えませんが、それはともかくとして出版社にリンクされたのはOCLCが書き加えられるよりも時間的に前なのですから、あなたが行ったのはあくまで出版社へのリンクの除去であって、元の版へのリバートではありませんね。選択的に出版社へのリンクのみを除去しOCLCを除去しなかったのですから、ISBNとOCLCとの併記はあなたの主張に合致するのかどうかを説明していただきたい。事実に基づかない発言を行う方とは真面目に生産的な議論を行うのは難しいですよ。--Rasalghul会話) 2020年6月23日 (火) 14:16 (UTC)[返信]
        • 返信 (Rasalghul氏宛) Wikipedia:出典を明記する#ウェブサイトの例等の問題も残っていると述べていることから「元の版に戻した」とは「一部元の状態に戻した」を意味し、戻す=リバートを意味しません。私は一部であっても「差し戻し」と言う場合があります。ISBNとOCLCの併記に関しては、以下のムーチョマッチョマン氏に対する返信をお読みください。--Bugzillia会話) 2020年7月7日 (火) 03:11 (UTC)[返信]
  • とりあえず謝罪。Bugzilliaさんに対しての昨日の返信はアルコールが入っていたこともあってきつい文章になっていたかもしれません。その点を謝罪します。
  • それで提案ですが、冷却期間として一週間くらい棚上げにしませんか?別に緊急案件でもないし、特別に重要な事柄でもないし。お互いに頭冷えてから話しましょうよ。これに関係する編集をみんなしないと申し合わせて。いかがですか?--ムーチョマッチョマン会話) 2020年6月23日 (火) 11:04 (UTC)[返信]

(インデント戻します)正義の味方の記事のスタイルを巡る件で、私の会話ページからこちらへ誘導されたため、こちらの議論を読んでいます。議論が止まっているようですが確認させてください。

  • (1) そもそもこちらの議論はガイドラインについてのものであり、一般の記事についての議論ではない。
  • (2) WP:UNDERLINKINGWP:OVERLINKINGには「出典の書誌情報で出版社の記事にリンクしてはならない」という文言はない。
  • (3) 一般の記事において出典の書誌情報から出版社へのリンクを除去すべきというBugzilliaさんの主張は、Bugzilliaさんの個人的な好みに基づいた私的なルールであり、方針やガイドラインに裏付けられたものではない。よって他者への強制力はない。

以上(1)-(3)の理解でよろしいでしょうか。--侵入者ウィリアム会話) 2020年7月4日 (土) 08:41 (UTC)[返信]

その理解で良いと思います。もうこれで終わりにしましょうよ。--ムーチョマッチョマン会話) 2020年7月4日 (土) 10:38 (UTC)[返信]
返信 (侵入者ウィリアムさん宛) 以下、回答。

Bugzilliaさんは相変わらず、その場しのぎの、アドホックな論証に終始しているようにしか思えません。ISBNとOCLCとの併記について質問されてからISBNがあればOCLCは不要ということにしたようですが、当然その主張を敷衍すれば、ISBNがあれば著者へのリンクは不要、あるいはISBNと文献自体へのリンクの併記は不要とも言わざるを得なくなるわけですよ。しかし、そんな状態は、あなたが最初に持ち出した英語版でも採用されていないではありませんか。もう、その場しのぎで主張を先鋭化させていくのはやめませんか?--Rasalghul会話) 2020年7月7日 (火) 05:14 (UTC)正確化--Rasalghul会話) 2020年7月7日 (火) 05:17 (UTC)[返信]

  • 返信 (Rasalghul氏宛) Rasalghul氏の誤読です。いずれをリンクするかについて英語版のガイドラインは言及していません。だから、いずれをリンクすべきと考えているかについては「(Bugzilliaの)私論です」と断り書きを入れた上で述べています[17]。質問されたから、私なりの私論を述べたまでです。おそらく、いくら議論しても私論レベルにしかなりませんから、現行の解決策としては英語版のen:WP:CSに倣い参考例には一切リンクを入れず、その下に「いずれかのリンクがあれば十分」と但し書きする形式になるのではないでしょうか。但し書き形式であれば、ガイドラインが私論レベルの内容を格上げして参考例で紹介している、という問題は解消されます。--Bugzillia会話) 2020年7月7日 (火) 11:06 (UTC)[返信]
    • 意味不明です。現在あなたが編集を強行したことにより議論になっているのは「この記事の参考文献」であり、参考例ではありません。参考例だからリンクしない、という論が正しいとしても当該の参考文献節には全く関わりがありません。まあ、私の考えでいえば、参考例であればこそむしろ飛ばし得るリンクを全てリンクしてリンクの飛ばし方を例示すべきだと思いますが。そして、すでに述べたように飛ばすことが許容されると明記されているリンクが過剰なリンクに該当することはありません。全体として、あなたはご自分のなさった編集をどうやっても説明できないので、私論やら全く関係ない参考例やらに逃げているようにしか見えません。回答が不能なのであればそうおっしゃってください。説明不可能な編集強行を撤回した上であればいくらでもあなたの私論やらについて建設的な議論が可能になるでしょう。__Rasalghul会話) 2020年7月7日 (火) 11:25 (UTC)[返信]
      • 返信 (Rasalghul氏宛) 上記で述べた通り、私は一部元の版に戻しただけです。ひとりで完璧な編集を行わなければならないとお考えようですが、Wikipedia:編集方針の方針を熟読してください。ウィキペディアはボランティアであり、その時各人に与えられた時間の範囲内で参加します。ひとりで最初から最後まで完璧にやる必要などありません。私は途中まで元の版に戻しました。そしてガイドライン文書に問題が残っていることをノートで周知しました。あとはこの問題に気づいた方々が、共同編集によって直していけばいいだけです。Rasalghul氏は共同編集とは何かを根幹から理解していないように見受けられます。--Bugzillia会話) 2020年7月7日 (火) 11:51 (UTC)[返信]
        • 一部元の版に戻した、結構です。ですから、あなたの主張に基づけば残りのまだ手が回っていない部分はどうなるべきなんですか? と先にお聞きしたのです。結果として私論を開陳されたのみで回答は避けられたようですが。あなたの編集した部分と、残りの部分とで、あなたの主張に照らし合わせると整合性がとれなくっていますから、他の手が空いた人が編集するにしても編集の意図が統一できず歪なものになってしまうのではないかという危惧からの質問だったのですがね。こうやって一部分だけ選択的に編集されると、ガイドライン全体としての整合性がとれなくなり、その一部分だけからあなたの意図全体を推し量る必要が生じてしまいます。それは差し戻しでも同じことです。すでに述べた通り、著者へのリンクもOCLCへのリンクも出版社へのリンクも全て合意がなかったことでは同じですが、その中から一部分だけ差し戻したことによって混乱が生じたのですよ。そのやり方がまずかったことはお認めいただけますか?--Rasalghul会話) 2020年7月7日 (火) 12:15 (UTC)[返信]
          • 返信 ((Rasalghul氏宛) どうなるべきかについてですが、まずWikipedia:出典を明記する#記載すべき情報等にある参考例に関してはリンクを外し、その下に「いずれかをリンクすれば十分」と但し書きする英語版のen:WP:CSに倣うのが手身近な解決策です。この点について見解の相違はないと思います。問題はWikipedia:出典を明記する#参考文献です。ここもWikipedia名前空間だからガイドライン文書としての基準が適用されるのか。正直分からないのであれば、無断改変を理由にリンクのなかった元の版に戻すことで問題を解決するというより、問題を解消(なかったことに)すべきだと思います。過去の版で著者はリンクされていません。2009年5月27日に利用者:Sweeper tamonten会話 / 投稿記録氏が無断改変し、著者がリンクされています。EULE氏等が「反対などなく一定期間を経たものは合意したと見なされます」と言っていますが、 Wikipedia:合意形成#合意のレベルには、いずれの場合でもコミュニティに対して十分な告知が行われる場合のみ、沈黙を同意とみなすことができますとあり、告知なしに「一定期間を経たものは合意したと見なされます」とはない。これについてEULE氏の直接的回答は未だにない。Rasalghul氏は「全て合意がなかったことでは同じ」と述べている。Wikipedia:方針とガイドライン#内容には「コミュニティの見解においてAと非Aが同時に存在するはずがありません。複数の方針の間で明白な不一致が生じた場合には、影響を受けた方針に関わっている編集者は、どうすればコミュニティの現在の立ち位置を最も正確に表現できるか、またどうすれば関連する方針すべてにおいてコミュニティの見解を反映するよう訂正できるか、について議論すべきです」とありますから、いずれ議論しなければならないことは明白ですが、既にノートページで問題性は周知されていますし、早急に解決しろとまで命じられている案件でもありませんから、ムーチョマッチョマン氏の語るように一時打ち切りも検討に値します。その場合、利用者:柒月例祭会話 / 投稿記録氏らが是が非でも死守し、既成事実化しようとしている現行の版が、必ずしもガイドラインの推奨しているスタイルでないことは十分に留意しておく必要があります。--Bugzillia会話) 2020年7月7日 (火) 15:42 (UTC)[返信]

コメント BugzilliaさんはBugzilliaさんなりに「こうするのが正しいはずだ」と考えてリンクを除去したのだ、ということはわかりました。ですがBugzilliaさんの考えは他の利用者の賛同を得られていないことも、一連の対話で明らかでしょう。Wikipediaは共同作業の場なので、「自分は絶対にこれが正しいと思う」という場合でも他利用者の賛成が得られないなら諦めることも必要です。--柒月例祭会話) 2020年7月7日 (火) 08:59 (UTC)[返信]

  • 返信 (㭍月例祭氏宛) ここで議論されているのは、ガイドライン文書としてどうかというお話です。一般記事における侵入者ウィリアム氏との件は別のところで議論してください。一般記事でのスタイルをめぐる問題と、そもそも合意されていない内容がガイドラインとして格上げされ、ガイドライン文書自体が現役管理者・柒月例祭氏らによって無断改変されていた問題を扱っている本件とでは問題が質的に異なります。--Bugzillia会話) 2020年7月7日 (火) 11:06 (UTC)[返信]

終了提案)議論の打ち切りを提案します。Bugzilliaさんもいくらやっても他利用者を説得できるとは思っていないでしょう?私もBugzilliaさんの論には納得できません。説得できない以上、議論するだけ無駄というものです。終わりにして、他のことをやりましょう。--ムーチョマッチョマン会話) 2020年7月7日 (火) 12:07 (UTC)[返信]

複数の出典間に情報量の差異があった場合[編集]

仮に、記事執筆の出典に用いるのにふさわしい資料として、以下の2つがあったとします。

  • 資料A「第1モデルを改造したものが、第2モデルである」
  • 資料B「第1モデルを精悍なイメージで改造したものが、第2モデルである」

これらを用いて下のような記事ができました(あくまで例えなので、文章の丸写しとかは考えないでください)。

第1モデルを精悍なイメージで改造したものが、第2モデルである[資料A][資料B]

でもこれは、適切な出典の示し方でしょうか? 検証を試みて資料Aを手に取っても、「改造された」ことはわかりますが「イメージ」までは載っておりません。

資料Bがあれば出典としては充分だし、むしろ資料Aは無いほうがよいのでは。そう考えて、出典として付されている資料Aを除去したら、別の利用者の方からクレームが来ました。「可能であれば複数の資料に基づいて執筆すべき」と主張するその人の言いたいこともわかるのですが、複数の資料を用いて執筆することと、複数の資料を出典として提示することは、別の話だと思います……。

さて、このような場合、資料Aと資料Bを併置するのと、資料Bのみを付するのとでは、どちらが適切な出典の付け方だと思われますか?--禁樹なずな会話) 2021年1月1日 (金) 09:32 (UTC)[返信]

  • コメント こういう場合、私は原則的に、資料Bだけに書いてある部分がはっきり分離できるように文章を書き直して、それぞれ該当部分に出典をつけています。こういう風に
精悍なイメージで[資料B]第1モデルを改造したものが、第2モデルである[資料A][資料B]
しかし、容易に予想できるように、文章が長くなったり資料が多くなったりすると、この方法はなかなかうまくやるのが困難になります。たとえば、私が執筆した早川のビランジュ環境節など、同じような内容だけどそれぞれ少しずつ異なる資料をまとめて、ある資料のみに見られる記述については、その資料だけを出典とできるように説明の順番を変えたりしていろいろ苦労しました。新たな資料が見付かると、また文章を組替えたりもしています。
そこまでやってられない、というのであれば、私なら資料Bだけにします。もしくは、どうしても必要な説明でないのなら「精悍なイメージ」を除いて、AとBの両方を出典とします。--Loasa会話) 2021年1月1日 (金) 10:02 (UTC)[返信]
  • コメント いろいろなやり方があり、文脈にもよると思います。私だったこうするかも。
第1モデルを改造したものが第2モデルである[資料A][資料B]。第2モデルは精悍さを求めたものともされる[資料B]
「第1モデルを改造して第2モデルになった」ことはAとBの共通見解。「精悍なイメージで」はBの見解。複数の情報源が口を揃えて述べていることは、その情報は重要かつ定説であると推定される。1つの情報源しかないものは、複数の情報がある事柄に比べると、重要さが低いか、あるいはマイナーな意見かもしれない、と推定される。そこらへんを区別したい。
あとはもっと全体の文脈や情報源しだい。この例では、「精悍なイメージ」というのが、情報源Bを書いた人物の個人的な感想なのか、たとえば改造を行った本人が自ら「精悍なイメージでいくことにしまーす」と書き残しているとかの事実があるのかとか、そこらへんがわからないのでなんとも言いようがありませんが、そこらへんが情報源や他の情報源から読み取れるかどうか。それ次第では次のようにもできる。情報源の出どころ(著者)とかにもよる。
第1モデルを改造したものが第2モデルである[資料A][資料B]。X美術大学の教授B(美術史学)は、第2モデルは精悍さを求めたものだとしている[資料B]
第1モデルを改造したものが第2モデルである[資料A][資料B]。B氏によれば、製作者は第2モデルは精悍さを目指したと伝えているという[資料B]
第1モデルを改造したものが第2モデルである[資料A][資料B]<注>B氏は、第2モデルを「精悍なイメージ」と評した[資料B]<注おわり>。
私の個人的な経験則になってしまいますが、こういう場合には更に別の情報源Cを探しにいき、そこにどう書かれているかを参考にする、というのが、決め手になることがあります。つまりB見解が通説なのか異説なのか。またA情報源とB情報源のあいだに関係があるか(Aが参考文献にBをあげているとか)とか。そこらへんの状況と、あとはもう執筆者自身がどこまで調べ、どこまで書けば納得いくかどうか、自分のなかでの選択という感じ。--柒月例祭会話) 2021年1月1日 (金) 11:24 (UTC)[返信]
コメント 㭍月例祭さんにおおむね同意します。わたし自身は、複数の資料の内容を(情報の合成にならない範囲で)要約して、文末にすべての出典を載せるというかたちにしてしまうことが多いですが……Loasaさん式のやりかたがいいのかなあと、迷うこともあります)[追記]。附け加えるとすれば、存命人物に関する記事や論争を呼びがちな記事、芸術分野に関する記事、その分野における評価がおおむね確定していることが複数の資料から確認できる事柄についての記事、といった記事の性格にもよると思います。あとは、読者がすぐに確認できる出典か否か(ウェブ上にあるかなど)というのも判断材料になりうるかもしれません。[追記]--Jutha DDA会話) 2021年1月1日 (金) 11:44 (UTC)[返信]
コメント 既に他の方々が述べているとおり、ケースによっていろいろなやり方があると思いますが、せっかく付けられた出典を除去するというのは、出典の示す内容や信頼性、中立性等の全ての面において後から付けた出典の方が明らかに優位な場合に限るべきではないかと思っています。そうでない場合は出典の示す内容が重なっていたとしても併記でよいかと。よくない例ですが、過去には公式プレスリリースの出典が付けられていた内容について、第三者出典の方が望ましいとして、新聞報道等の出典に差し替える(プレスリリースの出典を除去してしまう)編集を行う利用者がいたことがあり、問題視されたことがありました。--Takisaw会話) 2021年1月1日 (金) 12:23 (UTC)[返信]
コメント Takisawさんのコメントを読んでいて思ったのですが、たんに a)「出典表記としての正確性」や b)「本文の読みやすさ」という観点だけでなく、c)「後続の編集者へのわかりやすさ」、d)「読者がさらに調べるさいに必要な情報の提供」といった観点からも考える必要がありそうですね。
コメント c について、文章の流れが悪いから修正したいけど、どれがどの箇所の出典かわかりにくくて脚註の処理に困る、ということはたびたびあります。ウェブ上の無料記事の場合は比較的簡単に確認できますが、書籍などの場合はそうもいきませんし。他のかたがやられているのは見たことがありませんが、わたしはなにの出典かわかりにくそうな場合に「42の方法」<ref name="foo" /><!-- 邦題の出典 -->などとコメントを附ける場合もあります。--Jutha DDA会話) 2021年1月1日 (金) 12:48 (UTC)[返信]

終了 依頼開始より2週間が経過しましたので、当コメント依頼は閉じようと思います。ご意見を寄せてくださった方々、ありがとうございました。

総括するならば「漫然と出典を増やしたり減らしたりするのではなく、情報の帰属先がわかるように工夫して書こう」といったところになるでしょうか。--禁樹なずな会話) 2021年1月15日 (金) 12:50 (UTC)[返信]

出典における日時の記載について[編集]

提案 出典の閲覧日や発行・発信日、アーカイブの取得の日時(archivedate)が、日本標準時(JST)と協定世界時(UTC)の兼ね合いからか、それぞれバラバラになっていることが判明いたしました。例えば、同じ記事内にある出典でも、ある出典は日本標準時(JST)で記載、その他の出典は協定世界時(UTC)で記載と統一性がありません(特にWebサイトにおける日本時間午前0時から午前9時にかけてarchiveされたものを載せた場合に多く、archiveされたのはUTCでは前の日扱いであるが、JTCは次の日なので編集した方もJTCで記載したり、UTCで記載したりと統一されていない)。これを機会に今後、出典を載せる場合は協定世界時(UTC)で統一したく思うのですが、皆さんのご意見を頂戴したく思います。併せて、Wikipedia:出典を明記するのページにて、この内容を記載したく思います。文を載せるにあたって同意を得たいと思います。--Tokyo-Good会話) 2021年2月25日 (木) 13:58 (UTC)[返信]

反対 ほかにもいくつか理由はありますが、とくに英語圏の出典を用いる場合、イギリス・アメリカなど複数のタイムゾーンのいずれを元に換算すべきか定かでない場合も多いため、混乱を招くと思われます。--Jutha DDA会話) 2021年2月25日 (木) 14:20 (UTC)[返信]
コメント ちょっと質問何だけど、統一するメリットって何なのですか?統一しないと、不都合なことってありますか?僕自身は、特に統一しなくても、人それぞれの裁量に任せていいのではないかと思いますが?こういうのはまずまとまらないのが相場なのではないかと。--210.138.179.129 2021年2月26日 (金) 14:37 (UTC)[返信]
コメント 普通に出典に記載されている日付のコピペで良いと思いますし、日本語の出典のアーカイブの日付の問題は午前9時以降にアーカイブされたものか、出典をWikipediaに付記する時に自分でアーカイブすれば良いと思います。あと、気になったのですが、日本標準時の略語はJTCではなくJSTで、JTCはカード会社になります。--182.167.73.181 2021年2月26日 (金) 15:28 (UTC)[返信]
コメント 混乱を招くようなので、閲覧日・発信発行日に関してはそれぞれの出典元の国の時間に記載を合わせるのはいかがでしょうか?特に日本国内の問題ですと、午前0時から午前9時までの間にアーカイブを取得し、そのアーカイブを載せ、アーカイブの日付と記載している日時(archivedate)があってないものがたくさんあります。後からみると日付が1日分配信日より早くなっているので、混乱が起きかねない気がします。--Tokyo-Good会話) 2021年2月27日 (土) 15:25 (UTC)[返信]
返信 たとえばアメリカなんかだと大西洋標準時東部標準時中部標準時山岳部標準時太平洋標準時アラスカ標準時ハワイ・アリューシャン標準時と州によって7つも標準時があり、発行元がアメリカ・イギリス・オーストラリアなどのいずれか判別がつかないような場合も考えられます。たとえば、(実際にはWP:RSではないですが)英語版ウィキペディアを出典として用いる場合、いずれに合わせても中立性の観点から問題が生じると思うのですが、いかがでしょうか(実際には国際機関のサイトなどでこのような問題が生じる可能性がありそうです)。--Jutha DDA会話) 2021年2月27日 (土) 15:59 (UTC)[返信]
コメント すくなくともサイトごとにどのタイム・ゾーンなのかは決まっているだろうから、それに合わせればいいという考え方もありえますが、各サイトごとにどの標準時化調べる手間を考えると、デメリットのほうが大きく上回るように思われます。--Jutha DDA会話) 2021年2月27日 (土) 16:04 (UTC)[返信]
コメント 色々出典の日時を1つに統一してしまうと様々な問題が出てくることが分かりました。ただし、アーカイブを取得した際は出来るだけ、後で見た人が混乱を招かないように対策(配信日から出来るだけ前の日〈1日前〉のものを載せないなど)をした上でアーカイブをページに載せるようにするとのことで…今回はこの辺で議論を収束させたいと思います。--Tokyo-Good会話) 2021年2月27日 (土) 16:45 (UTC)[返信]
  • コメント UTCとかJSTとか明記されてなくて困るという話ならわかるのですが、明記されているならそれで特定できるのだからいいんじゃないでしょうかね。統一されているとキモチイイ、程度の問題で。--柒月例祭会話) 2021年2月28日 (日) 02:35 (UTC)[返信]

出典に該当するか[編集]

ブリタニカ百科事典などの他の辞典を出典にしても良いのでしょうか? Koyasanfish会話) 2021年6月8日 (火) 14:08 (UTC)[返信]

返信 『ブリタニカ百科事典』などの三次資料はWP:RSを満たす資料とみなされますが、他の二次資料などと組み合わせて用いることが好ましいです。詳細はWikipedia:信頼できる情報源#情報源の三次資料についての説明をご参照ください。--Jutha DDA会話) 2021年6月8日 (火) 14:18 (UTC)[返信]

教えてくださりありがとうございます。 Koyasanfish会話) 2021年6月9日 (水) 08:01 (UTC)[返信]

「出典の示し方」節について[編集]

表題の「個別参照法」という用語ですが、これは「『個別』に『参照』する(してもらう)方法」という文字通りの定義からすると、単なる「inline citation」と現状呼ばれているものとの区別が紛らわしく、文面と実態の解離があり新規参加者さんの誤解を招くのではないかなと感じました。この用語に関してですが、本文書内でも案内のあるWikipedia:出典テンプレートにあるような「短縮脚注参照」(これは脚注機能を使わずに注を置くケースがカバーされていませんが)、あるいはたった今思い付いたもので恐縮ですが「短縮注釈+出典リスト方式」など、もう少し具体的なイメージがしやすい用語に置き換えるようにしてみてはと感じたのですが、いかがでしょうか。--Miraburu会話 / 投稿記録 2021年9月14日 (火) 23:58 (UTC)[返信]

コメント Wikipedia:出典を明記する#出典の示し方の構成というか、節の名前がわかりにくく、なんだか大枠が体系的に把握しにくい、とは思います。
もともとは出典明記の方法を大きく2種に分けています。(呼称はともかく)
  • 出典を明記する
    • (1)general reference方式(末尾に記事全体に関する参考文献として一覧で挙げる方法)
    • (2)inline citation方式(本文中に注釈を入れる方法)
    • (3)注釈ではなく、本文中で直接言及する方法(「個別参照法」で例示されているパターン)
実際にはこんな感じで3通りの方法がある。ただし、(3)は(2)の一種とみなすこともできる。
  • (2の例)「朝永は・・・描いている[1]
  • (3の例)「朝永(1979, pp. 128–130)は、・・・描いている」
さらに2の方式では、ハーバード方式バンクーバー方式などの採用、Cite系テンプレートの使用などの選択肢がある。
現状では、多くの上質な記事では(1)と(2)が併用されていると思います。つまり、(2)の場合にはもともと「参考文献一覧」は無くても成立するのですが、(2)とハーバード/バンクーバー方式を組み合わせて注釈のなかには文献名などを略記するにとどめ、記事末に文献の詳しい情報を一覧で示すというスタイルですね。
「わかりやすさ」でいうと、「○○法」のような用語を使うより「末尾に一括で掲載する方式」「本文に注釈をいれる方式」などのような説明的なフレーズを節のタイトルにするほうがわかりやすいような気もします。--柒月例祭会話) 2021年9月15日 (水) 04:07 (UTC)[返信]
コメントありがとうございます。私の中では元々は「Inline Citation方式」における「注釈」という語に関しては、脚注機能を用いる用いないに関わらず、本文内に補足として記載された情報全般の事を指すという扱い(つまり「(2)」と「(3)」両方)という認識だったのですが、この「注釈」という語もことWikipediaでは「脚注機能を使うケースオンリー」という解釈も仰る通りあり得てしまうため、できれば他の用語を当てられればそれに越した事はないのかなと感じました。
ご指摘の大枠の把握の困難さという点に関しては同意見で、例えば
  • (1)general reference方式(末尾に記事全体に関する参考文献として一覧で挙げる方法)
  • (2)inline citation方式(本文内で典拠の補足を行う方法)
    • (2a)脚注機能を用いて記載する方法
    • (2b)本文内に直接記載する方法
というような分け方もあるかと思います。--Miraburu会話 / 投稿記録 2021年9月15日 (水) 16:09 (UTC)[返信]
返信 そうですね。(1)は、いまはあまり推奨されないというか、(2)を推奨しています。なのでHelp文書ではないガイドラインとしては、(2)方式を最初に説明して推奨し、(1)方式も世の中にはあるけどWikipediaではあんまり推奨しないよ、という順番のほうがいいように思います。
  • 出典を明記する
    • (1)inline citation方式(本文内で出典を示す方法)
      • (1a)脚注機能を用いて記載する方法
        • (1a1)脚注機能部分に、書誌情報を直接詳述する方法
        • (1a2)脚注機能部分には、書誌情報を略記するにとどめ、書誌の詳細は別掲する方法
      • (1b)本文内に直接記載する方法(intext方式
    • (2)general reference方式(末尾に記事全体に関する参考文献として一覧で挙げる方法。)
蛇足かもしれませんが、今は1aが主流(推奨)で、多くの文献を使用している記事では1a2がポピュラー。WP:POVがらみで帰属化させたいときや、日本史記事などでは1bがポピュラー、という感じでしょうか。
呼称については、もともとの英単語としてはreferenceが「参考文献」、citationが「引用」というような意味です。ただしWikipedia内では、英語版に「A citation, also called a reference」とあるようにほとんど同義ですね。
現状のWP:GENREFは、(2)の説明というよりは、(1a2)による書誌情報の一覧の説明にもなっており、交通整理が必要ですね。
「注釈」については、Help‐ノート:脚注で「脚注」「注釈」「出典」などの表現をめぐる議論がありました。少なくとも、利用者によって見解が分かれるようなことだ、というのは確かでしょうね。--柒月例祭会話) 2021年9月16日 (木) 02:37 (UTC) 一部加筆--柒月例祭会話) 2021年9月16日 (木) 02:55 (UTC)[返信]
コメントありがとうございます。(1)と(2)の順序に関しては異存ありません。あとは記事によってはintextでの略記+参考文献一覧の方式を使っているパターン(言わば1bと2の併用)もあるため、1bに関しても(1b1)・(1b2)として分けるのもありかなと感じました。細かい区分はともかく大枠としては、柒月例祭さんよりご提示頂いた2021年9月16日 (木) 02:55 (UTC)の区分を元に、まずは「出典の示し方」節での大枠の区分けを簡単に整理して、次に「記載すべき情報」節以下、全フォーマット共通の記載すべき情報、その後に各フォーマットごとの書き方・・・といったような構成になるように、調整していければベストではないかと思案しています。--Miraburu会話 / 投稿記録 2021年9月16日 (木) 09:34 (UTC)[返信]
  • あと加えて気になった点ですが、柒月例祭さんが先にご提示された例のうち
  • (2の例)「朝永は・・・描いている[1]
  • (3の例)「朝永(1979, pp. 128–130)は、・・・描いている」
この2つですが、これらは現行のWP:INTEXT(「本文中での出典言及」節へのリダイレクト)の記述によれば、どちらも「Intext方式」の一つという事になるようです。・・・が、この2つ、同じIntextではあっても前者は純粋な中立性配慮だけのための帰属化、後者は中立性配慮と典拠掲載を兼ねた帰属化という事で、意味合いは異なるよなあという風に感じます。この部分も多少整理しておければいいなと感じました。--Miraburu会話 / 投稿記録 2021年9月20日 (月) 16:55‎
返信 それは確かに違いがありますね。なんというか、情報源をどこにおくかと、どうおくか(直接文献名を示すのか、refタグやcite系を使うか)という感じですね。もしかするとツリー状の分類よりも、次のような整理の仕方のほうがわかりいいのかも。
  ◯◯の場合 ●●の場合
□□の場合 あ方式 い方式
■■の場合 う方式 え方式
例には出していないのですが、主に史学や文学分野では、次のような形式もよく見ます。
  • 「織田信長は・・・した(『信長公記』)。しかし秀吉は・・・した(『太閤記』)。」
個人的には、この方式はWikipediaでの一次史料の使い方としてどうかなー・・・と感じているのですが、それはともかく、よく見る方式ではあります。--柒月例祭会話) 2021年9月20日 (月) 17:15 (UTC)[返信]
大雑把ではありますが、一例としてはこういった感じでしょうか。(使用頻度に関しては体感です。)
  脚注機能を用いる 括弧書きで掲載する 話法形式で掲載する
本文に全ての典拠情報を直接書き込む 主流(ウェブ出典) 一般的ではない 一般的ではない
本文では典拠情報の一部のみを記述し、詳細を後述する 主流(書誌出典) 準主流(書誌出典) 主流(媒体問わず)
--Miraburu会話 / 投稿記録 2021年9月21日 (火) 17:59 (UTC)[返信]
  • 拙文で恐縮ですが、冒頭部分のみ大枠の文案を作成してみました(Wikipedia:出典を明記する/202109修正案)。主な変更点としては、以下の通りです。
    • 「出典の示し方」節の区分を大幅に変更。細かい区分については、追加での修正も検討していければと思います。
    • 冒頭文を一部変更。既存の内容が細かなフォーマットの指定にやや偏ってしまっている事を考慮し、「情報を漏らさず記入するように」→「どの典拠の、どの箇所から参照したのかが判別できるように」との修正を加えています。
修正案・改善案など、ご意見をお寄せ頂ければ嬉しいです。--Miraburu会話 / 投稿記録 2021年9月22日 (水) 18:59 (UTC)[返信]
返信 (私の会話ページにも書きましたが)私なりにも考えてみました。利用者:㭍月例祭/sandbox/私案:出典の明記の部分修正案。あれこれ考えているうちに、前に書いたことを翻すような部分もあります。
区分について、どう区分しても、それでわかりやすくなるというものでもない、と考えるに至りました。いろいろな要素が複合するので、単純に平面的に分類しがたい。
どういう名称を用いるにせよ、その名称自体はさほどよく知られていないし、それを抽象的に説明してもわかりにくいと考えました。なので、同じ例文で、様々なパターンを見せる方式にしました。
分け方・順番は、結局、原始的な方法から発展的な方法へ、という順番にしました。そのほうがわかりやすいように思いました。
基本形は文献によるものとし、ウェブ等はその変形ということで、まずは文献パターンのみにしました。
「一般的」「主流」などの表現にかえて、特徴を3項目で◎○△×というようにして、一長一短があることを端的に示しました。記事の状況により適切な方式が変わりうる、と思います。(短くて出典も少ない記事で、複雑な形式を採用する必要性は低い。)
単に「出典の形式」だけというより、中立的な観点とか、いろいろなことを考えながら方式を選択するのがベストと思うのですが、ややこしい話になりますね。
用語も、「出典」「典拠」「情報源」とか入り乱れて、ビミョーにわかりにくいなと感じました。(私の案でもやや入り乱れているかも)
あくまで雰囲気で、煮詰めたものではないです。--柒月例祭会話) 2021年10月1日 (金) 09:23 (UTC)[返信]
  • お返事が大幅に遅れてしまい大変申し訳ございません。追って後ほど改めて改案についての私見を書かせて頂きます。--Miraburu会話 / 投稿記録 2021年10月23日 (土) 20:44 (UTC)[返信]
    • 大枠のスタイルとしてはMiraburu案の方は(それでも変更点もあれどとはいえ)マイナーチェンジ、柒月例祭さん案の方はフルチェンジと言った感じでしょうか。個人的にはひとまずの改定案としては現状のものに近いスタイルで仕上げられると、変更点がすっきりしていいかなという思いがあったのですが、ただ外観のスタイルの部分はともかくとして、内容として仰られている部分については、どちらがベースになるかに拘らず積極的に取り入れていければなと思います。
    • 一括参照方式は推奨されないという点に関しては仰る通りかと思いますので、場合によってはより具体的な理由に踏み込む形で非推奨である旨を併記しておくのはありかなと感じました。
    • 現状のMiraburu案に関しては重複する箇所があるなど冗長な部分がありましたので、「基本型→発展型」という順で整理しては、という案は頷けるものがありました。ひとまずは現行版にプラスで柒月例祭さん案のエッセンスを追加、というようなフォーマットを模索していければと検討しているのですが、柒月例祭さん案のフォーマットも取り立てた短所があるというわけでもありませんので、そちらでまとめるという方向ももちろん考えられるかと思います。最後になりましたが、改めて大変お返事が遅くなってしまった点、深くお詫び申し上げます。--Miraburu会話 / 投稿記録 2021年10月23日 (土) 21:06 (UTC)[返信]
      • 返信 「遅くなった」ことについてはまったく気にしていませんし、謝るようなことでもないです。ゆっくりやりましょう。急がなければいけない理由もないでしょうし、重要な文書ですから時間をかけて検討するのはよいことです。(それに、私はわりと「ちゃぶ台返し」的な提案を出しましたので。)
      • 私も考えていて悩んだと言うか迷ったのですが、結局、どんな人を想定してまとめるか、わかっている人向けなのか、まったくの初心者向けなのかでも、まとめ方は違うと感じました。私はどちらかというとまったくの初心者を想定してまとめたつもりです。また、ガイドラインや方針文書は、いわゆる「ルール」であり、基本精神を示して簡潔に済ますのがよいかもしれません。技術的なことや詳しい事情説明はHelp文書のほうが適しているかもしれません。結局、ガイドラインはできるだけ簡潔にして(こうしろ)、詳しい説明(なぜならばこうだからだ)は別文書化するというのが、読み手側にとっては親切なのかもしれません。自分の知りたいことを、知りたいレベルまで読めるので。--柒月例祭会話) 2021年10月25日 (月) 03:20 (UTC)[返信]
        お返事ありがとうございます。Miraburu案の訂正案を思索しているうちにひとつ感じたのですが、いわゆる話法形式においては話者名の直後に括弧書きで記載、文末に括弧書きで記載、文末に脚注機能を用いて掲載、という風に複数のパターンがあり、それぞれ他の形式の被る被らないの兼ね合いもあって、これらを初心者さんにも分かりやすく説明しきるのは容易ではないとの感触を持ちました。ですので「〇〇(ここに出典情報を明記)によれば、〇〇である」という方法に関しては、禁止とまでは行かないもののガイドライン内での言及は避け、基本的にはシンプルに文末での括弧書きか脚注機能の使用のどちらかを推奨として、オプションとして帰属化の有無、および括弧書きの場合は掲載位置の変更、この辺りについては任意でという事でWP:NPOVの方に丸投げする、という案を取った方が簡便になるのではないか、という事を感じました。--Miraburu会話 / 投稿記録 2021年10月29日 (金) 14:15 (UTC)、下線部追加--2021年10月29日 (金) 15:35 (UTC)[返信]
        Wikipedia:出典を明記する/202109修正案の方で、少し大きめの修正を行いました。
        • 先に述べたような「基本→応用」という順序への変更を行い、また「話法形式」については思い切って削る形といたしました。
        • 同じく先述した一括参照方式のデメリットについて、ある程度踏み込む形で追記を行いました。
        • 柒月例祭さんの案に倣って、それぞれの方式の実際の使用例を掲載してみました。ただしそれぞれのメリット・デメリットの箇所については、柒月例祭さんの案同様「一長一短」という部分を強調する事も考えたのですが、それぞれの長短が等しく同列であるとの誤解を避けるようにという意味で、より「見やすさの長短<検証可能性の長短」という箇所を本文の方で強調する事として、表のサイズ自体は少し控え目にしてあります。とはいえ柒月例祭さんの案におけるまとめも非常に分かりやすい内容となっていますので、こちらの表をそっくりそのまま移入する物に差し替えるのもありかなと思います。
        • ついでといってはなんですが、「出典」「典拠」「情報源」の三者は基本的に「出典」で統一しました。一部「典拠情報」という箇所に関してはそのままとしてあります。
        --Miraburu会話 / 投稿記録 2021年10月29日 (金) 15:33 (UTC)、下線部追加--2021年10月29日 (金) 16:29 (UTC)[返信]
  • 元々の議題であった「個別参照」という呼称の是非についてですが、「どこを」参照するのか、という点を明確にできればよいのかなと思います。Miraburu案における「基本型」にあるような、脚注内や括弧内を直接参照する方法に関しては「直接参照」、また「応用型」で紹介したような、脚注欄・括弧書きを通して参考文献節を参照する方法に関しては「間接参照」辺りの用語を当てはめるとしっくりくるのかな、という気がします。いずれにしてもこの辺りは追々詰めるとして、最初の議題提起からも早2ヶ月となりましたので、そろそろ正式な提案へと移行していければと思います。--Miraburu会話 / 投稿記録 2021年11月16日 (火) 16:51 (UTC)[返信]

ガイドライン改訂の提案[編集]

上記#「出典の示し方」節についてでの議論を踏まえて、以下の通りガイドラインの改訂を正式に提案させて頂きます。

具体的な変更事項に関しては、以下の通りです。

  • 全体的に記事内の記述と出典との結び付きを、より強調した文案となっているかと思います。
  • 「出典の示し方」節に関して、現行案においては「①Inline Citation②General References③『個別参照法』」という構成になっていますが、修正案においては③を①の一部に組み込んでおり、それに伴って『個別参照法』という用語の用法が少し異なっています。
  • Inline Citationにおける実際の記法に関して、前提知識がない新規ユーザーさんにも分かりやすいようにより詳細な解説を加えています。
  • General Referencesに関して現在推奨されていない理由について、少し踏み込んで解説しています。

ご意見等を頂けましたら幸いです。--Miraburu会話 / 投稿記録 2021年11月18日 (木) 07:01 (UTC)[返信]

  • 細かい点だけですが、修正案についていくつか。
    • 「個別参照方式」とか「一括参照方式」とか、そんなに一般的に浸透している言葉ではなく、どちらかというとウィキペディア内のジャーゴンに近いと思います。よって、一般的な呼称だと誤解を生まないように、次のような言い回しにしたほうがいいと思います。
      • 現状「一般的に、出典の示し方には、本文内に出典の情報を記載する方法 (個別参照方式、Inline Citation) と、ページ末尾に記事全体に関する参考文献として箇条書きで列挙する方法 (一括参照方式、General Reference) があります。」
      • 変更「一般的に、出典の示し方には、本文内に出典の情報を記載する方法と、ページ末尾に記事全体に関する参考文献として箇条書きで列挙する方法があります。ウィキペディア内では、前者を個別参照方式、(Inline Citation)、後者を一括参照方式 (General Reference) と呼んでいます。」
    • ”ミラ・アクアブルー『日本のボードゲーム文化』(央端文庫、央端社、2021年10月刊行)”というのは、Miraburuさんの利用者名にちなむ架空の文献なんでしょうか? そうであれば、文献と引用されている記述は説明の便宜のためにこしらえたものであり架空で実在しないものであることを明確に書いた方がいいです。
    • 架空の文献だとしても、出版日は年のみとするか、年月日まで書くかにしたほうが自然だと思います。書籍で出版日が年月のみ表記というのはあまり見たことありません。
    • 「日本の将棋の起源は古きに渡る。数々の研究者たちがこの謎に挑んできたが、その長きに渡る研究の結果、現在では古代インドに存在した『チャトランガ』が、その原型であったとする説が主流となっている。」という(架空の)出典記述にもとづくという設定なのに、参照ページが「P11~P13 」で3頁におよぶのがよく意味がわかりません。
    • 「P11~P13 」は、このガイドラインで示しているように「11-13頁」と表記した方がいいと思います。別に実際の記事では「P11~P13 」でもいいと思いますが、同じガイドラインのWP:CITEHOWでは後者のように書きましょうと例示しておいて、同文書内の出典掲示はそれに従ってないというのは変だと思います。

--Yapparina会話) 2021年11月18日 (木) 22:50 (UTC)[返信]

コメントありがとうございます。取り急ぎ、修正の方を行わせていただきました。--Miraburu会話 / 投稿記録 2021年11月19日 (金) 06:37 (UTC)[返信]
  • コメント依頼から来ました。基本的に修正案の内容で良いかと思いますが、いくつか意見です。
    • Inline CitationとGeneral Referenceの記載順序について。修正案はGeneral Referenceが先になっていますが、基本的にInline Citationを推奨するのであれば順番を逆にしたほうが良いのではないでしょうか。
    • Inline Citationの「例」について。Help:脚注へのリンクはありますが、不慣れな人のために、出力結果だけでなく現ページと同じくソースがあったほう分かりやすいと思います。
    • あと、細かい点ですが、「脚注機能を用いて書き込む場合」の第2段落が途中で切れています。

--Iso10970会話) 2021年11月20日 (土) 05:51 (UTC)[返信]

コメントありがとうございます。ご指摘を反映して修正の方を行いました。具体例に関してはソースと実際の表示を対照する形に変更してみました。--Miraburu会話 / 投稿記録 2021年11月21日 (日) 05:38 (UTC)[返信]
修正案を拝見しました。こちらで良いと思います。--Iso10970会話) 2021年11月21日 (日) 08:42 (UTC)[返信]
ありがとうございますm(__)m。--Miraburu会話 / 投稿記録 2021年11月21日 (日) 09:32 (UTC)[返信]

ご意見の募集から一週間となりました。 追加のご意見等ないようでしたら、正式に反映の方に移らせて頂ければと思います。--Miraburu会話 / 投稿記録 2021年11月26日 (金) 21:27 (UTC)[返信]

  • 現行のガイドラインの説明文より実態に近づき、説明も要点がまとまっており、今のガイドラインよりも確実に良くなっていると思います。反映に賛成です~♪ --Yapparina会話) 2021年11月27日 (土) 22:42 (UTC)[返信]
    ありがとうございます。原案のご修正の方も感謝です。{{fake heading}}やwidthの調整に関しては手が届かない部分であったため、大変助かりましたm(__)m。--Miraburu会話 / 投稿記録 2021年11月28日 (日) 05:41 (UTC)[返信]

コメント 事例の表記で細かいところでちょっと気になったところがありましたので、追加コメントします。

  • 2つめの例示で、著者名に「ミラ・アクアブルー著」とあり、慣習でふつう「著」はつけないです。
  • 「(央端文庫)」は、{{Cite book|和書}}と表示結果に統一性を持たせるならば、()ではなく〈〉を使って表示したほうがよいと思います。現行ガイドライン「叢書名の全角山括弧〈 〉は、発行所名につなげて書く。」とも整合しません。
  • 図書の発行日のところは、慣例で日付に続けて「刊行」とは通常書きません。日付のみで良いかと思います。
  • 同じく、参考文献節に表記される書籍情報の最後は句点「。」で締めるかたちのほうが良いと思います。
  • 「ソース」「実際の表示」となっているところですが、ソースという言葉が編集者にどれだけ一般に浸透しているか不明ですが、ソースという言葉自体は様々な意味に捉えることができると思われます。「入力」でどうでしょうか。「実際の表示」はシンプルに「表示」でも良いと思います。
  • 架空の出版社「央端社」の使用については、いろいろな意味で、ここであえて使うべきかという疑問もありますが、気にしすぎでしょうか。これについては過去のもう済んだことで、蛇足意見でしたら無視してくださってもかまいません。

--小石川人晃会話) 2021年11月28日 (日) 00:20 (UTC)[返信]

コメントありがとうございます、ご指摘頂いた箇所を修正しました。出版社名に関してもあまり深く考えずに選んだものでしたので、別の名称のものに差し替えを行っておきました。「ソース」「実際の表示」に関しては、初心者さんの心情からすると少し噛み砕いた説明があったがあった方が良いかなと思い、少し冗長かもしれませんが「編集画面で入力する内容」「実際に表示される内容」としてみました。とはいえ説明的すぎると却ってという事もあるかもしれませんので、この箇所に関してはどちらでも構いません。--Miraburu会話 / 投稿記録 2021年11月28日 (日) 05:38 (UTC)[返信]
ご対応ありがとうございます。--小石川人晃会話) 2021年11月28日 (日) 10:12 (UTC)[返信]
  • コメント 「応用型」についてですが、本文に直接記入にせよ脚注を使うにせよ、出典を短縮形で表示する場合には、短縮形の表記から詳細な文献情報へのアンカーリンクを貼ることを強く推奨(できれば義務に)して下さい。 具体的なリンク方法は、 アンカーリンク と{{Anchors}}タグの利用でも、{{Citation}}系テンプレートと{{harv}} や{{Sfn}}テンプレートの組み合わせでもどちらでも構いませんが。
アンカーリンクを強く推奨していただきたい理由については、Wikipedia:査読依頼/奥澤神社 20161211Wikipedia:良質な記事/良質な記事の選考/二胚動物 20191127などでも何回も述べていますが、とにかく短かい記事ならまあ良いとしても、脚注が数十から百を越えるような大きな記事でこれがないと、読者の立場で出典を確認・精査しようとするときに本当にものすごく不便で困るんですよね。困ったことにそういう大きな記事を書くベテラン執筆者でも、テンプレートやアンカーリンクの使い方を知らないわけではないのに、短縮形の出典情報を打ちっ放し(書誌情報へのアンカーリンクを貼らない)にする人がいるので、せめてこのガイドラインを始めから読むような初心者は、絶対にそういう風にやってほしくないのです。---Loasa会話) 2021年11月28日 (日) 07:08 (UTC)[返信]
「アンカーリンクを貼ることを強く推奨あるいは義務」として改定案に盛り込むことに対してつよく反対します。最低限これだけは守ってもらいたいことを説明・指示すべきであり、難度の高いテクニカルな要求をあれやこれや盛り込み、過剰に要求を増やし、編集のハードルを上げるべきではないと考えます。アンカーリンクを作る方式を説明している別文書やテンプレートを紹介しながら、そういうやり方もあることについて一言触れるぐらいなら反対しません。--Yapparina会話) 2021年11月28日 (日) 09:17 (UTC)[返信]
「応用型」について、短縮形脚注にアンカーリンクを作らせることを義務づけることは、確かに編集初心者に理解させるのは難しいと思います。私もこのような編集テクニックを完全に理解して使えるようになるまで半年はかかりましたから。しかし読者目線で言えば、脚注アンカーリンクを作って参考文献節のほうに対応させたほうが良いに間違いありません。義務は難しいかもしれませんが、そういう簡潔でわかりやすい解説文書が現状見当たらないですよね。ですので、義務ではないスタンスで「推奨」としてそういうやり方を、本改訂案で簡単にソースを例示+詳述は関連文書紹介としてみてはどうでしょうか。
ちなみに、短縮形脚注を参考文献へリンクさせる方法で使いやすい(おそらく最も普及している方法)のは、参考文献に{{Cite}}系テンプレート(引数ref=harv)+脚注部分に{{Sfn}}の組み合わせだと思いますが、ソースを例示した上で『別項「Wikipedia:出典テンプレート#短縮脚注参照」で詳説しています。』で案内する方法で対処するとか。また、参考文献にCite系テンプレート(引数ref=任意の文字列)+脚注にアンカーリンク(<ref>[[#任意の文字列 | 短縮形脚注]], ○頁</ref>)でしたら、編集初級者がアンカーリンクを覚えてもらう方法として比較的理解しやすい内容かと思われます。これまで記事発展に寄与されてきた編集者によって脚注リンクの書き方は様々でしょうが、2パターンくらい簡単な紹介があってもよいのでは。--小石川人晃会話) 2021年11月28日 (日) 10:12 (UTC) コメントを一部追記しました。--小石川人晃会話) 2021年11月28日 (日) 10:48 (UTC)[返信]
コメント アンカーリンクの推奨に賛成します(強制はYapparinaさんの仰るようにちょっと行き過ぎかと思います)。ここではくどくど文章で説明するより簡単に例示する程度でいいでしょう。書き間違え防止や検証時の利便性の観点から、以下のようにテンプレートを使うことを推奨しますぐらいの表現がいいのではないかと思います。また例示する方式としては、:target[18]時にハイライトされるように指定されおりHarvErrors.jsで検出も可能な方式({{Cite|ref=harv}}{{Wikicite}}+{{SfnRef}} など)のみとしたほうが、検証する側の立場としては好ましいと考えます(あまり色々な方式を示すのも煩雑になりますし)。--Jutha DDA会話) 2021年11月28日 (日) 10:40 (UTC) 以上の発言は、小石川人晃さんの投稿以前に書いたものです(一旦離席後に投稿) 。--2021年11月28日 (日) 10:43 (UTC)[返信]
各種テンプレートの使い方に関して、Wikipedia:出典を明記する/202109修正案#専用のテンプレートを使うの方で少し簡単にまとめてみました。例示としてはひとまずは一番使用例が多い印象のある{{Harv}}&{{Citation}}と{{Sfn}}&{{Citation}}の2通りという形にしましたが、技術上の問題として他のテンプレートの方が望ましいという事であれば、今後はそちらを推奨にという方向で差し替えて頂いても構いません。推奨の度合いに関しては、私も現状ではひとまず単に「推奨」という形としておくのが望ましいかなと感じましたが、いかがでしょうか。--Miraburu会話 / 投稿記録 2021年11月29日 (月) 05:15 (UTC)[返信]
  • コメント Wikipedia:出典を明記するに落とし込んだときに、情報過多になると感じます。書いてくうちにあれもこれも説明したくなるのはよくわかるのですが・・・先ずは冒頭で小綺麗に端的にまとめたほうが、読者にはパッと全体像が捉えられてよいでしょう。どうしても長くなったり小路へ入り込む感じになってしまいがちなので、細かい説明やハウツー・応用的説明は、それぞれ別文書(子文書)にして、そちらを参照してもらうようにしてはいかがでしょう。
  • 「本文に沿って出典を掲載する」という表現は直感的にわかりにくいと思うんですよね。「(本文ではない場所に)一か所にまとめて(一括参照)」との対比ですから、「(本文の中で)その都度出典を示す」みたいな表現にしたほうがよいのでは。(どちらにしても、「一括参照」がどのような手法なのかを知った上で、「個別参照」を説明するほうがわかりやすいように思います。)
  • 私案ではお示ししましたが、INCITE方式のほかINTEXT方式についてもふれるべきでは。ここで言及がない第3の方式が、文書の後半のWikipedia:出典を明記する#本文中での出典言及に急に出現するのは困惑のもとになりそうです。
  • アンカーリンクについては、推奨とするのはよいですが、強制はいきすぎでしょう。テンプレート類を多用したり、テクニカルなことを求めると、「めんどうくさい」感は出ます。それに、5年10年(あるいはもっと)先を想像したときに、本文はあまり技術的にややこしくしないほうが無難とも思います。世の中でHTMLの作法とか編集・閲覧環境が大きく変わったときや、仕様変更のときなどに、めんどうくさいことになったりします。(今でも既に、スマホだとあれができないとかがいろいろある。)--柒月例祭会話) 2021年11月29日 (月) 09:10 (UTC)[返信]
分量に関しては私自身も思うところはあるのですが、別文書化を行った場合、それはそれで目を通すべき場所が増えてしまい見つけて頂く機会が減ってしまうのではないか、という懸念もあり、悩ましいところではああると思います。いずれも初心者さんにも最低限目を通して頂ければ、というポイントに絞って書いたつもりですので、現行の内容だと少し説明が不足している感もありますし、それよりかは分量自体は少しは増えてしまっても、少しずつでも良いので目を通していって頂けるようなスタイルを目指せればと思っております。
Intext方式に関しては一つ前の見出しでも少し述べたのですが、方式の一つというよりももう少し些細な文法の違いという風に捉えて頂いて、本ガイドラインでは深く解説せずにWP:NPOVの方を読んで頂く、という方が煩雑さが減るのではないかな、との考えからこのような形に至りました。ただしご指摘の通り現状の内容だと方式の一つのような扱いになてしまっていますので、こちらもゆくゆくは修正を入れる事にはなるかなと思います。--Miraburu会話 / 投稿記録 2021年11月29日 (月) 19:13 (UTC)[返信]

動画配信サイトやSNSは正式な出典として見なされるのか[編集]

Wikipediaでは、情報源が動画配信サイトやSNSのみなどの記事がありますが、基本的にケースEとして削除されています。そのため、YouTubeアニメなどの分野の記事は非常に乏しくなっています。よって10人以上が認めた場合もしくは管理者が認めた場合は動画配信サイトやSNSなどの出典も利用可能というルールを提案します。--ABCDEKLM会話) 2021年11月29日 (月) 01:30 (UTC)[返信]

  • どなたかの許可の有無に拘わらず、出典として使う事自体は使用法のルールに則った範囲内であれば禁止されていません。ただしどんな種類のものであっても、出典さえあれば削除される事はないのか、と言われれば、そうしたわけではない、という事です。--Miraburu会話 / 投稿記録 2021年11月29日 (月) 05:05 (UTC)[返信]
  • コメント ケースEの削除の話と、出典(検証可能性)の話と、情報の無差別な収集による除去の話が、ごっちゃになっているような印象を受けます。
  • ケースE(特筆性)は、基本的には、「無関係の第三者」による有意な言及を求めます。なので、自己言及の動画やSNSは特筆性の根拠としては認められません。しばしば、ユーチューバーの記事などで、出典や外部リンクとして「そのユーチューバーの動画・SNS」へのリンクしか無いということがあり、これはケースE(特筆性の問題)や即時削除全般4(宣伝目的)として削除されることがあります。
  • 一方、芸能人などの記事では、SNSや動画配信内で言及があった些細な情報が過剰に収集される傾向があり、それらは「たとえ出典があっても」ウィキペディアは情報を無差別に収集する場ではありませんWikipedia:過剰な内容の整理などに基づいて除去されることがあります。
  • Wikipedia:信頼できる情報源Wikipedia:検証可能性#通常は信頼できないとされる情報源からも、注意が必要です。ごく基本的なこととして、情報源の信頼性は「高度な査読を経て世に出た情報」が信頼性が高いとされています。あくまで一般論ですが、SNSなどは「高度な査読」を期待し難いでしょう。
  • 一般的な方向性としては、動画配信やSNSでしか確認できないような情報は、信頼性も低いし、「わざわざ掲載するほどのことではない」ということでしょう。--柒月例祭会話) 2021年11月29日 (月) 09:31 (UTC)[返信]

返信 ご返信ありがとうございます。確かに、「わざわざ掲載するほどのことではない」かも知れません。ありがとうございました。--ABCDEKLM会話) 2021年11月30日 (火) 08:51 (UTC)[返信]

Checkmark この節の議論は終了しており、過去ログ化してかまわないと思います。そうでないとお思いの方は、ご自由にこのテンプレートを消して発言をつづけてください。ABCDEKLM会話) 2021年11月30日 (火) 08:57 (UTC)[返信]