Wikipedia‐ノート:出典を明記する

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サブページ[編集]

参考文献に挙げられている編書に収録されている作品の、著者名とタイトルを記載した上での短縮脚注参照を利用した出典明記法がわかりません。[編集]

英語版から記事を翻訳している際に出くわした問題なのですが、参考文献節に編集者の名前で短篇集のような書籍が挙げられていて、脚注で、その書籍に含まれている作品の著者名とタイトルを明記した上で編書を短縮脚注参照する場合、どのように出典Templateを使用したら良いのでしょうか。

例えば次のような編書があり、参考文献として記載されている場合:

  • Roe, Richard, ed (2015). FooBar. 
    • {{Cite book|editor-last=Roe | editor-first=Richard |year=2015|title=FooBar|ref=harv}}

この書籍に収録されている John Doe 作の "hoge"という作品にたいして、それを明記して出典記述する場合、今のところ次のような書き方でごまかしています。

  • <ref>{{Citation|last=Doe |first=John| title=hoge}}. {{Harvnb|Roe|2015|p=12}}</ref>

しかし、どうも適切な記載法とは思えず、英語版のHelpをみても記載例が見つからない状態です。ご存じの方があればお教え下さい。--お天気屋会話) 2015年6月29日 (月) 23:18 (UTC)

  • そのような場合は、cotributionフィールドを使うのがよいでしょう。章ごとに著者が異なる書籍の一部の章や節、あるいは辞典やハンドブックの執筆項目の一部を取り上げたいときに利用できる形式です。質問の例でサンプルを書けば次のようになります。
  • 書誌情報
{{Citation|last=Doe |first=John | contribution=hoge | editor-last=Roe | editor-first=Richard |year=2015|title=FooBar|ref=harv}}
  • harvタグ
<ref>{{Harvnb|Doe|2015|p=12}}</ref>
詳細はTemplate:Citation#図書の章節や項目 (百科事典など)を御覧ください。その次の「逐次刊行物の編著記事の中の項目や章節 (寄稿や再掲、総説など)」にも、さらにややこしい例が示されておりますので、そちらも参考になると思います。--Loasa会話) 2015年6月30日 (火) 03:38 (UTC)
  • お天気屋さんの例をそのままテンプレートに入れて例示してしまったので、ページ情報の書き方という大事なことについての注意を忘れてました。まあこういう質問をされる位の方なら言うまでもないことだとは思うのですが。
Citationタグの方には、page,pagesフィールドを利用して、Doe,John 著の"hoge"の Roe, Richard, ed (2015). FooBarにおけるノンブル情報を書いておくべきでしょう。記事で参照している箇所のノンブルではなく、Doe,John,"hoge" が掲載されている範囲のノンブル情報です。これは通常の雑誌掲載論文と同じ考え方です。一方、harvタグに関しては、引用文献が数ページ程度の短い文献であり、文献中のノンブルまで指定する必要はないと考えられるのであれば、pフィールドは省略してもよいでしょう。長い文献で、文献中のノンブル情報も必要と考えられるのならば、Roe, Richard, ed (2015). FooBarにおける、該当個所のノンブル情報を書けばよいでしょう。--Loasa会話) 2015年6月30日 (火) 04:11 (UTC)
現在翻訳している“en:Northern Isles”では、"Omand, Donald (ed.) (2003) The Orkney Book. Edinburgh. Birlinn. ISBN 1-84158-254-9" という書籍を参考文献として挙げ、複数の箇所で出典を示す際に脚注内で短縮脚注参照に追記する形で対応する章の著者と章題とが記述されています(テンプレートは使われておらず、章のページ範囲は記載されていません)。Loasaさんの説明によると、参考文献節には、"The Orkney Book" だけでなく、出典として参照された個々の章もそれぞれ別個に記述する必要があるということでしょうか? "The Orkney Book" は1冊の書籍であり、この書籍の情報とページ番号さえあれば、出典の確認は可能で、個々の章題と著者名は不可欠な情報ではなく、わざわざ参考文献節へ章別に記載するのは過剰に感じます。また、各章の範囲に関する情報は英語版にはなく、原典は近隣には大学図書館にしか無いようで、私には大枚はたいて購入するしか直接当たることができず、適切に Citation を記述することは現状手に余ります。残念ですが、templateの利用に固執するならば著者名と章題は除去するしかないようです。--お天気屋会話) 2015年6月30日 (火) 11:36 (UTC)
  • 質問文から、出典参照したいのは特定の1人の著者による特定の1つの章のみ、と思い込んでいたのでcontributionフィールドの使いかたを御案内したのですが、そうではなくて、一冊の本の中にある複数の著者による複数の章から出典情報を、書誌情報を重複させることなく表示したい、ということなのですね。それならcontributionは使えませんがharvタグを使ってできないことはありません。
ただし、citationのフィールド情報だけを利用して、たとえば
<ref>{{harv|Doe|John|hoge|Roe|2015||p.12}}</ref>
というタグにより
Doe, John, "hoge" in Roe (2015) p.12
と表示させるような方法をお求めならばそれは無理です。
私ならこういう場合には、FooBarの書誌情報におけるrefフィールドで、harvの代わりに、アンカーとなる任意の文字列を指定します(例えばref="Foo"など)。そしてこのアンカーを利用して
{{harv|Doe, John, "hoge" in Roe (2015) |p=12|ref="Foo"}}
とします。こういう場合に限らず、文献を「著者のlastname+刊行年」で単純に参照できない場合によく使う方法です。まあ、こうするとharvタグを使う意味はほとんどないとも言えますが、このような場合のharvタグは、refで指定したアンカーを持つ書誌情報にアンカーリンクを貼るためのタグ、と割り切って使ってます。--Loasa会話) 2015年6月30日 (火) 12:54 (UTC)
脚注の入れ子を使ってみては?挙げられているen:Northern Islesは「 in "Omand (2003) p.○○"」で書籍提示を行っている状態、そのまま入れ子で対処してみてはどうでしょう。--toto-tarou会話) 2015年6月30日 (火) 16:24 (UTC)
色々と、教授いただき有り難うございます。とりあえず、{{harv|Doe, John, "hoge" in Roe (2015) |p=12|ref="Foo"}}の書き方でやってみます(“in”という英語が残るのが訳してる身としては気になるのですが)。--お天気屋会話) 2015年6月30日 (火) 22:46 (UTC)

ウェブサイト出典の和書的記述の可否、およびCite webのコンマ・句読点併用について[編集]

私は日本語ウェブサイトを記述するとき、{{Cite web}}の方式をほとんど使わず、独自にWikipedia:出典を明記する#書誌情報の書き方(和書)に沿う形式で

執筆者「タイトル」発行者、発行年、閲覧日。

としています。例えば、

平成26年11月22日22時08分頃の長野県北部の地震について」気象庁、2014年11月22日、2014年11月23日閲覧。

という形です。これは不適切なのでしょうか?というのも、長野県神城断層地震でこの編集([1], [2])のような間接的指摘を受けているためです。数年の間ほぼこの方式で特に指摘を受けなかったので、少し戸惑っています。

また、{{Cite web}}の現行形式は

村上春樹 (2002年3月22日). “共生を求める人々、求めない人々-映画『A2』をめぐって”. 共同通信社. 2006年12月18日時点のオリジナル[リンク切れ]よりアーカイブ。2006年12月18日閲覧。

のようにコンマと句読点を併用する形になっていますが、個人的には違和感を感じてしまいます。私がCite webをあまり使っていない理由がこれです。例えばなんですが、

村上春樹 (2002年3月22日). “共生を求める人々、求めない人々-映画『A2』をめぐって”. 共同通信社. 2006年12月18日時点のオリジナル[リンク切れ]よりアーカイブ.2006年12月18日閲覧.
村上春樹 (2002年3月22日)「共生を求める人々、求めない人々-映画『A2』をめぐって」共同通信社、2006年12月18日時点のオリジナル[リンク切れ]よりアーカイブ。2006年12月18日閲覧。

のように、表記を揃えてもいいんじゃないかと思うんですが、みなさまはどう思われますか。--Peka会話) 2015年9月9日 (水) 11:17 (UTC)

  • コメント Pekaさん、こんばんは。結論から申せば、従来のままでよいと思います。
Cite系テンプレートは、便利なツールですが、強制される謂れはございません。まして、アルファベットを前提としたCiteテンプレートですので、漢字カナに用いますと、上の例のようなに変な表記になってしまいます。これで違和感なければ、その方はウィキ毒に中てられているとしか申せません。
まぁ、そのうちどこかで、表記統一に向けて話し合いを持つべきなのかもしれませんが、今は必要最低限の出典情報があれば十分、と私は考えています。--Ashtray (talk) 2015年9月9日 (水) 11:51 (UTC) 一部コメント取消し--Ashtray (talk) 2015年9月10日 (木) 12:42 (UTC)
  • コメント 基本的な書誌情報をしっかり書いていただければ、別に無理してcitationタグを使う必要はないでしょう(とはいえ、個人的にはぜひ使ってほしいと思ってますが、もちろん強要はできません)。 コンマと句読点併用の問題はおっしゃる通りで、私もかなり見た目が悪いとは思っていますが、これについては、こちらで意見を募るよりもむしろTemplate:Cite webのノートあたりでテンプレートをいじれる方に修正をお願いしてみた方がよいのではないかと思います。--Loasa会話) 2015年9月9日 (水) 12:20 (UTC)
  • コメントTemplate:Cite web/sandbox(現行版との差分)およびTemplate:Cite web/testcases参照。「.」(半角ピリオド)ではなく「、」(全角読点)を区切りにすることはできなくはないです。そのほか、タイトル囲みを“”→「」、authorとcoauthorの区切りを「;」→「・」なども試してあります。
  • で。「出来る」と「やる」は別です。やれば出来るからからといってやらなければならない訳じゃない。違和感というけれど、「.」と「、」が併用というのもカード式の図書目録では採用されていた記述方式ですし、そうしたものは所詮きまりごとでしかありません。
  • 必要な情報が誤認のおそれなく記載できること。この一点が満たされればそれ以上はどうでもいいと思います。「.」区切りでも「、」区切りでも、その点は別に問題とはなりえません。そういうどうでもいいことを統一するのしないのといってモメる(で、そうやってモメる人が出典をつけたり、まともに記事を書いたためしがない)とか、そういうバカげたことになるくらいなら、今のままがむしろベストです。--ikedat76会話) 2015年9月9日 (水) 17:18 (UTC)
  • 書き忘れ。そもそもの話のこと。テンプレートなんか使ったって使わなくたって、クドいけど、「必要な情報が誤認のおそれなく記載」できていれば何の問題もなし。文句いう奴がいたって相手をする必要すらないし、言うことを聞く必要もなし。それでもガタガタいうなら井戸端なりココなりうまく使って、1対1で相手にしないことです。どうせそういう奴ほどマトモなことはしてやしませんからね、マトモに相手するだけ時間の無駄です。--ikedat76会話) 2015年9月9日 (水) 17:21 (UTC)
遅くなりましたが、みなさまご回答ありがとうございます。参考にします。{{Cite web}}の改善提案をしようとも考えたんですが、今回は見送ります。--Peka会話) 2015年9月17日 (木) 16:03 (UTC)

とはいえ、テンプレートを使用してない例に限って

  • URLしか記載が無かったり(何を書いてあるページなのかわからない。)
  • 版元の明示が無かったり(どこの出版物なのかわからない。)
  • (最終アクセス日またはリリースの)日付の記載が無かったり(リンク切れや出典の検証に余計な手間をかけさせる)
  • 頁を「項」と書いてみたり

と出典の明記の基準に達していないものもあることも事実です。これ以上の意見は述べませんが。--CornBoard会話) 2015年11月6日 (金) 09:31 (UTC)(2015年11月6日 (金) 13:45 (UTC)追記)

書籍の識別コードについて[編集]

この編集のような、{{全国書誌番号}}や{{NCID}}などの書籍の識別コードの列記について意見を求めます。

{{Cite book}}のパラメータを軒並み埋めているのだと思いますが、書籍であれば基本的にISBNだけで充分だと思います。 過剰な情報は可読性を損ない、閲覧者、編集者にとって良いことはありません(特にIDは無意味な数字の羅列であり、大きく可読性を損なうように思います)。 記事のサイズも無駄に大きくなります(編集合戦の方が負担は大きいでしょうが)。 ですから書籍であればISBN以外のIDは基本的に使用を避けるべきであると思います。

過剰な情報が可読性を損なうことに異論はないと思います。 ISBNだけで基本的に充分であることの論拠としては、

もちろん規格ができる前の古い書籍にはISBNはないですし、他にもISBNがないような書籍(雑誌は除く)があるかも知れませんが、ISBNがある書籍ならばこれだけで充分だと思います。 -124.110.184.77 2016年2月10日 (水) 19:17 (UTC)

問題の編集を行なった者です。「パラメータを軒並み埋めている」とのご指摘は現にそのように編集を行なっているので、ご指摘通りです。私がこのような編集を行なっている理由としては一種のアクセシビリティの観点からです。と申しますのも、私自身がISBNのリンクから書誌情報を検索出来ると言う事を知ったのが本格的にWikipediaの編集を始めた頃(2015年の冬から春にかけて)で、それまではISBNのリンクを踏んだ事もありませんでした。なので、私としましては、ISBNのリンクを踏まなくても外部サイトに掲載されている書誌情報へ、記事からダイレクトにアクセス出来るように務めているつもりです。また、書誌情報の編集時にそれらの外部サイトに掲載されている情報を掲載する事もあるので、そう言う意味での出典としての役割も意識しながら識別コードを列記しています。
私個人の主観的な判断に基づいて編集している事なので、以上に申し上げた理由が言い訳にしかならない事は重々承知しておりますし、識別コードを列記すべきではないとの結論が得られた場合はそれに従うまでだと思っております。--知識熊会話) 2016年2月10日 (水) 20:51 (UTC)
アクセシビリティの観点から言えば、知識熊氏の主張の方が正論で、逆にIP利用者氏の持たれている認識には、疑問を投げかけざるを得ません。「視野が狭く乱暴で偏った主張」と言ってもいい。
各閲覧者が置かれている環境は様々ですから、題名、著者・編集者、出版年等必須の書誌情報を掲載するのは当然として、その他検索の用に供される各種識別コードを任意で記載することは、文献に当たるための手段を複数提供することにつながります。利にはなっても害にはなりません。--森藍亭会話) 2016年2月11日 (木) 01:34 (UTC)

まず誤解のないように確認しておきますが、題名、著者・編集者、出版年等必須の書誌情報を掲載するのは当然であり、そこは論点にしていないということです。 ISBNだけで充分という主張は、題名等すら要らないということまで主張している訳ではないということです。

さて、利にはなっても害にはなりませんとのことですが、可読性を損なわれることが害ではないということですか。それとも可読性は損なわれないということですか。 多少の害があったとしても、それ以上に利点があるのかというバランスの問題なのではないですか。 つまり、記事から直接リンクされることによって、どの程度のアクセシビリティの向上が見込めるのかということです。 自分の視野が狭いと思われるのは良いですが、どのような閲覧環境で、どの程度のアクセシビリティの向上が見込めるのか、何かしら例示してください。そのために意見を求めているのです。

もう一つ、アクセシビリティとのトレードオフとしてセキュリティの問題があります。つまり、記事からの直接リンクという形式についてです。 特別:文献資料において

ウィキペディアは以下にある登録サイトを推奨・宣伝するわけではありません。

と注意書きがされている理由についても思いを至らせるべきでしょう。 主観的な考えですが、外部サイトへ警告なしの直接リンクという形式は、国会図書館のような公的機関といえども、良いことではないと考えています。 特にアマゾンのような営利企業であれば、広告やアクセス解析など好まない人は少なくないと思います。 -124.110.184.77 2016年2月11日 (木) 15:09 (UTC)

コメント ISBNがない本なんて普通にある訳で、可能であればそれ以外のIDも付与するのは当然のことです。『国会図書館のような公的機関といえども、良いことではない』というのはだいぶ極端な思想として諦めていただくとしても、アマゾン固有のIDであるところのASINについては、「ISBNのようにワンクッション置く訳でもなくアマゾンに直リンク」という点も含めて、どちらかといえば私も否定的です。--Hisagi会話) 2016年2月11日 (木) 15:23 (UTC)
コメント 124.110.184.77さんが問題にしているのは、ISBNがすでに示されている書誌情報に対してほかのIDを付与することの是非のようなので、話がかみ合っていないように思えるのですが。Wikipedia:書籍情報源へのリンクがすでに用意されている場合に国会図書館への(リンク先が明記されていない)リンクを追加することはかならずしも望ましいことではない、というのはそれほど極端な意見だとは思いません。もちろん、ケースバイケースで、ISBNが示されていても他のIDに有用性がある場合もあるとは思います(今回のケースが該当するかどうかは分かりません)。本当は {{Cite web}} に display_asin といったパラメーターを追加して、ISBNが指定されている場合、display_asin が指定されていないかぎりアマゾンへのリンクを抑止する、ぐらいでもいいかもしれません。
あと、ISBN-10を機械的にISBN-13に変更してしまうのは望ましくないと理解しているのですが、どうなのでしょうか(具体的な弊害はなさそうな気もしますが)。 --KAWASAKI Hiroyuki会話) 2016年2月11日 (木) 16:56 (UTC)、一部修正:2016年2月11日 (木) 17:57 (UTC)
そもそも1次資料である書籍そのものに記載されているのはISBNである。

この観点からの意見がないようですが、個人的には一番決定的だと思っています。 他の書籍IDはどうやって編集した内容の責任を負うのですか。ISBNを割り振るのは出版社が責任を負うでしょうが、他の書籍IDの割り振りはデータベースの作成者ですよね。

書誌情報の編集時にそれらの外部サイトに掲載されている情報を掲載する事もあるので、そう言う意味での出典としての役割

出典が出典って循環定義の印象があります。 -124.110.184.77 2016年2月27日 (土) 05:16 (UTC)

「そのIDが出典の現物に記載されているかどうか」という観点はそもそも気にする必要がない、ということです。余談ですが、ISBNが書籍そのものに記載されているとも限りませんし。(後付け付与で途中の刷からだったり、本体ではなくカバー等に記載だったり)--Hisagi会話) 2016年2月27日 (土) 15:33 (UTC)
コメント IDそれ自体の正確性については、たとえばCiNiiが割り当てているIDをCiNiiを参照して記載するのであれば、問題はありえないはずです。孫引きだけで済ませてしまうのは望ましくないと思います(もしかするとやむを得ない場合もあるかもしれませんが)。IDから参照されるデータベースの個々の書誌情報の正確性は気にしなくていいと思います(といった趣旨の注意書きがある点で、Wikipedia:書籍情報源のほうが望ましい、とは言えるかもしれません)
なお、上で私が書いたISBN-10とISBN-13の扱いについてはHelp:ISBNのリンクで触れられていました。実害はあまりなさそうですが、実際に付与されているほうを使用せよ、となっています。もっとも、増刷時にISBN-13に変更されているケースもあるはずなので、あまり神経質になる意味はないと思います。 --KAWASAKI Hiroyuki会話) 2016年2月27日 (土) 16:56 (UTC)、一部加筆:2016年2月27日 (土) 17:27 (UTC)
コメント ISBNコードの10桁か13桁かは簡単に変換できるものなので、実害はほぼゼロだと思います。ただし、ごく稀にISBNの使い方を知らずに出鱈目なコードを付けていたり、違う書籍に同じISBNを使いまわしたりしている版元があります。それから、タイトルが同じだからと違う年度版の書籍でも同じISBNを使い続ける版元もそこそこ存在します。政府刊行物系の出版物、社史・市史などの書籍はISBN付いてないことの方が多いですね。そういう点ではISBN以外の全国書誌番号やNCIDもあれば良いことに越したことはないです。--UE-PON2600会話) 2016年2月28日 (日) 00:40 (UTC)
コメント ISBN-10の書籍をISBN-13で示すことの具体的な弊害として思いつくのは、(たとえば似た題名の書籍がたくさんあってさがしにくいなどの理由で)ISBNを実際の書籍と照合する場合、若干分かりにくいことです。978-とチェックデジットを無視すればいいのですが、チェックデジット1桁が照合に使えなくなるのは確かです。もちろん、大きな問題だとは思いません。
私自身が以前からちょっと気になっているのは、ISBNが区切られていない場合が少なからずあることです(前述のHelp:ISBNのリンクでは「読みやすいよう、ハイフンを用いてなるべくコードを区切るようにしてください」)としています。ただ、区切り位置がおかしいISBNもインターネット上の書誌情報で目にした記憶があるので、あまり徹底しようとするのはやぶへびかな、とも思っています。 --KAWASAKI Hiroyuki会話) 2016年2月28日 (日) 03:36 (UTC)
コメント ISBNの変換については日本図書コード管理センターで変換はできます。それと、ISBNのハイフンですが、実際には版元は別として図書館や書店ではハイフン入れないで登録していることが多いので、徹底する必要はないと思います。出版社記号の区切り方が少し複雑なので、慣れている方以外はどこでハイフン入れるのか分からないでしょうから。--UE-PON2600会話) 2016年2月28日 (日) 03:58 (UTC)
コメント ISBNにハイフンを入れるのが望ましいと考える理由は、前述の「Help:ISBNのリンク」での記載のとおり、「読みやすいよう」にです。書誌データベース等はともかく、実際の書籍で、区切られていないISBNの表記は見た記憶がありません(もしかすると存在するのかもしれませんが)。たとえばクローズドな検索端末を利用する場合、あるいは図書館のリクエストカードに手書きで記入する場合、ISBNが区切ってあるほうが多くの人にとってはスムーズに扱えるはずで(だから電話番号も市外局番が関係ない場合でも通常区切られるのでしょう)、親切だと思います。
もっとも、読みやすいことよりは、誤った場所に区切りを入れないことのほうが重要だと思います(これも人力で照合する場合以外の具体的な弊害は思いつきませんが)。なので、すでに示されている出典にISBNを追加する場合など、参照した書誌情報に区切りがない場合にハイフンを徹底する必要はないと思っています。 --KAWASAKI Hiroyuki会話) 2016年2月28日 (日) 12:04 (UTC)
コメント ハイフン区切りは別にどちらでも構いませんが、打ち間違えないことが最優先なので(利用する際はリンクから飛ぶなりコピペなりしてもらえば良いので)、推奨は「現物を確認しつつ、どこかのOPACとかオンライン書店からコピペしてもらう(気になるならそこでハイフン補記)」ですかね。ハイフン区切りがないと困るのは、手書きでメモをとるときとか、下の出版地の話と関連しますが出版者(出版地)の情報が不明なときに出版者コードを使うときくらいでしょうか。というか、万全を期すなら、「現物に書いてあるISBNは100%正しい訳ではないので信用しない」ってのもありますが…。--Hisagi会話) 2016年2月28日 (日) 12:22 (UTC)
コメント 「過剰な情報は可読性を損なう」はごもっともで、あまり沢山記さないようにする、ということは規範の1つになると思いますが、他方でdoiとかndljpのように、出典となっている電子文書に直接アクセスできるコードが記されていた方がISBNよりも便利(読者の利便性の観点から優れている)ということもあると思いますので、ISBNを絶対的なコードのように扱うべきではないと思います。--宇井木辺出夫会話) 2016年9月30日 (金) 09:23 (UTC)

刊行地について[編集]

  • 日本では欧米のように発行所の前に刊行地をあげる必要はない。

とありますが、あげても、あげなくてもどちらでもよいという意味なのでしょうが、刊行地がなぜ要るのか正直判りません。過剰な情報で可読性を下げているだけに感じます。

それともう一つ、刊行地とは書籍の後ろに書いてある住所ですかね? 自分が出典として挙げた書籍で、自分は刊行地を書かなかったのが、後の編集で書誌情報の追加として書かれた刊行地が手持ちの書籍の住所と違っていたのです。 手持ちは第6刷なので第1刷のときから出版社が移転したのかもしれませんが。 -124.110.184.77 2016年2月10日 (水) 20:09 (UTC)

文書の中にもありますが、欧米では複数の場所で刊行される場合があるから、ですね。手元に文献がないのではっきりとは申せませんが、刊行地が違う場合、同じ書籍でも装丁や組版等が異なる事があるそうです。日本で言うなら、『源氏物語』の例がいくらか近いでしょうか。理解できないのは、単にIP利用者氏の勉強不足です。--森藍亭会話) 2016年2月11日 (木) 01:46 (UTC)
  • 基本的には「出典の明記」は「検証可能性」を満たすために行うことですから、その観点で考えればいいでしょう。
日本語で書かれた文献が日本国以外で出版されるという可能性はとても低いでしょうから、普通は日本文献ではそこまでする必要はないでしょうね。しかしもしも仮に、パリの「日本出版」という出版社が『鎌倉時代の歴史』という日本語で書かれた文献を出版したとして、それを日本の国会図書館で検索しても見つからないぞ?そんな本、ほんとうに存在するのか?みたいになるかもしれませんから、そういう場合には刊行地を示す必要は出てくるでしょう。
日本でも、森藍亭さんが例示されている通り、近世以前の(ときには明治期の)文献を出典として示すような場合には、書誌情報をより詳しく記すべきでしょうね。(そういう場面は多くは無さそうですが。)
英語文献の場合には、イギリスなのか、アメリカなのか、オーストラリアなのか、はたまたインドや南アフリカなのか、とにかくどこから出ているかは出版社、著者、刊行年だけでは特定しきれないでしょうから、刊行地を示す必要は当たり前のようにある。ニュージーランドとカナダで、同じ年に同じ名前の出版社から同じ名前の著者が同じタイトルの本を出版した、ということはあり得ることです。
インターネットでの図書検索も充実してきましたから、刊行地が示されていなくても目指す図書にたどり着ける可能性は高くなってきているだろうと思いますが、ちょっと前まではそんなことはありませんでした。ISBNがあるなら、それでも目的は果たせるとも考えられますね。
ひとつ上の話題もそうですが、「出典の明記」は「検証可能性」を高めるためのものだという観点では、出典に関する情報が増えることが「過剰」だとか「可読性が低下するからダメだ」という発想には至らないと思います。基本的にウィキペディアは不特定多数が自由に編集するという前提で、一般の図書やウェブサイトよりも「出典を明記すること」の必要性が著しく高いので、出典の明記によって「可読性がいくらか下がる」ことは自然な帰趨であり、基本的に「ダメなこと」ではありません。(もちろん、程度にもよります)--柒月例祭会話) 2016年2月11日 (木) 03:27 (UTC)
  • コメントその地方のことを扱っている本が地方の出版社から出ているような場合は、できれば出版地を書いてください。あとは自費出版に近いもの、でしょうか。古書なり図書館なりでの入手可能性が高まるというのが一つ。対象と著者や出版社との距離感が多少掴める、一般には知られていないけれども地域では知られているような出版社や関連団体から出ている可能性が、多少可視化できます。手元にある本だと、その地域出身の明治期の有名人を追った本で、地元の専門書なども扱う書店が発行元になっているものがありますが、これなんかは出版地がけっこう大事になると思う。--Ks aka 98会話) 2016年2月11日 (木) 16:37 (UTC)


  • 日本では欧米のように発行所の前に刊行地をあげる必要はない。

これはWikipedia:出典を明記する#書誌情報の書き方(和書)にある記述なので和書であることを前提としていたつもりでしたが、伝わらない書き方をして申し訳ありません。

さて、刊行地とは書籍の後ろに書いてある住所なのでしょうか。この点についてもお願いします。 -124.110.184.77 2016年2月11日 (木) 16:22 (UTC)

刊行地は、和書なら本文の後にある「奥付」に載っていますが、洋書ならそもそも奥付は普通ありませんので、標題紙(扉)に記載されています。--Hisagi会話) 2016年2月11日 (木) 16:27 (UTC)

地域性のある書籍が地元から出版されている場合に、刊行地の有用性については納得しました。コメントありがとうございます。

さて、刊行地は奥付に載っている住所で良いようですが、「刊行地が手持ちの書籍の住所と違っていた」と私が上で挙げたのはトムソン散乱#sunakawaです。 この書籍に刊行地として東京都目黒区が追加されていますが、手持ちの第6刷(2006年)に書いてある住所は目黒区ではありません(渋谷区です)。 NDL-OPACから調べても出版事項には東京とあるだけで、目黒区以降の住所は確認できません。

同じ編集で原著1982年という出所不明の年も追加されており、この編集そのものの正確性に疑いがあるのです。翻訳ではない書籍における原著が何を指しているのか判りませんが、仮に初版を指すとして、それも正確ではないようです(NDL-OPACから調べた所によると、初版は1965年、第2版は1973年、第3版は1999年)。

ISBNが10桁から13桁になっているので、新しい刷での住所地なのかもしれないと思い、本屋で立ち読みしたところ、どうやら目黒区までは正しいようです(下目黒三丁目以降は正確には記憶していないので不明)。 つまり、私が購入した以降に出版社(正確には出版部)の所在地が移転したということでしょう。

出版社の所在地は変化しうるのです。市区町村の合併などで変更になることも無いとは言えません。 書籍が出版されてしばらくの後にデータベースに載せられます。つまり、この段階では、出版に近い時点での情報となります。 その後に移転などで所在地が変化した場合に、データベースが更新されていなければ、新しい住所での検索はできず、意味がないどころか場合によっては害悪です。データベースが更新されていた場合に古い情報が保持されていなければ、やはり意味がないどころか害悪です。 そもそもNDL-OPACでは東京としか書かれていないが番地に意味はあるのか。もちろんデータベースはNDL-OPACだけではないのですけど。

  • 刊行地をどの住所とすべきか
    • 第1版の奥付
    • 編集に用いた刷の奥付
    • 最新の刷の奥付
    • 信頼性の高そうなNDL-OPACなどのデータベースに頼る
  • 検索における有効性

この辺りのご意見をお願いします。 -124.110.184.77 2016年2月27日 (土) 03:37 (UTC)

コメント 出版地は住所(番地まで)ではなく、都市名のみで結構です。それ以上は意味がありませんし、かえってこういった面倒なことになってしまいますので、記載しないでください。日本目録規則に従うなら、日本の出版地は、その現物の標題紙(標題紙裏を含む)、奥付、背、表紙(裏表紙を含む)に記載がある市町村名のみを表示されているまま記載します。識別上必要があるときは括弧内に都道府県名(さらに必要なら郡名まで)を補記し、市名の「市」は省略し、東京都特別区は「東京」とします。--Hisagi会話) 2016年2月27日 (土) 04:15 (UTC)

早速の返信ありがとうございます。 長々と書いていて番地は要らないだろうという気はしていましたが、規則があったのですね。 「日本目録規則」はどのレベルの規則なのでしょうか?公共図書館で目録の作成時に従うべき法(に準じる)レベルですか?図書館法に関連とか?

Wikipedia は私的なサイトですからこれに縛られる必要はないでしょうが、ガイドラインに書いた方が良いかどうか。 まあ私の個人的な意見は、和書で刊行地は基本的には要らないんじゃないの、というものですから、ガイドライン修正の議論に加わるべきではないと思いますが。 -124.110.184.77 2016年2月27日 (土) 04:55 (UTC)

日本目録規則に強制力はありませんが、和書用としては唯一の選択肢・事実上の標準というだけです。もちろんそれぞれの図書館・MARC製作会社で多少のカスタマイズはしていますが。--Hisagi会話) 2016年2月27日 (土) 15:33 (UTC)
コメント 出版地は都市名のみ記載する、というのはおそらく欧米の慣習に基づくもので、一般的に行われていると思いますが、どこかで明文化しておいたほうが親切かもしれません。あと、出版地の記載ルールをすべて明文化しようとすると相当繁雑なことになるので、(かならずしも従わなければならないわけではないが)「例外的な場合には『日本目録規則』が参考になります」、ぐらいの文言はあってもよさそうです。
実際の日本目録規則は確認していないので国立国会図書館の説明を見ると、新しい『日本目録規則』を2017年度に制定予定とのことで、もしかするとオンラインで公開されるのかもしれません)、重複する部分もあるかもしれませんが、ウィキペディア日本語版の場合の(ガイドライン化すべきだとは思いませんが)目安をちょっと考えてみました。
  • 和書でも、以下の場合は出版地を示すことが望ましい。
    1. ISBNが記載されていない刊行物。特に、政府・自治体・大学以外の刊行物で、発行所が現存しない場合。
      • 発行所が改名している場合が「特に」に該当するかどうかは投稿者の判断でよい。
    2. 東京以外の小規模な出版社による刊行物。たとえば、地方・小出版流通センターの扱いで、出版地が東京都区部以外の場合など。
    3. 日本国外で出版された日本語刊行物。
    • 上記以外の場合は出版地を示しても、示さなくてもよい。
      • 出版地を示さなくてもいい場合に、オンラインの書誌情報だけを参照して出版地を追記することはあまり望ましいとはいえないが、禁止するほどではない。
  • 出版地は実際に参照した書籍に記載されている発行所の都市名を記載する。複数の版が確認できる場合は(特定の版のみの記述を出典とするのでなければ)できれば第1版に従うのが望ましいが、こだわらなくてよい。(出版社ではない一般の企業による刊行物などもあるので、都市名だけの記載であっても移転が問題となる場合はありうる。図書館の書誌情報では基本的に個々の版を別々に取り扱うはずなので、この点については考慮されていないかもしれない。)
    • 参照したのが抜き刷り等で、実際の発行所の記載を確認していない場合、出版地は記載しないほうがいい。
  • 市町村合併等は意識せず、実際に記載されている都市名を出版地とすればいい。ただし、当用漢字定着以前の刊行物の場合は、常用漢字体や人名用漢字体に修正するほうが望ましい。
    • 現在の都市名を併記したほうが(ウィキペディアの場合は)親切かもしれないが、なくてもよい。
長ったらしくなってしまいましたが、おかしな点があれば(今後の参考になる場合もあると思うので)できればご指摘いただけると幸いです。 --KAWASAKI Hiroyuki会話) 2016年2月27日 (土) 15:08 (UTC)
ガイドライン化までする必要はないという点については賛成です。和書で出版地を記入を勧めたい…むしろ必須としたいのは
  • 発売からしばらく経つが、NDLサーチ、CiNii Books、Worldcat に書誌データがない。
  • 出版者名でインターネット検索を行っても所在地の確認が容易でない、または同名のものが複数あり特定できない。
  • タイトルや著者名・出版者名・ISBNの出版者コードなどの情報、出典とする内容などからは出版地の推測が容易でない。または日本国外で出版された日本語刊行物。
の3点を満たしたもの…ですね。図書館に書誌データがあればそこに出版地は載ってますからまぁ大丈夫です。(Books.or.jp、Amazon.co.jp、日本の古本屋あたりは長期的な検証可能性を担保できないため、その時点ではデータがあっても対象外で) 著名かどうかは個人の経験・主観によりますし、企業の規模的には小さくても(極端な話1-2人でも)著名な出版社というのは実際ありますから、お手軽なネット検索を基準に。種類や現存するかではなく、すぐ分かるかどうか。タイトルや著者名・出版者名に出版地と同じか近い地名があればそもそも大して問題ではないです。
何らかの(当人がその資料について特別に出版地が必要だと思う)理由がなければ「記載しない」が適当だと思います。
初版に従うのが望ましい → 出典として使った版のもので。そして、古い版と新しい版がいずれも出典として使用可能なら、新しい版を出典に使うのが基本でしょう。
現在の都市名を併記 → それよりはリンクのほうが良いかと。
--Hisagi会話) 2016年2月27日 (土) 17:02 (UTC)

出典テンプレートに用いるパラメータについて[編集]

連続して話題を追加して申し訳ないですが、ウェブサイトを出典とする場合のテンプレート{{Cite web}}の使い方について、意見を求めます。

私の行った編集が、「改悪を戻す」として取り消されました。 私の編集は{{Cite web}}において、作品名(work)ではなくサイト設置者(publisher)にすべきと思われる部分を移動させただけであり、どこが改悪なのか理解しかねます。

まず、私の編集が改悪であるのかという点について。 変更点とその理由を挙げると以下のようなことですね。

  1. 気体定数#fchemは作品名が「化学の広場」で、サイト設置者が「ニフティ株式会社」となっているところを、サイト設置者を「化学の広場」とした
    • ニフティ株式会社は単なるウェブサービスの提供者でしかない
    • リンク先には"Copyright(c) 2005 FCHEM All rights reserved."とあり、権利者はFCHEM、つまり化学の広場である
  2. 気体定数#gakugei気体定数#hanamiについてはサイト設置者が大学名、作品名が研究室名/学部名となっているところを、サイト設置者を大学名+研究室名/学部名とした
    • そもそも研究室名や学部名が作品名であるとは考えにくい
    • サイト設置者はインデックスページ(アドレスのスラッシュ以降を消したページ)を参考にした
  3. 気体定数#satomuraについては、サイト設置者が大学名、作品名がOPEN COURSEWAREとなっているところを、サイト設置者を大学名+OCWとした
    • OCWが作品名か否かは微妙なところだとは思うが、サイト設置者はインデックスページを参考にした

次に、再び取り消すことが適当であるかについて。 Wikipedeia がどのように利用されるかは判りません。テンプレートを機械的に読み取って利用される可能性は否定できないでしょう。 従って、可能な限り適当なパラメータを用いるべきであると考えます。私が用いたパラメータが不適当か否か、私が用いたパラメータが適当である場合、編集を再び取り消すべきか否か。

取り消した当人に聞くべきとは考えたのですが、IP利用者であることを理由に会話を拒否されました。このまま再び取り消すと編集合戦に陥りかねないですよね。 -124.110.184.77 2016年2月27日 (土) 05:03 (UTC)

コメント {{Cite web}}の解説を見ると、publisherフィールドには「ウェブサイトを設置している組織・団体・企業・官公庁など」の名前を書くことになっています。この説明は極めてあいまいで、解釈の幅や議論の余地があるところです。IP氏の編集が差し戻されたのも、この説明文に対する解釈の相違が原因でしょう。 この説明を、単純に「そのwebサイトのサーバーが所属しているドメイン(を所有する組織)」と解釈すれば、大学名などをpublisherとするのは間違いとはいえません。しかし、その解釈ではニフティジオシティーズのようなウェブスペース提供サービスに置かれているサイトの場合は、サーバーはサービス提供企業の所属ですから、publisherはその企業名ということになってしまいますが、それは明らかに不適切です。従って、「ウェブサイトを設置している」という説明は、「そのウェブサイトを主催・運営している」と読みかえるのが適切な解釈でしょう。

publisherとして何を指定すべきか、と言う問題は、そのwebページの内容に最終的な責任を持つ者は誰か、ということを考えると理解しやすくなると思います。当然、webページの内容に最終的な責任を持つものがpublisherです。これは、個々のページの著者自身である場合もあれば、その著者が属する組織である場合もあります。 ウェブスペース提供サービスの場合、法律あるいはサービス提供上の規約に反しない限り、どんな主張をしようがサイト主催者の自由だし、その主張が原因でサイトが炎上しても、サービス提供企業が非難されたり責任を追求されたりすることはまずありません。そういう責任のない組織が"publisher"ということはありえないでしょう。 一方で、(大学を除く)一般的な公的機関や官公庁、企業サイトの場合は、たとえ一職員のブログであっても、その組織のドメインに置かれている以上、組織の見解と見なされ、問題視されるような記述があれば組織自体が非難の対象になるでしょう。そういう意味で、これらの組織のドメイン下にあるコンテンツを出典とする場合は、機関名、省庁名、企業名などをpublisherとすることが適切と考えられます。

さて、本件で問題になっている大学の場合は、まさにその中間的な位置づけにあり、判断は微妙になります。原則的には大学はドメインスペースを貸しているだけであり、各学部や研究室のコンテンツについては学部なり研究室なりがそれぞれ責任を持つことになっています。大学のサイトでも、たいていは「大学の公式見解とは異なる場合があります」などと断わり書きがあります。実際、研究とは関係ない音楽だの映画だのの趣味の話題を書いている学生や教員もいます。そういう観点からすれば、大学とその研究室のサイトの関係は、ウェブスペース提供サービスの場合と同じで、大学名をpublisherとするのはおかしい、ということになります。

しかしながら、やはり大学という機関の性質上、一定の制約はあり、たとえばアダルト系コンテンツやヘイトスピーチ満載のページが大学のドメインに置かれれば、大学が非難を受けることになるでしょう。それは当り前といえますが、大学の本業たる学問、教育および研究に関する内容となると、問題は微妙になります。たとえば、大学のプレスリリースのページにある「本学の〜教授が〜を発見しました」という記事から引用する場合は明らかにpublisherは大学でしょう。しかしその教授の研究室サイトに「我々は〜を発見しました」という記事があり、それを引用するならばpublisherはその研究室であるべきと考えられます。

最近は講義ノートを公開する先生も多いですが、それを引用する場合はさらに判断が微妙になります。公開している講義ノートはたいがいその先生自身のサイトに置かれていますが、それは大学サイトだったり外部サイトだったりします。この場合はpublisherなしで、authorを先生自身の名前とすべきでしょう。ただしその著者が大学の研究者であることは確認できるようにしておかなければなりません。そうでないと、一私人が書いたものと区別がつかず、Wikipediaの出典に要求される信頼性を満たしません。 講義ノートの場合はたいがい、ノート自体はpdfファイルになっていて、それをダウンロードできる授業のページがあるはずなので、この場合はその授業のページをworkとして指定するのがよいかもしれません。

なお、大学ほど各教員の独立性が高くない高校以下の学校については、たとえ一教員がある教科の教材として私的に作ったコンテンツであっても、それが学校のドメインに置かれている限り、publisherは学校と解釈すべきでしょう。

また、ニフティなどに置かれている個人や私的なグループが運営しているサイトなどの場合、publisherがニフティでないのはもちろんですが、かといってサイト運営者の名前というのもおかしい。このような場合、サイト運営者の名前はむしろauthorとして書き、publisherは空欄とすべきでしょう。もっとも、そのような私的なサイトはWikipediaでは出典元として不適当と考えられているので、実質的にpublisherに相当するものが考えられないようなサイトはそもそも出典にすべきではない、とも言えます。

さて、長々と述べてきましたが、以上の見解に照らして、問題の編集に対する私の意見は次の通りです。

1.について
ニフティがpublisherではないというのは完全に同意します。しかし「publisher= 化学の広場」というのはどう見てもおかしい。「化学の広場」はコンテンツというかサイト名であって、これはworkもしくはtitleに相当するものです。「化学の広場」は日本化学会のフォーラム由来らしいので、publisherは「日本化学会」とすべきでしょう。たとえ日本化学会が直接運営しているわけではないにせよ、このサイトに「「化学の広場」あるいは「日本化学会」への要望や質問をする場」というフォーラムが含まれている以上、日本化学会公認の日本化学会のコンテンツの一つと考えられます。したがって、
「work=化学の広場 | publisher= 日本化学会」
とするのが適当と考えます。また、コピーライト表示を準拠として、このサイトの運営者は「日本化学会」ではなく「化学の広場」である、というのであれば、「化学の広場」とは個人なの法人なのか私的なグループなのかということが問題です。それが何であるにせよ、そのような正体不明の「主催者」の運営するサイトは、そもそもWikipediaの出典として不適当なものであり、除去されるべきです。
2.について
workフィールドに研究室名や学部名が入るのはおかしい、という意見には同意します。研究室名や学部名をpublisherにするのは適切と思います。しかし、こちらはtitleの方に問題があります。titleにはそのwebページのタイトルが入るべきであり、そのページが含まれるコンテンツの階層をworkとすべきでしょう。つまり具体的に言えば
気体定数#hanamiについては、「title= 地球大気科学 大気の熱力学」ではなく、「work= 地球大気科学 |title=大気の熱力学」に、
気体定数#gakugeiについては、「title= 気象学概説 大気の熱力学」ではなく、「work= 気象学概説 |title=大気の熱力学」とするのが適当でしょう。
3.について
微妙ではありますが、IP氏編集後の「 publisher= 京都大学 OPEN COURSEWARE」よりも、元々の「publisher=京都大学|work=OPEN COURSEWARE」の方がまだ適切と思われます。
オープンコースウェアというのは、大学がいわば「事業」として公開している「サービス」と考えられます。従って、設置者あるいは主催者の名称が入るべきpublisherの名称が「京都大学 OPEN COURSEWARE」というのは、やはりおかしいです。この場合のpublisherは大学名自体であるべきでしょう。
一方、「OPEN COURSEWARE」は大学が提供するサービスですからいわば「作品」とも言えるものであり、workフィールドに指定する対象として不適当なものとは考えられません。それでも違和感があるとすれば、「OPEN COURSEWARE」が京都大学固有のサービス名ではないためでしょう。それならば、サイトトップページのタイトル通りに「KYOTO-U OPEN COURSEWARE」すれば問題はないでしょう。したがって、
work=KYOTO-U OPEN COURSEWARE | publisher=京都大学
とするのが適当でしょう。ただし、この場合のworkとしては、もう一つ下の階層「物理気候学」の方がより適切かもしれません。大規模なWebサイトではありがちなことですが、サイトの階層構造が深いと、引用したページからどの段階まで遡った部分を"work"とするか、ということはなかなか悩ましいところです。

以上のように、IP氏の編集は一部は適切と考えられますが、一部は同意しがたい部分もあり、たとえ編集合戦の問題は考えないにしても、再度の取り消りには同意できません。もう少し意見を待って、合意の得られた部分のみ修正すべきでしょう。--Loasa会話) 2016年2月28日 (日) 02:01 (UTC)

会員制サイトを出典とすることについて[編集]

想い出ぼろぼろでオリコンランキング情報サービス「you大樹」が出典として用いられていたうえ、誰もが読めるトップページではなくログインしなければ読めないページを用いていたようなので不適としたところ、差し戻されました(詳細は曲記事や私のノートページをご覧下さい)。現時点での「出典を明記する」にはこういった会員制サイトについての説明がないようなので、ログインせずに閲覧できる公的ウェブサイトのほか、書店で購入できる書籍や図書館で閲覧できる書籍などの方が有効と考えていますが、その辺を明確化して頂けると幸いです(過去ログで結論が出ているのであれば私の見落としです。申し訳ありません)。--115.65.143.186 2016年7月6日 (水) 04:19 (UTC)

コメントWP:PAYWALLWikipedia:検証可能性#文献へのアクセス)がずばり回答になっていると思います。--柒月例祭会話) 2016年7月6日 (水) 04:34 (UTC)

こういう方針もあるのですね。お手数をおかけしました。--115.65.143.186 2016年7月6日 (水) 04:58 (UTC)
コメント 以前の議論で言及されていたかどうかは覚えていませんが、会員制のウェブサイトの場合、サービスを終了した場合に閲覧不可になる場合が多く、しかもアーカイブ等も通常は取得できないはずなので、ケースによっては長期的な検証可能性に(物理的なメディアを出典とする場合よりも)配慮することが望ましいかとは思います。ただ、すくなくとも現時点で閲覧が可能なのであれば、出典として「不適」ではないはずです。 --KAWASAKI Hiroyuki会話) 2016年7月6日 (水) 11:52 (UTC)
(補足)すでにKAWASAKI Hiroyukiさんがおっしゃっていただいている通りなんですが、会員制ウェブサイトは「無効」ではないのですが、IPさんがおっしゃるように「書店で購入できる書籍や図書館で閲覧できる書籍」があればさらになお良いというのは確かでしょう。どちらか一方が良くてもう一方がダメというより、それぞれに良さがあるので両方あるのが最高です。ウェブサイトの場合には、ネット環境さえあればある意味手軽に誰でもアクセスできるので検証可能性はある意味高いです。書籍の場合、入手困難な書籍というのも多々あります。反対に、たとえ入手困難でも書籍の場合にはアクセスさえしてしまえばいつでも誰でも同じ情報を検証できるのに対し、ウェブサイトの場合にはURLは一緒でも内容が書き換わってしまう可能性があります。IPさんの「書籍のほうがいいのではないか」という考え方は間違ってはいないと思いますよ。「ウェブもダメじゃない」というだけです。--柒月例祭会話) 2016年7月6日 (水) 12:24 (UTC)

Template:Twitter status議論のお知らせ[編集]

Template‐ノート:Twitter statusにて、テンプレートを出典の明記のため使用する場合のdoc編集提案をしています。ご参加ください。--せちせち会話) 2016年8月18日 (木) 12:51 (UTC)

賛成意見を貰い、追加する内容の推敲中です。--せちせち会話) 2016年8月23日 (火) 14:58 (UTC)
文言を追加し、議論は終了ました。--せちせち会話) 2016年8月27日 (土) 02:26 (UTC)

「 出典の示し方」節の改訂提案[編集]

(1)現在の方針では、「inline citation」の語は「本文中に注釈を入れる方法」と訳されていますが、この語はあたかも、「脚注として記す方法」と対比しての「本文中に注釈を入れる方法」であるかのように読むことができると思います。しかし、英語版Wikipedia:Citing sourcesでは、「inline citation」の語は下記のように説明されており、むしろ「general citation」と対比すべきものとされていると思います(訳は仮訳です)。

An inline citation means any citation added close to the material it supports, for example after the sentence or paragraph, normally in the form of a footnote.
「個別参照(inline citation)」とは、それが補足説明する文章の近くに付されたあらゆる参照のことをいい、例えば1文ごと、あるいは1段落ごとに、通常は脚注の形式で付されます。
A general reference is a citation that supports content, but is not linked to any particular piece of material in the article through an inline citation. General references are usually listed at the end of the article in a References section. They are usually found in underdeveloped articles, especially when all article content is supported by a single source. They may also be listed in more developed articles as a supplement to inline citations.
「総合参照(general reference)」とは、文章を補足説明するものの、個別参照によって記事の特定の一部分に関連付けられていない参照のことをいいます。総合参照は、通常、記事の後に「参考文献」の節を設けて一覧化されています。総合参照は通常、あまり発達していない記事に見受けられ、特に記事の全ての内容が単一の出典による場合にありがちです。また総合参照は、より発達した記事においても、個別参照を補完するものとして一覧化されています。

既にある1.2「個別参照法」の節では、ハーバード方式などの参照方法について説明されていますが、上記の英語版の説明によれば、ハーバード方式などは、「個別参照を略記し、総合参照と併記する方法」であり、個別参照とは異なる方法だと思います。日本語版では、Wikipedia:出典テンプレートにおいて短縮脚注参照との訳語があり、この語は『「個別参照」とも「総合参照」とも異なり個別参照の脚注を略記する』という実像に近い訳語で、英語のShortened footnotesにも対応していると感じますが、この方針やWikipedia:出典を明記する/個別参照法のように「個別参照法」と訳すと、混乱を生じるのではないかと思います。

(2)また、例示が特に個別参照法を中心にいくつか挙げられていますが、総合参照法や短縮脚注参照法も含めて、それぞれの方法の違いが分かるように、系統だった例示をした方がいいと思いました。

(3)更に、総合参照法の説明内容では、「ISBNは必須ではない」ということが強調されていますが、「ISBNや全国書誌番号などを付すといい」「出典情報整理用のテンプレートが用意されている」といった情報が記載されていません。使う・使わないはともかくとして、そうした機能・ツールが存在することを知ってもらうことは重要だと思います。

(4)総合参照法の説明の中で、参考文献のソート順を(1)著者名(あいうえお順・アルファベット順)(2)出版年と指定しており、これは初版作成当初、ハーバード方式による参考文献一覧表示を企図したものと考えられますが、その後、書誌情報についてはハーバード方式と不整合な並び順が許容されており、ソート順のみを特定する意義は薄いと考えられます。(2016年11月24日追加)

そこで、こうした問題点を解消するため、下記のとおり、「出典の示し方」節の改訂をご提案します。

出典の示し方[編集]

出典の示し方には、各文・段落の後にその文・段落の出典を示す注釈(出典注)を(通常は脚注の形式で)付す方法(inline citation:個別参照法)や、(通常は文章全体の後に「参考文献」節を設けて)各文・段落と結び付けずに、参考文献の一覧を挙げる方法(general reference:総合参照法)があります。個別参照法は正確性に優れていますが、閲覧しづらいものとなることがあります。総合参照法は、参考文献を閲覧しやすいですが、正確性に劣るものとなることがあります。

総合参照法は、あまり発達していない記事で、全ての文が1つの参考文献を出典とするような場合に用いられることがあり、より発達した記事でも個別参照法を補完するものとして用いられますが、単独での使用は推奨されていません。

個別参照法[編集]

手順
  1. 出典を付したい文または段落の直後に(----参照)と書き添えます。引用の場合、(----から引用)のように引用であることを明示します。
  2. 参照する箇所、範囲を正確に示すようにします。通常はページ番号を付記します。
  3. できれば、脚注機能(Help:脚注)を使用して、本文の見た目をすっきりとさせてください。具体的には、出典を <ref></ref> とで囲み、脚注の一覧を表示させるための「脚注節(セクション)」を本文の後に設けて、そこに {{reflist}} と書いてください。

文の直後に記す

朝永は、アリストテレス的な固定観念が支配的で、世俗的な目標にとらわれていた17世紀錬金術に対して、ロバート・ボイルが、一見同じような実験をしながらも、論理的、実証的な方法により人間の知識を進歩させようとした姿を描いている朝永振一郎『物理学とは何だろうか 上』岩波書店〈岩波新書〉黄 85、1979年、pp.128-130参照)

脚注機能を用いて記す
(入力)

朝永は、アリストテレス的な固定観念が支配的で、世俗的な目標にとらわれていた17世紀錬金術に対して、ロバート・ボイルが、一見同じような実験をしながらも、論理的、実証的な方法により人間の知識を進歩させようとした姿を描いている<ref>朝永振一郎『物理学とは何だろうか 上』岩波書店〈岩波新書〉黄 85、1979年、pp.128-130参照</ref>

== 脚注 ==

{{reflist}}

(出力)

朝永は、アリストテレス的な固定観念が支配的で、世俗的な目標にとらわれていた17世紀錬金術に対して、ロバート・ボイルが、一見同じような実験をしながらも、論理的、実証的な方法により人間の知識を進歩させようとした姿を描いている[1]

脚注

1. 朝永振一郎『物理学とは何だろうか 上』岩波書店〈岩波新書〉黄 85、1979年、pp.128-130参照

総合参照法[編集]

  1. 参考文献の一覧を記事の最後に記載します。== 参考文献 == という見出しの下に、書誌情報を箇条書き (*) で記します。
  2. 文献を記載する順序は、著者名の五十音順またはアルファベット順、発行年順など、読者が探しやすい順序で統一することが考えられます。文献を記載する順序は、著者名別の五十音順、またはアルファベット順で統一します。姓を先行させ、姓が同じ場合は名前で順序をつけます。同一著者は年代順にしてください。 (2016年11月24日修正)
  3. 参照すべき箇所、範囲を明確に示してください。通常はページ番号を付記します。
    • 個別参照法を併用して出典注(脚注)にページ番号など参照すべき箇所、範囲を明確にするための情報を記す場合、総合参照法では重複する情報は省略して差し支えないでしょう。(2016年11月24日追加)
  4. ウィキペディア上に参考文献の記事が存在する場合、参考文献情報のタイトルをその記事にリンクさせることができます。ただし、その場合も、参考文献情報は省略せず、完全に記すようにしてください。ウィキペディア上に参考文献の著者や出版社の記事が存在する場合も、同様です。
  5. ISBNや、全国書誌番号などの書誌番号、デジタルオブジェクト識別子(doi)国立国会図書館デジタルライブラリーなど外部アーカイブの参照番号を付せば、読者が参考文献を検索・参照するのに信頼性の裏付けに役立つでしょう。(2016年12月14日修正)
    • 書誌番号や外部アーカイブの参照番号を付記するかどうかは任意です。なお、ISBNは規格が変更され、2007年1月1日以降は従来の10桁から13桁になっています。Template:13桁ISBNを使用することで10桁の情報を13桁に変換できますが、ISBNの有無同様、13桁で記入するかどうかは任意です(Help:ISBNのリンク参照)。
  6. 論文など記事がネット上に存在する場合には、タイトルをオンライン版にリンクさせることができます。
  7. Wikipediaには、Template:Cite bookTemplate:Cite journalTemplate:Cite webなど、メディアごとに出典の参照に必要な情報を整理して記載するための出典テンプレートが用意されています。

書誌情報整理用のテンプレートを用いた場合

(入力)

== 参考文献 ==

* {{Cite book|和書|author= [[朝永振一郎]] |title= 物理学とは何だろうか 上 |publisher= [[岩波書店]] |series= 岩波新書 |issue= 黄 85 ||year= 1979 |id= {{全国書誌番号|79020785}} }}

(出力)

参考文献

短縮脚注参照法[編集]

個別参照法による出典注(脚注)と、総合参照法による参考文献の一覧を併記して、脚注をハーバード方式などの方式によって短縮表記する方法を利用すれば、閲覧しやすさを損なわずに正確性を確保することができます。この方法は、個別参照法において、同一著者による異なる著書や、同一書籍中の異なる箇所(ページ)を繰り返し参照する場合に生じる、脚注一覧の閲覧しにくさの問題を解消するために役立ちます。

  • Wikipediaには、短縮脚注参照法による出典記載を支援するためのテンプレートが用意されています。
手順
  1. 本文全体の後に「参考文献」節を設けて、出典の一覧を記します。その際、著者の姓・発行年など、出典注(脚注)と参考文献を対応させるために必要な情報を、閲覧しやすい形式で記載します。(次節 #記事末尾に参考文献を記載する を参照)
  2. 出典注(脚注)には、著者の姓・発行年など、参考文献の一覧と対応させるために必要な最低限の情報と、ページ番号など、参照する箇所・範囲を正確に特定するための情報を記載します。

脚注機能を用いた場合(出力のみ)

朝永は、アリストテレス的な固定観念が支配的で、世俗的な目標にとらわれていた17世紀錬金術に対して、ロバート・ボイルが、一見同じような実験をしながらも、論理的、実証的な方法により人間の知識を進歩させようとした姿を描いている[1]

脚注

1. 朝永(1979, pp. 128–130)

参考文献

  • 朝永振一郎, 1979年. 『物理学とは何だろうか 上』 岩波書店〈岩波新書〉黄 85.
脚注機能と、短縮脚注参照法用のテンプレートを用いた場合

(入力)

朝永は、アリストテレス的な固定観念が支配的で、世俗的な目標にとらわれていた17世紀錬金術に対して、ロバート・ボイルが、一見同じような実験をしながらも、論理的、実証的な方法により人間の知識を進歩させようとした姿を描いている{{Sfn|朝永|1979|pp=128-130}}

== 脚注 ==

{{reflist}}

== 参考文献 ==

* {{Cite book|和書|last= 朝永 |year= 1979 |first= 振一郎 |title= 物理学とは何だろうか 上 |publisher= 岩波書店 |series= 岩波新書 |issue= 黄 85 |ref= harv}}

(出力):実際には、脚注と参考文献の間にリンクが設定されます。

朝永は、アリストテレス的な固定観念が支配的で、世俗的な目標にとらわれていた17世紀錬金術に対して、ロバート・ボイルが、一見同じような実験をしながらも、論理的、実証的な方法により人間の知識を進歩させようとした姿を描いている[1]

脚注

1. 朝永 1979, pp. 128–130

参考文献

  • 朝永, 振一郎『物理学とは何だろうか 上』岩波書店〈岩波新書〉黄 85.1979年

以上です。ご意見よろしくお願いします。--宇井木辺出夫会話) 2016年11月19日 (土) 17:15 (UTC)

議論告知し、Wikipedia:出典を明記する/個別参照法について改名提案をした関係で、もうしばらくご意見をお待ちしております。--宇井木辺出夫会話) 2016年12月10日 (土) 05:37 (UTC)

ご意見欄[編集]

現行の規定でもそうなっていますが、総合参照法で「文献を記載する順序は、著者名別の五十音順、またはアルファベット順で統一します。姓を先行させ、姓が同じ場合は名前で順序をつけます。同一著者は年代順にしてください」というのは、意味があるのでしょうか。ハーバード方式で脚注を振ることを暗黙の前提にしていないでしょうか。脚注では姓名と年で参照する方式だから、その順番で並べる必要があるのですよね。私はハーバード方式を使わないので、文献の登場順序をこのように指定されるのは意味がないように思います(現状、守っていません)。今回の改定提案と直接関係がないところだと思いますが、気づいたもので意見させていただきました。--Tam0031会話) 2016年11月19日 (土) 17:20 (UTC)

こんにちは。コメントありがとうございます。とくに意味はないです。縛りのきつい規定だなと思いましたが、今回の論点とあまり関係ないと考え、存置していました。
問題の一文は2004年1月14日の初版[3]のときから原形が存在しており、確かにソート順はハーバード方式と整合的だと思いす。ただその後、同年10月12日にさららゆらさんのこの編集[4]で書誌情報の並び順は「日本語の書式」に改訂され(Wikipedia‐ノート:出典を明記する/過去ログ1#日本語の書式に同月11日付で「日本語の書式を追加しました。学術論文の作用を採用しています。」とあります)、和文のハーバード方式(和文でも、ハーバード方式では検索子である姓・版年を最初に書きます)とも整合的でなくなり、ソート順だけがそのまま残ったようです。ハーバード方式以外でもあいうえお順・アルファベット順が論文を書くのに一般的なソート順とされていたので、そのまま今日に至ったのかなと思います。
なお私も現状、参考文献一覧は、あいうおえ順ではなく版年降順にソートしていますし、別にあいうえお順・アルファベット順に限らなくてもいいのではないかと思っています。変更点に加えた方がよろしければ加えますが、どうされますか。文案「文献を記載する順序は、著者名別の五十音順またはアルファベット順、版年順等の順序で統一することが考えられます。著者名は、姓を先行させ、姓が同じ場合は名前で順序をつけます。同一著者は年代順にしてください」--宇井木辺出夫会話) 2016年11月22日 (火) 15:15 (UTC)
私は、書籍については出典として多く使った重要なものから順に並べ、論文雑誌記事等の場合は、雑誌ごとに発行年順ということが多いです。その文案で、あくまで方法の案だということが明確になっていると思うので、賛同します。--Tam0031会話) 2016年11月23日 (水) 13:53 (UTC)
コメント「この方法以外は認めない」というのでも無い限り、いいのではないでしょうか。私の場合は大筋でTam0031さんと一緒で、中心的な出典を上に、残りは発行年順に並べる事が多いです。文献の分野が幅広い場合には、分野別に固めたりもしますね。まあ「紙ベースの論文」と「ネット上のサイト」が同じ形式でなければいかん、ということもないので、ネット上のサイトらしい工夫をしてもいいとは思います。たとえば、きっと誰も賛同しないでしょうけど、ソート可能な表形式で並べておいて、著者順、題名順、発行年順、など自由に並べ替えできるようにするとか。--柒月例祭会話) 2016年11月23日 (水) 14:58 (UTC)
コメントありがとうございます。「重要だった順」は主観的な判断が入ると思いますので、実際問題そうされているにしても、規定にはしづらいですね。例えば別の編者の方が、参考文献一覧にないものの「重要な」参考文献を見つけて加筆したとき、どの位置に追加すればいいかわかりませんし、読む側も「これ一体何順なの?」みたいに思うと思います(ただしかし、あまり重要でない出典は脚注止まりにして参考文献一覧に記さない、などいろいろやり方はあると思います)。また紙ベースとネット上とでルールが違って…というところは同感で、私の場合は脚注と内部リンクさせておけば参考文献一覧はソートしなくてもいいのではないか、くらいに考えております。ということで、ご意見を反映して、論点を追加し、「版年順」は「発行年順」に改め、「読者が探しやすい」の文言を追加して、改訂案を修正しました。--宇井木辺出夫会話) 2016年11月24日 (木) 07:42 (UTC)

ご提案の整理の方向自体には賛成なんですが、ちょっと細かいことになりますが、短縮脚注参照法を個別参照法の一種である、と位置付けるようにしてほしいなと思います。具体的に要望を言うと、

  • 個別参照法セクション直下に、宇井木辺出夫さんが英語版から翻訳したような文章、例えば「個別参照法とは、文章の近くにその文章の内容を支持する出典を記す方法をいいます。」といった文章を追加する
  • 短縮脚注参照法のセクションを、個別参照法セクションのサブセクションの位置に移動する
  • 短縮脚注参照法セクションの最初の1行を、例えば「個別参照法の一種で、出典注(脚注)と参考文献の一覧を併記して、脚注をハーバード方式などの方式によって短縮表記する方法です。閲覧しやすさを損なわずに正確性を確保することができます。」といった具合の文面にする

という風に提案を変更してほしいということです。今の短縮脚注参照法という語は、英語版で言うところのShort citationsとParenthetical referencingを包括する概念になるかと思いますが、英語版でも目次などを見てもらえればわかるとおり、Short citationsとParenthetical referencingは個別参照法(Inline citations)に属するものとして位置づけられています。他に必要がなければ英語版と言葉の概念を合わせておいたほうが無難で混乱がないと思います。他の方針・ガイドラインで「脚注や括弧書きによる出典が必要」とか書かれているときにも、個別参照法にリンクするだけ済みます。--Yapparina会話) 2016年12月10日 (土) 22:57 (UTC)

コメント おおむね賛成ですが、私も、上のYapparinaさんのご意見と同じく、短縮脚注参照法は個別参照法の一種という位置付けで説明していただきたいと思います。具体的な書き方についてはYapparinaさんのご提案どおりでよいと思います。

もう一つ気になる部分は、総合参照法の5にある、「ISBNや・・・の参照番号を付せば、参考文献の信頼性の裏付けに役立つでしょう。」という文面です。言うまでもないことですが、ISBNをはじめとする各種の参照番号は、単なるデータ管理のためのものであり、資料の信頼性を保障するものではありません。自費出版物にだって申請すればISBNを付けることはできますから。参照番号はむしろ検索性や書誌情報の補完などに役立つ情報です。たとえば、同じ著者による同じタイトルの本(つまり実質的に「同じ本」)が同じ出版社から複数の版(ハードカバ版ーと文庫版と新書版など)で出版されているとか、同じ版でも改定新版になっているとか、マンガのように別レーベル版が存在するような場合、たいがいISBNは変わるので(変らない場合もありますが)、書誌情報に版やレーベルなどの情報が書かれてなくても参照番号が書かれていれば、出典に使われた版を特定する助けにはなると思います。そこで、この部分は「ISBNや・・・の参照番号を付せば、参考文献の検索や版の特定などに役立つでしょう。」とするのがよいと思います。あるいはもっと単純に「読者の利便性に役立つでしょう」でも良いかもしれません。何にせよ「参照番号が・・・信頼性の裏付け」という記述はいただけません。

この二点についてはぜひ改定をお願いしたいと思います。--Loasa会話) 2016年12月11日 (日) 03:36 (UTC)

コメントありがとうございます。Loasaさんの2点目はご指摘をふまえ改訂案を修正しました。YapparinaさんとLoasaさんの1点目のご指摘については「短縮脚注参照法」の指示内容を明確にすることを含めて、少し推敲させてください。用語の整理については、個別参照法の内訳に短縮参照法(short citation)があり、短縮参照法には短縮参照が本文中の括弧書きに記される場合(日本語訳「本文中括弧書き参照法」? Parenthetical referencing)と、脚注に記される場合(短縮脚注参照法 shortened footnotes)があり、前者は参考文献一覧の完全参照(full citation)情報を参照する一択、後者は既出の脚注に記した完全参照情報を参照する場合と、参考文献一覧の完全参照情報を参照する場合がある、また短縮参照を参考文献一覧で補完する場合、その参考文献一覧は総合参照法による参考文献一覧とは区別すべきとされている、と理解しました。それでそうした細かいことをどうしたら簡潔に説明できるか少し考えてみます。--宇井木辺出夫会話) 2016年12月13日 (火) 15:54 (UTC)

コメント 「個別参照法」はウィキペディアで以前から使用されていますが、「総合参照法」とか「短縮脚注参照法」などという呼び方は、宇井木辺出夫氏による創作(英語の直訳)、となりますよね? 「総合参照法」とか「短縮脚注参照法」という造語は使用せずに、「個別参照法」、「本文中に注釈を挿入する」、「記事末尾に参考文献を記載する」などの従来の区分けのなかで、詳細を説明したほうがベターでしょう。「総合参照法」などというなにがなんだかまったく想像できない呼び方を創作するよりは、従来通り「記事末尾に参考文献を記載する」として説明がなされていたほうが、まだ、混乱を招かないと考えます。書誌学で使用されている呼び方などを参考とし、造語は作成しない方向で検討し直した方が良いと考えます。--Husa会話) 2016年12月24日 (土) 07:16 (UTC)

個人的には、これらに関しては造語を導入したほうがむしろ良いかなという結論に至っています。以前に「個別参照法」という語に疑問を抱いて、ウィキペディア外部で正当に使われているこういった出典掲示方法の呼び名はないかを、general referenceに対応する日本語とかも含め、少し調べてみたんですがピッタリ合致するものはどうも無いようです。かといって、呼び名を与えずに毎回毎回「記事末尾に参考文献を記載して、それぞれの文との関係は明示しない方法」とか「記事末尾に参考文献情報の詳細を書き、その省略形をそれぞれの文の直近に脚注、括弧書きなどで示す方法」とか書いているとどうにも面倒です。そういうわけで現在のところ私は、「○○という方法を個別参照法/短縮脚注参照法/総合参照法とウィキペディア日本語の中で呼んでいます。」と文書中で造語であることをはっきり述べたうえで、外部でもそう呼ぶと勘違いさせないような形であれば、新たなウィキペディア日本語版用語として導入してしまった方が良さそうだという考えを持っています。日本語版の方針やガイドラインは英語版が下地になることも多いですので、inline citationやgeneral referenceに該当する語を持っていないとWikipedia名前空間文書の体系化や整理がやりづらいんじゃないかなと思っています。今の「個別参照法/短縮脚注参照法/総合参照法」という語にこだわりは無いので、より良い名称があればそれでもいいです。--Yapparina会話) 2016年12月26日 (月) 13:22 (UTC)

英語版に対応する日本語を設定する前提で考えますと、「「Inline citation」は、「本文中に注釈を入れる方法(inline citation)」という意味で使用する際は「インライン引用」と呼んだほうがわかりやすいのではと考えます。ウィキペディアで採用しているインライン引用「Inline citation」を「個別参照法」と呼ぶということで、「Inline citation」は「インライン引用」と「個別参照法」の両方の概念を含んでいるということになり、従来の表記との整合性がとれます。

「末尾に記事全体に関する参考文献として一覧で挙げる方法、記事末尾に参考文献を記載する(general reference)」をあえて訳すとすれば、「一般的なリファレンス」、「一般的な参照(法)」、「書誌的引用(法)」等のほうが、「総合的」よりはしっくりくるように思います。いわゆる書籍などで一般的に巻末に参考文献が羅列されるケースを想定しやすいでしょう。「短縮脚注参照 (Shortened footnotes)」は、従来通り、「短縮脚注参照」のままとし、「〜法」は不要ではないでしょうか。

まとめますと、inline citationをインライン引用、ウィキペディアにおける方法を従来通り「個別参照法」とし、general referenceは「一般的なリファレンス」、「一般的な参照(法)」、「書誌的引用(法)」等のいずれか、Shortened footnotesは、従来通り、「短縮脚注参照」となります。

宇井木辺出夫氏案の「個別参照法」は、英語版のinline citationとも、従来の「個別参照法」とも異なった概念として捉えられているようですので、英語版の単語と対応する日本語を作成するのであれば、英語版と大きく異なる概念として捉えておられる宇井木辺出夫氏の本文案を採用することは適切ではないと考えます。個別参照法の一方式である、Shortened footnotesを、「短縮脚注参照法」として、並列的に記述してしまうことが、最も混乱しやすいでしょう。宇井木辺出夫氏の「短縮脚注参照法」を読んだところでまったく運用できないため、必要があればWikipedia:出典テンプレート#短縮脚注参照に加筆するなどのほうが、利用者にとってわかりやすいのではないでしょうか。

従来の記述と宇井木辺出夫氏案を比較しても、全体的に従来の記述のほうが優れていると思うのですが、あえて、宇井木辺出夫氏の案に改訂するメリットも十分に理解できません。名称を新たに設定するのであれば、「記事末尾に参考文献を記載する」を「一般的なリファレンス」、「一般的な参照(法)」、「書誌的引用(法)」のいずれかとする程度で大幅な改定をする必要はないと考えます。ましてや、Wikipedia:出典を明記する/個別参照法Wikipedia:出典を明記する/短縮脚注参照法などに改名してしまったら、宇井木辺出夫氏のいう短縮脚注参照法に該当しない個別参照法を除去なり、分割なりしなくてはならないとか、Wikipedia:出典テンプレート#短縮脚注参照との重複記載になるとか、様々な問題が新たに発生してしまいます。

具体的に比較しても、Wikipedia:出典を明記する#記事末尾に参考文献を記載するの従来の表記が「参照すべき場所、範囲を明確に示す。通常はページ番号を付記する。」であるのに対し、宇井木辺出夫氏案は「参照する箇所、範囲を正確に示すようにします。通常はページ番号を付記します。」となっています。「参照すべき場所」のほうが「参照する箇所」より文意が明確ですし、「範囲を明確に示す」のほうが「範囲を正確に示すようにします」よりも簡潔で主旨を適切に表現していると感じます。

ちなみに、提案者についてですが、方針やガイドラインについて無理解が目立つ行動をとられている一方で(Wikipedia:コメント依頼/宇井木辺出夫)、他人への執筆スタイルの押しつけ(ノート:後藤新平#大量の除去行為について[5])の強い方であると感じております。そのため、他のページと整合性がとれず混乱を生むような提案をなさったり、また、「明確に」を「正確に示すように」へ変更しようとされるなど、自身の好むスタイルでない場合には、「正確に記述してください」などと注意してまわる等の根拠を捻出されている等の危険性を強く懸念しております。以前、宇井木辺出夫氏は、著書に書いてある正確な記述を行うべきだ、などと主張し、中立的な観点に著しく反する記述に固執されていた経緯を考えると(ノート:日本の降伏#無条件降伏)、自身が信じるイデオロギー・思想等をもつ著者が書いた中立的な観点を損なう記述を、ウィキペディアに既成事実として反映定着させるために、「正確に」などと改定されたいのではなかろうか、とも感じられます。そういう経緯もあるので、おそらく、どこかに爆弾が仕掛けられているであろう(「明確に」を「正確に示すように」へ変更する等)宇井木辺出夫氏案は、廃案とすることを強く提案いたします。同主旨の提案であっても、方針やガイドラインを理解している他の利用者からの提案を妨げるものではありません。--Husa会話) 2016年12月27日 (火) 05:03 (UTC)

  • コメント具体的な内容や細かいことはおまかせしますが、「ウィキペディア専用造語」を作るならば、それがウィキペディア専用語であることがはっきりわかるようなものにして欲しいなあと思います。WP:Nの「Notability」と「特筆性」では、一般文脈における「これは特筆に値するよ」の意味で「特筆性がある」と発言してしまう例が多発していて、そのことが特筆性をめぐる議論を混乱させていると思うからです。誰も賛成しないでしょうけど、私だったら「ウィキペディアA方式」「ウィキペディアB方式」みたいな表現のほうがいいなあ。「[[WP:CITEA]]」、「[[WP:CITEB]]」みたいなショートカットを作って「[[WP:CITEA|なんちゃら参照法]]」でもいいですけれど。--柒月例祭会話) 2016年12月27日 (火) 05:36 (UTC)

反対 改訂案中の次の文言に疑問を感じました。「個別参照法は正確性に優れていますが、閲覧しづらいものとなることがあります」「脚注をハーバード方式などの方式によって短縮表記する方法を利用すれば、閲覧しやすさを損なわずに正確性を確保することができます。この方法は、個別参照法において、同一著者による異なる著書や、同一書籍中の異なる箇所(ページ)を繰り返し参照する場合に生じる、脚注一覧の閲覧しにくさの問題を解消するために役立ちます」。これらの文章から考えると、この改訂案には(宇井木辺出夫さんの案の用語でいう)「個別参照法」を否定し、「短縮脚注参照法」のみを認めることにしようという意図があるのではないでしょうか。また、この提案の直前に、宇井木辺出男さん自身が関わったノート:徳川義親における論争の経緯を踏まえますと、論争をご自身に有利なように進めるための改訂案である可能性も否定できません。--伊佐坂安物会話) 2016年12月27日 (火) 08:36 (UTC)

伊佐坂安物さんが仰るような意図はないというか、方向性としてはむしろ、多様な参照スタイルを許容し、スタイルのみの編集は行なわないようにすべきだ、と思っています。ノート:徳川義親で揉めた原因は、私がQuark Logoさん編集を「記事の品質向上に貢献しない独断的なスタイル改変(WP:VAN)」を理由に差し戻したからで、同氏と議論が折り合わなかった一因は、氏がWP:LAY#注と出典に「補足注と出典注は分けても分けなくてもいい」旨の規定があるにもかかわらず、Help:脚注#注釈リストと出典リストを分離したいときの規定に基づいて、補足注と出典注を区分するスタイルを「優れたもの」であり「脚注の数が多くなる場合には補足注と出典注を区分すべきだ」と主張されていたからだと思いますが、そういう風な、参照スタイルに優劣をつけて、記事内容を加筆するわけでもないのに、スタイルを「劣ったものから優れたものにしてやる」的な編集を最初からしないようにしてもらうのに、英語版のen:Wikipedia:Citing sources#Variation in citation methodsのように参照スタイルの多様性を認めるような規定が本記事にもあった方がいいのではないかな、と思っております。以上は私が思っているだけで、今回のご提案は、その話とも直接関係がなく、日本語版の本記事では「個別参照」の語が「短縮脚注参照」にあたる訳語のように用いられていて、混乱が生じていると思うので、他の用語の語義も含めて、英語版との対応関係が正しくなるように修正したい、というご提案です。
それで、まだ各位のご意見を反映した改訂案のご提示を保留している状態ですが、Wikipedia:管理者伝言板/投稿ブロック/ソックパペット#ログインユーザーの件で上でコメントされている利用者:Husa会話 / 投稿記録 / 記録さんの多重アカウントの不正使用疑惑の議論に加わったことや、Quark Logoさんとの議論がこじれたこと等々から、Wikipedia:コメント依頼/宇井木辺出夫が提出され、Wikipedia:投稿ブロック依頼/宇井木辺出夫も提出されておりますので、投稿が出来なくなってしまうかもしれません。伊佐坂さんからは2度にわたりコメント依頼への対処をご案内いただき、ありがたく思っておりますが、私の到らない所ということで、第三者の皆様が議論して、投稿ブロック妥当と結論されるのであれば仕方ないかなと思っております。これまでご意見いただいた各位には、結局改訂を実現できず、大変申し訳ございませんでした。先にお詫びしておきます。--宇井木辺出夫会話) 2016年12月29日 (木) 16:08 (UTC)
返信 (宇井木辺出夫氏宛) - この期に及んで、また暴言ですか。ノート:徳川義親のどこを読んでも「劣ったものから優れたものにしてやる」なんて誰も言ってないので、宇井木辺出夫氏の勝手な思い込みと言わざる得ません。そういう言ってないこと、見えないことを勝手に妄想されて、言われても困ります。そして宇井木辺出夫氏が分けない編集を否定したことは一度もなく、私が注釈と脚注を分けたのを差し戻すなと言っていただけです。それが不正な差し戻しだからなのです。他人の編集判断は荒らしではないのです。ノート:徳川義親で(意見募集の)コメント依頼をしたときも、宇井木辺出夫氏に賛同した人は一人もいなかったのであって、独善的なのはまさしく宇井木辺出夫氏の方なのですよ。ほんとうに誰1人もいないわけですから・・・。宇井木辺出夫氏が分けないのは勝手ですが、私は分けるわけで、他の編集者がした分けるという編集を荒らし呼ばわりして差し戻したから強く批判されているのです。誰1人として、宇井木辺出夫氏に注釈と脚注を分ける編集を強要していません。過剰な差し戻しをするな、と言っているだけ。当たり前のこと。分けなくてもいいが、他人の編集を妨害すれば、宇井木辺出夫氏が妨害編集者として批判を受けるのが当然です。「読みづらいし、編集しづらくて嫌だから使わないようにしている」だけという宇井木辺出夫氏が使わないのは結構。しかし他人の妨害をする権限はないということを理解できていないから、そういう編集姿勢が積もり積もってこうなったというのはまさに自業自得です。多様性というものの、宇井木辺出夫氏のこれまでの主張はその対極にあります。タグの使い方までノート:徳川義親で口出ししていていた人なので、多様性に寛容であるべきだと思っていたとは、呆れました。多様性というよりも、自分の編集方法以外を不当と思っていたのが、宇井木辺出夫氏であったと認識していますし、そのためには手段を選ばず、ありもしないガイドラインやらを持ち出して苦しい抗弁していた。ガイドラインも方針も他の利用者も尊重しないで、そんなことをやらかしたら追放されても致し方ないでしょう。ちなみに下の改名議論のリンク先が正しくなかったことも、投票をパスするために宇井木辺出夫氏の故意でやったのではないかと当然疑っています。--Quark Logo会話) 2016年12月30日 (金) 02:00 (UTC)
コメント 宇井木辺出夫さんへ、こちらの「宇井木辺出夫(会話) 2016年12月29日 (木) 16:08 (UTC)」の発言について、会話ページにてコメントを入れておきました。ご確認ください。--湖紫陽会話) 2016年12月30日 (金) 02:47 (UTC)
 個別参照法初案作成者のakanijiです。みなさんこんにちは。上の方で、inline citation, shortened footnotesの訳語として個別参照法等云々の話が出ていましたが、「個別参照法」は「本文中や脚注内から(レイアウトの指針でいう)文末付録の各文献を個別に指し示す」という意味で作った用語で、inline citationと対応する訳語と考えてのものです。改名議論の方にも同じような意見を書きました。ご確認いただきたいと思います。…思えば、個別参照法の制定時にめんどくさがってGENREFの手当てをしなかったのが、いろいろな問題を生んでいるような気がして、申し訳ないです。遅ればせながら、GENREFを含めた改定案を作ってみました:user:akaniji/Wikipedia:出典を明記する。仕切り直しの参考までに、ご覧いただければ幸いです。--Akaniji会話) 2016年12月30日 (金) 09:20 (UTC)

改名提案について議論の場が設けられていない件[編集]

10日に、改名提案が出されてますが、全く議論の場が設けられていません。改訂の議論と同一ではないので、タグで告知するだけでなく、提案を明示し、議論の場を設ける必要があります。無提案で改名作業を行った記事では差し戻しが行われます。--Quark Logo会話) 2016年12月11日 (日) 14:50 (UTC)

例によって無反応のため、誤誘導を修正しました。改名議論の場はWikipedia‐ノート:出典を明記する/個別参照法です。--Quark Logo会話) 2016年12月13日 (火) 06:37 (UTC)
どうもありがとうございます。上での議論が固まり次第、そちらのノートで議論したいと思います。--宇井木辺出夫会話) 2016年12月13日 (火) 15:56 (UTC)

と句読点?[編集]

私は先日「篁物語」という記事を作って、慣れてきた英語版ウィキペディアの規則に従って参考文献を「。」や「、」の後にしましたが、句点の位置がその後修正されました。書いている途中私も「日本語では句読点の後ろがちょっと見にくい」と思ったし、詳しく知りたいから探したんですが、どちらに書いてあるか教えていただけますでしょうか? Hijiri88会話) 2016年11月26日 (土) 03:12 (UTC)

私が知っているところでは、Help:脚注#スタイルと用法に解説があります。--Dwy会話) 2016年11月26日 (土) 05:11 (UTC)
コメントウィキペディアに限ることではなく、書物の一般的な作法として、英語(や他の印欧語)では、「I have just returned from a visit to my landlord.[1]」や「In all England,[2] I do not believe that…」と記すのに対して、日本語では「周囲二里ばかりの小島があり[3]、 」「その名を「獄門島」という[4]。」というのが通例である。というのが一般的な見解のようです。
ただし、中には「…。…、…[5]。」と「…。…、…。[6]」では出典がカバーする範囲が違うんだということで、意図的に句読点のあとにしている方がいる、ということも認知されていて、第三者が機械的に出典の位置だけ動かすのは避けるべきという見方もあります。
参考例
特に翻訳記事の場合には、原文が「a…,b…,c….[7]」となっているような場合、出典がカバーしている範囲をいちいち情報源にあたって確認したのでもない限り、ここらへんを厳密にするのは難しいですよね。この例の場合に自力でその情報源にあたってみるとc部分しか裏付けていなかった、なんてことはよくあります。--柒月例祭会話) 2016年12月10日 (土) 07:33 (UTC)

現地案内板[編集]

冒頭部の「現地案内板」の語句を除去しました。以前、議論なく加筆された語句であり、書籍、外部Websiteと同等に並べられ、あたかも「信頼できる情報源」に記載されているかのような文章の流れになっていたためです。--海獺会話) 2017年3月12日 (日) 02:52 (UTC)

冒頭部の「現地案内板」は確かに議論なく加筆された語句ではありますが、/過去ログ10#現地案内板についてにおいて事後的に議論されており、語句の除去について複数の反対意見が出ていて「検討なしに除去するのは不適であり除去するかどうかは簡単な話ではない」という話で終わっています。探した限りでは現地案内板の記述については過去ログ10での議論が最新の合意になりますから、除去するのであれば過去の議論を尊重して改めて検討する必要はあるでしょう。一旦戻されるのがいいと思います。--重陽会話) 2017年3月12日 (日) 03:25 (UTC)
加筆当時の過去ログは見たのですが、ご案内いただいた議論は見落としておりました。ありがとうございます。差し戻しました。--海獺会話) 2017年3月12日 (日) 03:33 (UTC)
上記でご案内いただいた議論で紹介されている「{{Cite sign}}」は日本語版でも使用されるようになっており、設置年月日や参照年月日を入れていくようになっていけば問題はないように感じましたので、さしあたり(文章の流れは気になるものの)、除去に関する議論などはしないこととします。お騒がせしました。--海獺会話) 2017年3月12日 (日) 03:53 (UTC)