Template‐ノート:ウクライナ史文献

    宣伝活動の疑義[編集]

    利用者‐会話:Alex Kにも書きましたが、以下三点説明責任を果たされますようお願いします。御返信は利用者‐会話:Alex Kでもこちらでも、いずれでも結構です。
    Template:ウクライナ史文献大変多くの記事に貼り付けておいでですが、特に地理記事での貼り付けについては関連性が極めて薄いと考えざるを得ません。このような直接的関連性の薄い参考文献の紹介は、(営利・非営利の別や意図・無意識の別は問わず)ある種の宣伝行為と看做さざるを得ないのです。東ローマ帝国関連の記事でも過去、基本とされる包括的通史の書籍が多くの記事において削除されたケースがありました。従いましてこれらの記事諸群において、理由を説明した上で、復帰の条件(頁数の摘示)も挙げた上で削除したのですが、貴方様からは(「荒らし」とだけ乱暴に断言する初期の差し戻しの他は)一切の理由説明なく、単純に差し戻しをされました。貼り付けられた記事の数々には、歴史の説明など一切無い、人口などのデータしかない地理記事もありますし、歴史の説明があるものについても、これら包括的な書籍のどこにここまで一町村のデータや個々人の記事が詳細に書いてあるのか、判然としません。いやむしろ理解に苦しみます。具体的に頁数を挙げる事が出来ないのでしょうか?
    疑問をまとめますが、Template:ウクライナ史文献を復帰するに当たり、なぜ「直接的関係の無い文献の紹介。宣伝活動の虞。WP:NOTSOAPBOX。歴史関連書籍を地理記事の参考文献に有用とするなら、具体的頁数を付与して下さい」という要求を満たす事が出来ないのか、説明を求めます。
    --Kinno Angel 2010年10月8日 (金) 11:28 (UTC)貼り付け間違いを修正--Kinno Angel 2010年10月8日 (金) 11:29 (UTC)[返信]
    なお、ここ最近AlexKさんが作成された地理記事でも当テンプレは使われ続けています。提示された疑問に対して「荒らし」と呼んだ上でこのような行為が続けられます事を遺憾に思います。--Kinno Angel 2010年10月8日 (金) 11:31 (UTC)[返信]
    客観的根拠なしに 宣伝活動 などと指摘するのは、中傷に匹敵する行為であり、避けるべき表現でした。そのような強い非難の言葉を、それこそ莫大な数のページの要約欄に記載して回ったのですから、その自他へ与える影響力を考えて下さい。少なくとも現時点で相手に謂れのない(少なくとも明記されていない)損害(悪印象)を与えましたし(これを『中傷』と呼ぶ)、またもし相手に「宣伝」意思がなかったと確認された場合には、今度は逆にあなたの行為が「ネガティヴキャンペーン」という悪意ある「宣伝」の一種であったと強く批判されるかもしれません。
    ある種の宣伝行為と看做さざるを得ないのです とのことですが、「ある種」とはどの種でしょうか?「看做さざるを得ない」とは、どのような客観的論拠に基づく「ざるを得ない」見解でしょうか?私は、そのような「ざるを得ない」見解を示さざるを得ないようなウィキペディアのガイドラインを把握しておりません。
    理由を説明した上で、復帰の条件(頁数の摘示)も挙げた上で削除した とのことですが、「自分の主張を要約欄に記載すれば、何をしてもよい」と主張しているように見えます。いえ、もちろん Kinno Angel さんがそのような悪意ある主張をしているとはまったく考えていないのですが、例えば、次のような箇所が説明されていません。『復帰の条件』というのは、あなたでなければ誰が決めたものですか?つまり、ウィキペディアのどのガイドラインに従った条件ですか?もしそうした規定がないのであれば、相手方があなたの個人的条件に従わなければならない根拠は何ですか?
    さて、今回の要約欄の理由説明で問題なのは、 WP:NOTSOAPBOX に該当すると断言できる客観的論拠が具体的に何も示されていない点にあります。「 WP:NOTSOAPBOX に違反ではありませんか?詳細はノート:○○に記載。」などとでも書いておればよかったのですが、いきなり該当性の不明瞭なガイドラインを示されてページ内容を削除されても、該当箇所の執筆者や我々第三者はどこがどう関係しているのか理解が困難です。
    「ウィキペディアは演説台ではありません」のガイドラインですが、今回の問題はどこに該当するのでしょうか。
    1. プロパガンダ、アドボカシー(提言)、あるいは求人や勧誘: 該当しないような気がします。
    2. 論評: してません。
    3. スキャンダルやゴシップのまとめサイト: 無関係。
    4. 自己宣伝: 問題とされている著作は Alex K 氏の自著ではないと推定されます。これらの書籍の宣伝効果が Alex K 氏の宣伝に繋がると推定するのは、飛躍があります。
    5. 広告活動: 可能性があるとすればこれでしょうか。氏が問題とされている著作を「広告宣伝」しているのかもしれないという疑念を否定する根拠はありません。しかし、氏にこれらの著作と利害関係があると証明されておらず、疑う根拠もありません。氏はウィキペディアにおいて過去にこれらの著作の不備を痛烈に批判してさえいます。氏に利害関係がない場合の「広告」性についても否定的に見られます。すなわち、ウクライナ(史)の事項にウクライナ史の「極めてスタンダードな」文献を紹介することが「広告活動」に当たるとはありえません。
    WP:NOTSOAPBOX への該当性については、このように私は否定的に見ています。
    一方、その他の指摘箇所についてはその限りではありません。まず、前提として書いておきますが、私は「歴史関連書籍を地理記事の参考文献に有用とする」見方について、肯定的です。すべての土地には歴史があり、それ抜きに地理を語るのは誤りです。よく、「このページは●●のページだから○○だ」と主張する人がウィキペディアにはおりますが、それは、よく「文学や民俗学を勉強したことのない音楽の専門家」がオペラについて「音符だけに拘った」頓珍漢な解説を書いたりするのと似ています。
    さて、その上で書きますが、それでもさすがにウクライナの町村の項目に記載されたそれらふたつの日本語文献はまったくといってよいほど関係がないと思います。 ウクライナ関係の記事においてウクライナ歴史と地理についての文献を参考文献として載せるのことは当たり前なこと とは当たり前のことですが、しかし、それでもやはりそれらの本は関係なさ過ぎます(これが関係あるというのならば、ウクライナ関係の記事にはウクライナに関係する書籍なら何でも記載してよいかのごとき基準です)。私も、それらの文献が直接的かかわりが極めて不明瞭な町村の項目に記載してあることには疑問を感じます。ただ、削除が絶対必要であるかまでは確信がありません。少なくとも、「出典偽造」ではないですし。
    順番に書いたので最後になりますが、 Alex K さんにも改めてほしいところがあります。客観的根拠なしに、またウィキペディアの規則である Wikipedia:荒らしとの兼ね合いを考慮せずに、安易に相手方を「荒らし」呼ばわりしていることは改めるべきです(ほかでも指摘)。これ以上は要約欄でもノートでも絶対にやめて下さい。してよいのはガイドライン条項に抵触すると認められた場合のみです。今回はその場合に該当していません。
    日本語には相手を否定的に論評するための語彙が尋常ならざるほど豊富にありますから、相手を批判したいのであれば「荒らし」以外の用語を使用して下さい。ウィキペディアにおいて「荒らし」は Wikipedia:荒らしに付随する「専門用語」であり、それ以外の場合は使用しないで下さい。使用を続けると、それだけであなたが「中傷ユーザー」としてブロックされる危険性もあります。--PRUSAKiN 2010年10月23日 (土) 15:46 (UTC)[返信]
      • コメントありがとうございます。Kinno Angelさんはここで私の編集を「荒らしと殆ど変わらない大量除去」と呼んでいたにも関わらず、管理者がそれは中傷であると判断しなかったので、「荒らし」は中傷にあたらないと、考えざるを得なかったのです。ですから私は、前例に基づいて、このたびの問題において、Kinno Angel さんによる除去行為を荒らしと呼びました。しかし、「荒らし」は使ってはいけない言葉であれば、使わないようにします。ただ、他人にその「専門用語」を使わないでくれればの話です。でないと、不公平な感じがします。--Alex K 2010年11月8日 (月) 05:28 (UTC)[返信]
    • コメント
      • AlexKさんに対してですが「荒らしと殆ど変わらない」とするのと「荒らし」と断定するのはレベルが違います。これも、母語話者ではない故の日本語能力の問題というだけなら話は簡単ですが(非日本語母語話者への侮蔑とか日本語能力に難があるといった中傷の意味合いではありません、他で批判されたので念の為申します)。なお、AlexK氏の当該大量除去が「荒らしと殆ど変わらないレベル」だという当方の見解には変更はありません。何なら新しい方のコメント依頼に繰り返しその当否を問うても宜しゅう御座います。そもそも私は「大量除去であれば荒らし」と言った訳ではありません。その編集姿勢を問題にしているのです。「Kinno Angelがこちらの除去について荒らし(本当はそこまで私は断言していないのですが)と言ったから、Kinno Angelにも同じ事をやり返した」という論法は何の自己弁護にもなっていません。
      • PRUSAKiNさんのご意見「さすがにウクライナの町村の項目に記載されたそれらふたつの日本語文献はまったくといってよいほど関係がないと思います。」について、そこに至るプロセスには異議がありますが、結論には賛成です。--Kinno Angel 2010年11月8日 (月) 16:01 (UTC)[返信]
    • 「荒らしと殆ど変わらないレベル」については既にここで具体的に説明しまし、荒らしではなかったことを明らかにしました。残念ながら、Kinno AngelさんはとんでもないIPの編集を支持したことにより、ウクライナ項目はとんでもない情報を含むことになってしまいました。私の説明の後に、Kinno Angelさんからの反省がまったくなかったので、Kinno Angelさんによるウクライナ関係記事における編集姿勢は問題があると思っております。今回の「見解には変更はありません」や、参考文献のTemplateをめぐる紛争は、この姿勢の表れの続きではないかと、強く疑っております。--Alex K 2010年11月8日 (月) 23:18 (UTC)[返信]
    • コメント AlexKさんへ。まず申し上げますが、その「とんでもないIP」さん自体の事は、私は全肯定している訳ではありません。その事は貴方が賛同された私への投稿ブロック依頼欄でも書いたのですが、今一度申しましょう。ですが貴方の大量除去はそれ以上に大問題だったと考えていますし、その考えは変わりません。「私の説明の後に、Kinno Angelさんからの反省がまったくなかったので、」と仰いますが、自分の考えが絶対に正しく、相手は自分の高説に対して反省するのが当然かのような傲慢さは、今一度コメント依頼で問題提起させて頂く事になるかと思います。何よりも、まずテンプレートの正当性についての議論はあくまでテンプレート自体の合理性を基準に判断されるべきものです。第三者のコメントもそれに沿って行われているものです。貴方の議論はここで私の「悪意」を周囲に印象付けようとするだけのものであり、しかも経緯の大半を意図してではないかもしれませんが自分に都合の良いように省いています。後は、貴方へのコメント依頼でやりましょう。余計な話です。--Kinno Angel 2010年11月8日 (月) 23:38 (UTC)[返信]

    「自分の考えが絶対に正しく、相手は自分の高説に対して反省する」 高説に対して反省するではなく、間違った振る舞いに対して反省するべきです。Kinno Angelさんの振る舞いはウクライナの項目に悪い影響を与えたのです。ウクライナの項目に事実無根の情報が書き込まれたからです。また、今回の問題でも、Kinno Angelさんの振る舞いは、紛争を生んだのです。以下に利用者:ButuCCさんのような説明があれば、問題は解決するはずでした。Kinno Angelさんの非協力的な姿勢に不愉快です。--Alex K 2010年11月8日 (月) 23:56 (UTC)[返信]

    ウクライナの項目に事実無根の情報が書き込まれたからです。
    貴方はそうお考えなのかもしれませんが、少なくとも私は「事実無根」とは考えておりません。もしまだ議論があるのでしたらノート:ウクライナでやって貰えませんか?貴方は勝手に私がIPを全面的に支持したかのように熱くなっていますが、全然そんな事は私は言っていませんよ。
    今回の問題でも、Kinno Angelさんの振る舞いは、紛争を生んだのです。
    紛争ではなく議論です。貴方の言っている内容は「間違った振る舞い」「紛争を生んだ」と言った抽象的な印象操作やレッテル貼りばかりで、何ら内容を伴っていません。
    以下に利用者:ButuCCさんのような説明があれば、問題は解決するはずでした。
    まだ解決されていません。私はTemplateの使い方についても指摘しましたが、地理記事(それも町村レベルの記事)に総合的な歴史書籍を紹介する事にそもそも疑義を提示しています。「Templateを使わなければ良い」とは私は言っておりません。--Kinno Angel 2010年11月9日 (火) 00:30 (UTC)[返信]

    出典テンプレートとしての検討(のみ)[編集]

    PRUSAKiNさんの提案に従いテンプレートについてこちらでコメントしておくことにします(不要と思っても自分から積極的に削除依頼に出したりはしません(というか頼まれでもない限りしません)。コメント依頼でもテンプレートについてと強調しているように、自分は両者の対立については一切介入せずに、テンプレート名前空間の性質のコメントをしているだけであることを先にお断りしておきます(テンプレの是非についてがコメント依頼内容にあったから助言しただけなので、依頼者、被依頼者、作成者が誰だろうが関係ありません。また、宣伝の有無は抜きにしてそれ以前にこの種のテンプレをテンプレート空間で運用すべきかという話をしてます)

    • コメント テンプレートについて - 他の方が仰っているようにTemplate名前空間において運用するような代物ではないと思います。とりあえず、その貼付行為(貼り付けた記事に相応しい/相応しくない)の問題を抜きにして、単純にAlex Kさんが文献として記事に書き込む際に、テンプレ化して作業効率化を図りたいと考える場合について提言しますが、この場合、Template名前空間(Template:ウクライナ史文献)に用意するのではなく、利用者名前空間のサブページ(利用者:Alex K/ウクライナ史文献)に用意して、かつSubst展開をすればいいのじゃないかと思います。--ButuCC+Mtp «Sub Talk:AVI/I-90» 2010年10月13日 (水) 14:24 (UTC)[返信]
    • 要約欄 - 用者サブページ+Subst展開なら専用定型文を用意できるかも(あんまり著作物性が発生するような定型文は要約欄いじらないとやばそうだけど)

    以上はコメント依頼の意見&要約欄(下線部修正)。

    なお、このような「文献表示の簡略化のための」テンプレート使用は例えばロシア語版ウィキペディアでは広く行われていることであり(ウクライナ語版については未確認ですが、同様かと)、たんに日本語版と他言語版との解釈の違いに起因する問題だと思います。被依頼者個人の「わがままな行い」であるかのように批判するのは、一方的に過ぎるでしょう。また、件のテンプレートの「意義」というか・・・(ここまでにします。掲載基準については触れてませんので)

    それは(RuWPやUkWPを確認していませんが)仰るとおりなのではと思います。いや、JaWPでも確かいくつかはTemplate名前空間にも参考文献用テンプレートがあるので、JaWPでも杓子定規にNGというわけではないと思います。しかし、その一方で、あったとしてもJaWPではメジャーな使い方じゃないこと、削除された同種テンプレートがある実績があることを考えると、同じく杓子定規にOKというわけにもいかなそうです。

    後者(呼び出し記事数が少なければ必要ない)よりも前者(メジャーじゃない=理解を得られない))方が問題かもしれません。削除された上記議論では

    • 存続 - 「関連するページへのリンクを支援」するために(関連編集者にとって)有用(削除意見の一部)/関連する~項目においても、参考文献として引用されるべきもの
    • 削除 - テンプレートの私的利用/目的外利用
    • コメント - テンプレを用いた参考文献の明示方法が認められているかという疑問点/多数のページで使われるならば有用では

    という意見が交わされており、大きく分けて『使われるページの数で有益か決まる』『目的外利用(このような使い方を認めない)』という意見に分かれています。一応Category:特定の出典テンプレートに該当するテンプレートがこれと同種のものに当たると思うのですが、先の議論でIP氏が「その二冊は無数の記事に引用される可能性があります」と称したうちの一つ{{MSW3 Gardner}}は実は1件にしか使われていません。他のテンプレートもほとんどが数記事しか使われておらず、あまり普及しているとは言えないようです。

    これら出典テンプレートは少なくともCategory:特定の出典テンプレートにカテゴライズされているものは全て外国語版が存在するというのがミソで、外国語版ではほぼ全てが多数の記事に出典として呼び出されている代物(ほとんどが百科事典など(特に生物記事などにおいて)Wikipediaの執筆の主役となりうる参考文献)で、おそらくJaWPへは翻訳ついでに移植したものの、肝心の記事がないorその出典なしで作成済みorすでに直接入力済みだという状況であり、その意味では外国語版の使用量から「“潜在的に”無数の記事に引用される可能性がある」ということなのでしょう(百科事典と一般書籍の違いからIP氏の「汎用性という点でこの依頼とは大きく性質を異にします」という言い分にも納得できる所があります)。

    ただ、それでも『一般書籍はダメなのか』『どの程度の使用量があればテンプレ化してもいいのか』という是非の境界についての疑問、『そもそも“潜在的”まで含めて使用量を想定していいのか(実際はまだそんなに使ってないのに)』という逆に現在是とされているものも非ではないのかという疑問も浮かんできます。これらの基準に関する問題が浮上せず、現状のまま惰性で流れてきたのはやはり『メジャーじゃない=作成者、関連編集者、カテゴリ管理者界隈までしか認知されず、半ば放置状態』ということではないでしょうか(この段落の文は私の所感なので、実際はもっと知られているけど使う機会がないだけ、という可能性もあります)

    で、これからJaWPでこの種のテンプレートをどうすべきかという話ですが、他言語版でも上手く運用されているわけですから、必要とあればJaWPでも普及することになると思います。ただ、「他言語版ではこれが普通だから」という一点張りで普及させるのは賛同できません。結局『目的外利用(このような使い方を認めない)』というのは「表やボックスなど複雑なレイアウトならともかく、(ほとんど)ただの文字列だからテンプレートなどを使わなくとも直接記入すればいいじゃないか」という考えが基盤にあり、そのためJaWPではテンプレートを用いて文献を記載しようとする人が少ないのではないでしょうか(利用者ページは基本的に自由なので、Subst展開を駆使して作業を簡略化する方法が(不要派にとっては)辛うじて是認できる手段なのだろうと思います)。

    なお、数の問題(使用量の問題)は上節で使うべき記事の基準について議論中で、現在の使用量のままとは限らないので、『使われるページの数で有益か決まる』という観点からはまだはっきりと言えることはありません。

    ・・・とここまで長々と書きましたが、基本的にコメント依頼の延長線で「JaWPじゃまだグレーっぽいからこういう次善策があるよ」という助言にすぎず、また、JaWPで是か非かという問題もこれは私の一意見にすぎず、本格的にどうするか考えるならば井戸端なり広い場所でもう一度訊いた方がよろしいと思います。--ButuCC+Mtp «Sub Talk:AVI/I-90» 2010年10月23日 (土) 18:03 (UTC)[返信]

    • コメントありがとうございます。このたびの「Template:ウクライナ史文献」を作成したのは、編集作業をよりやりやすくするためです。私は以前ウクライナ語版においてウクライナでの唯一の日本史専門書をTemplate化し、は日本関係の項目において頻繁使いました。管理者と一般利用者から、「このTemplateがふさわしくない」とか「宣伝やめなさい」とか、一度も聞かされたことがありません。このTemplateは、他国語版に存在しなかったにもかかわらず、ウクライナ版の読者に日本関係の文献を紹介していたので、皆が納得していました。さらに、このTemplateのほかにuk:Шаблон:Рубель Історія сходуuk:Шаблон:Крижанівський Історія сходуのようなTemplateを問題なく使用してました。ですから、日本語版で同様な参考文献Templateを作ってみて、ウクライナ関係の項目でウクライナ関連の文献を載せようと思いました。そのような試みは日本語版において反撃を及ぼすことになるとは、思ってもいませんでした。本当に驚きました。もし、日本語版で参考文献Templateを作っていけないならば、どうしたらいいですか教えてください。参考文献の追加作業をなるべく時間が撮らないようにしたいと思いますが…そのためにこの「Template:ウクライナ史文献」もつくり、利用者:Alex K/monobook.jsもつくりました。--Alex K 2010年11月8日 (月) 05:48 (UTC)[返信]
    • 節名の通り「宣伝」がどうかは触れませんが、この手の作業短縮をJAWPでどのようにやるべきかについて2つの選択肢を私からは提示できます(基本的に前述済みのものです)
    1 : Subst展開を活用する
    手順
    1. Template:ウクライナ史文献と同じ内容の利用者サブページ利用者:Alex K/ウクライナ史文献などを作成する。
    2. いままで{{ウクライナ史文献}}としていたのを{{subst:利用者:Alex K/ウクライナ史文献}}に変更する。
    解説:つまり個人で自由に利用できる利用者名前空間へ移し、その中身を文章として写し出すということです。
    注意:今回のケースではおそらく大丈夫ですが、あまり著作性のあるSubst展開をする場合は要約欄に記載が必要になります。
    Subst展開を利用した場合、その記事にテンプレートとして呼び出されているのではなく、テンプレートの中身を出した状態になっています(これは署名の~~~~と同じようなものです。署名の加工を一種のテンプレートと考えた場合、私達は~~~~と入力することで加工した署名や時間が書き込まれます。しかし、もう一度編集画面を見ると、その部分は~~~~ではなく、設定した加工署名と時間が直に書いたような状態になっています。このようなものがsubst展開です)。そのため、テンプレートから独立した状態になるため、修正が必要になった場合は書きなおす必要があります(その場合、同じ作業の繰り返しになるのでbot依頼が活用できるかもしれません)。
    2 : 井戸端などで是非を検討する
    すでに述べましたが、根本的な問題として、JaWPでは「普及していないだけ」「マイナーなだけ」「議論していないだけ」の可能性もあります。ですので、一度井戸端などの場でこの手の参考文献テンプレートを汎用な「テンプレート名前空間」に置いていいか(特にどの程度の物まで可か)を問いかけてみた方がいいかもしれません。「ヨソはヨソ、ウチはウチ」じゃありませんが、他言語版で普及していてもこちらでそうでなければ受け入れられない場合もありますので、一度検討した上で使用した方がいいと思います(不可ならサブページ+Subst手法で対応するしかなさそうです)。--ButuCC+Mtp «Sub Talk:AVI/I-90» 2010年11月8日 (月) 13:27 (UTC)[返信]
    • ありがとうございました。SUBSTをつくってみましょう。--Alex K 2010年11月8日 (月) 23:19 (UTC)[返信]
    • お!できました!ウクライナ・コサック#参考文献でやってみました!Templateと変わりません。素晴らしい。これでSubstでいきましょう。そうすると、Templateを削除してもいいと思います。--Alex K 2010年11月8日 (月) 23:27 (UTC)[返信]

    AlexK氏によるbot依頼後の議論[編集]

    ボット依頼からやってきました。{{ウクライナ史文献}}を一律で{{subst:利用者:Alex K/ウクライナ史文献}}に変更するようbot依頼がなされておりますが特に異論はありませんでしょうか?念の為確認させていただきます。賛成多数又は一週間ほど待って反対が無ければ作業を行いたいと思います。--Vigorous actionTalk/History) 2010年11月11日 (木) 11:19 (UTC)[返信]

    コメント テンプレートで無ければ良い、とした覚えは一切無いのですが…一体いつの間に依頼が出ていたのでしょう(?_?;)そもそもコメント依頼の方でも、テンプレート使用法のみならず、地理記事(それも町村記事)に総合的歴史参考書が添付される事に異論を唱える人も結構いらっしゃるのであり、合意が取れたとは到底言えない状況です。Vigorous actionさん、まだ作業には入らないで下さい。合意は形成されていません。--Kinno Angel 2010年11月11日 (木) 13:12 (UTC)[返信]
    コメント 追加コメントします。テンプレートとしての体裁を、当該botによりsubstに変更するが、地理記事に総合的な歴史書籍を掲載する事の是非についての議論は継続するという形であれば、暫定的合意形成に向かうのも吝かではありません。他方、AlexKさんへのコメント依頼には本件を追加報告しました。--Kinno Angel 2010年11月11日 (木) 13:24 (UTC)[返信]
    コメント 反対 Wikipedia:コメント依頼/AlexK 2回目において、当事者であるAlexK氏からまともな反論は出ていません。氏は参考文献の意味をきちんととらえていません。ウクライナ史総合に関する文献に、たかだかウクライナの地方公共団体程度(村レベル)の内容があるとは到底思えません。にもかかわらず、なし崩し的に参考文献テンプレートを作るのはもってのほかです。反対します。--Wushi 2010年11月11日 (木) 13:31 (UTC)--(微修正)Wushi 2010年11月11日 (木) 13:32 (UTC)[返信]
    コメント Wushiさん。参考文献の理解についてはともかく、そのテンプレートはテンプレートのグループにおいて存在してもかまいませんか?--Alex K 2010年11月11日 (木) 23:00 (UTC)[返信]
    コメント 元々、AlexKさんの個人用テンプレートでしたので、利用者ページのサブページに引き取ってくださるのは構いません。しかし、それを記事名前空間に対して(Substの有無に関わらず)使用すべきかどうかは、別問題です。bot作業は、まずそれを話し合ってからでしょう。--Ashtray 2010年11月12日 (金) 10:07 (UTC)[返信]
    コメント こんにちは。遅ればせながらコメントいたします。Ashtrayさんのおっしゃる通り、本件のテンプレートをAlex kさんの利用者サブページに移管するのは結構なことだと思います。しかし、記事末尾の文献には、直接、その記事の主題に関して言及があるものを載せるべきではないでしょうか。例えば、ロズコーパンツィの「参考文献」のセクションに載せるのは、実際にロズコーパンツィ村について言及している文献であるべきと考えます。--Peccafly 2010年11月13日 (土) 03:48 (UTC)[返信]
    コメントありがとう御座います。私もそう思います。記事末尾の文献には、直接、その記事の主題に関して言及があるものを載せるべきです。しかし、直接に主題に関して言及がある文献はない場合、関連する書物を載せても差支えがないと思います。なぜなら、参考文献には引用・出典だけではなく、推薦書という機能があるからです。そういう機能があるこそ、ウクライナの市町村の記事において、日本語で書かれたウクライナ歴史と地理を紹介する唯一の文献を載せても問題がない思います。--Alex K 2010年11月13日 (土) 09:05 (UTC)[返信]
    コメント 同じことを何回も言うのもなんですが、何故、推薦書という名目でウクライナの村レベルまでウクライナ史総合の文献が必要なのか?正直言って不要、Further Readingにすらなっていない。差し支え大アリです。キエフチェルノブイリだったらまだわかります。双方ともウクライナ史で重要なところですから。しかし一寒村のことについてウクライナ史総合の書籍に書いてあるわけないでしょと言っているわけです。極端な話、『笑点』のレギュラーだった林家こん平師匠のふるさと「千谷沢村」のような日本の一寒村の記事に、山川出版社から出ている『日本史』を貼る愚挙と同じと言わざるを得ません。--Wushi 2010年11月13日 (土) 09:38 (UTC)[返信]
    コメント Further Readingについては知りませんが、参考文献は「参考」になる文献なので、ウクライナの歴史と地理に関する記事では、日本語で書かれたウクライナ歴史と地理を紹介する唯一の文献を載せることが好ましいと思います。千谷沢村の件ですが、山川出版社から出ている『日本史』は日本語で書かれた唯一な日本史の専門書であれば、千谷沢村に載せてもかまわないと思います。--Alex K 2010年11月13日 (土) 10:06 (UTC)[返信]
    コメント Alex K さんの、その「○○語で書かれた唯一の文献ならば載せてもかまわない」という考え方(論法)が、私には解りません。素直に、ソース文献(烏語でも露語でも)を載せれば済む話ではないですか。--Ashtray 2010年11月14日 (日) 11:32 (UTC)[返信]
    コメント 参考書はソース文献だけではないことが解りますか?推薦書でもあることが解りますか?「ソース」と「参考文献」は同義語ではないことが解りますか?--Alex K 2010年11月15日 (月) 17:04 (UTC)[返信]
    コメント 同義なんです!ここでは。
    "Wikipedia:出典を明記する#はじめに"と、"Wikipedia:レイアウトの指針#参考文献" を読んでください。日本語としての「参考文献」の文意はともかく、Ja-WPでは過去の議論の結果、出典(ソース)文献に限定したのです。
    別途、「Further Readings(推薦文献)」の節を設けようとの議論もあったようですが、反対意見もあり、頓挫しています。--Ashtray 2010年11月15日 (月) 18:40 (UTC)[返信]
    コメントありがとうございます。読みました。しかし、「参考文献は出典書に限る」、「参考文献は推薦書ではない」、あるいは「参考文献では推薦書を載せてはいけない」というWikipediaの規則は見つからなかったのです。たしかに、ノートでは議論があるましたが、その議論にもとづいて具体的な結果(具体的な法則、guidelineないしpolicy)は見えません。公式なguidelineでは「議論中」としか書いていません。「参考文献は推薦書でない」、「推薦書を載せてはいけない」という具体的な法則はどこにあるかを、教えてください。--Alex K 2010年11月19日 (金) 09:29 (UTC)[返信]
    コメント それでは、記事を書く際に引用・参照した文献を、この節に箇条書き形式で記します。 という一文を声に出して読んでください。ガイドラインを欲する貴方のために、わざわざ探して来たものです。これで納得できないならば、逆に「推薦書を参考文献として載せなさい」「参考文献は出典でなくてもよい」というガイドラインかポリシーをご提示願います。--Ashtray 2010年12月5日 (日) 08:48 (UTC)[返信]
    コメント Alex K氏の論法がこちらも全く理解できません。素直にウクライナ語やロシア語のリンク先を掲載するだけで済む話でしょう。今どき、ウクライナやロシアの地方公共団体も役場のリンクくらい作っているでしょう。書いてないのに参考文献に使うというのは、さらに読めという関連文献にもが値しないのまだ分かりませんか。--Wushi 2010年11月14日 (日) 11:46 (UTC)[返信]
    コメント 「リンク先」云々は「参考文献」ではありません。まず、参考文献とは何かを理解した上で、議論しましょう。参考文献は引用書であるだけではなく、推薦書でもあることを認めますか?--Alex K 2010年11月15日 (月) 16:52 (UTC)[返信]
    コメント これ以上話しても、平行線のままです無駄な気もしますが、同じことを言うのを最後にします。ウクライナの一寒村のことを書いていない日本語のウクライナ史の文献が「推薦書」なんて寝言は寝て言えです。推薦書にすらなっていないテンプレートを貼りつける行為は愚挙以外の何物でもありません。--Wushi 2010年11月18日 (木) 13:28 (UTC)[返信]
    コメント答えになっていません。Wushiさんのことば使いを見ればみるほど、本当に話す気にはなりません。Wushiさんとの会話をこれで最後にしましょう。--Alex K 2010年11月19日 (金) 09:12 (UTC)[返信]
    コメント - (経緯からして仕方ないものの、そろそろこの節の名前から矛盾・逸脱して参考文献の話になりつつあるので、上の宣伝の節に移動するか新しく節分けするかしたいのですが…)軽くコメントしますが、参考文献に推薦書を含めていいとしても、推薦書全てが可という事にはなりません。参考文献における推薦書というのはwikipediaの当該記事には『単に「参考」になる推薦図書』と書かれています。では、「参考」とは何か。辞書を引きますと『自分の考えを決める手がかりにすること。また、そのための材料。』とあります。つまり、参考文献に入っている対象物は『記事の内容を理解するための手がかりになる材料』ではなくてはなりません。よって、その記事対象そのものが本に書かれていなければ『手がかりになる材料=参考』にはならず、『「参考」になる推薦図書』ではなく(推薦書だとしても)それ以外の推薦図書にすぎない事になります。あと、そもそも参考文献に推薦書が記載されるのは一般図書などとされており、百科事典であるWikipediaはこの範疇に入るのでしょうか。百科事典における「参考文献」は「ソース」に近いものであるべきです。出典・脚注と同様に、通常の意味での「参考文献」はその記事に引用されたもの、もしくはその記事対象を直接言及しているものを入れるべきであり、Peccaflyさんの言葉を借りればロズコーパンツィの「参考文献」のセクションに載せるのは、実際にロズコーパンツィ村について言及している文献であるべきと考えます。--ButuCC+Mtp «Sub Talk:AVI/I-90» 2010年11月15日 (月) 17:56 (UTC)[返信]
    PS:「日本語で書かれたウクライナ歴史と地理を紹介する唯一の文献を載せることが好ましい」というのについて、参考文献は記事に必須という考えが先行しているように感じます。記事に対応する書籍がないのであれば無理に載せるべきではありません。直接に主題に関して言及がある文献はない場合、参考文献はない方が良いのです(出典(ソース)があれば検証可能性は満たせますし、そして出典は特定の言語である必要はないのでウクライナ語やロシア語でもいいのです)。--ButuCC+Mtp 2010年11月15日 (月) 18:12 (UTC)[返信]
    コメントありがとうございます。辞典に載っている「参考」と「参考書」についてもう一度ご覧ください。ButuCCさんの解釈は誤っていると思います。参考は「自分の考えを決める手がかりにすること。また、そのための材料。」参考は「考えをまとめたり、物事を決める際に、手がかりや助けとすること。また、その材料。」。思うに、日本語で書かれたウクライナ歴史書は、ウクライナの地理に興味をもつ人に「てがかり」になれます。なざなら、歴史を抜きて地理を語る、とりわけ地名を語ることが、できないからです。地名は土地の歴史と結びついています。日本の地名辞典をご覧いただけらば、お分かりになると思います。地名にかかわる具体的な歴史的事実だけでなく、一般的な時代背景論も載っています。郷史でも一般書でも載っています。問題(損)になるどころか、辞典を使用している人が益を得るばかりです。
    百科事典における「参考文献」は「ソース」に近いものであるべきです。」についてですが、出典お願いできますか?
    参考文献は記事に必須という考えが先行しているように感じます」はい。参考文献のない百科事典の記事は、百科事典にふさわしくないと確信しています。せめて人文科学の分野においてです。
    Wikipediaは十分に書き込む空間があり、なおかつ多様な情報を載せるようと求めているので、ウクライナの地名の記事では歴史書をのせても、損はしません。益については読者の判断に任せます。--Alex K 2010年11月19日 (金) 09:12 (UTC)[返信]
    節整理。Wikipedia:コメント依頼/AlexK 2回目も参照。--Kinno Angel 2010年12月1日 (水) 07:08 (UTC)[返信]
    私はAshtrayさんと違い過去にそのような議論があったことを知りませんでした。「百科事典における「参考文献」は「ソース」に近いものであるべきです。」というのは単に(Alex Kさんの「参考文献のない百科事典の記事は、百科事典にふさわしくないと確信しています。」と同じく)私の百科事典観です。
    地名は土地の歴史と結びついています。…それは(歴史地理学生である自分にとっては)心得ているつもりです。ですが、例えば刈谷市の歴史を調べるにあたってもしも「刈谷市史」がなかった場合、「日本史」は代用になるのでしょうか。「愛知県史」でも心細く、「碧海郡史」がせいぜい許容範囲でしょう。「大は小を兼ねる」とは言いますが、「薪は楊枝にならぬ」とも言います。歴史書というのは扱う範囲に合わせて情報の取捨選択がなされています(Wikipediaと違い、紙製である以上仕方のないことです。日本史で一村一村の歴史を全て扱ったら何万巻にもなってしまいます)。ロズコーパンツィ村に必要なのは「ロズコーパンツィ村史」であって「ウクライナ史」ではありません。『ウクライナの地理に興味をもつ人の「てがかり」』となるものではなく、『ロズコーパンツィ村に興味を持つ人の「てがかり」』でなければなりません(後述しますが『ウクライナの地理に興味をもつ人の「てがかり」』となるものを載せるべき場所はロズコーパンツィではなくウクライナ#地理(出来ればウクライナの地理があれば望ましい)です)。
    ロズコーパンツィ村とウクライナ(史)の2つは「関連」しているに過ぎません。吾輩は猫であるの関連項目としてホトトギス (雑誌)を取り上げるのは至極妥当かもしれませんが、参考にはなりません。それと同じで、ウクライナの村である以上、ウクライナ(史)と関わりがあるかもしれませんが、それを読んでロズコーパンツィそのものの参考にならないようでは関連程度の繋がりでしかないのです。
    地名にかかわる具体的な歴史的事実だけでなく、一般的な時代背景論も載っています。郷史でも一般書でも載っています。…それも至極当然のことと思います。歴史は一部分で切り取ることはできず、全て密接に繋がるものだと思います。ですが、それとロズコーパンツィにウクライナ史を載せる必要があることとは別の話です。それはつまり『ウクライナ#歴史(出来ればウクライナの歴史があれば望ましい)に誘導する、そこで参考文献を取り扱えば全く問題ない』ということです。ロズコーパンツィ村の一記事に全てを抱え込むから問題なだけで、その考えは間違ってないと思います。ですから、適材適所、百科事典内においても「一般的な時代背景」を知るために適切な場所に参考文献を置くべきだと思います(ロズコーパンツィの記事においてウクライナのリンク先があるのは、単に所属することだけでなく、「ロズコーパンツィ」という狭い範囲から「ウクライナ」という広い範囲へと案内するための『関連リンク』とも言えます)し、それでも「一般的な時代背景」を知ることは出来るのではないでしょうか。
    百科事典の掲載基準は損益で決めるものではないと思います。それを言うなら東京都における桜の木だって有益と考える人が皆無じゃなければ採用されてしまいます。「見たい人がいるなら載せればいい、見たくないなら無視すればいい」というのはどうかと思います(損はしません。益については読者の判断に任せます。を逆説的に表現すれば「損するかどうかは読者に任せればいい」つまり、「損しないかは保証しない」となりますが、つまりはそういうことではないでしょうか)。--ButuCC+Mtp «Sub Talk:AVI/I-90» 2010年12月1日 (水) 15:43 (UTC)[返信]
    • コメント有難う御座います。私の立場をもう一度説明させてください。
    • それは(歴史地理学生である自分にとっては)心得ているつもりです。ですが、例えば刈谷市の歴史を調べるにあたってもしも「刈谷市史」がなかった場合、「日本史」は代用になるのでしょうか。「愛知県史」でも心細く、「碧海郡史」がせいぜい許容範囲でしょう。 → 日本語で書かれた「刈谷市史」がなければ、「日本史」の本も2冊しかないという状況があれば、代用になれると思います。ここは状況を考えていただけないでしょうか。ロズコーパンツィ村の場合、日本語で書かれた「ロズコーパンツィ村史」や「キエフ州史」がないどころか、欧米で出版されるような優秀な「ウクライナ地理」もしくは「ウクライナ史」の本さえありません!現時点においてウクライナ地理や歴史に関して日本語参考書になれる本はあの2冊のみです。そのような状況のなかで、なぜあの2冊をロズコーパンツィ村の項目で参考に推薦することができないのでしょうか?直接ロズコーパンツィ村に関連がなくとも、参考にならないはずがありません。優秀な「ウクライナ地理」、「ウクライナ史」、あるいは「キエフ州史」「ロズコーパンツィ村史」が出版されば、ButuCCさんの意見を受け入れましょう。しかし、そのような本が全くありませんし、近いうちに出版される可能性も非常に低いです。
    • 損益についてですが、主観的な意見でした。私が項目を立ち上げる時、あの2冊を参考にしています。つまり、あの2冊は役立っている、損していませんということです。「益については読者の判断に任せます」というのは、私が項目のすべての情報は「益になるか否か」については読者の判断に任せるといっていました。--Alex K 2010年12月2日 (木) 04:07 (UTC)[返信]
    • コメントAlexK氏を除き誰一人としてウクライナの一地方公共団体の記事に関してウクライナ史総合の日本語文献を掲げていいとは言っていません。ロズコーパンツィについてはそれが書いた本を持ってこいと言っているのです。これまでの比喩で出てきた千谷沢村であろうと、刈谷市であろうと日本国内の中で歴史的に重要な事件がなければ日本史の総合の記事の中で言及されることはなく、それぞれの郷土史の範疇になるのです(だからキエフやチェルノブイリは例外だと言っています)。氏は上記に以下のようなコメントを残しています。
    ロズコーパンツィ村の場合、日本語で書かれた「ロズコーパンツィ村史」や「キエフ州史」がないどころか、欧米で出版されるような優秀な「ウクライナ地理」もしくは「ウクライナ史」の本さえありません!現時点においてウクライナ地理や歴史に関して日本語参考書になれる本はあの2冊のみです。そのような状況のなかで、なぜあの2冊をロズコーパンツィ村の項目で参考に推薦することができないのでしょうか?直接ロズコーパンツィ村に関連がなくとも、参考にならないはずがありません。優秀な「ウクライナ地理」、「ウクライナ史」、あるいは「キエフ州史」「ロズコーパンツィ村史」が出版されば、ButuCCさんの意見を受け入れましょう。しかし、そのような本が全くありませんし、近いうちに出版される可能性も非常に低いです。
    前半で「欧米で出版されるような優秀な「ウクライナ地理」もしくは「ウクライナ史」の本さえありません!」と言及していますが、欧米ではウクライナの地理に関する研究書は出ていることを暗に言っているわけです。お膝元であるウクライナやロシアにおいてウクライナ史やウクライナ地理の本が出ていないはずはありません。素直にウクライナ語ロシア語、果ては英語の文献を元に記事を書けばいいわけです。それができないならば怠慢そのものでしょう。
    例えばわたくしが執筆している経済分野では世界恐慌の研究にはFriedman, Milton and Anna Schwartz A Monetary History of the United States, 1867-1960 (1963)(part 3 reprinted as The Great Contraction, 1929-1933 (2007) Prinston University Press ISBN 978-0-691-13794-0)があります(SEE→アメリカ合衆国の経済史)。最近になって邦訳が出ましたがこの記事を執筆した当時は、邦訳がないので英文から逐一数字の検証をしていきました。ノルウェーでも各国の統計当局から日本語、中国語、英語(フランス語とノルウェー語の代りです)データを持ってきて誤謬がないか細心の注意を払い出来うる限り検証可能性を満たそうとしたのです。
    後半では「なぜあの2冊をロズコーパンツィ村の項目で参考に推薦することができないのでしょうか?直接ロズコーパンツィ村に関連がなくとも、参考にならないはずがありません。」と書いています。参考文献というのは「知識」という巨大な砂漠の中から針を探す道しるべになるべきものですWikipedia:検証可能性の根幹とも言えるものです。ウクライナの地方公共団体(寒村レベル)に日本語でのウクライナ史総合の文献を貼りつけるのは「知識」を探そうとする読者に無駄な努力を押し付けるようなものです。ウクライナ語やロシア語、英語で発行されているウクライナの寒村の郷土史をあなたが提示していないということは最初の段階から何回も言っています。しかも「…参考にならないはずがありません(強調Wushi)」と言って馬脚を現したのは明らかです。はずと言っている以上役に立たない可能性も暗に示しているのです。多くの人が指摘していることに対し理解を示さないで自分のやりたいことをごり押しし既成事実を作ろうとするあなたの行為は看過できません
    最後に「最後通牒」だの議論拒否など言っていますが、多くの方々が書いている内容を理解しないで議論が平行線になった状況ですから、その原因を作ったのはAlexK氏でありその責めはAlexK氏に帰します。--Wushi 2010年12月4日 (土) 23:25 (UTC)--(微修正)Wushi 2010年12月5日 (日) 00:02 (UTC)[返信]

    報告 WP:BOTR#Template‐ノート:ウクライナ史文献については、一旦失効とします。こちら又は別のページにおいて合意ができるようであれば再度ご依頼ください。--Vigorous actionTalk/History) 2011年1月13日 (木) 12:21 (UTC)[返信]


    議論「参考文献の無秩序な列挙に何らかの歯止めが必要なのでは」提起報告[編集]

    報告 Wikipedia‐ノート:出典を明記する#参考文献の無秩序な列挙に何らかの歯止めが必要なのではを提起しました。--Kinno Angel 2011年2月7日 (月) 02:33 (UTC)[返信]