SL会津只見号

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SL会津只見号
C11 325「SL会津只見号」2006年10月9日 会津蒲生 - 会津塩沢間 
C11 325「SL会津只見号」
2006年10月9日 会津蒲生 - 会津塩沢間 
運行者 東日本旅客鉄道(JR東日本)
列車種別 快速列車(全車指定席
運行区間 会津若松駅 - 只見駅
経由線区 只見線
使用車両 旧型客車(高崎車両センター
C11 325真岡鐵道
運行開始 2002年10月
備考 2009年10月現在のデータ
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SL会津只見号(エスエルあいづただみごう)とは、東日本旅客鉄道(JR東日本)が只見線会津若松駅 - 只見駅間で運行している、蒸気機関車牽引による臨時快速列車である。

運行概況[編集]

年間を通して主に新緑シーズンの5月と初夏の7月、そして紅葉シーズンの10月下旬から11月上旬の計3回運行されることが多い。ただし、2010年以降は夏シーズンの運転がなくなっている。1日1往復の運転。なお、2007年より春は「SL会津只見新緑号」として、秋は「SL会津只見紅葉号」として運行される。(夏期運行の場合は「SL会津只見号」として設定)

2011年7月に発生した新潟・福島豪雨の影響で現在も会津川口 - 只見間が不通となっている関係で、2012年秋は運転区間を会津若松 - 会津川口間に短縮し、列車名を「SL只見線奥会津号」と変えての運転となった。

使用車両[編集]

牽引機関車[編集]

客車[編集]

使用開始当初は側面窓下に赤帯が巻かれていたが、現在は全車帯が抹消されている。基本的に使用される客車はトイレが整備されているスハフ42 2173と同車両センターで最も古いスハフ32 2357、中間2号車にオハ47形を連結した編成となる。運転開始当初はオハ47形ではなくオハニ36 11を連結していた。

停車駅[編集]

会津若松駅 - 七日町駅 - 西若松駅 - 会津坂下駅 - 会津柳津駅 - 会津宮下駅 - 会津川口駅 - 只見駅

担当運輸区[編集]

沿革[編集]

  • 1999年(平成11年) - 「只見川ライン観光協会[2]」SL運行検討委員会がJR東日本仙台支社にSL復活運転を陳情し、全線開通30周年を迎える只見線の記念イベントとして2001年(平成13年)のSL運行が決定した(2001年8月23日にJR東日本仙台支社より正式発表あり)。
只見駅の転車台
  • 2001年(平成13年) - 10月6日 - 8日に「SL&DL会津只見号」として運転されたのが最初である。6日・8日は会津若松 - 会津川口間、7日は会津若松 - 只見間で1往復運転された。なお、この時は只見駅の転車台が未整備だったため、只見方はC11 325、会津若松方はDE10形に固定され、上り列車(只見発会津若松行き)の先頭はC11 325ではなかった。
  • 2002年(平成14年) - 10月の運転では、只見駅の転車台が再整備されたことに伴い、会津若松 - 只見間の「SL会津只見号」として上下列車ともC11 325が先頭に立つこととなった。
  • 2004年(平成16年) - 2月7、8日の運転では、豪雪の中の冬季運転であり、只見駅の転車台が積雪で使用できないことなどの理由で、上り列車をDE10形牽引による運行とした。
  • 2005年(平成17年)
    • 3月に只見線崩落脱線事故が発生したため、3月19 - 21日に予定されていた冬季運転[3]が中止となった。
    • 6月に旧上井草橋接触事故が発生し会津宮下 - 只見間が不通になったため、6月11、12日の運転では、会津若松 - 会津宮下間の折り返し運転(上り列車はDE10形牽引)となった。
    • 7月から8月にかけては同年7月1日 - 9月30日に行われていたJRの大型観光キャンペーン『会津ディスティネーションキャンペーン』に合わせて追加運転が行われた。
  • 2006年(平成18年) - 6月30日の大雨により翌7月1日に会津坂下 - 只見間が運休したため、7月1、2日の運転が中止となった。
  • 2010年(平成22年) - 10月30、31日の運転では、会津桐をモチーフにした漆塗りのヘッドマークを取付けて運転した[4]
  • 2011年(平成23年) - 5月21、22日
    • 5月21 - 22日には、2001年(平成13年)の運行開始から10周年を迎えたため「SL会津只見10周年号」として運転された[5]
  • 2012年(平成24年) - 10月27、28日に「SL只見線奥会津号」を会津若松 - 会津川口間で運転。この運転に際して、会津川口駅構内にある転車台が再整備されたため、往復ともC11形が先頭に立っての運転となった。ヘッドマークは新たに製作されたものを掲出した。

脚注[編集]

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  1. ^ 只見駅の転車台が使用できない場合、上り列車の牽引機として会津若松方に増結される。2001年10月6 - 8日、2004年2月7・8日、2005年6月11・12日に増結。
  2. ^ 同協会は柳津町三島町金山町昭和村只見町の5町村で構成する団体である。協会長は新井田柳津町長(当時)であり、SL復活運転を陳情し続けて実現させた功績は大きい。
  3. ^ この運転では初めて12系客車を使用する予定だった。
  4. ^ 【JR東】〈SL会津只見紅葉号〉、漆塗りのヘッドマークで運転”. ネコ・パブリッシング 『鉄道ホビダス』rail.hobidas.com RMニュース (2010年11月2日). 2010年11月3日閲覧。
  5. ^ “SL会津只見10周年号”運転”. 交友社『鉄道ファン』railf.jp 鉄道ニュース (2011年5月23日). 2011年5月24日閲覧。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]