NICER

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NICER
ISSの統合トラス構造部に設置されたNICER
任務種別中性子星 天体物理学
運用者NASA / GSFC / MIT
ウェブサイトhttps://heasarc.gsfc.nasa.gov/docs/nicer/
任務期間18か月(当初の予定)
特性
打ち上げ時重量372 kg (820 lb)[1]
任務開始
打ち上げ日3 June 2017, 21:07:38 (2017-06-03UTC21:07:38) UTC[2]
ロケットファルコン9フル・スラスト
打上げ場所ケネディ宇宙センター第39発射施設
打ち上げ請負者SpaceX
軌道特性
参照座標地理座標系
体制低軌道
離心率0.0003364
近点高度418 km (260 mi) 海抜[3]
遠点高度423 km (263 mi) 海抜[3]
傾斜角51.64 [3]
軌道周期92.66 分[3]
平均運動15.83[3]
元期2021年9月9日 22:41:25 UTC[3]
搭載機器
X-ray Timing Instrument (XTI)
Modulated X-ray Source (MXS)

NICER / SEXTANT ミッションロゴ

NICER(英:Neutron star Interior Composition Explorer) は国際宇宙ステーション(ISS)に搭載されたNASAX線望遠鏡である。

概要[編集]

中性子星内部の高圧・高密度な極限状態について調べることが目的であり、中性子星全体を重力的・電磁気学的・原子核物理学の観点から研究できるよう設計されている。 NASAによる宇宙探査機計画の1つである「エクスプローラー計画」の一部として、NICERは軟X線と呼ばれる比較的エネルギーの低い(0.2~12keV)X線についてこれまでに例のない高感度で、中性子星から放出される熱放射・非熱的放射を回転分光と呼ばれる手法で観測し、中性子星の内部構造や動的現象の起源、中性子星が既知の加速機構の中でも最も強く宇宙線を加速する仕組みを探査する[4]

NICERのプロジェクトは専用のX線の分光装置やタイミング装置(X線の届いた時刻を正確に測定する機器)の開発によってこれらの目標を達成し、2013年4月にNASAによって打ち上げの実現に向け"formulation phase"と呼ばれる選抜を受け承認された[5]。同じタイミングで選抜されたミッションとして、現在太陽系外惑星の発見において大きな成果を上げているTESSがある。

NICERの主要な天文観測とは別の拡張ミッションも同時に行われる。NICER-SEXTANTは、中性子星観測と同じ装置を使用するが、天文観測目的ではなくX線パルサー航法・測位システムをテストするためのプロジェクトである[6]。また、XCOMはMXS(Modulated X-ray Source)と呼ばれるISS上のNICERから少し離れた位置に設置されたX線パルスを送信する装置を用いて、NICERに向けてX線を送りX線通信を試験するミッションである[7]。これらのうち、2018年1月にX線ナビゲーションの実証試験が始まった[8]

拡張ミッションのほかにも、突発現象が生じた際の緊急観測にも数多く応じている。

打ち上げ[編集]

通常の独立して飛行・周回する人工衛星とは違い、軌道上を周回するISSに搭載する形になるため、ISSからの電源供給を行うことができるか懸念があった。それでも2015年5月にNICERはこの問題を解決したとして詳細設計審査を通過し、2016年の打ち上げが決まった[9]。ISSに補給物資を運ぶスペースXの補給船であるドラゴン宇宙船に積載し、ISSに運んだあとISSの所定位置に設置する。 しかし2015年6月に、ドラゴン宇宙船による商業補給としては7号機であるスペースX CRS-7の空中分解事故により宇宙船側が対策に追われることになり、最終的に打ち上げは2017年6月3日まで延期した[2]。 事故を起こした時のロケットの改良型であるファルコン9フル・スラストに搭載された補給機として11号機であるCRS-11によりISSに無事届けられ設置された[10]

NICERを搭載したロケットの打ち上げ
ドラゴン宇宙船から放出されるNICER

科学観測機器[編集]

NICERの主要科学観測機器はXTI(X-ray Timing Instrument)と呼ばれている、56個のX線検出器を並べた検出器である。この検出器は、集めたX線光子のエネルギーと検出器に到達した時間を高精度に記録する。GPS受信機が搭載されているので、X線の到達時刻と到達したときの検出器の位置を正確に記録することができ、時刻の計測誤差は300ナノ秒を下回る精度である[11]。この検出器は中性子星からの熱放射に最も特化した、1.5keVのX線を最も高感度に検出するようになっている[12]

パルサーと呼ばれる中性子星の中には数ミリ秒ごとにパルスのようにX線を発するが、NICERは高感度でかつ時間分解能が優れているため、パルス1つの波形を正確に測定することができる。現代の理論では中性子星の半径と質量によってこの波形が決定されるとされており、NICERの観測により中性子星の大きさと質量が決定できる[13]。特に質量を決定することは容易なのに対し半径の決定は非常に難しく、この観測によってはじめて高精度に決定される[14]。また半径と質量の比率が決まると密度が決定されるため中性子星内部の状態方程式を記述することができるが、原子核内部よりも高密度とされている中性子星内部の状態を記述できれば、極限まで高密度な物質の状態についての解明につながる[14]

ISSに載って軌道を周回する間にNICERは2つから4つのターゲットを観測する。90分で地球を周回するためNICERから見た天体の位置は高速で変化するが、NICERに搭載されたスタートラッカーとNICERの向く方向を制御する回転台によってずっと同じ天体を観測することができる。NICERの科学目標を達成するために、1年半をかけて1500万秒の露光時間をかけて観測を行う[15]

NICERに搭載されたX線レンズアレイ
NICERの構造図

この他、ISSに搭載された日本が開発した全天X線監視装置(MAXI)と協力体制をとることで、MAXIが監視中に発見したX線の突発現象についてすぐにNICERが高精度観測を行うという連携も実現している[13]

X線パルサー航法とX線通信実験[編集]

X線パルサー航法[編集]

NICERの拡張ミッションとして、"SEXTANT"(Station Explorer for X-ray Timing and Navigation Technology)がX線パルサー航法の技術実証を目的として行われる[16]。GPS衛星からの電波パルスの代わりに3つ以上のパルサーから届くX線パルスを利用し、GPSの電波が届かない深宇宙でも自らの位置を把握することができる技術である[17]。最初のデモンストレーションでは2日間の観測で7kmの精度でNICERの位置を決定することができたが、次の段階では3km以内、最終的には1km以内まで決定精度を良くすることを目標としている[18]

X線通信[編集]

NICERのもう1つの拡張ミッションとして、X線パルスを高速で生成するMXS(Modulated X-ray Source)と呼ばれる装置も用いてX線通信の実証実験"XCOM"が行われている。これはNICERが設置された当初はISSに搭載されていなかったが、2019年2月にこの年の春頃からこのミッションを行うことが決定し[19]、2019年5月にXCOMのためのMXSなどの装置がISSに運ばれ、NICERから少し離れた位置に設置された[20]。MXSは送信するデータをX線のパルスデータにエンコードし、NICERに向けて送信する[7]。従来、宇宙機との交信は電波や赤外線通信が実用化されているが、その代わりにこれらの電磁波より波長の短い(=1つの波を送るのに要する時間が短くて済む)X線のパルスを用いることで、同じ時間あたりでもより多くの波を送ることができる。これにより深宇宙でもギガビット通信が可能になることが期待されている。

主要な成果[編集]

  • 2018年の5月に、これまで発見された中で最も公転周期の短いX線パルサー連星を発見した。パルサーと恒星が互いに公転する連星パルサーであるが、公転周期はわずか38分であることが分かった[21]
  • 2019年8月21日に、これまで観測された中で最も明るいX線バーストを観測した[22]。SAX J1808.4−3658と呼ばれるいて座方向にある11000光年先の中性子星からのバーストであり、この天体はもともと最初に発見されたX線ミリ秒パルサーと知られている。
  • MAXIが発見したX線新星4つと恒星のフレア6つの追観測をNICER運用開始からの1年間で行った。2018年6月5日に発見されたMAXI J1727−203は報告からわずか70分でNICERが追観測された[23]
  • 2020年には中性子星の持つ特徴のうちマグネターと呼ばれる強大な磁場を持つ性質と、電波パルサーと呼ばれる周期的に電波を発する性質を併せ持つSwift J1818.0-1607と呼ばれる稀な天体を発見した[24]
  • 臼田宇宙空間観測所や鹿島宇宙技術センターの電波望遠鏡と協働し、かに星雲の中心にあるパルサーについて巨大電波パルスと呼ばれる電波での増光の際に同時にX線でも明るくなる様子を2017年以降15回も観測した[25]。鹿島宇宙技術センターの電波望遠鏡はこのあと2019年の台風15号で大破・運用終了し、最後の観測成果の1つとなった。
  • ブラックホールからのX線の観測も行っており、2018年からは200回以上にわたりりゅう座の1ES 1927+654と呼ばれる銀河にあるブラックホール周囲からのX線が激しく増減光する様子をとらえた[26]
  • 2021年には、eROSITAなど他のX線望遠鏡と共同で、可視光線での観測では静穏だと考えられていた複数の銀河でX線では銀河中心のブラックホールによる爆発的な増光が周期的に起こっていることが発見された[27]

脚注[編集]

パブリックドメイン この記事にはパブリックドメインである、アメリカ合衆国連邦政府のウェブサイトもしくは文書本文を含む。

  1. ^ SpaceX CRS-11 Mission Overview”. NASA. 2021年9月10日閲覧。
  2. ^ a b Clark, Stephen (2017年6月3日). “Reused Dragon cargo capsule launched on journey to space station”. Spaceflight Now. https://spaceflightnow.com/2017/06/03/reused-dragon-cargo-capsule-launched-on-journey-to-space-station/ 2021年9月10日閲覧。 
  3. ^ a b c d e f Peat, Chris (2021年9月9日). “ISS – Orbit”. Heavens-above.com. 2021年9月10日閲覧。
  4. ^ Gendreau, Keith C.; Arzoumanian, Zaven; Okajima, Takashi (September 2012). Takahashi, Tadayuki; Murray, Stephen S; Den Herder, Jan-Willem A. eds. “The Neutron star Interior Composition ExploreR (NICER): an Explorer mission of opportunity for soft x-ray timing spectroscopy”. Proceedings of the SPIE: Space Telescopes and Instrumentation 2012, Ultraviolet to Gamma Ray. Space Telescopes and Instrumentation 2012: Ultraviolet to Gamma Ray 8443: 844313. Bibcode2012SPIE.8443E..13G. doi:10.1117/12.926396. https://heasarc.gsfc.nasa.gov/docs/nicer/papers/NICER-SPIE-July2012-v4.pdf. 
  5. ^ Harrington, J. D. (5 April 2013). "NASA Selects Explorer Investigations for Formulation" (Press release). NASA. 2021年9月10日閲覧
  6. ^ Garner, Rob (2017年7月17日). “NASA Neutron Star Mission Begins Science Operations”. NASA. 2021年9月12日閲覧。
  7. ^ a b Keesey, Lori (2016年11月4日). “NASA's NavCube Could Support an X-ray Communications Demonstration in Space — A NASA First”. NASA. 2021年9月13日閲覧。
  8. ^ ISS Utilization: NICER/SEXTANT”. eoPortal. European Space Agency. 2021年9月12日閲覧。
  9. ^ Keesey, Lori (2015年5月12日). “NASA's Multi-Purpose NICER/SEXTANT Mission on Track for 2016 Launch”. NASA. https://www.nasa.gov/feature/goddard/nasa-s-multi-purpose-nicer-sextant-mission-on-track-for-2016-launch 2021年9月12日閲覧。 
  10. ^ NICER Manifested on SpaceX-11 ISS Resupply Flight”. NASA (2015年12月1日). 2021年9月12日閲覧。 “Previously scheduled for a December 2016 launch on SpaceX-12, NICER will now fly to the International Space Station with two other payloads on SpaceX Commercial Resupply Services (CRS)-11, in the Dragon vehicle's unpressurized Trunk.”
  11. ^ Gendreau (2012年). “The Neutron star Interior Composition ExploreR (NICER): an Explorer mission of opportunity for soft x-ray timing spectroscopy”. 2021年9月13日閲覧。 “Each photon detected by NICER is time-tagged with an absolute precision of much better than 300 nsec”
  12. ^ Enoto,T (2018). “中性子星の織りなす物理の魅力”. ISASnews (ISAS) 447 (6): 1-3. 
  13. ^ a b MAXI-NICER連携で開拓するX線突発天体䛾時間領域”. 中央大学. 2021年9月13日閲覧。
  14. ^ a b 榎戸輝揚, 岡島崇, Keith C. Gendreau, Zaven Arzoumanian, Erin Balsamo, Soong Yang「25pSJ-10 中性子星の質量-半径の精密測定を狙うNICER計画とその進捗」『日本物理学会講演概要集』第70.2巻、日本物理学会、2015年、354頁、doi:10.11316/jpsgaiyo.70.2.0_354NAID 110010028593 
  15. ^ NICER: Neutron star Interior Composition Explorer”. NASA. 2021年9月13日閲覧。
  16. ^ Mitchell, Jason W.; Hassouneh, Munther A.; Winternitz, Luke M. B.; Valdez, Jennifer E.; Price, Samuel R.; et al. (January 2015). SEXTANT - Station Explorer for X-ray Timing and Navigation Technology. AIAA Guidance, Navigation, and Control Conference. 5–9 January 2015. Kissimmee, Florida. GSFC-E-DAA-TN19095; 20150001327。
  17. ^ 第25回宇宙科学・探査小委員会”. 2021年9月13日閲覧。
  18. ^ NASA's Got a Plan for a 'Galactic Positioning System' to Save Astronauts Lost in Space”. Rafi Letzter (2018年4月16日). 2021年9月13日閲覧。
  19. ^ NASA set to demonstrate X-ray communications in space Feb 2019”. 2021年9月13日閲覧。
  20. ^ X-ray communications experiment delivered to space station May 2019”. 2021年9月13日閲覧。
  21. ^ Garner, Rob (2018年5月10日). “X-ray Pulsar Found in Record-fast Orbit”. NASA. 2021年9月13日閲覧。
  22. ^ NICER Telescope Spots Brightest X-Ray Burst Ever Observed”. 2021年9月13日閲覧。
  23. ^ X線新星 MAXI J1727−203 の発見と MAXI/GSC が検出した 2018 年度前半の突発現象”. 日本天文学会. 2021年9月13日閲覧。
  24. ^ マグネターと電波パルサーをつなぐ中性子星”. アストロアーツ (2020年10月9日). 2021年9月14日閲覧。
  25. ^ 宇宙の灯台「かにパルサー」に隠れていたX線のきらめき”. 理化学研究所 (2021年4月9日). 2021年9月14日閲覧。
  26. ^ 宇宙の灯台「かにパルサー」に隠れていたX線のきらめき”. 理化学研究所 (2020年7月22日). 2021年9月14日閲覧。
  27. ^ X線望遠鏡eROSITAが巨大ブラックホールの目覚めをとらえた”. 埼玉大学 (2021年5月13日). 2021年9月14日閲覧。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]