MPD・平和と民主運動

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MPD・平和と民主運動は、学生運動団体「日本学生戦線」「立志社」を母体として、1982年政治団体設立届出、1983年に結成された日本ミニ政党[1]

MPD・平和と民主運動、大衆党から市民の党結党まで[編集]

1982年8月15日に斎藤まさし(本名、酒井剛)らが「平和と民主主義を考える集い」を開催し結党準備会を組織、同年10月15日に政治団体「MPD・平和と民主運動」の設立届出。「MPD」は「平和と民主運動」の略称であったが、届出時に併称するようになったものという。結成時の呼びかけ人は田英夫横路孝弘八代英太、斎藤らであった。翌1983年7月の第13回参議院議員通常選挙立候補を見据え、同年4月の第10回統一地方選挙北海道知事選挙において横路擁立の勝手連に加わるとともに東京都自治体議会を中心に革新系無所属候補を推薦、うち18名が当選した。

1983年5月22日、結党大会を開催し正式に発足。当初は田と宇都宮徳馬を代表に擁していたが、党の運営者は準備段階から斎藤であった。結党大会に際し田と宇都宮が代表を辞し、斎藤が代表となった。同年7月の第13回参議院議員通常選挙から比例代表制が導入されたため、MPD・平和と民主運動は、同参院選出馬に際して旗揚げされたサラリーマン新党や、八代が参加していた革新自由連合無党派市民連合)などとのミニ政党統一名簿届出を模索するも叶わず、MPD・平和と民主運動単独での選挙となった。比例代表に元日本社会党衆議院議員西宮弘社会民主連合衆議院議員楢崎弥之助秘書安部喜久ら10名を擁立。宇都宮が推薦人に名を連ねたが、得票155448に終わり当選者なし。1985年7月の東京都議会議員選挙世田谷区選挙区に下元孝子を公認候補として擁立するも得票9214で落選。1986年7月の第14回参議院議員通常選挙では比例代表に安部ら9名を擁立するも比例得票109607で当選者なし。東京都選挙区に下元を公認候補として擁立するも得票14792で落選、供託金没収。1987年4月の東京都議会議員補欠選挙世田谷区選挙区に下元を公認候補として擁立するも得票23351で落選。1989年7月の東京都議会議員選挙世田谷区選挙区に下元を公認候補として擁立。得票18881で初当選、東京都議会に1議席を得た。同年同月の第15回参議院議員通常選挙では比例代表に沖永明久ら9名を擁立するも得票32305で当選者なし。神奈川県選挙区に安部を公認候補として擁立するも得票24711で落選、供託金没収。国政選挙における低迷を受け、1990年に下元を代表とする「大衆党」をMPD・平和と民主運動とは別に結成。以後政治活動は大衆党が行うこととし、MPD・平和と民主運動は市民運動への回帰を志向し選挙から撤退した。MPD・平和と民主運動はその後も政治団体として存続している[2][3][4]

1991年東京都知事選挙に際し、大衆党内において鈴木俊一東京都政への評価をめぐり、鈴木を支持する田、斎藤らと反鈴木の下元らの間で対立が起こった。下元は1993年6月の東京都議会議員選挙世田谷区選挙区に無所属で立候補するも得票9407で落選した。1994年9月、大衆党は田らが結党した新党護憲リベラルに合流。しかし新党護憲リベラルは村山富市内閣への評価などをめぐり、1995年7月の第17回参議院議員通常選挙に際し田らの「平和・市民」と翫正敏率いる憲法みどり農の連帯に分裂。斎藤は田と行動を共にした。同参院選で「平和・市民」は田のみの当選に終わった。田は1996年社民党へ入党、「平和・市民」は解党した。一方斎藤は以前からの支持者を集め、大衆党の後継政党として「市民の党」を結成、同年9月13日設立届出。

その後沖永が座間市議会議員選挙に市民の党公認で立候補し連続6回当選、同党の議席を維持した。1996年9月の座間市議会議員選挙に同党公認で立候補し初当選。2000年9月、座間市議会議員選挙に同党公認で立候補し再選。2003年4月、第15回統一地方選挙神奈川県議会議員選挙座間市選挙区に同党公認で立候補するも得票7781で落選。2004年9月、座間市議会議員選挙に同党公認で立候補し3選。2008年9月、座間市議会議員選挙に同党公認で立候補し4選。2012年9月、座間市議会議員選挙に同党公認で立候補し5選。2016年9月、座間市議会議員選挙に同党公認で立候補し6選。2020年9月の座間市議会議員選挙には無所属で立候補し[5]、7選[6]

このほか東京都議会議員選挙、立川市議会議員選挙、三鷹市議会議員選挙、小金井市議会議員選挙、横浜市議会議員選挙、平塚市議会議員選挙などで党員が当選した事例があるが(次項参照)、無所属またはその他の政治団体名での立候補となっており、市民の党公認候補とは称していない。また代表者の斎藤は全く選挙に立候補したことはない。

市民の党の活動[編集]

市民の党本部がある龍神ビル

1996年、各地の自治体議員や市民運動に取り組む仲間が参加して結成された政治団体。企業、大労組宗教団体、業界団体の支援はいっさい受けず、活動はすべて市民一人ひとりのボランティアとカンパ。ヒモ付きでないから、恐れず、本当のことを言い、行動していると主張している。1990年代後半より、市民の党が主に無所属候補を勝手連で応援し、当選が相次いだ。代表の斎藤は「勝手連市民パワーを巻き起こした、(市民派)選挙の神様」としてメディアでもてはやされた。2005年6月には都議選候補の一本化で、2006年10月には衆院補欠選挙の推薦で、菅直人と代表の斎藤は共闘する記者会見などを開き、握手を交わしている[7]

事務所は、国会議事堂に近い東京都千代田区平河町の龍伸ビル(9階建てで、1階部分は駐車場)である。

以下、市民の党が勝手連で応援し、それぞれ当選した国会議員等である。

2020年現在、東京都武蔵野市三鷹市神奈川県厚木市座間市平塚市の議会に議員がいる。1990年には下元孝子がMPD・平和と民主運動公認候補として都議会議員に当選し1期務めた。またかつて小金井市議会では2議席を有し、野見山修吉が市議会議長を務めていたが、2013年の同市議選において2名とも落選し議席を失った。

市民の党をつくる新聞「新生」[編集]

市民の党の母体となった政治団体「立志社」の発行する新聞で、党が推す議員の選挙を詳しく報じるなど事実上の機関紙として機能していた。1979年から月2~3回刊行していたが、2002年以降は休刊状態となっている。

この新聞は、1988年4月に、よど号ハイジャック犯の元リーダー田宮高麿の著書「わが思想の革命」の書評にも大きく紙面を割いており、「チョソン(北朝鮮)に来てから、これまでの18年間は自己を革命化する日々だった」という田宮が、北朝鮮から送ったメッセージを掲載している。また、1983年の衆院選を前に、菅を「市民派の象徴というべき人物」と紹介しており、軍縮に絡み「レーガン米大統領アンドロポフソ連書記長スペースシャトルに乗せて青い地球を見せる」と述べた菅のインタビューを掲載している。1984年1月の紙面には「市民政治の芽を太い幹に」との見出しで「労働運動と市民運動が両輪となるような運動のあり方をぜひ追求したいと思う」といった菅のメッセージを掲載した[8]。またカンボジア内戦カンボジア・ベトナム戦争)についてはカンプチア人民共和国ヘン・サムリン政権)やベトナムに批判的な姿勢をとった[要出典]

横浜市会の議場占拠[編集]

2002年5月29日の横浜市会議場で、党所属の井上桜与那原寛子両市議が、国旗に手をかけ引きずり降ろそうとし、議場から退場させられる騒ぎとなった。さらに両名は6月5日、議長席と事務局長席を占拠し、開会を妨げ議会を空転させた。

一連の騒動を受けて懲罰特別委員会が開かれ、その中で両名は「議長は着席しておらず、開会宣告自体、正規のものと受け止めていない」などと主張した。議論の結果、懲罰委員会では「除名処分が妥当」との結論が出された。

6月25日の本会議で、自民、民主、公明、民主横浜みらいの4会派の賛成によって議会からの除名処分が可決され、両名は失職した。共産会派は除名処分には反対したものの、「議会制民主主義のルールに沿った手続きを踏んでいないのは明らか。反省の言葉が聞けないのは残念だ」と述べ、両名に陳謝を求めた[9]

選挙応援中の違反事件[編集]

2009年9月15日、党所属の伊沢桂子元東京都議が公職選挙法違反の容疑で逮捕された。同年の8月30日に行われた第45回衆議院議員総選挙において、民主党・山花郁夫議員への投票を呼びかける手紙を、公示日である8月18日より前に出したとされる[10]

よど号犯と拉致容疑者の長男を擁立[編集]

2011年4月に行われた第17回統一地方選挙三鷹市議選に、市民の党の公認候補として森大志が立候補し、落選した。

森大志の父親はよど号ハイジャック事件を起こしたよど号グループ元リーダーの田宮高麿、母親は石岡亨松木薫欧州から北朝鮮に拉致した結婚目的誘拐容疑で国際手配を受けている森順子容疑者である。

森大志は1983年に北朝鮮で生まれ、『日本革命村』と呼ばれる、田宮を含む、よど号グループの家族8世帯が生活し、革命村本部の周囲には、射撃練習場や格闘技場、研究所、アパートなどがあり、「日本を金日成主義化するため青春も生命も捧げて闘う」「金日成同志の教示と金正日同志の教えを無条件、徹底して遂行する」「組織の秘密を命懸けで守りながら活動する」「日本革命の偉業を代を継いで最後まで継承し完成させていく」といった『10の誓い』を毎朝、全員で唱えるなど、金正日総書記直轄の連絡部56課の指導のもと、家族全体で日々、革命教育が行われ、日本を金日成主義化するための革命教育が行われていた、平壌中心から車で約1時間の三石区域元新里の大同江沿いの場所で育ち[11]、田宮を校長として、子供らを立派な金日成主義革命家にするための洗脳教育がなされた『日本革命村小学校』で思想教育をうけたとされ、2004年に日本に入国していた[12][13]

政権交代をめざす市民の会[編集]

2006年に斎藤まさしの呼びかけで設立されたとされる政治団体が政権交代をめざす市民の会(めざす会)である。めざす会の代表は、市民の党所属の厚木市議会議員奈良握が務めている。さらに、めざす会と市民の党の事務担当者は同じ人物が務めている[14]

活動資金は、斉藤まさし(名義は酒井剛)をはじめとした市民の党所属の地方議員からの献金と、民主党関連の政治団体からの献金が収入のすべてを占めている。支出としては人件費、組織活動費、選挙対策費が多くを占めている。また2009年には、めざす会からMPD・平和と民主運動へ、8回に分けて計1000万円の寄付がなされている[15]

市民の党、MPD・平和と民主運動、めざす会が、人員や資金を融通しながら一体として活動しているのが実態である[要出典]

献金問題[編集]

政権交代をめざす市民の会に対し、菅直人鳩山由紀夫小宮山泰子鷲尾英一郎の関連団体から計8140万円の金と、民主党東京都総支部連合会から600万円の金が献金されており、市民の党には、小宮山泰子、池田元久黒岩宇洋大久保潔重松崎哲久、鷲尾英一郎の関連団体や、城島光力個人などから計1793万円が政治献金されていた。

資金の動きは複雑に絡み合い、民主党、市民の党、めざす会が密接に結び付いている形になっていた[16]。また、市民の党が事務所をかまえるビルには、小宮山泰子や鷲尾英一郎の関連団体なども入居していた[17][18]

2011年7月19日の衆議院予算委員会における自民党・古屋圭司議員の質疑により、菅や鳩山を始めとした民主党の国会議員および地方議員からの1億63万円の資金を含めると、めざす会や市民の党、MPD・平和と民主運動への関連3団体への献金が、総額2億596万円にのぼることが明らかになった。古屋圭司は政治資金収支報告書から、めざす会や市民の党における人件費が突出しており、これは民主党候補陣営にボランティアと称して運動員を派遣し、その裏で給与を支払っていた可能性を指摘している[12]

また、菅の資金管理団体である「草志会」から、政権交代をめざす市民の会に5000万円を提供した2007年、民主党から草志会に計1億2300万円の献金があり、事実上民主党は政党助成金で市民の党などを支えていた形であった[19][20]

他にも、2011年8月11日、参議院予算委員会における自民党・西田昌司議員の質疑では、上記民主党国会議員ならびに地方議員を経由した政治資金規正法に抵触する可能性のある迂回献金が、民主党議員と市民の党所属議員との間でなされている可能性があるとの指摘があった[21]

脚注[編集]

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  1. ^ ザ選挙TOP> 参議院 >第14回参議院議員選挙 >比例区>MPD・平和と民主運動
  2. ^ その他の政治団体一覧(2920団体)平成30年12月31日における総務大臣届出の政治団体 政治団体名簿(総務大臣届出分) 総務省 7頁に「名称 MPD・平和と民主運動  代表者氏名 酒井剛 会計責任者氏名 酒井剛  主たる事務所の所在地 東京都三鷹市下連雀3  設立届届出日 S57.10.15」とある。また22頁に「名称 市民の党  代表者氏名 酒井剛 会計責任者氏名 酒井剛  主たる事務所の所在地 東京都三鷹市下連雀3(MPD・平和と民主運動の主たる事務所の所在地に同じ)  設立届届出日 H8.9.13」とある。
  3. ^ MPD・平和と民主運動 平成30年分収支報告書2019年4月22日届出 「活動区域の区分 「2以上の都道府県の区域等」」に印がある。
  4. ^ 市民の党 平成28年分収支報告書2018年3月16日届出 市民の党 平成29年分収支報告書2018年11月27日届出 市民の党 平成30年分収支報告書2019年4月22日届出 「代表者の氏名」「会計責任者の氏名」「主たる事務所の所在地」はMPD・平和と民主運動に同じ。
  5. ^ 令和2年9月20日執行 座間市議会議員選挙立候補者名簿2020年9月14日 座間市選挙管理委員会事務局 庶務係
  6. ^ 令和2年9月20日執行 座間市議会議員選挙開票確定速報(26時51分現在)2020年9月21日 座間市選挙管理委員会事務局 庶務係
  7. ^ 【民主と北朝鮮】菅「献金先」と総連関連ビルの"怪しい関係" zakzak 産経新聞、2011年8月5日。
  8. ^ 市民の党“機関紙” 菅首相、30年前から寄稿 よど号犯やポル・ポト派幹部も 産経新聞、2011年7月17日。
  9. ^ 「市民の党」井上さくら、与那原ひろこ両市議を「除名処分」
  10. ^ また公選法の恣意的運用?石原批判の前都議が逮捕 日本インターネット新聞、2009年9月19日。
  11. ^ 【民主と北朝鮮】菅に引導!"北献金"の闇を暴く zakzak 産経新聞、2011年8月3日。
  12. ^ a b 東京基督教大学教授、西岡力 首相献金が浮かび上がらせた闇 産経新聞、2011年7月20日。
  13. ^ 第177回国会 法務委員会 第10号(平成23年5月11日(水曜日) 国会議事録。
  14. ^ 菅首相側、北の拉致容疑者親族の周辺団体に6250万円献金 産経新聞、2011年7月2日。
  15. ^ 平成21年政治資金収支報告書 政権交代をめざす市民の会 総務省
  16. ^ 拉致容疑者の親族周辺団体、民主3議員側に1690万円献金 密接ぶり浮き彫りに 産経新聞、2011年7月5日。
  17. ^ 拉致被害者家族も吐き気!菅と北のあまりにも深い闇 zakzak 産経新聞、2011年7月22日。
  18. ^ 市民の党に100万円個人献金 城島・民主政調会長代理が平成19年 産経新聞、2011年8月9日。
  19. ^ "脱原発しがみつき"菅の緊急ペテン会見に騙されるな! 産経新聞、2011年7月13日。
  20. ^ 献金問題の深い闇 産経新聞、2011年7月14日。
  21. ^ 国会会議録検索システム 第177回国会 参議院予算委員会 24号 平成23年8月11日 (PDF) 22頁・23頁、国立国会図書館、2017年10月4日閲覧。

外部リンク[編集]