メトロ・ゴールドウィン・メイヤー

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メトロ・ゴールドウィン・メイヤー・スタジオ
Metro-Goldwyn-Mayer Studios Inc.
種類
子会社
業種 映画
前身
設立 1924年4月17日 (98年前) (1924-04-17)
創業者
本社
主要人物
  • クリス・ブレートン
  • (COO)
  • マイケル・デ・ルカ
  • (モーションピクチャーグループ会長)
  • パメラ・アブディ(モーション・ピクチャー・グループ社長)
製品
  • 映画
  • テレビ番組
所有者 Amazon
親会社 MGMホールディングス
部門
  • MGMホームエンターテイメント
  • MGMインタラクティブ
  • MGMテレビ&デジタルグループ
子会社
ウェブサイト www.mgm.com

メトロ・ゴールドウィン・メイヤー・スタジオ: Metro-Goldwyn-Mayer Studios Inc.MGM)は、アメリカ合衆国エンタテインメント企業で、主に長編映画やテレビ番組の製作・配給を行っている。現存するアメリカの老舗映画スタジオの一つであり、本社はカリフォルニア州ビバリーヒルズにある。

概要[編集]

1924年4月17日、マーカス・ロウがメトロ・ピクチャーズ、ゴールドウィン・ピクチャーズ、ルイス・B・メイヤー・ピクチャーズの経営権を取得し、MGMが設立された。新会社は成長し、ハリウッドの「ビッグ5」と呼ばれる映画スタジオのひとつとなった[1]。このスタジオは、契約しているスターの安定した地位を築き、そのモットーは「天国にいるよりも多くのスターがいる」だった。数多くの大作ミュージカルを製作し、多くのアカデミー賞を受賞したスタジオでもある。スタジオやバックロット、技術的な設備を完備した制作会社であった。

最も繁栄したのは1926年から1959年までの間で、その間に2作の『ベン・ハー』が製作された。1959年には、ロウズ社の映画チェーンを売却し、会社の解体が始まった年でもある。長期契約は過去のものとなった。映画のコストは予測不可能になり、映画製作はよりギャンブル性の高いものになっていった。当初、年間20本以上の映画を制作して映画館を満員にすることを目的に作られたスタジオは、1960年代には生産量が減り、維持できなくなった。しかし、テレビ番組の制作や施設の多くをレンタルするなど、多様化が進んでいた。1960年代後半になると、同社の株価は資産価値が株式価値を大きく上回るまでに下落し、買収の対象となる可能性が出てきたため、同社は企業買収者を撃退した。会社は、映画製作の経験が少ない外部の人間の支配下に置かれた。1969年、カーク・カーコリアンがMGMの株式の40%を取得し、新しい経営陣を迎えた。経営陣は直ちに資産の売却を開始し、多くのスタッフを解雇した。作品数は年に平均5本にまで減った。カーコリアンは、会社のブランドを生かした他の事業に注力した。1973年にMGMの一部門として設立されたラスベガスのホテル・カジノ会社、MGMリゾーツ・インターナショナルは、1980年代に独立した会社となった。

その後37年間に渡り、スタジオは何度も売買された。カーコリアンは、全部で3回、会社を売買した。それぞれの売却は前回よりも規模が大きく、その資金は借金で賄われることが多かった。その借金が、さらなる売却や分割を招いた。カルバーシティのスタジオ群、バックロット、映画ライブラリー、子会社などを売却し、負債の返済と継続的なコストの削減に努めた。1980年には、作品数を増やし、映画ライブラリーを充実させるために、ユナイテッド・アーティスツを買収した。1986年、カーコリアンは会社をテッド・ターナーに売却し、そのほとんどを買い戻したが、1992年に再び売却した。1996年、カーコリアンは3度目の買収を行い、オライオン・ピクチャーズやサミュエル・ゴールドウィン社などのスタジオとその映画ライブラリーを購入した。2004年、カーコリアンはMGMをソニー・ピクチャーズを含む共同事業体に売却した。そして2010年、MGMは連邦破産法第11章の適用を申請した。MGMは同年末に債権者の所有下で破産から脱却し、その際にスパイグラス・エンターテインメントの幹部であるゲイリー・バーバーロジャー・バーンボームがMGMの持ち株会社の共同会長と共同CEOに就任した。バーバーはその後同社を去り、2020年には債権者を満足させるための売却の検討を開始した。

2021年5月26日、Amazonは84.5億ドルでMGMを買収する意向を発表[2]。規制当局による審査を経て、2022年3月17日に買収が完了した[3]。現在もMGMは長編映画やテレビシリーズの制作・配給を行っている。主な映画作品には、人気の高い「ロッキー」や「ジェームズ・ボンド」フランチャイズがある。

歴史[編集]

「MGMスタジオ」成立[編集]

『ブロードウェイ・メロディ』

1924年、「メトロ・ピクチャーズ・コーポレーション」(1915年創業)、サミュエル・ゴールドウィンの「ゴールドウィン・ピクチャーズ」 (1917年創業)、ルイス・B・メイヤーの「ルイス・B・メイヤー・ピクチャーズ」(1918年創業)が合併し「MGMスタジオ」が成立。MGMの名前の由来は、その3社の頭文字を取ったもの。

親会社は当時最大の劇場チェーン「ロウズ」社だったために財力に恵まれ、製作も豪華主義で、設立当時から業界トップの地位を約束された。さらに同社を潤わせたのは「ボーイ・ワンダー(神童)」と謳われたアーヴィング・タルバーグの存在である。心臓疾患を持ちながら24時間編集室を出ないという働きぶりで、総帥ルイス・B・メイヤーと組んで初期作品を一手に手がけた。しかし37歳で1936年に早世した。

最初期のミュージカル映画『ブロードウェイ・メロディ』が大ヒットし、その後も多数の所属スターによる豪華なキャスティングや豪華なセットと衣装、そして音楽をつぎ込んだ「大作主義」でミュージカル映画全盛期の1950年代半ばまで隆盛を極めることとなる。

全盛期[編集]

その後メイヤーがスタジオに独裁体制を敷くことになる。1930年代には「芸術のための芸術」をモットーに、巨額の費用とスターシステムを駆使し、大作映画を次々と世に産み出した。

メイヤー体制下のMGMはジーン・ハーロウロバート・テイラーグレタ・ガルボノーマ・シアラージョーン・クロフォードクラーク・ゲーブルジミー・デュランテをはじめとする多数の大スターを擁し、「空の星の数よりも多いスターたちがいる」がキャッチフレーズだった。またメイヤーは同時に子役スターの育成にも力を入れ、ミッキー・ルーニージュディ・ガーランドなどの子役を発掘、育成し自社のファミリー向け作品の主役に抜擢、スターに育て上げた。

1936年、MGMはイギリスハートフォードシャーに新たにスタジオを構えた(MGM-ブリティッシュ・スタジオ英語版) 。その理由として、映画1本あたりの制作費を抑えるだけでなく、イギリス政府が質の高い作品を作るように奨励金を出すのに目を付けたからである。そしてMGMはこのスタジオで『響け凱歌』、『チップス先生さようなら』などの傑作を生み出した。

アニメーション関連においては、1930年から33年にかけ、アブ・アイワークスのスタジオと、1934年から37年にかけては、ヒュー・ハーマンルドルフ・アイシングのスタジオと契約を交わしていたが、1937年にこれらのスタジオの外部発注を取り止め、独自にアニメーション・スタジオを設立した(MGM カートゥーン・スタジオ英語版)。フレッド・クインビーに率いられたこのスタジオは1940年代から50年代にかけ、ハーマン=アイシング、テックス・アヴェリーらにより多くの傑作を生み出した。中でもウィリアム・ハンナジョセフ・バーベラが生み出した『トムとジェリー』は、7度もアカデミー賞を授賞するなど、同社のマスコット的存在となった。

また、1939年9月に勃発し、1941年12月からアメリカが参戦した第二次世界大戦時には、メイヤーの主導でイギリス女優グリア・ガーソンなどが主演した戦時プロパガンダ的な作品を多数製作し、銃後からアメリカ政府や連合国を支援した。

第二次世界大戦終結後の1946年には、レコード事業に参入する(MGMレコード)。ハンク・ウィリアムスコニー・フランシスハーマンズ・ハーミッツなどのスターを生み出すが、ロックンロール全盛の波に乗れず1972年ポリグラムへ売却。

衰退[編集]

その後、巨大になりすぎた社の、豪華な「大作主義」を中心とした方針は時代の流れに折り合わず、更にテレビの普及も相まって1950年代半ば辺りから次第に衰退。1959年にはロウズが親会社から外れ、1973年には配給部門を整理し、ユナイテッド・アーティスツ(UA)が配給権を掌握した(日本公開はCIC=のちのUIPが委託)。しかしUAは『天国の門』の大失敗で経営破綻し、1981年にMGMが逆にこれを吸収して「MGM/UA」になった。

また制作体制の旧さがあり、1960年代後半に入っても、3フィルム方式のテクニカラーシステムで体制を守り続けていたのである[要出典]。 当時、すでにカラー映画の時流はイーストマン・コダックが開発した多層式カラーネガ・ポジ・システム時代に突入していた。この旧弊なシステムへの遵守が、製作コストの高騰、収益性の悪化を招いてしまった。

かつてMGMはロサンゼルス・カルヴァーシティーに巨大なスタジオを所有していたが、1970年にスタジオの敷地を一部売却。売却された土地はその後高級住宅地に生まれ変わった。現在、残された敷地をソニー・ピクチャーズ エンタテインメント(SPE)がスタジオとして使用している。

経営権移動[編集]

1986年にはテッド・ターナー率いる「ターナー・ブロードキャスティング・システム(TBS、現在はワーナー・ブラザース・ディスカバリー傘下)」傘下になり、この時にMGM(1986年5月23日以前の旧作)・ワーナー・ブラザース・ピクチャーズ(1950年1月1日以前の旧作(ただし、ワーナー・ブラザース・カートゥーン英語版(カラー作品のみ)における1948年8月以前の旧作とハーマン=アイジング製作によるメリー・メロディーズの作品を含む))・RKOアソシエイテッド・アーティスツ・プロダクション英語版(a.a.p.)製作の旧作の版権の大部分(『オズの魔法使』・『風と共に去りぬ』・『トムとジェリー』・『ビクター/ビクトリア』など)がターナー・エンターテインメント英語版に移され、版権が残されたのはUA製作の作品(『お熱いのがお好き』・『噂の二人』・『ロッキー』など)および少数のMGM作品(『野郎どもと女たち』・『昼下りの情事』・『007 美しき獲物たち』など。MGM/UA名義の作品はUA作品の続編(『007』シリーズなど)のみMGMに残されたが、『ポルターガイスト』シリーズのように版権が分断されたものもある)となった。

しかしターナーの取引銀行はMGMの巨額の負債を理由にこの買収を支持しなかったため、実質UAの後継会社となった「MGM/UA」を買収から74日後にオーナーで大投資家のカーク・カーコリアンに再度売却した。さらに1990年代初頭はオーナーの交代が相次ぎ、1996年に前オーナーのカーコリアンが株を買い戻し、元のMGMに復帰。1997年に、復興後のオライオン・ピクチャーズを傘下に収めた。

2005年には、ソニー(現:ソニーグループ)を始めとする投資家グループ(コンソーシアム)がMGMを約6,000億円で買収(ソニーのMGM所有権は20%で非連結である)。北アメリカ市場においてMGMとUAの映画はソニー・ピクチャーズ エンタテインメント(SPE)が配給・映像ソフトの発売をしていた。しかし2006年にアメリカでは自社配給に改め、2020年6月30日まで、20世紀フォックスから映像ソフトを発売するようになった(一部のSPEとの共同製作品を除く)。日本では、2020年6月30日まで、20世紀フォックス(現:ウォルト・ディズニー・ジャパン)が劇場配給や映像ソフトの発売・販売を行っていた。なお、AppleiTunesによる映像の配信は、他の資本から独立して行われていた。

ソニーの資本が入っていた2005年から2015年までの間には、UA作品の続編・リメイクを中心にSPEとの合作が頻繁に行われた(『ロッキー・ザ・ファイナル』、『ピンクパンサー』(2006年版)、『007 カジノ・ロワイヤル』(2006年版)、等)。20世紀フォックスとSPEの、どちらが配給・映像ソフトの発売するかは作品毎に決めていた。

2006年11月には、UAのトップに人気俳優のトム・クルーズと、パートナーのポーラ・ワグナーが就任。「新生UA」として2007年から映画製作を開始したが、数本の映画を製作したのみで、2008年8月に退任した。

債権者グループによる経営再建[編集]

2010年4月20日には経営難を理由に2011年公開予定であった007シリーズ第23作目『007 スカイフォール』が2012年に公開された。2010年3月には約37億ドルの負債返済延期を決定しており、タイム・ワーナー(現:ワーナー・ブラザース・ディスカバリー)をはじめとする同社の買収に複数のオファーがあったが不成功に終わっている。コンソーシアム傘下になり経営再建が急がれていたが、2010年10月29日、債権者による投票で採択された再建案により、米連邦倒産法第11章の適用を申請。事前調整型の法的整理により、結果米国の投資会社サーベラス・キャピタル・マネジメント傘下の新興映画制作会社スパイグラス・エンターテインメントの支援で再建を行った。その後、前述した『007 スカイフォール』と同年の『ホビット 思いがけない冒険』の2作が興行収入10億ドルを突破する世界的な大ヒットを記録したため、MGMは破産状態から脱却した。

2015年11月に、ソニー・ピクチャーズ エンタテインメントとの契約が終了し、資本関係が解消された[4]

2017年3月には、アンナプルナ・ピクチャーズとの間で、長期に渡る共同製作と配給の契約を結んだ事が発表され[5]、同年12月に同社と共同出資の新会社「ミラー・リリーシング」を設立。2018年公開の『デス・ウィッシュ』以降の北米地域におけるMGM作品の配給はミラー社が担当し、UAの創立100周年記念日にあたる2019年2月5日には、ミラー社の社名を「ユナイテッド・アーティスツ・リリーシング」に変更した。また、海外配給は20世紀フォックスに代わり、2019年公開の『ファイティング・ファミリー』からユニバーサル・ピクチャーズ(一部地域はUIP)に移行。『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』(2021年)の配給も同社が担当した。日本国内では、ユニバーサル作品を担当する東宝東和パルコ(一部の作品のみ)が配給を行っている。

Amazonの傘下入り、ワーナーによる海外配給体制へ[編集]

2020年12月、MGMは、新型コロナウイルスのパンデミックと映画館の閉鎖によるストリーミング・プラットフォームの支配を要因として、スタジオの売却を検討し始めた。2021年5月17日、アメリカのIT大手Amazonが買収交渉に入った。この交渉は、アンカレッジ・キャピタル・グループが大株主であるMGMの取締役会長ケヴィン・ウルリッヒと直接行われた[6]。2021年5月26日、MGMが規制当局の承認とその他の定型的な閉鎖条件に従い、84億5000万ドル(約9200億円)でAmazonに買収されることが正式に発表された[2]

2022年3月17日、Amazonが買収完了を発表。最終的な買収額は85億ドル(約1兆円)。連邦取引委員会(FTC)や欧州連合(EU)の規制当局による反対はなかった。これにより、Amazonは合計で21,000本以上(25,000時間相当)の映画作品とテレビ番組を手中に収めた[3][7]

MGMスタジオはAmazonの既存のコンテンツ部門の下でレーベルとして運営を続け、AmazonスタジオAmazon Prime Videoを補完する[8][9]。2022年8月、MGMとしては初のAmazon Prime Video向け作品となる『13人の命』が世界同時配信された[10]

2022年8月、同年11月に全米公開予定の『ボーンズ・アンド・オール(原題)』から海外配給の担当をユニバーサル・ピクチャーズからワーナー・ブラザース・ピクチャーズに変更することを発表した。ただし、『Bond26(仮題)』、『ティル(原題)』、『ウィメン・トーキング(原題)』の3作品は引き続きユニバーサルが配給を行うとしている[10][11][12]

主な映画[編集]

1920年代[編集]

1930年代[編集]

1940年代[編集]

1950年代[編集]

1960年代[編集]

1970年代[編集]

↓ここから北米での配給のみユナイテッド・アーティスツが担当。↓

1980年 - 1985年[編集]

↑ここまでは現在ワーナー・ブラザース・ディスカバリーが版権を保有(注釈付きを除く)↑

1986年以降 ‐ 1990年代[編集]

2000年代[編集]

2010年代[編集]

2020年代[編集]

レオ・ザ・ライオン[編集]

1924年の創業当時からライオンが登場するオープニングロゴを使用、「レオ・ザ・ライオンLeo the Lion)」の愛称で親しまれている。創業開始当初は吠えなかったが、トーキー映画が主流になってきてからは吠えるようになった。一時期ライオンのシルエット静止画を意匠としたものも使われた(『The Subject Was Roses』・『2001年宇宙の旅』のみで使用)が、すぐにライオンが吠えるものに戻している(MGMレコードのロゴに残された)。

主要事業部門・子会社[編集]

日本でのビデオソフト発売・販売の変遷[編集]

1991年以前は、ポニーキャニオン日本ヘラルド映画(現:KADOKAWA角川映画)の共同出資会社である「株式会社ヘラルド・ポニー」が日本国内におけるMGM映画作品の映像ソフトを発売し、ポニーキャニオンが販売を担当した。同年以後は、MGM傘下のユナイト映画作品を1983年から担当しているワーナー・ホーム・ビデオ初代:ワーナー・パイオニア株式会社2代目:ワーナー・ブラザース映画会社→ワーナー・ブラザース・ジャパン・インコーポレーテッド)に発売・販売権を移行し、1999年まで続いた。ただし、先述のターナー・エンターテインメント英語版が所有する1986年5月以前のMGM作品などにおいては、現在も後身のワーナー・ブラザース ホームエンターテイメント(ワーナー ブラザース ジャパン)から発売されている。

2000年からは、海外配給権がUIPから20世紀フォックス映画(現:20世紀スタジオ)への変更に併せて、MGM(1986年5月以後)、ユナイト、オライオン・ピクチャーズ1982年以後)など各作品のソフト発売・販売権は20世紀フォックス ホーム エンターテイメント ジャパン→20世紀スタジオ ホーム エンターテイメントウォルト・ディズニー・ジャパン)に移行し、2020年6月30日の契約解消まで続いた[注 2]。なお、ソニーほか投資家グループが買収した2005年からの数年間、一部の作品においてはソニー・ピクチャーズ エンタテインメントから発売・販売されていた。

2020年11月11日から現在はワーナー・ブラザース ホーム エンターテイメントが再びソフト発売、NBCユニバーサル・エンターテイメントジャパンが販売を担当。ただし、2018年に海外配給権が20世紀フォックスからユニバーサル映画に変更して以降のMGMの新作映画においては、NBCユニバーサルが発売・販売を行っている。

関連項目[編集]

脚注[編集]

注釈[編集]

  1. ^ 北米での配給は20世紀フォックスが担当。
  2. ^ ただし、ユナイト作品『ラストタンゴ・イン・パリ』(1972年)は、20世紀フォックスがDVD・Blu-rayによるオリジナル無修正での製作により、引き続き20世紀スタジオ ホーム エンターテイメントから発売・販売されている。

出典[編集]

  1. ^ Scott Eyman (2005). Lion of Hollywood. Internet Archive. Simon & Schuster. ISBN 978-0-7432-0481-1. https://archive.org/details/lionofhollywoodl00eyma 
  2. ^ a b Amazonが映画製作MGM買収 9200億円、動画配信強化(写真=ロイター)” (日本語). 日本経済新聞 (2021年5月26日). 2021年11月5日閲覧。
  3. ^ a b アマゾンが映画制作MGMの買収完了、85億ドルの案件に当局反対せず”. Bloomberg.com (2022年3月18日). 2022年3月18日閲覧。
  4. ^ Busch, Anita (2015年10月30日). “James Bond Movie Rights Auction: Where Will 007 Land?”. Deadline. 2016年1月1日閲覧。
  5. ^ Lodderhose, Diana (2017年3月27日). “MGM & Annapurna Seal Multi-Year Movie Distribution Deal”. Deadline. https://deadline.com/2017/03/mgm-annapurna-pictures-movie-distribution-partnership-kathryn-bigelow-megan-ellison-untitled-detroit-project-1202052928/ 2017年6月30日閲覧。 
  6. ^ Littleton, Todd Spangler,Joe Otterson,Cynthia (2021年5月17日). “Amazon Said to Make $9 Billion Offer for MGM” (英語). Variety. 2021年11月5日閲覧。
  7. ^ アマゾン、МGМの1兆円規模の買収完了 「007」も傘下に”. CNN.co.jp (2022年3月18日). 2022年3月20日閲覧。
  8. ^ Spangler, Brent Lang,Todd (2021年5月26日). “Amazon Buys MGM, Studio Behind James Bond, for $8.45 Billion” (英語). Variety. 2021年11月5日閲覧。
  9. ^ “米AmazonがMGMの買収を完了。『007』『ロッキー』など手掛ける老舗映画会社”. PHILE WEB (株式会社音元出版). (2022年3月18日). https://www.phileweb.com/sp/news/d-av/202203/18/54929.html 2022年3月19日閲覧。 
  10. ^ a b MGMとワーナーの海外配給提携でなにが変わる?ティモシー・シャラメ最新作など今後注目の映画たち”. MOVIE WALKER PRESS (2022年8月27日). 2022年8月27日閲覧。
  11. ^ Adam Bankhurst (2022年8月15日). “今後、MGM映画の全世界での公開はすべてワーナー・ブラザースが行うことに ただし、次の「ジェームズ・ボンド」映画は含まず”. IGN Japan. 2022年8月27日閲覧。
  12. ^ ワーナー、MGM作品の海外配給権を獲得”. 映画.com (2022年8月19日). 2022年8月27日閲覧。

外部リンク[編集]