MAA (歌手)

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MAA(マア)[1]日本女性歌手作詞家、デザイナー、ディレクター、プロデューサー、コラムニスト、ブロガー。

来歴[編集]

生い立ちと初期の音楽活動[編集]

神奈川県横須賀市で、アメリカ人軍人だった父と日本人の母との間に生まれる[1]

彼女には1つ年上の兄がいたが、2007年に事故で亡くなった。

愛犬が2匹、オスのリオンとメスのセイラがいる。

タトゥー

左腕には亡くなった兄の名前がはいっている。

10年婚約していた彼がいたが交通事故で亡くしている。お腹には彼の星座タトゥーがはいっている。

幼少期〜MAA

幼い頃から歌手を目指していた。1、2歳頃にスティーヴ・ミラー・バンドから音楽を聴き始め、3歳からデフ・レパードスコーピオンズなどのロック、シンディー・ローパーマドンナなどのポップスも聴き始めた。邦楽は3歳から聴き始めたが、最初に好きになったのは女性ディオWinkで、一緒に歌う子を自らオーディションで決めて、遊んでいた。音楽の趣味は父からの影響がある[1]

高校卒業後、18歳から音楽事務所のスタッフとして働き始めたがMAA自身の才能を感じた事務所社長のすすめをきっかけに音楽活動を開始する。サウンドは歌謡ロック、見せ方はヴィジュアル系というスタイルのロックバンドMarBellのボーカルとして、2008年5月3日に行われた『hide memorial summit』にてデビュー、初ライブを行う。そのステージが人生で初の人前のパフォーマンスだった。それを知らなかった関係者は彼女の動じない根性と堂々としたパフォーマンスに度肝を抜かれたという。

ステージで披露した曲は「最果ての灯」という、どこかで聴いた事のあるような懐かしい曲だが、決して誰かの真似というわけではなく、しっかりと彼女の曲になっていた。その後はライブハウスなどでパフォーマンスをして人気を得た。なおMarBellでは「Mar」という名義で活動していた。MarBellの人気に目を付けた現在の所属する音楽事務所EXIT LINEに、バンド解散後、スカウトされ、MAAとして契約を結んだ[1]

MAA〜gitch

MarBell解散後、MAAソロデビューとしてのインタビューで「ヴィジュアル系とは無縁でなにも分からず必死にやったバンドだった。これからは“今”やりたいことをやる。また違うことをやりたくなったら違うことをやるんだと思います。それが私なりの音楽へのリスペクト方法かも。」と語っていた。

ヴィジュアル系からダンスミュージック系になり、3年の活動を経てまたMAAの音楽活動を休止した。

MAAの活動休止後、自身でgitch(ジッチ)というレディースブランドを立ち上げデザイナー、ディレクター、プロデューサーをMaria Mie Edwardsと本名でつとめた。

奇抜で誰も作ったことない柄や形にこだわり世界でたった1つにこだわった作品はファンならず、多くの女性から支持を得たブランドとなった。

2シーズンをやり終えたころでgitchから引退した。その後gitchはMaria Mie Edwards(MAA)なしで起動していない。


2015年に第一子を出産した。 リーヴァイ(Levi)と名付けた。

2010年 - 現在:CDデビュー[編集]

2010年9月22日、レンタル・配信限定シングル『Ghost Enemy』でEXIT LINEよりCDデビュー。レンタル先行で発売され、発売前に11,500枚の異例のイニシャル数を記録し有名になった[2]レコチョクでの着うた配信で総合デイリーランキング初登場10位を獲得した[3]。同月16日放送の音楽番組FutureTracks→R』(テレビ朝日)の11月マンスリー・ピックアップ、渋谷109フォーラムビジョン レコメンドなども獲得した[3]。同年9月25日、新木場スタジオコーストにてデビュー後初のライブを行い、『Ghost Enemy』『バレリーナ・ブレインシステム』『Tomorrow @ Your Kingdom』を披露した

MAAは偽名で他の作品に参加をすることもおおく、MAAとして自身の名前をつかってm-floTHE LOWBROWSDJ MAAR(dexpistols)Shigeo JDthe SAMOSなどといった面子と多くのCASIOやレッドブルといった企業に楽曲を提供をしている。

音楽性とイメージ[編集]

作詞[編集]

制作は彼女のお気に入りのテントの中でやることが多いという。歌詞は曲を聴きながらイメージするが、詞を書くまでに何度も曲を聴く。1日中曲を聴きながら、まず単語をだし、フレーズにはめ込んでいく。この作業について彼女は「頭の中でその曲の世界ってかワールドを作っていかないと書けないんですよ、意外に不器用なもので(笑)しかも私暗いんです。」と説明している[4]

影響[編集]

イメージ[編集]

2010年のインディーズ・デビューにあたって、「和製レディー・ガガ[1][2][3]というキャッチコピーが付けられている。また、事務所の公式ホームページでは「海外アーティストで例えるなら、レディー・ガガやケシャを彷彿とさせる」と説明されているが、実際にはラナ・デル・レイのような妖艶でミステリアスな中にもどこかキュートな印象を与えている[5]

MAA自身は音楽情報WEBマガジン『SAPPORO MUSIC NAKED』当初のインタビューで、目標とするアーティスト像として、「初めて自分で買ったアルバムははMe&Myなんですよ。」と語っている。

モデル業は、h.NAOTO、GIVENCHY、Balenciagaなどのコレクションモデルをこなしている。

ディスコグラフィー[編集]

シングル[編集]

# 発売日 作品名 最高順位 認定 アルバム
オリコン[6] Hot 100
[7]
RIAJ
DL[8]
1st 2010年9月22日 Ghost Enemy [1] 9 17 53 Monkey Kingdom
2nd 2010年11月18日 バレリーナ・ブレインシステム[1] 1 8 32
3rd 2011年7月20日 OKay 1 3 18 未定
"—"はチャート圏外、チャート対象外の何れかを意味する。
備考
  1. a b レンタル、デジタル・ダウンロード販売限定シングル。

アルバム[編集]

ミニ・アルバム[編集]

情報 最高順位 認定
オリコン[9] ビルボード
2010年 Monkey Kingdom
  • 発売日:12月1日
  • レーベル:EXIT LINE
  • 規格:CD、デジタル・ダウンロード
9

ミュージック・ビデオ[編集]

ビデオ 監督
2010年 Ghost Enemy 多田卓也[10][11]
バレリーナ・ブレインシステム

出典[編集]

  1. ^ a b c d e ““和製レディー・ガガ”MAA、デビュー (2/2ページ)”. サンケイスポーツ. (2010年9月19日). http://www.sanspo.com/geino/news/100919/gnj1009190504004-n2.htm 2010年9月25日閲覧。 
  2. ^ a b “和製レディー・ガガ!?圧倒的な個性と実力を持つ新人、MAAがデビュー!”. CDジャーナル. (2010年9月22日). http://www.cdjournal.com/main/news/maa/34040 2010年9月25日閲覧。 
  3. ^ a b c ““和製レディー・ガガ”MAA、レコチョク ランキング急上昇でトップ10入り”. リッスンジャパン. (2010年9月24日). http://listen.jp/store/musicnews_30906_all.htm 2010年9月25日閲覧。 
  4. ^ 橋場了吾 (2010年11月8日). “リアリティと非日常の狭間を行き来する”サイコシンデレラ”” (日本語). SAPPORO MUSIC NAKED. pp. 2. http://www.sapporo-mn.com/m/naked/naked.php?naked_id=245_2 2010年11月22日閲覧。 
  5. ^ “【musicpool Pick UP!】 MAA”. musicpool. (2010年9月17日). http://musicpool.jp/news/no2851/index.html 2010年11月2日閲覧。 
  6. ^ MAAのCDシングルランキング” (日本語). オリコン芸能人事典. オリコン. 2011年5月4日閲覧。
  7. ^ JAPAN Hot 100” (日本語). ビルボード. 2011年2月23日閲覧。
  8. ^ 最新の音楽配信チャート” (日本語). RIAJ有料音楽配信チャート. 日本レコード協会. 2011年4月18日閲覧。
  9. ^ MAAのCDアルバムランキング” (日本語). オリコン芸能人事典. オリコン. 2011年5月4日閲覧。
  10. ^ Ghost Enemy” (日本語). 楽曲関連情報. スペースシャワーTV (2010年). 2011年5月4日閲覧。
  11. ^ バレリーナ・ブレインシステム” (日本語). 楽曲関連情報. スペースシャワーTV (2010年). 2011年5月4日閲覧。

外部リンク[編集]