JR東日本本社ビル

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JRビルディング
Tetsudosho shintyousha.jpeg
情報
旧名称 鉄道省新庁舎、国鉄本社ビル
用途 事務所・オフィス
設計者 岡崎泰光(設計主任)、伊藤滋(工事主任)
建築主 鉄道省
事業主体 鉄道省
管理運営 鉄道省

日本国有鉄道

東日本旅客鉄道株式会社
構造形式 本館鉄骨鉄筋コンクリート構造、別館鉄筋コンクリート構造
敷地面積 11,800 m²
建築面積 本館5,031 m2、別館481 m²
延床面積 本館40,777 m2、別館1,235 m²
階数 本館地上10階(ただし塔屋2階分を含む)、地下1階・別館地上3階(ただし塔屋1階分を含む)、地下1階
高さ 31m
着工 1935年昭和10年)1月4日
竣工 1937年(昭和12年)12月12日(修祓式)
所在地 東京都千代田区丸の内一丁目6番5号
座標 北緯35度40分59.49秒
東経139度45分56.97秒
備考 旧館
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JRビルディング
情報
旧名称 国鉄本社ビル
建築主 日本国有鉄道
事業主体 日本国有鉄道
管理運営 日本国有鉄道

東日本旅客鉄道株式会社
構造形式 鉄骨鉄筋コンクリート構造
延床面積 35,740 m²
階数 地上9階(塔屋を含まず)、地下3階
高さ 31m
竣工 1962年(昭和37年)12月
所在地 東京都千代田区丸の内一丁目6番5号
備考 新館
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JR東日本本社ビル
JR-East-HQ-Building-01.jpg
JR東日本本社ビル
JR東日本本社ビルの位置(東京都区部内)
JR東日本本社ビル
JR東日本本社ビル
施設情報
所在地 東京都渋谷区代々木二丁目2番2号
座標 北緯35度41分14秒
東経139度42分0秒
座標: 北緯35度41分14秒 東経139度42分0秒
状態 完成
着工 1994年平成6年)9月
建設期間 3年
竣工 1997年(平成9年)7月[2]
開業 1997年(平成9年)9月[1]
用途 事務所・オフィス
建設費 約400億円
地上高
最上階 28階
各種諸元
階数 地上28階、塔屋1階、地下4階[3]
延床面積 79,070[3]
関連企業
設計 新本社ビル設計共同企業体
日建設計ジェイアール東日本建築設計事務所[3]
施工 新本社ビル建設工事共同企業体
鹿島鉄建建設大成建設小田急建設[3]
所有者 東日本旅客鉄道株式会社
管理運営 東日本旅客鉄道株式会社

JR東日本本社ビル(JRひがしにほんほんしゃビル)は東京都渋谷区代々木二丁目に所在する東日本旅客鉄道(JR東日本)の本社屋である。ここでは、東日本旅客鉄道が1987年から1997年[1]まで本社屋とした旧国鉄本社ビルについても記す。

沿革[編集]

国鉄民営化以降、東日本旅客鉄道では東京都千代田区丸の内の旧国鉄本社ビルを本社屋としてきたが、国鉄清算事業の一環から解体撤去の上で、売却される運びとなった。かくして、それに代わる新たなる本社屋の建設計画が策定された。新社屋は1994年9月起工、1997年7月竣工し[4]、同年9月から本部業務を開始している。

建築概要[編集]

地上28階、地下4階建て、敷地面積24,234平方メートル、建築面積3,225平方メートル、延床面積79,070平方メートルで、高さはそれぞれ、最高部150.15メートル、軒高149.15メートルの超高層。建築主は東日本旅客鉄道。設計は新本社ビル設計共同企業体(日建設計ジェイアール東日本建築設計事務所)。

新本社ビルは、将来の変化に対応可能な可変的な空間づくりをコンセプトとし、柱の少ない自由度の高い空間づくりを実現するため、スーパーフレームという大架溝を採用したほか[4]、電波の反射障害の緩和とビルの正面性獲得を狙った大小2つの曲面ファサードも採用した[3]

東日本旅客鉄道は小田急電鉄で共同で一帯の開発に着手し、同社はJR東日本本社ビルと対になる小田急サザンタワーを建設した。また小田急の線路を跨ぐ高さ10mの人口地盤を造り[5] 、その上に公開空地である新宿サザンテラスを整備した。このJR東日本本社ビル・小田急サザンタワー・新宿サザンテラスを合わせた新宿駅南口再開発事業は新宿サザンプロジェクトと俗称されていた。

旧国鉄本社ビル[編集]

沿革[編集]

旧館(本館及び別館)部分は、関東大震災で庁舎が倒壊した後、1923年(大正12年)11月22日に建てられた木造バラックの仮庁舎を使用していた鉄道省の新庁舎として1935年(昭和10年)1月4日に着工され、1937年(昭和12年)12月12日に竣工し修祓式が行われた。

竣工後、第2期として増築される予定であったが、戦争により実現しなかった。竣工後には本建物前から東京駅前の間を結ぶ地下道が戦前に設けられた。第二次世界大戦中においては、空襲対策として1941年(昭和16年)より屋上に設計上1トン爆弾に耐える厚さ約50センチメートルの耐弾層を設置した上、窓に木製の角材を用いた爆風よけを設置し、外壁をペイントで黒く迷彩塗装する工事が行われた[6]。これらの内、耐弾層は解体まで残っていたが、爆風よけ及び迷彩塗装は戦後取り除かれた。

その後、第二次世界大戦中の空襲で庁舎焼失した後は木造2階建てのバラックを庁舎としていて、しかもその地は東海道新幹線の建設工事関係で移転が望まれていた東京鉄道局を収容するものとして、先述の第2期として増築される予定であった敷地に庁舎を建設する検討がされ、旧館を増築し一体の建物とする案ならびに独立した建物を建てる案が考えられたが、日本国有鉄道では1960年(昭和35年)7月の常務会で独立の建物として新館を建てることが決定され、工事費約24億3,000万円を費やして1962年(昭和37年)12月に竣工した[7]

新館竣工後、新館には旧館から国鉄本社及び運輸省が移転し、旧館には冷房設備が設けられた上、東京鉄道管理局などが入居した[8]。尚運輸省はその後1966年(昭和41年)9月に霞ヶ関合同庁舎へ移転した[9]

国鉄分割民営化なった1987年(昭和62年)4月1日からは東日本旅客鉄道の本社屋として使用された。その後敷地売却のため取り壊されることになり、入居者が退去した後見学会が開催されるなどした。2011年(平成23年)5月29日現在この地には丸の内オアゾが建っている。

建築概要[編集]

旧館は鉄骨鉄筋コンクリート構造地上8階、塔屋2階、地下2階建て延べ40,777平方メートルの本館と鉄筋コンクリート構造地上3階、塔屋1階、地下1階延べ1,235平方メートルの別館があって、間取りは、中庭のある中廊下形式であった[10]。設計は、設計主任岡崎泰光、工事主任伊藤滋

新館は鉄骨鉄筋コンクリート構造地上9階、地下3階、延べ35,740平方メートルの規模の建物で、新館の完成により既存の庁舎は旧館とされた。

年表[編集]

  • 1926年(大正15年)7月29日 - 内閣の中央官衙建築準備委員会で「中央官衙建築に関する標準」定まる[11]
  • 1928年(昭和3年)7月6日 - 中央官衙建築準備委員会で鉄道省新庁舎案議決[12]
  • 1935年(昭和10年)1月4日 - 鉄道省新庁舎着工。
  • 1937年(昭和12年)12月12日 - 鉄道省新庁舎修祓式。
  • 1949年(昭和24年)6月1日 - 日本国有鉄道設立。
  • 1962年(昭和37年)12月 - 国鉄本社ビル新館竣工。
  • 1963年(昭和38年)1月17日 - 国鉄本社ビル新館竣工式[13]
  • 1997年(平成9年)
    • 7月 - JR東日本本社ビル竣工[2]
    • 9月 - 本社ビルで業務を開始。

出典[編集]

  1. ^ a b 「JR東日本発足からのあゆみ」『会社要覧2012-2013』 (PDF) - 東日本旅客鉄道
  2. ^ a b 鹿島:実績紹介:JR東日本本社ビル”. 2014年3月8日閲覧。
  3. ^ a b c d e 「JR東日本本社ビル」『新建築』1998年5月号
  4. ^ a b 『東日本旅客鉄道株式会社二十年史 1987.4-2007.3』449頁
  5. ^ 「新宿駅南口再生計画出そろう JR東日本が本社ビルを小田急と共同開発」『読売新聞』1992年9月9日
  6. ^ 『日本国有鉄道百年史』 11 441-442頁
  7. ^ 『日本国有鉄道百年史』 14 150頁
  8. ^ 『日本国有鉄道百年史』 14 150頁
  9. ^ 『日本国有鉄道百年史』 14 150頁
  10. ^ 『日本国有鉄道百年史』 9 266-268頁
  11. ^ 『日本国有鉄道百年史』 9 267頁
  12. ^ 『日本国有鉄道百年史』 9 267頁
  13. ^ 『日本国有鉄道百年史』 年表 310頁

参考文献[編集]

外部リンク[編集]