J/FPS-1

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J/FPS-1は、航空自衛隊で運用されていたレーダー装置。レーダーサイト用の大型固定3次元レーダーである。製造は三菱電機。1971年に開発され、1977年までに7ヶ所のレーダーサイトに導入された[1]。最大捜索距離は推定600km[1]。 1990年代までにJ/FPS-3J/FPS-4へ更新され退役した。


概要[編集]

初期の航空自衛隊のレーダーサイトでは、捜索レーダーと測高レーダーを個別に設置し、捜索レーダ(AN/FPS-20)を用いて多数の目標の距離や方位を求めた後に、それを元に測高レーダー(AN/FPS-6)を用いて対象の高度を検出していた。 新たに導入する自動警戒管制組織(BADGE)に連接する基幹センサーとしては、この方式では高度を検出可能な目標数が不十分であったため、これら2種類のレーダーに代わって3次元レーダー1台に集約することで、距離・方位・高度を検出可能な目標数の向上を狙ったのがJ/FPS-1である。

J/FPS-1はF-3Dレーダーとも呼ばれ、円筒形のレドーム内に同一構造のアンテナ3枚が上下に異なる間隔で配置した構造となっている。 測高には位相差方式が用いられている。これは、3枚のアンテナのうち1枚から電波(ファン・ビーム)を送信し、3枚すべてのアンテナで受信した際の位相差から目標の仰角を求める方式である。

開発[編集]

昭和37年、東芝NEC三菱電機の3社に対して委託研究が発注され、各社においてそれぞれ異なる方式に基づいて研究が行われた。 東芝は米EG社のDefocus方式、NECは米ヒューズ社のFrescan方式を参考にし開発を進めたのに対し、三菱電機は純国産の独自の位相差方式を用いて開発を進めた。

37年度末に3社からの提案を元にそれぞれの方式に対する評価が航空幕僚監部・内局・防衛庁(当時)技術研究本部によって行われ、

  • 測高精度が高い
  • ファン・ビームの使用によるデータ率の高さ
  • アンテナを3枚使うことにより探知距離に余裕がある

等の点で純国産の位相差方式を用いた三菱電機の案が採用されることとなった。

試作機は昭和38年8月より制作が開始され、昭和40年11月18日に完成、納入された。

完成後は、三菱電機北伊丹製作所内の仮設建屋に設置されて、昭和41年6月まで技術試験が行われ、位相差方式の動作原理を実証するとともに基本性能の確認がなされた。

その後、技術研究本部第1研究所飯岡支所構内に新設された3Dレーダ建屋に住友電工開発の円筒型レドームと共に移設されて更なる技術試験が昭和42年9月まで行われ、探知・追尾性能や耐クラッタ性能・ECCM性能などの検証が行われた。

技術試験の成功を受け、昭和43年1月から46年9月にわたって、装備機開発のための実用試験が行われた。 この間

  • 対クラッタ性能の改善の為の円偏波装置の追加やMTI装置の改善
  • 対チャフ装置の試作とこれを用いたECCM性能の確認
  • BADGEシステムとの連接の為のBADGE連接装置の開発と連接試験

が行われた。

試験機は、(M-3D(J/TPS-100)の実用試験を含む)実用試験の後、昭和46年9月8日に台風により、レドームが倒壊しアンテナも大破し、運用を終了した。 この破損を受け、実用機では強度を増強したレドームが用いられている。

実用試験の成功を受けてFPS-1レーダー装備機が製造され、昭和46年度末 より、1号機(大滝根)、2号機(当別)、3号機(輪島)、4号機(背振)、5号機(笠取)、6号機(高尾)、7号機(峰岡)の順に導入が進んだ。

歴史[編集]

  • 昭和37年4月 委託研究開始
  • 昭和38年8月 試作機制作開始
  • 昭和40年11月 試作機完成・納入。北伊丹での技術試験開始
  • 昭和41年11月 第1研究所飯岡支所に移設し技術試験開始
  • 昭和43年1月 実用試験開始
  • 昭和46年9月 台風により試作機大破、運用終了
  • 昭和46年度末 装備機運用開始

運用基地[編集]

ほか

脚注[編集]

  1. ^ a b Forigin tecnology (Japanese military Rader Equinment)
  • 『技術研究本部25年史』 技術研究本部、154頁-158頁

外部リンク[編集]